Interview

三次元模型とプロジェクションマッピングで可視化する「未来の博物館」 ――地球科学可視化技術研究所 芝原暁彦・大道寺覚

text by : 編集部
photo   : 編集部,地球科学可視化技術研究所株式会社

「究極の目標は未来の博物館の創出と、空間認知力の向上」――
産総研の地質標本館で学芸員をしていた芝原さんと、精巧な模型製作のノウハウを持つ大道寺さん。テレビ番組制作で出会い、意気投合した2人は産総研技術移転ベンチャー地球科学可視化技術研究所株式会社(以下、地球技研)を設立。
社会インフラ、都市計画、防災、あらゆる分野に役立つ「地質学」の可視化についてお2人にお聞きしました。


■陸地の変化を直観的に把握し、防災に活かす


――まず、地球技研の模型技術について教えてください。

芝原:高精度な模型を三次元造形と精密プロジェクションマッピングとの組み合わせで実現していること、が大きな特色になります。

地形図や地質図を小学校のころ教科書や博物館の展示で見たことがあると思うのですが、より直感的に地質情報を理解できるよう、三次元造型機とプロジェクションマッピングの組み合わせによる立体地質図の作成をしています。

――三次元造型もプロジェクションマッピング、どちらも自社開発された技術ですか?

芝原:はい、大道寺が三次元の精巧な模型作成、僕がプロジェクションマッピングの作成という役割分担になっています。

プロジェクションマッピングを建築物など幾何学的な構造物の表面に投射するのではなく、不規則な形状をした自然の地形に投影するのは難しく、複雑な山間部でどうしてもズレます。それらを考慮した投影方法を確立した独自技術です。

※取材時に見せて頂いた24万分の1スケールで作製した筑波山。
ルーペで拡大しても細かな地形がわかるほどの高精度で作成されている。

――現在はどういったビジネスを展開しているのでしょうか。

芝原:主に全国の博物館や自治体へ立体地質図を作成して納品しています。

以前、NHKの番組で3メートルの立体模型を作り、寒冷期と温暖期に海面がどのように移動するか?水の動きをシミュレーションしたのですが、それを見た自治体の方から水害時の防災シミュレーションに使いたい、と多く反響を頂きました。

低地に流れる川が氾濫した時、どう浸水するのか?はCGや地図よりも立体模型で説明したほうが伝わりやすい点があります。

――周辺地域の安全な避難場所や、浸水する水のルートなどですか?

芝原:はい、よく「津波が来たら高台に逃げて」と言いますよね。
こうした情報をより直感的に可視化したいと思っています。

また隣接した場所でも平地なのか、川を遡ってくるのか、ルートによって危険度が全く違います。
こうした情報を普段から頭に入れて置く上で、立体地質図はとても役に立ちます。


■鉄道、建築など都市部も山間部でも広がる三次元地質模型の可能性


――防災以外での活用方法もあるのでしょうか?

芝原:都市計画やインフラと地質は関連が深いと思います。

例えば「鉄道」。
山間部にトンネルを通したり地形の谷間に線路を敷設する際に地質を把握することでトンネルを掘りやすいかどうか?がわかるため、工事計画に影響があります。

現在では、岩盤を掘り進む技術も発達していますが、やはりどこにインフラを通すか?を考える際に平面に等高線だけの地図で検討するより、山間部の立体的な違いまで把握できるほうが、利点が多くあります。

――山間部の無い、例えば都市部でも活用されるのでしょうか?

大道寺: ICTを駆使した建築・土木「i-construction」が今後盛り上がると思いますが、この分野との結びつきは深いと思います。

現在、東京都心約20㎞範囲で全ての建造物を模型化するというプロジェクト進めています。
膨大な都市データを三次元的に可視化し、プロジェクションマッピングで付帯情報を表示するニーズが多いと感じています。

※第3回国連防災世界会議で展示された仙台湾の模型。陸上(左側)の凹凸に比べ海側(右側)は遠浅のため平坦であり、
海底も含めた等高線が反映されているため、平野部や河川部の地形と浸水の影響がわかりやすくなる。

――日本に限らず海外でも活用できそうな話ですね。

芝原:実はカンボジアではかなり本格的な導入が進んでいます。NPO法人「ネイチャーセンターリセン」主導で現地で行っている環境教育プロジェクトで使用しています。

カンボジアは雨期に浸水が多発しますが、こうした情報の立体的な可視化や、地質と環境とのかかわりについて学ぶ授業で活用しています。

一方、カンボジアはASEANの中でも急速に経済発展しており、環境問題を含めて「これからのカンボジア」を考える若者が、ちょうど20代前半になり教育の現場に関わり始めています。

――ミレニアル世代みたいですね。

芝原:まさにその世代ですね。

これから経済発展させる上でどこに工業地帯を建設するか?において地形の把握がとても重要なのですが、カンボジア国内での自然科学や環境教育はこれからが本番といった段階にあります。

そこで地球技研の技術を使い、カンボジアの地形について歴史的な背景も含めて教育できるよう協力しており、実際に環境教育教材として利用されています。

まずは自分たちの周囲がどんな地形なのか?を模型を見て把握し、その後現地を視察する。
頭の中に立体的な地形が描けているので、雨季に浸水する場所をスムーズに把握できます。

※ネイチャーセンターリセンとの活動はカンボジアでの活動は大臣の耳に届き、教材は現在カンボジアにおける教員養成校の環境教育指導書に採用された。

■何億年も前の恐竜や、宇宙空間に触れて体験する「未来の博物館」


――会社の紹介資料で「未来の博物館」というキーワードを多く使用されていたのですが、これはどういったイメージのものなのでしょうか?

芝原;何億年も前の情報を、現代にできるだけ実感をもって蘇らせることが出来るということを考えています。

僕は化石研究が専門ですが、例えば「ティラノサウルスの体長は13メートルです」と聞いて、どう思いますか?

――どう思う・・・とても大きいなあ、と。

芝原:正直、ピンと来ないですよね。
ではこれを見て頂けますか?発掘された化石から最新のレプリカ技術で復元したティラノサウルスの歯です。よく見ると内側に細かいギザギザがあり、この部分で肉を噛み切っていたのでは?と言われています。

ティラノサウルスの歯。内側(写真左側)に小さなギザギザが並んでおり、
手をこすったら切れそうな感覚がした。この歯が口の中いっぱいに並んでいるらしい。

――ああ、実物に触ると印象が変わります。ガラスケース越しに化石の展示を見るのとは大違いですね。

芝原:そう、目の前に実物があり、触れるとがらっと印象が変わります。

地質標本館で全長9メートルの日本地図を三次元復元しプロジェクションマッピングで展示しているのですが、これと同じように3DプリンタやVRなどを駆使すれば、地球上全ての情報を実際に触れて学べる。

これが現在すすめている次世代の博物館展示の一部です。直感的に理解できるようになれば、博物館自体の面白さが変わると考えています。
現在開発中のより新しい技術と組み合わせて、未来の博物館を世界中に創出するのが次の目標です。

――元となるデータがあれば、ということは地球にいながら月面の地質を探索したり。

大道寺:出来ると思います。
実際、そんなに大きくないサイズであれば月球儀の復元は可能です。

しかし、大きなサイズで高精度に復元できればより可能性が拡がります。
僕ら地球技研の技術の強みもそこに活かされると思います、日本列島全部とか広範囲のものを高精度に復元できますから、地球にいながらの月面探査も、データ次第で可能だと思います。

――そういった「実物を目の前にした時の変化」は模型を提供した自治体の方からも感じますか?

芝原:はい、みなさん立体模型を目にした瞬間脳内のスイッチが入りますね。

次々とアイデアが出てくるんです、「この場所はもっと防災面でケアが必要じゃない?」とか「この辺りを避難場所に使えないかな?」とか。視点を共有し、創造性が急速に豊かになり、イノベーティブになる。

平面の地図って、人によって読解力に差がありますよね。
読み解く力も視野も人それぞれなので、平面図では脳内に描くイメージがバラバラになるのですが、これが高精度な立体模型だと、その場にいる全員の認知レベルをそろえる効果があるんです。


地質標本館に展示されている世界最大級の立体日本地図。
地質図、地形図、衛星画像の背景画像と、活火山、河川、交通網などを投影し、日本列島の成り立ちから産業利用などをビジュアル的に把握できる


■地球の過去からの変化を体験し、そこから学ぶ


――未来の博物館は、未来の社会にどんな影響を与えると思いますか?

芝原:人類の空間認知能力を飛躍的に底上げさせると思います。

人類は未知の領域に進み、新しい発見をしながらそのたびに発想を広げてきました。
古代では自分たちの周囲を陸続きでしか把握しておらず、船で航海に出ると海の向こうに新大陸を発見したり、自分たちの住む地球が丸いことを理解し、貿易や交通網も発達しました。

いま、その対象が改めて「宇宙」や「深海」に向けられているのだと思います。

――深海も月面も解明した先で、さらに想像も及ばないような未知の場所に人類が目を向ける。

芝原:はい、その時に地球の過去のデータが存分に活用できると思います。

地球は大きな環境変動と生物の絶滅を何度も経験しました。
「いつ生物は進化するのか」「劇的な環境変化を生物はどう回避したのか?」その解明の中で、「宇宙などの未知の場所で活かせるノウハウ」を多く得ると思います。

大道寺:先ほど月面探査の話で「月に行かなくても」という話がありましたよね。
同様に、地球全体が飢饉からどう立ち直ったのか? VRやARやプロジェクションマッピングと組み合わせて再現すれば、単なるアトラクションではなく「過酷な状況のどこにヒントがあるか?」を遥か昔の地球から学べるのかなと。

――新しい発想を得たい時、まずは未来の博物館に足を運ぼう、という場所ですね。

はい、最先端のイノベーションの苗床になること。
それが未来の博物館の役割だと思いますし、本来の博物館における目的や役割だと思います。


地球科学可視化技術研究所株式会社
芝原暁彦(しばはら あきひこ) CEO/代表研究員 古生物学者・理学博士
筑波大学自然学類卒業、同大学博士課程(生命環境科学研究科)修了。筑波大学博士研究員、産総研特別研究員などを経て、2011年から産総研地質標本館に学芸員として所属。2016年に産総研発ベンチャーとして地球科学可視化技術研究所株式会社を設立し代表に就任。「化石観察入門」(誠文堂新光社)、「世界の恐竜MAP 驚異の古生物をさがせ!」(エクスナレッジ)など著書・監修書多数。

大道寺覚(だいどうじ かく) 副代表
成蹊大学法学部卒業後、損害保険会社勤務を経て、ニシムラ精密地形模型に入社。2001年より同社代表者となり、2007年3月に法人化。2016年6月、NHK番組制作への協力を機に芝原氏と意気投合。地球科学可視化技術研究所を設立し、副代表に就任。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)