2年前にフィンテック領域への集中に踏み切ったAlpaca社は、その後MUFGのアクセラレータープログラム採択を経て様々なプロジェクトを金融業界と進めており、今年の5月には「ディープラーニングを活用したトレーディング業務の全面電子化」を目指し三菱東京UFJとの協業を発表した。
人工知能が投資・経済を動かす、その未知へのチャレンジについてAlpaca社の北山さんにお話を伺いました。
■短期的なトレーディングを人工知能に置き換える挑戦
―アルパカのやっているトレーディングの世界におけるAIの活用について教えてください。
やってることは凄いシンプルで、秒から分単位での相場、株価の市場価格予測です。
値動きのチャートのパターンを人間が認知できる範囲で「今が買いだ」「今売ろう」とやっていますが、こういうトレーダー自身がやっていることをAIにやらせてみようという試みです。
値動きの膨大なチャートパターンの分布をディープラーニングで学習させ、モデルが学んだ分布に従って取引をすることで利益をあげる。これが僕らの仮説です。
―その仕組みは長期的な資産運用とかにも展開できるんでしょうか
まず、トレーディングの世界は短期、中期、長期に分けられるのですが
週単位で分析するのが中期、月単位・四半期単位が長期だとすると、短期に比べてこのあたりは経済活動的な部分、国際情勢など短期的な取引には入ってこない要素も含めて「こっちにも張っておこう」という判断が入ります。
そういう意味で、元々「こういう値動きの時は次はこうなる!」と反射神経的な取引がされている短期での売買については、チューニングされたAIが出来たらAIのほうが得意だろうと考えているので、いまはそちらに集中しています。
―短期取引とAIは相性が良いということですか
もう一つあるとすれば、スタートアップ企業としての判断です。仮に中期・長期の取引に挑むと検証に短くて半年、長くて1年掛かります。
これが短期の取引であれば秒単位・分単位の話なので1か月でもかなり多くの検証ができます。
―短期、中期、長期の取引を全てAIで、というのは現状考えていない?
そうですね、中~長期的な運用は「説明」ができる技術が有利だと考えています。
短期的な取引は、実際のトレーダーも長年の経験や直感で行う、既に多くの会社ではアルゴリズムで動いている。
取引の結果が良ければいい、という世界ですが中~長期的な運用は少し違います。
人のお金を運用するということは、説明責任がより求められます。どうしてそういう取引をするのか?そういう部分は現状AIではきついので、人間とAIとのコラボレーションが大事だと思っています。
―短期的な取引については、AIで実現出来そうですか
既に短期的な取引って多くの会社ではアルゴリズムによって運用されてます。僕らが提供するものがその既存のアルゴリズムを上回るのが第一目標という感じです。
AIで100%儲かりますとは言えないですけど、それにチャレンジする仕組みは持ってます。くらいのことは言えます。
■金融といっても多種多様。僕らは「短期取引」にフォーカスしてる
―先日MUFGさんとの提携も発表されてましたが、AI活用の金融サービスとなると、色々企業からの相談も多いのでは
結構あります。金融機関の中でトレーディングってちょっと異色で、専門職・技術職的な側面があるので、数年経って配置換えで担当が変わった、ということがあまり無い。
ですから、腰を据えて双方取り組むことができています。
―AI活用して、トレーダーの仕事を代替する。って既存の金融機関から警戒されそうな気がするのですが
いや、そうでも無いですね。
仮にAIを活用して利益が創出出来たら、むしろより人員を投下するはすなんです。
全ての証券会社、全ての金融会社のビジネスの根本で、トレーダーを沢山人員配置してます。
そしてたくさんのアルゴリズムが動いてる。ここに僕らがAIでサービスを提供し利益を創出する話ですし、あくまでトレーディングという狭い領域ですしね。
―安く買って高く売る、だけが金融じゃない
そう、事業会社さんにどうリスクを消してあげるか?も金融の大事な役割で、
例えば石炭を買って商売する会社さん、石炭が高値の時に仕入れると沢山お金を出さなきゃいけないし、その後値下がりしたら「もっと安く買えたはずなのに」となる。いちばんシンプルなのはそれも踏まえて現金を沢山持つことですが、一般的には「数か月後にこの価格で売る権利」を持つ方が安く済むので、こういうヘッジと呼ばれるものを提供する。
それと、さっきの中長期の資産運用でいえば、投資信託の方が何かしらの予測モデルを建てて、長期的な運用をする。
高配当銘柄を買いつつ、その値下がりリスクを別で分散するという、既存の金融工学で設計された商品ですね。
―そういう意味では、凄くシンプルな領域をやられてるんですね。
そうです、我々がいまフォーカスしているのは「短期的にいかに安くうまく仕入れるか?」
トレーディングの世界における市場予測って、基本的には出来ないことを前提にみんなプログラムを組むのですが、
僕らは「短期であれば出来る可能性がある」という仮説を持ってチャレンジしています。
■世界的な人工知能・データ分析による金融への取り組み
―世界的にアルパカと近しいことにチャレンジしてる会社はどのあたりなんでしょうか
KENSHO や ピーター・ティールが出資したPalantirが世界的にフィンテックにおけるデータ分析としては有名ですね。Palantirは金融のみならずCIA御用達でウサマ・ビン・ラディンを探す際に用いられたり、と投資だけでなく国家を動かすレベルでのデータ分析基盤ですね。
これらに比べると、僕らは「時系列解析」に特化していると思います。過去の大量のデータから時系列解析のディープラーニングを走らせて、何百万パターンを解析してる。
いわば「凄い熟練のトレーダーを物凄く速く、たくさん育成してる」感じです。一般的な意思決定の人工知能というより、時系列解析のエンジンや画像認識に近しい。
―AIを使って意思決定補助するわけではない。
そうですね、すごい優秀で未来に対してトレーディングできる人をAIで育ててる感じです。意外とこの領域をそのままやっている会社って無いんですよ。まあトレーディングの技術って世に出ませんから予測の範疇ですが。
時系列のチャート情報って公知のもので秘密データを扱わないですし、
市場からかき集めやすいデータなんで、グローバルに展開可能な技術だと思ってます。
―アルパカがフィンテックの領域に絞ると決めた経緯は?
元々、「ラベリオ」というサービスを作っていたのですが、その後「画像認識技術をどこにフォーカスさせるか?」を決めなければという状況になりました。
医療なのか、マーケティングなのか、警備なのか。どれもその時点で見えていた市場サイズがあまり大きくなかった。
恐らくスマートフォン向けサービスの方向性にいけば大きいのでしょうけど、それだとグーグルやフェイスブック、マイクロソフトにどう勝つのか?となってスタートアップでは戦えない。医療だとIBMと戦うことになる。
それで、うちのCEOが金融出身だった点や、金融の領域にすぐ思いつく競合もいなそうだし、という経緯ですね。
―金融サービスって参入障壁高くないですか?
高いです。我々もAlpacaAlgoという独自サービスを展開していますが、それ単体でマネタイズするには難しかったです。
その後2016年3月にMUFGのフィンテックをテーマにしたアクセラレータープログラムに採択されたところから流れが変わりました。
実は各社AIを使った取り組みを凄くやりたいけど、社内にノウハウがなかった。そこで、一緒にやりましょうといってくれるチャレンジングな企業と出会うことができました。
MUFGのグループの企業とは、オープンイノベーションをやることに強いこだわりがあって、MUFG全体でアクセラレータのスタートアップを凄く応援してくれる土壌があったのがよかったのかもしれないですね。
■純粋に「結果さえよければOK」に挑戦する、振り切った世界
―北山さん自身は金融の経験あったんですか?
無いです。僕は前職ソニーでプレステ作ってましたし。僕が入社した次の日に「よし金融やるぞ!」とピボットが決まったので、画像認識技術をやるつもりで入ったら金融やることになってた。
金融といえど、じつはプログラミング勝負な世界なので、業界経験が無ければダメというわけでは無いんですけどね。
―それは北山さん以外のメンバーもですか
どちらかというと機械学習、もしくは何かしらアルゴリズムとか、エンジニアの世界から来た人ばかりですね。
CEOと、あとエンジニアで1人金融出身のやつがいて、元々金融の仕組みを理解してたのはその2人だけです。
ー会社のウェブサイトを見ると、かなり海外の方も多いグローバルなチームだなと思ったんですが
そうですね、いまいるメンバーにパリ第4大学という「フランスの東工大」みたいな大学があって、そこの機械学習専攻してた子が2人いますね。1人来てもらったら凄く優秀だったのでもう1人来てもらったという。彼らはかなりうちの柱だと思います。
アメリカのチームとは共通基盤となる時系列計算データベースを一緒に作ってます。
―機械学習とかAIのエンジニアにとって、アルパカの仕事の特色って何ですかね
振り切ってる点じゃないでしょうか
世の中で純粋に「結果さえ良ければOKだ」となる仕事って意外と少ないじゃないですか。
大量の時系列データを最先端のディープラーニングで追及して、ロジックの説明も不要、「どんなやり方でもいいから、最良の結果を導き出せ!」を追いかける、そういうのがみんな楽しそうだなって思います。
誰も登った事がない山を目の前にして、経験とかロジックとかじゃない。登頂できるか否かだけを追求。
そもそも未知の領域にチャレンジしてて、トレーディングの業界で価格予測に特化したものってないと思うんです。それって大量の時系列とか、最先端のディープラーニングを追求してやる分野なので、
―最先端の研究没頭してる人なら、就労経験とかは関係ないと。
そう、むしろ機械学習の分野とかになれば「ぼくは10年の経験があります」って人は滅多にいないし
ディープラーニングもここ5年くらいで、体系的に学べるようになってからも短い。
だから若くてもセンスがあって、最先端の情報をキャッチアップしてトライできる人であればいいと思います。
■最先端の投資AIを創る感覚は、最新のF1マシンを創る感覚と近い
―今後、アルパカの事業を展開していく可能性がある領域はどのあたりですか
【AIシステム・AIネットワーク】とか【市場予測・未来予測】とかですね。
今後、異なった領域のAIが結合して、また新しい価値を生む気がしています。
最新の研究で「AI同士の合議制」という設計に取り組んでいるものもあって、その仕組みが投資の世界に来る気がしますし、僕らが次の展開を考える時にも近い気がしています。
―AI同士が合議してくれたら、中長期的な投資にも使えるかもしれないですね
そんなに遠くない未来に、人間とAIのコラボレーション、AI同士のコラボレーションで最終判断するシステムってくると思います。
フィンテックという領域から一歩出て、色んな情報のセンシング、情報のパースを行った意思決定、そういうものが自然と求められると思います。
―大きなAI、「強いAI」の話ですね
投資のAIって汎用的人工知能(AGI: artificial general intelligence)とかを作る方に向かうと思います、最終判断が投資するか・否かという点で、投資のセクターに向いてるとも思いますし。
―人工知能のアルゴリズムを突き詰めていて、たまに生命的・人間的な何かを感じたりしますか?
(即答で)ないですね。
人間というより、車とかのほうが近いですよ。
純粋なアルゴリズムの世界なので、エンジンが駆動してるなっていう感覚。
大量のデータというガソリンをぶち込んで、走らせる、取引の成果がスピード。
生命というより、最新のF1マシンを作ってる感じに近いかも。
ただ、そこにやっぱり人が介在するんですよね。車もドライバーが必要ですから。
北山朝也 AlpacaDB Inc. Head of Japan R&D担当
10年間ソニーに在籍し、PlayStationのサポートチームのマネージャーとしてゲームタイトル開発者とPlayStation開発チームの橋渡しを行う。
2015年よりAlpacaに参画し、金融機関との様々なプロジェクトを企画・実施、金融 X AIでビジネスをつくることに日々もがく。
慶應義塾大学・慶應義塾大学大学院卒、2008年度IPA未踏スーパークリエイター。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)