Interview

「全ての深海を発見する」水中ドローンの可能性と未来 - 空間知能化研究所 伊藤昌平・中内靖

text by : 編集部,空間知能化研究所
photo   : 編集部

空中を自由に飛行するドローンは、家電量販店でも市販され映像業界などあらゆるビジネスで活用され始めている。日本発の水中ドローン専業メーカーとして事業展開する空間知能化研究所は、今年総額1.9億円の資金調達を発表すると共に、今秋から来年にかけてのデモレンタルや販売開始計画も明らかにした。
水中の情報を解き明かし、水産・インフラ・海運・気象・防災など多くの産業で変化をもたらす「水中ドローン」の可能性と未来についてお聞きしました。


■個人的な夢として温めていた水中ドローン設計図。筑波大学の授業がきっかけで事業化。


―空間知能化研究所の水中ドローンの特色を教えてください。

伊藤(写真左):既存の水中探査機と比べ「ポータブル」という点です。
従来の水中探査機は、使う際にクレーンを備えた船や専門のオペレータが必要であったりして気軽に使えるものではありません。また本体が小型だとしても、電源供給に必要なケーブルが太く、海流の影響を受けて操縦に悪影響を受ける問題がありました。

こうした点を改良したのが、私たちの水中ドローンです。
機体が小型で、海流の影響を受けにくい細いケーブルの両方を実現しています。
ケーブルは通信用の光ファイバー1本であり、約3mm程度の細さですが、高張力繊維で皮膜がされているため、約136kgの破断強度があります。

また、高出力のスラスター(推進器)を有しており、海流に流されていることを検知して、それを自動的にキャンセルして調査対象物の映像を安定して撮像できる制御機能を有した本格的な水中ドローンとしてサービスインする計画です。

車の後部座席に積んで移動し、1人で運んでボートに載せて水中へと沈めるという使い方もできます。これはクレーンなどを使用していた従来の探査機では不可能だった使い方です。
操作面でも、船上でモニターを見ながらゲームパットで動かしますので誰もが簡単に取り扱いできます。

 

―この水中ドローン事業はどのように始まったのですか?

伊藤:元々は僕の個人的な趣味です(笑)
2009年頃から「水中調査のためのロボットを作りたい」と思ってJAMSTECのインターンなどを経験していました。

転機となったのは、2015年4月に筑波大学で開催された「筑波クリエイティブキャンプ」という授業です。LINEの元社長であり筑波大学のOBでいらっしゃる森川さんも参加されていて、そこで水中ドローンについて詳細なビジネスプランを作成したところ、審査員特別賞を頂くに至りました。

その後、三井住友海上キャピタルさんとフリービットインベストメントさんからもイノベーティブな事業であると評価して頂き、この水中ドローン事業に出資をして頂けることになりました。この段階で会社全体の方針をこの深海調査事業に集中させ、以前から個人的に温めていた設計図をベースとした試作機を作りはじめました。これが2016年3月です。

 

―元々温めていた設計図は、いつか事業展開する予定だったのでしょうか?

中内(写真右):会社の創業時点では明確な予定は無かったです。
伊藤が以前から実現したい夢でしたし、温めていた設計図もあるので「そのうち余裕が出てきたらやりたいね」くらいの話でした。

その「いつかやりたいね」が、先ほどの森川さんが主催した授業で評判がよく、事業計画もかなりブラッシュアップ出来たし、支援して頂ける企業にも出会えた。
これはいつかやりたい、ではなく「いま事業化出来るね」って(笑)

伊藤:そうですね、設計図の時点で現在強みとしている小型軽量化や操縦が楽な形というのは実現できると思っていました。
ただ、以前「これは出来る、と出来た。は全然違うよ」とJAMSTECの研究者の方に言われたことがあります。この言葉がずっと自分の中に残っていたので、「いつかできる」ではなく「実現させる」ことをどこかで強く意識していた部分はありますね。

 


■海外では資源開発、国内では水産業や海底ケーブル事業から多くの反響があった


―発表後、実際どういった業界から反響がありましたか?

伊藤:いくつかありますが、まず「海底ケーブル」ですね。
島国日本は離島も多くあり、電力・水道・通信と多くの海底ケーブルが引かれています。
海底ケーブルの敷設前工事中の様子も確認できますし、実は意外と放置されている「敷設後の定期点検」にも役立つということで反響がありました。

実際に海底ケーブルの存在を知らない漁船が錨を下して、離島に送水するパイプを折ってしまうという事も起こるので、コストを安く導入できる探査機があれば安価・効率的に調査ができるというニーズがあるというのは事前にある程度想定していました。

 

―あまり想定していなかった業界からの反響も

伊藤:ありましたね。例えば「養殖業」です。
養殖用の生け簀は、中に死んだ魚がいれば病気の発生源になり、網に付着した生物が潮の流れを悪くして養殖魚に悪影響が出ることもあります。
現状はダイバーが潜って定期点検しますけど、それを水中ドローンで代用したいと。
夏場なら養殖業者さん自身が潜ることもあるそうですが、冬場に潜るのは大変な作業らしく、凄くニーズがありました。

漁業で魚を人工的に集める「漁礁」の関係者からも、漁礁を沈めた後の定期点検と評価に使用したいという声もありました。設置後にちゃんと魚が集まっているか?の評価は一部地域を除いてあまり行われていないそうです。

こうした点検・確認作業をロボットで行う場合、小型でケーブルが細くなければ水中でロボット自体が引っかかるリスクがあります、僕らの水中ドローンはケーブルも細く何kmも伸ばせるのでこうした作業に向いている点が良かったのだと思います。

 

―水中の探査、と言う意味ではどれも「そんなに意外な業界」からの打診とは感じないのですが

伊藤:意外だったのは「思っていたより浅い場所でのニーズ」なんです。
当初、「私たちのドローンは1,000m潜れます」と発表していたのは「資源開発分野」を意識していたんです。1,000mくらい潜れることに価値があるだろうと。

中内:そう、だから最初色々な問い合わせを頂いた時「わざわざ僕らのような1,000m級で潜れるもので見なくても、既存の水中ドローンで賄えるのでは?」と思ったのですが、意外とそうでは無かった。
色々な企業が参入する領域でしたが、思ったより浅い水域にビジネスチャンスがあるなと感じました。

 

―元々意識していた「資源開発」業界からの反響は?

中内:海外、特に中東における石油産業からの反響はとても良かったです。
アブダビにミニチュア版を2回ほど展示したのですが、石油の半分以上をペルシャ湾の洋上で採掘しているとのことでした。船型のオイルリグを現場まで持っていって、ジャッキアップにて支柱を海底に突き立て採掘するのですが、海底の砂がさらわれてオイルリグが倒れる危険があるので、1~2ヶ月に1回の頻度でダイバーを使って点検をしているそうです。
弊社の水中ドローンなら安全・安価に点検できるので、今すぐ買いたい、アブダビには代理店はないのか?とまで聞かれましたね。

一方日本国内は逆で、中東ほど資源開発ビジネスが活発ではない。
国内限定で言えば資源開発分野でのビジネスは難しいなと、それでサービスインする機種は「300m級」とスペックダウンさせた背景だったりもします。

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中東で開催されたWFES2017での様子。世耕経済産業大臣もブースを視察した。

 


■「すべての深海を発見する」、深海ストリートビューの実現に向けて


―今年資金調達も発表し、レンタル・販売時期も明確にされましたが、今後の展開について教えてください。

伊藤:最終目標として掲げているのは「全ての深海を発見する」です。
発見、という言葉には色々な意味がありますが、まずは「映像で見ること」。
深海は、地球全体をテニスコート1面の広さに例えると、まだ針一本分程度しか明らかになっていないんです。

端的に言えば深海版Googleストリートビューの実現です。
深海の映像だけでなく、海底の水質、水路、海底資源の埋蔵量、これらを明らかにしデータベース化する。そしてデータを販売するビジネス展開をする。これが我々の最大の目標です。

 

―それに向けてまずは映像、「目」の部分を強化するということですか

伊藤:そうです。そして「機動性」の強化です。
空を飛ぶドローンがなぜ普及しているか?大事なのは「誰でも簡単に操縦できた」点だと思います。
水中用ロボットは、まだそれが実現できていません。

僕らが水中「ドローン」という表現に拘っているのもこの部分です。
ドローン=「誰でも簡単に使える」「どこでも使えるもの」ここを強調しています。

現在開発中の新型は、もっと扁平の形状にしたり細径ケーブル、スラスターの配置など水の流れに影響されず制御しやすいものを検討しています。
空を飛ぶドローンで既に実現した水平制御や高度計測を水中で実現する。そのために音波による測位技術を磨いていく予定です。

 

―確かに、自動制御されると操縦も楽になりそう。

伊藤:操縦が楽にできたら、その次に遠隔操作を実用化したいです。
「お茶の間から深海に潜る」、家でコントローラーを握って現地に行かず深海調査ができるのが当たり前の世界。
これが実現できれば、もっと海洋開発が進むだろうと考えています。

養殖における無人化は色々と取り組みが進んでいますが、本格的な海洋調査の無人化は予算も莫大で進んでいません。そこをコストダウンの実現を通じて変えたい。
現状、海洋調査後に映像を見返して「ここもっと調査すればよかったね」というケースがあります、
陸側で操作出来れば「ここ気になるからもう少し調査しよう」といったお偉いさんの意見をその場で反映して効率的に調査できるようになると思います。

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水中ドローンで撮影した石垣島のサンゴ。鮮明な映像と共に画面下部には操作に必要な情報がまとまっている。

 


■水中ドローンで陸上の天気予報・防災も変化する。海洋調査の未来


―海洋調査が加速した未来で、起きそうな変化について教えてください。

伊藤:「気象・天気予測」が大きく変わると思います。
海運会社が長距離移動する際の効率的な航路決定、ここは黒潮などの海流情報がとても重要です。
詳細情報が判れば海流に乗ってエネルギー効率が最適となるルートを見つけることができるので、航路計画の方法が劇的に変わります。

また、海流は陸上の天気にも大きく関わります。
「エルニーニョ現象」「ラニーニャ現象」ってありますよね。
これらは海流が大きく関わっていて、「大循環」と呼ばれる地球全体の水が大きくかき混ぜられることによって起こります。

北極・南極にあった深海の水が暖かくなって水深の浅い位置に上がってくる、深海で起きる現象ですから、現状判明していない「三次元的な深海までの海流情報」を取得するとともに、現在の気象情報に加えることで現在よりも高精度な気象予報が実現できると思います。

その他にも天候が与える影響、例えば養殖業における赤潮予想。
沿岸部の海底の地形を詳細に把握することで津波など防災面への貢献など、海中・海底地形の情報が今後ますます価値を産むものと考えています。

 

―今秋からSPIDERのレンタル開始、来年販売開始を発表しましたが、今後深海・海洋の可能性に着目してほしい人っていますか?

伊藤:まず技術力があって、純粋な興味として深海・海のことがやりたいっていう好きな人かどうかです。ダイビングが趣味ですとか、ロボット開発が好きですとか、そういったきっかけで集まるのが一番良いなと思っています。

他にも、バイオや創薬の人たちにも可能性があると思います。
海底には陸上では絶対ありえない化学合成している生物がいて、深海の研究者は大半が生物系の人たちですが今後はその範囲自体が拡がった方が、いままでに無い発見がある気がしています。

異分野で言えば自動走行車の技術。
画像処理・画像認識ですね、自動走行車に使われている技術を活用できるので、これまで陸上でロボット開発をしてこられた方の出番はあるんじゃないかなって思います。

中内:我々1社だけで全て出来るわけではないですが、他分野に渡って我々も気がついていない業態への波及効果があるのではと思っています。
安価で誰もが操縦できる本格的な水中ドローンを世の中に提供することにより、そういったものがあるのならこういった使い方ができるのではといったことがおこるのではと期待しています。

空のドローンも、DJIのマルチコプターが出てきたことで映像業界が注目したり、輸送に特化したもの、農薬を蒔いたり農作物の監視目的、と色々な展開が活発になりましたよね。

水中も同様に、安定稼働するドローンに様々なセンサや機能を搭載さえすれば、様々な業態の方が自身の事業展開への活用可能性に気づく。海洋国である日本初の産業活性化に寄与できればと思っています。

 


プロフィール
伊藤昌平
専門領域として“一人一分野”とされる機械設計・電気回路設計・組み込みソフトウェアの三領域を一気通貫して開発できること から、ハードウェア全体の設計・仕様を効率化・低コスト化できることが最大の強み。2014年6月㈱空間知能化研究所設立、代表取締役CTO。2016年2月同代表取締役CEO。2011年3月筑波大学第三学群工学システム学類卒業。

中内靖
筑波大学システム情報系知能機能工学域教授。2014年6月㈱空間知能化研究所設立、代表取締役CEO。2016年2月同取締役会長。センサネットワークならびにクラウドシステムに関する長年の研究成果を活用し、地球上のあらゆる「空間」をセンサ技術を用いて知覚できるようにする(=知能化する)ことを使命とする。1993年慶應義塾大学理工学研究科計算機科学専攻修了、博士(工学)。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)