VR(virtual reality)を活用したサービスが浸透し始めているが、その大半がゲームやエンタメ分野のもの。
「ゴーグルをはめて体験する娯楽」のイメージが強い中、医療現場、手術現場で既に実際に活用されているVRサービス「HoloEyes」が脚光を浴びている。
膨大なCT・MRI画像を3Dデータとして活用し、世界の医療現場を変革する可能性があるこのサービスについて
現役の医師でもありHoloEyesのCOOを務める杉本さんと、CEOの谷口さんにお話を伺いました。
■実際の手術で使いながら「これはいいな」という感触があった。
―HoloEyesというサービスはどのようにして生まれたんでしょうか?
杉本(写真右):当時医療に関する案件をやっていた谷口さんが私のインタビュー記事をネットで見つけて、twitterでアクセスしてきたのが最初の出会いですね。
人体のイラストやCGを、実際の患者のデータから作れませんか?という相談されまして、普通の医者は3Dポリゴンデータなんて扱わないので出来るとは言いませんが、僕は普段からソフトウェアの開発もしていてデータ容量軽く立体視出来るメリットを知っていたので「できますよ」「じゃあやってみましょう」と、それが最初ですね。
―VRを使って医療データを扱う、という話からスタートでは無いんですね
杉本:谷口さんと色々話す中で、「ダヴィンチ」という手術ロボットのプロジェクトにも関わっていたので、そこで「VRで3次元的に見る」というのをやったんです。その時にアームの動きも直感的だし、扱うデータも軽いし、これなんかできそうだな。と2人で3年くらいアプリケーションを作っていたんです。
僕が実際の手術をする際に使ったり、実臨床としてこれはいいなという感触がありました。
そのうち学会で発表したら賞を取るし、出資したいという人から連絡もらって「いやまだ法人登記してないです」って答えたり、周りの医療関係者から「これいくらなの?」って値段聞かれたり。
―値段聞かれるって、わかりやすい「ニーズ」のシグナルですね。
杉本:その後、ある知り合いから、「VRクリエイティブアワード」というコンテストに出ませんか、とご連絡を頂きました。医療こそVR活用を、という想いもあったので、応募しVRの医療活用をご紹介したところ、優秀賞に選んで頂きました。
それまで医療現場でのニーズは感じていましたが、VR全体でも価値があることなんだと気付かされたり、その後TOKYO VR STARTUPSというgumiが主催するプログラムに採択されました。
ビジネスモデルが明確なのもよかったと思います。普段から医療現場に大変な課題があって、それを解決出来たらお金が動く。まだ本格的な収益化の前段階ですが、色々と既に動き始めています。
■「医療現場で使えるクオリティ」直感的な操作で体で覚えられる。
―現状のHoloEyesのフェーズは
谷口(写真左):プロトタイプの製作はひと段落して、いまはクラウドベースのサービスにするためのサーバー部分を構築している段階です。
VR空間の中で、目の動き(カメラ)や手の動き(コントローラー)、それとその場でやりとりした音声データも全てクラウドに保存する、というのを提供しています。
従来の手術は、文字で書いた記録がメインですが、それでは3次元的な動きがデータとして残りません。そこを変革するものをやっています。
―医療現場でのデータの蓄積は現状どういう状況なのでしょう?
杉本:大工の棟梁と一緒で「目で見て盗め」の世界です。
ビデオ録画した映像を見る、くらいのことはしていますが、座ってビデオ見て学習しても実際の手術では当然自分が動きます。だからVRにすれば立体で動いた情報を、立体で再現して、見る本人も立体的に体感することで習熟プロセスが効率化できる。
―文字通り「体で覚えられる」
杉本:そう、習熟のトレーニングって複数人でやるほうが効率良いのですが、それは失敗の共有だったり、教える側も「どこでミスをしたか」を特定したり、一流の人が持つコツを知ったり、こういう非言語的なところをデータで蓄積できるのが大きい。
データ蓄積ができるということは解析できる、学ぶ側の習熟度合いも可視化できる。
現場の課題を解決するものが実現できそうだし、簡単に負けないという自信もありました。
―簡単に負けないという自信とは?
杉本:「医療現場で使えるクオリティ」です。
数年前、Apple社のウェブサイトに、手術中にiPadで医療アプリを活用する自分たちの事例が掲載されたとき、Appleの方が「手術室や医療現場は一番過酷な環境だよね、そこでも使われるってことはどこでも使える可能性がありますね」と言ってたんです。
これはその通りで、滅菌環境や狭い空間など様々な制限があり、1分1秒を争う手術中でも、直感的に操作できて、ミスが少なく、反応速度や安定動作が担保される、という証しだったのです。実は今のHoloEyesもこのレベルを目指しています。
―医療現場で既に使えるクオリティのものだ、という自信。
杉本:医療現場で使われているアプリケーションは、ヘルスケア領域でも「医療現場で公認されてるもの」として評価される、というのは実際にあります。
以前テンピュール枕やドクターサンダルが流行った時、売り文句が「病院で使われてる」というもので、高品質であることの証明といいますか。
逆に、医療現場や手術室で使えないレベルのものは、他の場所でも何かしら問題が起きる。
患者の命と安全を最優先する環境で、本当に快適で直感的に使えるものって最終的に選ばれるんです。
■日本には膨大な医療データが眠っている。それを活用して海外へ
―医療現場で使う上で、許認可とかそういったしがらみは無いんですか?
杉本:もちろん、HoloEyesを医療機器として販売しようとすれば認可してもらう必要あるし、医療費として保険適用するとなれば色々大変です。
ただ現状では医療機器認可も保険適用も「やらない」というスタンスを考えています。
―これは医療機器ではない、という位置づけ。
杉本:例えば、手術室内にある鉛筆や天井の電気は別に医療機器じゃないですけど、手術室で使っちゃダメとは書いてありません。
HoloEyesも、いわば「カーナビ」みたいなもので、ナビゲーションを参考にして医者が手術を進めるもの。
カーナビを積んだ車が事故を起こして、カーナビが問題視されることはありません。
―たしかに診断や治療を行う装置では無いですね。
杉本:それに医療機器認可や保険適用を受けたことで、大変な思いをする人も沢山見てきたんです。
高額で使いづらく多くの医者が使えない医療機器は山ほどありますし、許認可を受けたあとその後の維持や保守管理・品質管理にコストもかさみます。
―かなりベンチャーとしての戦い方を意識してると感じます、ビジネスモデルはどう考えていますか?
谷口:最終的には、データビジネスですね。
あらゆる症例データを3次元データとして保持して、APIで提供して、データ自体が改ざんされていないことをブロックチェーンで証明して、データ提供先の会社では何か活用したビジネスが展開される。
だから医療サービスなんだけど、ビジネスモデルはネットサービス的なアプローチ。
―データの活用先でニーズあるなら海外にも意欲的に展開する。
谷口:むしろ海外展開の可能性は凄くあるんです、というのも日本はCTスキャンの機器台数が世界一で。
杉本:そうそう、ケタ違いで日本はCTやMRIの台数自体が多い。ということは医療データも膨大にある。
でもその大半は捨てられています、僕らは医療現場で捨てられるデータをリサイクルするので、原資が掛からない。
―データのリサイクル、とは?
杉本:CTで撮影した人体の輪切りデータはそのままだと大半捨てるだけなんですが、僕らはそれを「3次元データ化する」というリサイクル手法です、捨てられる石をダイヤモンドカットしてピカピカにしてる。
さらに誰も思いつかなかった新しい医用画像データ取得と管理に関する特許も申請しました。
―日本で得たCTデータを、海外の医療現場に流通させる。
杉本:海外だとまともにCT撮影せずに手術してる国が沢山あります。
肝臓切る時どうしたらいいか、日本だとこうしてるらしい、でも具体的にどうやれば・・・という医療現場に3次元データを購入してもらう。
当然、肝臓にもデータの個体差がありますし、病気の進行具合ごとにピンポイントのデータが探せるように閲覧検索サービスを提供します。
医療現場で捨てられるCTデータをディープラーニングでデータ整備を進めて、これむしろ後進国や発展途上国のほうがニーズあると思いますよ。
―先進国はどうですか
杉本:先進国ならより細かい検索をするでしょうね、病期の進行度が例えば○○癌のステージ3で、リンパ節転移が、○番にあって・・・と。こういう詳細検索する場合はデータ閲覧の単価を上げていくとかを考えています。
■テレビをみた患者さんが「アレはないの?」と医者に聞く。それによって医療現場が動く。
―杉本さんは精力的に講演活動をしたり、テレビ取材で報道されていますが、心がけている事は?
杉本:テレビ取材を受ける際には、基本的にテクノロジーの紹介や社会的価値をしっかり扱ってくれるものに絞っています。なるべく一般の方にも「既に医療現場でも利用できる技術があって、身近な存在なのだ」と感じてもらいたいと思っています。
―テレビって影響力あると思いますが、いい効果はありますか
杉本:一般の方がテレビで見ると、実際に病院で患者さんが「先生の所では、あのテレビでやってたアレは無いの?」って言うんですよ。
すると、医者は一体なんだ?と慌てて調べて、僕らの情報にたどり着く。
あと、テレビで「いまお見せしたこの技術は●●で実際に提供していて」と流れると、放映後に患者さんが「あのテレビでやっていた技術をやってください」と病院に来られます。
その情報を元に一人でも外来患者がふえれば、医療経済効果にも繋がり、そういう面でもプラスです。
―テレビの収録は準備や拘束時間とか、大変そうですね。
杉本:身近で重要なことに使われている技術なんだ、と伝える使命感を持ちながらやっています。
収録時に「シェアリング」というVRゴーグルをかけていない人も、その場にいる人が同じ映像を見られるようにデモンストレーションしたのですが、実はスタジオのWifi環境など準備が凄く大変なんです。
VRは、ゴーグルを装着してる人だけが体験するエンタメサービスではなく、「既に現時点でこういう医療の大事な現場で使ってますよ」と届ける、そしてシェアリングしながら、別のカメラでゴーグル内に見える画像を合成し配信することで、ゴーグルを付けていない人にもわかりやすく伝える。
具体的な技術がわからないほかの出演者が「すごい!」と反応したり、患者さんが病院で伝えることができたり、そういう誰でもわかる体験って大事なんです。
―最後に、杉本さんが気になる技術や市場ってありますか。
杉本:HoloEyesを念頭に置くと、医療行為だけでは無くヘルスケア関連のメーカーさんとか、製薬・創薬であったり、未病・セルフメディケーションに展開していきたいですね。
杉本 真樹 HoloEyes株式会社 取締役兼COO, 国際医療福祉大学大学院 准教授
医師/医学博士
帝京大学医学部卒業。専門は外科学。帝京大学付属病院外科、国立病院機構東京医療センター外科、米国カリフォルニア州退役軍人局Palo Alto病院客員フェロー、神戸大学大学院医学研究科消化器内科 特務准教授を経て現職。
医用画像解析、VR/AR/MR、手術支援システム、3Dプリンターによる生体質感造形など、医療・工学分野での最先端技術の研究開発や、医療機器開発、医工産学連携推進に尽力。2016年HoloEyes株式会社を創業、医療ビジネスコンサルティング、知的財産戦略支援、科学教育、若手人材育成を精力的に行っている。
また医療・教育・ビジネスなどの多分野にてプレゼンテーションセミナーやコーチングを多数開催。2014年Apple社Webに世界を変え続ける世界のイノベーター30名に選出。
日本外科学会専門医・日本消化器内視鏡学会専門医・日本内視鏡外科学会技術認定取得者・医工連携推進委員。
谷口 直嗣 HoloEyes株式会社 代表取締役CEO
CGスタジオのR&D部門を経て、ゲーム開発、インタラクティブコンテンツ企画開発、ロボットアプリケーション企画開発をフリーランスで行う。
HoloEyes株式会社を設立し、医療分野でのVR活用サービスを開発中。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)