Interview

人と機械を融合する「バイオインターフェース」MPCポリマーの医療活用 ―インテリジェント・サーフェス 切通義弘

text by : 編集部
photo   : 編集部,インテリジェント・サーフェス株式会社

スマートコンタクトレンズ、脳インプラント、義手・義足・・・・人体と機械が融合する夢のような技術も、生体が拒絶反応を示すことが多く、SF映画のような「機械と体が融合し快適に暮らす」生活はいまだ実現していない。

東京大学柏の葉キャンパスに隣接する東大柏ベンチャープラザを拠点に、最先端の生体模倣技術を活用した機能性材料「MPCポリマー」を生み出し、人と機械の機能的融合を実現しようとするベンチャー企業インテリジェント・サーフェス社の代表切通さんと、出資者として資金・事業面で支援するリアルテックファンド山家さんに、革新的バイオインターフェースの未来について、お伺いいたしました。


■生体膜と同じ構造を持ち、耐久性を飛躍的に高めた独自の「MPCポリマー」


――まず、切通さんたちが生体模倣技術を元に開発した、生体親和性の高いMPCポリマーについて教えてください。

インテリジェント・サーフェス切通さん(以下、切通)
生体膜本来の構造を模倣した材料を作り、様々な基材の表面にコーティングできれば、生体膜が持つ機能を基材表面に写し取ることができるだろう、というアプローチです。

それによって、機械と人が機能的な融合を図れる素材、革新的なバイオインターフェースになる。これが、私たちの持つコア技術「MPCポリマー」です。

この基本素材は約40年前に開発され、20年ほど前には生体膜と同じレベルの、高い血液適合性や生体親和性、親水性を持つMPCポリマーの大量合成技術が、弊社の出身母体でもある東京大学石原研究室と大手メーカーによって確立されています。

しかし医療機器に使用する上で、例えば人工血管であれば非常に弱い力で表面に吸着しているので、強く押したり、指でこするとMPCポリマーが剥がれてしまうという問題がありました。

そのため、MPCポリマーの特性の一つでもある保湿性を活かしたシャンプーやクリームなどの化粧品には大量に使われるようになりましたが、医療用にはなかなか使えない状況でした。

――その点を改良して、医療応用できるようにした。

はい、私たちの技術はガラスやチタン、ステンレスなど様々な基材に適したMPCポリマーを作り、生体膜と同じ構造を保ちつつ、課題であった耐久性を化学結合という形で飛躍的に高めた部分が特色です。

現在はこの技術をベースに、様々な企業と連携しながら開発を進めています。
MPCポリマー自体の生体親和性や血液適合性をベースに、新しい分子構造の設計や、新しい固定方法を生み出すことに強みを持っていますので、様々な医療用途、将来的には汎用・産業用途にも展開出来れば、と考えています。

MPCポリマー自体、生体模倣性があることは知られていたが、問題は機械側との親和性が無かったこと。
切通さんたちは、基材ごとに分子構造を最適化する合成技術や新しいコーティング技術によってこれらを解決した。

■縫合針や歯の矯正器具、MPCポリマーが患者の負担を軽減する。


――医療用途について詳しく教えてください

切通:直近では、医療承認のハードルが比較的低い、縫合針や医療用のハサミ・メスなどに順次適用し、医療機器メーカーと連携して製品開発につなげていく予定です。

例えば現在の縫合針には、生体との摩擦抵抗を下げるためにシリコーンオイルが塗られています。
しかし何針か縫うと次第にオイルが剥がれてしまうため、摩擦抵抗が大きくなって、医師が「一定の力で縫う」ことが難しくなりますし、患者さんにも負担がかかることになります。

ここをMPCポリマーでコーティングすると、摩擦抵抗を下げてスムーズな縫合・結さつが可能になる、というアプローチです。

――もう少し人体に装着するような用途でも何かあれば

歯の矯正器具で一つ研究が進んでいます。
歯列矯正用器材はワイヤーとブラケットで構成された複雑な形状をしていて、ワイヤーを徐々に引っ張って歯を動かします。

この際、患者さんは食べ物のカスが器材に詰まったり、器材表面に汚れが付着して取れなくなったりしてしまうため、虫歯や口臭の原因になり、歯石によってワイヤー自体が固着して動かなくなるという問題があります。

ある医療機器メーカーと大学歯学部と共同で取り組んだ結果として、ワイヤーにMPCポリマーをコーティングした状態で半年経過しても、汚れの沈着が観られず、虫歯の原因となる細菌がほぼ付着しないという結果がでました。
つまり、もともと口の中にある常在菌の数と変わらないことになります。

人工歯列モデルによる検証の結果ですが、衛生面だけでなく、歯の移動量自体も増えました。
MPCポリマーをコーティングしたことで滑りやすくなり、同じ期間で2~3倍移動しています。
ということは、歯列矯正に掛かる期間を短縮できる可能性があるということです。

これに関しては想定外というか、需要に対してここまでの効果があるんだと気づかされた事例でした。汚れがつかないのでワイヤーを交換する頻度も下げられますし、治療期間が短くなることで費用負担軽減にもつながります。

歯列矯正器具の取り組みで効果を発揮した、水を得ることで汚れを洗い流す「セルフクリーニング機能」
口腔内が唾液で満たされており、食事や飲み物でも水分が豊富なためより効果を発揮したとのこと。

■技術の価値を対外的に伝える仲間が必要


――2017年8月にはリアルテックファンドを始めとする出資を受けられました。今後の事業展開を教えてください。

切通:一言でいえば「体制の強化」です。
これまでは外部企業との連携や営業など、ほぼ自分1人で担っていましたが、今後の成長のためには人員強化、仲間集めが重要な要素になると考えています。

リアルテックファンド山家さん(以下、山家): インテリジェント・サーフェス独自のMPCポリマーが持つ価値や可能性は、様々な企業との連携を通じて、検証出来つつあります。
この先は具体的な商品化に向けた“見定め”が必要です。

いま、共同開発のお話をいくつか頂いているので、どこにどれだけ人を割り当て、どういった商品化の可能性にリソースを割くかを見定めている段階です。

――まず、仲間集めにおける具体的な特性やスキルのイメージはありますか?

切通:既存のメンバーは控えめな研究者タイプが多いので、全員を巻き込んでコミュニケーションを活性化するような性格の人がいいな、と考えています。お調子者というか(笑)

僕も開発責任者の中山も、考え込むタイプなんです。
今までは僕と中山が黙々と、なんとなく阿吽の呼吸でやっていたのですが、周りのスタッフとの連携を考えれば間に立って取り持ってくれる、ひっかき回してくれるような人がいいと思います。

――なるほど、役割や業務内容でいうとどんな感じでしょうか?

山家:切通さんとは、採用に限らず「どういう組織であるべきか?」を議論しています。
切通さんは、本人も認識されているように、一般的に言われるCEOタイプではないんです。けれども、少しでも時間があれば、新しいポリマーをどんどん生み出すことができる。その切通さんの時間を生み出すことができるような人が今後必要だと考えています。

切通:具体的な役割で言えば、商品開発をマネージメントできるCTOタイプや、量産や商品化を対外折衝も含めて運営できるCOOタイプ。素材メーカーや化学メーカーで仕事をした経験がある人は、量産や品質保証のノウハウがあるので向いてるのでは?という話をしています。

――そして切通さん自身は会社の中で最もR&D的な役割に没頭し、0→1を生み出し続ける

山家:そうですね。切通さんがCEOタイプではないなら「そもそもCEOが存在しない組織」でもいいと思います。

会社の代表は切通さんだけどCEOじゃなくて、CSO(チーフ・サイエンス・オフィサー)のような役割で、会社の基礎になる技術開発や、すぐ使えるかわからないけど新しいものをどんどん生み出す。

そういう「研究者集団」の色が濃くでるのが、インテリジェント・サーフェスらしくて面白いなと思います。

ただ、会社として次のステップにいくなら、その生み出したモノの価値や可能性を対外的にわかりやすく伝え、商品化できる人が必要だなと。

2017年にNEDOの研究開発型ベンチャー支援事業に採択されたことで機材が充実したオフィス。
オフィスのある東大柏ベンチャープラザは「東京からつくばエクスプレスですぐ着きますし、
都心からなら通勤ラッシュも無縁なのでじっくり仕事できます(切通さん)」とのこと。

■近い未来、機械と人が融合する。その時「機械と人のあいだ」をケアすることが不可欠


――山家さんにお聞きしたいのですが、リアルテックファンドとして普段から様々な技術・研究を見ていると思います。その視点からみたインテリジェント・サーフェスの可能性は?

山家:まず、そもそも材料系のベンチャーは母数が少ないです。
事業化までのスピードやそれに必要な資金という点で課題があるため、本当に限られた会社しかまとまった資金を調達できず、事業化に進みにくい。

そのため、起業に挑戦する人自体が少ないという状況だと思います。
その状況化において起業した切通さん自身の決意、問題意識にはすごく共感できました。

次に技術的な話ですが、「機械と人の融合」は色々なアプローチで研究開発が始まっています。

人と機械がどんどん近くなる未来は絶対に来る。
その時必要とされる技術は様々ですが、その中の重要な要素の1つがバイオインターフェースだと思っています。

スマートコンタクトレンズや体内にICチップを埋めるなど、機械が体の中に入る際には、必ず人体と機械の間で起きる課題へのケアが必要になります。

インテリジェント・サーフェスのMPCポリマーは、その流れにおいて「将来的に必ず求められる技術」だと考えたことが、投資に至った大きなポイントでした。

人と機械が融合するのが「当たり前」な、社会実装する段階において、このバイオインターフェース技術はとても大きな可能性を持っていると思います。

インタビューに同席されたリアルテックファンド山家さん(写真右)。
定期的にオフィスに訪問し、切通さんの理解者としてインテリジェント・サーフェスの事業について全面的に支援している。

■「地球全体をMPCポリマーで覆えば、地球そのものが生体親和性を獲得する」


――最後に、切通さんたちがMPCポリマーを活用して、色々なものを社会実装した先に、世の中はこうなるんじゃないか?とイメージするものはありますか?

切通:いまは医療機器中心ですが、将来的には環境問題を解決する素材になり得ると考えています。太陽電池パネルや船艇塗料、身近な例ではキッチンやトイレ周りの衛生環境を改善する製品、食品や飲料工場などに活用できれば、設備や機械のメンテナンスが楽になる。

MPCポリマーの「生体親和性」は、突き詰めて言えば、人工的な素材表面を「自然で機能的な表面」に変えることが出来るということです。例えば、体内で機械が使われても、機械に汚れは付かないし、体内は「自然な状態」を保ち続ける。

この特性を様々なところに応用出来れば、世の中のあらゆるものに汚れが付かない、世の中を自然にあるべき状態に保つことができると考えています。

つまり、体内に限らず地球全体をMPCポリマーで覆えば、地球全体が生体親和性を獲得するということです。

――凄いですね、「地球全体で生体親和性」

切通:地球全体が生き物だと捉えれば、地球と人間も親和性があるべき。
でも工業化によってこの数100年で人間が地球を汚しちゃいましたよね。

そこを原点に戻って、地球自体に生体親和性を与える。
そうすれば人間にとっても住みよい世界に変わる気がしています。

――素晴らしいキャッチコピーじゃないですか。「インテリジェント・サーフェスは地球全体に生体親和性を与える会社」

切通:人間が地球や生体環境系を壊してしまったので、それを補修する材料とも言えますね。
医療機器自体、本来は体に合わないものを無理やり体内に入れるようなことをしていました。

インテリジェント・サーフェスのMPCポリマーであれば、様々なものを瞬時に生体親和性に変えられる利点があるので、機能的な特性はそのままに「全部生体と仲良くできるものにしてしまおう」と考えています。