世界的な超高齢化時代を見据え、ロボット技術を医療に活用した「手術支援ロボット」は未来の医療として期待されている。
「da Vinci(ダ・ヴィンチ)」が切り拓き世界中のメーカーが参入する中、日本の大学発ベンチャーリバーフィールドは「人体に優しい、柔らかい感触を伝えられるロボット技術」を武器に未来を見据えている。代表の原口さんにお話を伺いました。
■繊細な感触を伝えられる手術用ロボット
―リバーフィールド社の特色を教えてください。
一番は「ロボット技術を応用した医療機器」である点だと思います。
日本は医療機器分野で世界的にも大きなシェアを誇りますが、その大半はMRIなどの検査用機器です。
「治療用機器」に目を向けると日本メーカーは少なく、世界でもマイナーな存在です。さらに治療用機器の中でロボット技術の応用となると、国内では僕たちを含めて数社程度しかないと思います。
―手術用ロボットは、海外のIntuitive Surgical社が展開する「da Vinci(ダ・ヴィンチ)」が有名です。違いはどういった点でしょうか?
ある程度共通する部分もありますが、ダ・ヴィンチは「内視鏡手術を支援するロボット」という位置づけです。医者にとって技術的に難しい前立腺などの骨盤の中にある場所で、1ミリ以下の精度で動かせる点でロボットの技術が活きています。
一方リバーフィールドの手術用ロボットも内視鏡手術のためのロボットですが、特に「空気圧駆動の技術」を活かした力覚フィードバックが強みだと思います。
当然人間の体や患部は柔らかく繊細ですから、「触った時の感覚」が大事です、これをしっかりと操作者に伝えることができます。
「感触を伝えられる手術用ロボット」、これを実現しようとしています。
―現状の開発状況や、導入状況を教えてください。
2020年の販売開始を目指して開発中ですが、2年前から先行製品の「EMARO(エマロ)」を出荷開始し、国内で数か所の施設に導入いただいています。これは体内に入れるのではなく体外で医療器具を把持するためのロボットです。
都内だと、共同研究を進め導入第一号となった東京医科歯科大学にありますね。
―導入された施設からどのような反響を得ていますか?
好評なのは「視野が安定する点」と「頭の動きに連動して直感的に操作できる点」です。
手ブレも無くしっかりと停止しますので、従来のようにスコピストが内視鏡カメラを持つよりも手術時の映像が圧倒的に見やすく、頭部に設置したセンサーで視野を直観的に操作できるので、「見たい」と思った瞬間にレスポンス良く動く点を評価いただいています。
逆に課題としては、「もう少し値段や大きさが手ごろにならないか?」という意見です。
どうしても先行製品で機能も限定されていて、保険償還の点数もつかない。こうした声に応えるために、製品改良をはじめお客様にメリットある販売パッケージを検討中です。
■先進的な医療技術が浸透する中国と、「日本製」のアドバンテージ
―世界的に、手術支援・治療支援ロボット分野はどのような状況にあるのでしょうか?
国内ではリバーフィールドのほか手術支援ロボット事業を行う企業は少ないですが、世界的には手術支援・治療支援といういわゆる侵襲性を伴うロボットはダ・ヴィンチが市場を開拓し、他にも大手からベンチャーまで様々なロボットが開発されてきており、臨床導入も進んでいることから、今後も「手術ロボット」は大きな市場になるポテンシャルがあると思います。
―リバーフィールド社自体に海外からお声が掛かることも多いですか
あります。欧米はもちろんですが、アジア各国も、特に中国は非常に活発です。
トップレベルの病院も多く、軒並みダ・ヴィンチ等の最先端治療機器を導入して先進的な医療を提供しています。そういった施設から導入の検討で声を掛けて頂くケースが多いですね。
ただ、国ごとに異なる薬事制度での承認取得や、海外への進出には多くのリソースがかかります。そういった点を引き受けて一緒に事業展開してくれる会社がいてくれたらありがたいです。
―「日本発」であることの利点や課題はありますか?
利点はものづくりとしての「メイドインジャパン」です。
海外では「デバイスがメイドインジャパンです」と言うと信頼してくれますし、訴求力あるなと感じます。国内でも日本製というだけでアドバンテージを感じます。もちろん、日本の医師の声をいち早く製品に反映したり、国産ならではのサポートの良さといった地の利もあります。
その利点と表裏一体ですが、日本の高い医療水準に見合った安全性と品質を持った手術支援ロボットとして承認を取るため、開発から試験評価、審査期間を含めて市場投入までのプロセスを以下に短縮できるかが課題です。
―そういう状況の中で、事業展開戦略はどうお考えですか?
市場環境に柔軟に適用するための戦略を心がけています。
本来はベンチャー企業らしく1分野に集中し突き進むのが王道なのかもしれませんが、手術支援ロボットは既に「全くの未開拓分野」では無くなってきています。
ダ・ヴィンチが医療業界に風穴を開け、世界各国でベンチャーも大企業も乗り出している急成長市場です。いわば全員「ダ・ヴィンチに続け」と競争状態にあり、そういった状況で1分野に絞っていても難しいと考えています。
現状はダ・ヴィンチ1強状態ですが、まだまだ限られた術式にしか対応できていないのが現状です。従来の手術では実現できない高品質な外科治療を可能にする手術支援ロボットを、もっと一般的に導入普及できると思いますし、将来は単なる機械装置ではなく、手術室の統合されたシステムプラットフォームとしての構想を、各社と連携しながら進めるというコンセプトで考えています。
■「ベンチャー企業として」「医療機器会社として」相反する点での葛藤
―医療機器、という括りで言えば大手企業も多いと思いますが、なぜそういった企業と連携し研究を進めるのではなく、大学発ベンチャーとして創業したのでしょうか?
間違いなく世に出すため、です。
仰る通り、大学の研究として名だたる大企業の方々に完成度の高さを評価して頂き、時には「技術を譲ってくれないか」と言って頂いた事もありました。
ただ、大企業の方からすれば「手術支援ロボット」単体の市場は小さく感じます。
市場が小さくとも、治療機器には当然リスクがあり何か起きれば会社全体がその責任を負うことになります。小さな市場規模しか見えない状況で、どうしてもそのリスクを負う決断は難しくなります。
大手企業に技術を評価され、ライセンスや研究協力したとして、それは実用化する事を保証しません。僕らの手で空気圧技術を活用した世の中に無いものを実現し、間違いなく世に出す。その決断を自分たちでする点を重視しました。
その後文科省のスタートプロジェクトからの支援や、投資会社との出会いもあって創業し事業化に進んだという流れです。
―創業からの数年で最も印象的だったことは
やはり最初の製品を出荷するという決断をしたことです。
正直当時は色々な議論や意見がありました。この時点で出荷していいのか?という葛藤です。
『早期に販売したい』というベンチャー企業の経営者としての想いと「もっとよくできる」という開発者としての想いの葛藤ですね。医療機器としての必要な試験評価を全てクリアした後でも「この段階で本当に出荷してよいのか?」という葛藤がありました。
決断し出荷開始した後に、マーケットからのフィードバックを受けて、その対応に追われる場面もありました。でもいま振り返れば、実際に製品を出荷し売っているという状況自体が、応援してくださる医師とのつながりや、次の事業への一歩となる糸口を生むんです。それを体感できたことは印象的でした。
―近年、研究開発型・大学発ベンチャーと呼ばれる企業が増えてきましたが、情報交換されることもありますか?
ありますね、特に医療と近い領域の方とは事業や人材などあらゆることで相談させて頂いています。僕らは創業時から国の支援を受けたりある意味恵まれていた部分もありますが、みなさんアントレプレナーシップが凄くお話をするたびに感銘をうけます。
■自分にとって非常識なことを一旦受け入れる「順応力」
―いまリバーフィールド社には何名の方がいるのでしょうか?
約25名程度です。現状はほぼ中途採用で欲しい業務における即戦力の方に入って頂いています。
特に多いのは、大企業経験者で今まで細分化された業務をしていたが、それに対する物足りなさや意思決定プロセスの長さに悶々としていた人、挑戦的なことをしたいけど出来なかったといったケースですね。
―そういった方が面接に来た際、原口さんはどこを見ていますか
どうしても履歴書・経歴書の書き方に左右されそうになるので、「その人がやったこと」と「その人が所属していた組織がやったこと」を見極めるようにしています。
特に大事なのは「順応力」だと思います。
自分の中で非常識な話を一旦受け入れる、経験の無い意思決定や手法を、体裁考えずにまずはやってみる、自らの手を能動的に動かせるかどうか。そういう人が向いている気がします。大企業が嫌で飛び出した人でも、実はそういうことができない人は多いので。
―経歴はどう見ていますか?医療業界外から入る方もいると思います。
むしろ医療ビジネスに関わっていた人のほうが少数派です。
仮に医療ビジネス未経験でも、僕ら創業メンバーや医療に精通した顧問や提携先もありますので、わからない事は教えますからそこは心配していません。
「医療機器」と「ロボット技術」が掛け合わせの新しい市場ですから、両方の経験がある人はほぼいません。どちらかの経験を持つ方を採用し、足りないものは入社後に身に着けて頂くという感じです。
―逆に、原口さんからはどういうお話をされるのでしょうか?
ダ・ヴィンチという先行モデルはあれど、まだ手術支援ロボットの定義自体が無いに等しい。リバーフィールドはその「世の中に無いもの」を先進的技術で提供し、世の中の役に立つための会社だよ。という話はよくします。
医療は「一発当てて終わり」では無いんです。
僕たちはベンチャー企業ですがイチかバチかのビジネスをやっているのではなく、医療機器という社会的責任の大きい事業で、社会に長く貢献をするためじっくりと長期的にやっていく会社だよと。
いま在籍しているメンバーも、応募時に技術やビジネスの面白さだけでなく「社会的な貢献ができそうな会社なので」という人は多かったと思います。
プロフィール
リバーフィールド株式会社
原口 大輔 代表取締役社長 博士(工学)
2003年防衛大学校卒業後、防衛省航空自衛隊入隊。2013年東京工業大学大学院 メカノマイクロ工学専攻 博士課程修了。東京工業大学 精密工学研究所 特任助教を経て2014年リバーフィールド株式会社 代表取締役専務に就任、2015年4月より同社代表取締役社長
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)