(※)この記事は2013年9月3日にastamuse「技術コラム」に掲載された内容を再構成したものです。
近年、猛威を奮うインフルエンザウイルスはパンデミック(世界的流行)が最も危惧されるウイルスである。ウイルスの球状表面はシアリダーゼ(別名ノイラミニダーゼ:NA)という酵素とヘマグルチニン(HA)というタンパク質によって覆われている。
HAは、ウイルスが感染しようとする細胞の表面に接着するときに作用する凝集性タンパク質であり、ワクチンとして利用されるほか、HAに結合する抗体をフィルターに固定化したウイルス除去シートなどが市販されている。
一方NAは、細胞内に侵入し増殖したウイルスが、細胞を破壊して外に遊離してくるときに作用する酵素タンパク質である。 現在の治療薬の主流であるタミフルには、このNAの酵素活性(酵素タンパク質の特定反応に対する触媒機能)を阻害するはたらきがある。
しかし、このウイルスの変異速度は非常に早いため、NAやHAの微細構造が時間とともに変わっていくことが、インフルエンザの予防、診断、治療を困難にしていた。 その一方で、HAの感染先細胞表面のシアル酸と結合する部位は、ほとんど変異しないことが知られている。 そこで、この変異の少ないHAのシアル酸結合部位に注目することにより、ウイルスの変異の影響を受けない抗インフルエンザ剤が開発された。
神戸大学大学院人間発達環境学研究科の江原靖人准教授は、シアル酸を含む糖鎖と核酸(ヌクレオチド)を結合した糖鎖修飾ヌクレオチドにより、インフルエンザウイルスの変異の影響を受けることなくHAと強く結合する抗インフルエンザ剤の発明に成功した。
さらに、糖修飾核酸をPCR(DNAを増幅する手法)などの生化学反応により複数つなげて糖修飾オリゴヌクレオチドを作製することもできる。 実験の結果、血球凝集阻害効果が認められ、タミフルに匹敵する治療薬となりうることも示された。
なお、本発明の糖修飾ヌクレオチドは、最終的には生体内で分解されるため、生体毒性がほとんどないことが期待されている。タミフル耐性インフルエンザウイルス、新型インフルエンザウイルスに対しても適用可能かどうか、検証が待たれる。