Interview

「”投資したくなるサービス”があれば、日本の金融市場は変わる」 ― 株式会社Finatext CEO 林良太

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社Finatext

「資産運用を再発明する」をテーマに東京大学発ベンチャーとして創業したFinatext社は国内最大級の株コミュニティ「あすかぶ!」やFXコミュニティ「かるFX」を提供し、台湾やイギリスなど海外への展開を進め、さらにまた、2017年11月には「スマートプラス」という子会社を設立し証券業へ参入することを発表。次世代の証券プラットフォームの確立を目指す。
モバイルサービス・フィンテックに留まらず、ビッグデータ解析の強みを武器に多くの大手企業とも提携する同社代表・林さんに、日本の金融市場への問題意識からFintech事業における強み、Finatextの今後についてお話を伺いました。


■長い海外勤務で芽生えた「日本の株式市場のもったいなさ」への問題意識


―林さんは元々金融業界の出身ですが、ご自身で創業した背景を教えてください。

私自身が日本の金融リテラシーに対して非常に問題意識を持っていて、その解決のためというのが1番大きなバックラウンドです。

前職時代にロンドンで機関投資家向けの仕事をしていて、日本は経済規模も大きく素晴らしい国なのに世界が日本の金融市場に注目していないことに気が付きました。
日本国内の投資環境をみても日本の株式市場は外国人投資家がリードしていて、1500兆円もの預金が眠っているのに、投資にそれが向かっていなかった。

社会人になってからはほとんど海外で働いていたせいか、色々な国を知れば知るほど「日本は凄い、だからこそもったいない」という意識が日に日に強くなりました。問題の原因は「投資したくなるようなサービスがないこと」と感じ、投資を身近に感じスマートに使えるサービスを提供して使ってもらおうと事業を起ち上げることにしました。

 

―実際に創業したあと「これはイケるぞ」とターニングポイントに感じた出来事はなんでしょうか

会社全体で言えば、未だターニングポイントに至っていないと思います。
理由はまだまだ僕らの考えるマイルストーンに達していないからです。僕らの想定しているマイルストーンはマクロ経済レベルで「世の中にインパクトを与えられる」と言える会社規模なのですが、僕らはまだそこにいない。

小さい規模で意義のある活動も世の中にはあります。しかし僕が取り組む問題の解決には「法律すら変えてしまうレベル」の変革が必要です、Finatextはまだ市場や業界にインパクトを与えルールすら変えてしまうような事業規模ではない。

ただ、サービス単位では過去に「ここはターニングポイント」と言える時がありました。
凄く感覚的な話ですが、僕らが感じる「提供するサービスのレベルアップ」と、「ユーザーさんの反応がガラっと別の次元に入るタイミング」がシンクロするような経験をしたことがあります。

僕らは「あすかぶ!」や「かるFX」などの生活者向けサービスの提供や、買収したナウキャストの事業から時系列データ分析への取り組みなど、この3年で新しいものを次々と作ってきました。ユーザーの声を聞いたりABテストも大事ですが、僕は「世の中の人たちが求める正解の形」というものが存在していると思っていて、過去に「あ、”正解”に当たった」なという感覚になったことがあります。

まさにこれから行っていく「スマートプラス」のサービスはこれらの“正解”に当たった感覚を最大限に生かし、投資をもっと身近に、やりたいときにすぐに実行に移せる世界をつくっていきたいと考えています。

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ようやく情報解禁した「スマートプラス」の新サービスは事前登録を開始している。
これまでのモバイルアプリの開発・運営で培った「これなら出来そう」「楽しそう」と感じられるサービスづくりを実現する。

 


■「自分たちだけが持っているもの」が強みとユニークなポジションに繋がる


―ここ最近Fintech関連のサービスが増えてきましたが、Finatext社の中心にある「強み」はなんだと思いますか?

「ユニークなポジション」です。

多くのfintechサービスの中にはとてもレベルの高いモノもあります。しかし極論ですが「到底真似できないレベル」かというと、そこまでのものはほとんどない。世界を見渡せばどこかに同じものを作れる人たちがいる。

そうなると「ユニークなポジショニング」が大事です。
Finatextを例に挙げるとクレジットカードのデータを分析できる。POSデータの解析、余所が持っていないデータの保有、それを活用するアルゴリズム・インフラの強み。

これらを1つの会社で持つと同時に多様なデータを活用するリレーション技術と知見を合わせることで「僕らでしか出来ないこと」と言えるものになります。今回発表した「スマートプラス」でもビジネスモデルの構築、それを実現するためのパートナーシップ、そして開発力、と僕たちだからこそできる「ユニークなポジショニング」を確立できます。

 

―強みを複数持つ「だけ」ではなく、繋ぎ合わせてさらに「自分たちだけ」と言えるポジションにいる。

そうですね、サービスを通じて得られるデータや情報、形成されるコミュニティなど独自の情報収集網など「僕らだけが持っているもの」ですね。

恐らく、僕自身が金融業界出身という点も影響していて「こういうアルゴリズムが特色」「AIによってポートフォリオを自動的に」みたいなサービスを見ると、「たぶん中身はこうなっているんだろうなー」と内部の仕組みを見抜いてしまうんです、詳しい人間に中身が理解できて「やろうと思えば作れるな」となるものは、本質的な強みにならないという意識があるのだと思います。

 

―既に台湾やイギリスなど海外でもサービスを展開していますが、今後も海外は意欲的に展開する予定ですか

もちろん進めますが、海外への展開は本当に難しいです。
既にFinatextもUKオフィスにフルタイムのメンバーが5人在籍し、日本オフィスには英語の先生が週4ペースで来て「ネイティブで喋れて当たり前」というスタンスで事業を進めていますが、やればやるほど「簡単じゃないな」と感じます。

理由は「日本の特有なマーケット」があります、あらゆるサービスの品質が高く消費者が強すぎる日本への最適化を進めるほど海外展開しづらくなる。「ユニークなポジション」で日本国内でも事業を伸ばしつつ、海外展開しやすいようサービスはシンプルであることを重要視しています。

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Finatext社のユニークさを際立たせているのが「ビッグデータソリューション」「フィンテックソリューション」のサービス群
投資ロボやクレジットカードデータ、ニュース報道や衛星画像、経済・金融の変動要因を幅広く扱っている印象を受けた。

 


■「本気で変えようと動いている人」は、熱く、深く考え、自ら試行錯誤を繰り返している。


―大手企業とも数多く提携していますが、林さんが「一緒にやりましょう!」と前向きに共同プロジェクトを進めるときの要素はなんですか?

人とタイミングですね。
「人」については、大企業でも金融庁でも中には本気で変えようと動いている人がたくさんいるので、そういう方々との繋がりを大事にすること。
もう1つの「タイミング」は、同じ話でもタイミング次第でお互いYESかNOか判断基準が異なります、、そのタイミングが合った時にどれだけ双方で推進できるか大事だと思います。

 

―その「本気で変えようと動いている人か」の見極めはどうやって?

直感的に「気合い入っている人だ」と感じるかどうかです。
この“気合い”の中に色々な意味を内包させています。

本当に問題意識があって本気で取り組む人は自然と対等な立場で濃い議論ができます。
僕らの事を小さなベンチャーだとナメるわけでもなく、妙にへりくだって「色々教えてくださいよ」と一方的に話を聞きにくるわけでもない、ただ人脈を広げようとしているだけの人でもない。その方自身が日々深く考え、試行錯誤しているかどうかは経験上少し会話すればわかってしまいます。

こういう「本気の人」は、やはりその人自身が持つ「人のネットワーク」がとても良いんです、だから仕事かどうかを抜きにして自然とご飯を食べに行くようになりますし、その際「あの取り組みはどうか」「日本の金融市場は」と時間を忘れて熱く語りあうことになります、ここから生まれるものがあるなと思いますね。

 

―そういった「熱くて本気で試行錯誤」という話は恐らく社内のメンバーにも向いていると思いますが、会社の代表として社内で気を付けている事はありますか?

会社の規模が大きくなるにつれ、色々と考えますが根底には「メンバーへの愛」と「リスペクト」があります。

社内にはあらゆる面で「僕以上に出来るすごいメンバー」が本当に沢山います。
だからこそ僕は「この会社の代表としてどうディレクションするか?」を考え抜く。

能力あるメンバーにのびのびと活躍してもらう、民主主義で進める、現場の発言力が強く僕相手でも遠慮なく意見を言う、この3年でほとんど退職者がいないのですがこれは僕が意図的に作ろうとしている社風みたいなものだと思います。

 

―自分よりも優秀な人を採用する、のびのびと活躍してもらう、社長が偉ぶらずフラットな社風。「そういう組織を作りたいけど実現できていない」ベンチャー企業も沢山いると思いますが、原因はなんだと思いますか。

たぶん「慢心」ですね。
僕も含め、人間はお金や地位や自己承認をどこかで欲しています。
本当に家賃2万円のボロアパートでいいか、日々バカにされ続けても仕事に打ち込めるか?絶対に本音は「NO」だと思うんです、それは人間の性なんですがそれと戦わないといけない。

事業が伸びれば社長として称賛されたり、社外の方から会社全体や社員を褒めてもらうこともあります。そこに「慢心」が入り込む隙が生まれます。

僕は社内のルールやメンバーとのコミュニケーションでその「慢心」を何とか封じ込めようと工夫しています。僕自身かつてその「慢心に囚われた人」を見てきた経験があるので、そこから反面教師的に絶対にあれはダサくてやってはいけないことだ、と学べた気がします。

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IBM、日経、JCB、トムソンロイターなど、国内外の大手企業がFinatext社と提携し多くのサービスを提供している。

 


■新しい取り組みにアンテナを張りつつ、自社の強みを阻害しないよういまは選択と集中


―経済、金融を動かす要因のビックデータ分析と言えば”トポロジカルデータアナリティクス”など、金融に留まらない技術やサービスもあります。Finatextの事業はそこまで展開していくのでしょうか?

常に視野には入れていて、自社の技術力的にも強みがあると自負しています。
ただ現状は視野に入れつつ、そこはやらずに集中と選択をしているのが実情です。

現在Finatextがもっとも注力しているのは、新たに参入を発表した証券業です。
今月頭に情報解禁したのですが、Finatextの子会社として「スマートプラス」という会社を立ち上げ、次世代の証券プラットフォームの確立を狙います。構想から1年、ようやく事前登録を開始するまでにいたりました。

これまで投資に関する数々のモバイルアプリを運営するなかで、ユーザーの声をよく聞いてみると既存の取引ツールの複雑さなどを背景に、多くの人が一度も取引をすることなく投資に対する心理的なハードルを持っていることが分かってきました。

ここには非常に大きなチャンスが眠っていると確信し、その課題を解決すべく自分たちが証券サービスを提供することにいたしました。これは元々僕の問題意識にもあった投資を身近に感じてもらえるサービスの提供という考え方にもすごく合致しています。

これを実現するために1年前より構想を固め、金融業界で名を馳せてきた素晴らしい経験者たちを仲間にし、参入障壁となるビジネスモデルを創造するために大手証券会社と提携をし、これまでのモバイルアプリ開発で築き上げてきたノウハウを元にサービスを開発しています。

詳細な情報は順次公開していきますが、国内の投資環境をかえたいというアツい思いを持ったメンバーやパートナー、各々が持っている経験と開発力、そしてかつてないビジネスモデルを背景に僕たちはこれまでの資産運用を再発明していきます。

 


林良太 株式会社Finatext CO-FOUNDER,CEO
東京大学経済学部卒。ドイツ銀行ロンドン投資銀行本部機関投資家営業 GCIアセット・マネジメント(ヨーロッパ大陸日本プロダクト営業統括)。