オープンイノベーションの促進および新産業創出のエコシステム構築に取り組む企業に着目し、その事業と目指す世界観をご紹介する「未来を創るオープンイノベーター」特集。
前回の『BeSTA Fintech Lab』に続き、4回目の今回はアルバイト・パート求人情報サイト『バイトル』や総合求人情報サイト『はたらこねっと』で知られるディップ株式会社で日本初のAI・人工知能ベンチャー支援制度『AI. Accelerator』を運営する次世代事業準備室 dip AI. Lab 室長の進藤 圭さんにお話を伺いました。
■労働力の提供方法をアルバイト人材からAI活用に置き換えていく
―dip AI. Labの成り立ちを教えてください
もともと次世代事業準備室という部署の中で新規事業開発を行っているのですが、その中でも自分たちで新規事業を創るパターンと、M&Aや投資によって創るパターンの2通りがあります。
dip AI. Labはその中で、自社のAI開発とAI情報メディア『AINOW』の運営、そして『AI. Accelerator』の運営を行うラボとして設立されました。
―AIに特化した理由とはどのようなものなのでしょうか?
背景としては、労働の人口問題があります。若年人口は減っていく一方ですが、モノを買う人=高齢者は減っていないという状況で、十分なサービスを提供できないので儲からないという構造が、飲食業や小売業を中心として大きな課題になっています。
ディップは若い人材をアルバイトとして提供するサービスを展開してきましたが、労働力不足の解消のため労働提供をアルバイト人材とAIやロボティクスをミックスしたものに置き換えていくというミッションを、5年くらいかけて実行していこうとしています。
―従来の人材業をどう変えていくか、という観点でAIを選択したということですね。『AI. Accelerator』は200人以上ものメンタリングチームをネットワークしているとのことですが、このネットワークはどのようにして構築されたものなのでしょうか。
『AINOW』というAI専門メディアを運営しているのですが、このメディアで識者の方々にインタビューしていまして、それがそのままネットワークになっています。どの方がどのような技術リソースを持っているのか、どの分野が専門なのかといったところを、産学官を横断する形で網羅しています。
データベース上では学術系が100人以上、あとは企業であるとか、AI領域に強いVCの方などですね。
■20万超の企業データと1200名の営業チームを活用
―求人サービスを提供してきたディップならではの強みとして、20万超の企業データを保有しているということが挙げられるかと思います。具体的にはどのように活用されていますか?
いま実際に使われている例でいうと、どの会社が求人を出しているかということは、ほぼイコールでどの会社がお金を使っているかということだったりするので、そのシグナルとして、営業支援系のAIを開発しているベンチャーに活用してもらっています。
また、企業データとしては20万件ですが、営業リストは100万件以上あるので、これをビッグデータとして提供するといったこともしています。
―出資や事業提携が決まった企業に対しては、ディップの1200名の営業チームが顧客開拓などで支援していくということですが、この営業チームというのは、もともと求人サービスの営業をされてきた方たちですよね?
そうです。派遣会社さん向けの営業部隊が約100名、病院向けが約100名、一般の商店向けが約600名、大きめの法人向けが約400名といったところです。
―AIのような先端領域から生み出されるサービスというと、これまで扱ってきた求人サービスとはだいぶ勝手が違うように思いますが、現場に戸惑いのようなものはあったりしますか?
ありますね。まだテストセールス段階ですが、AIのことを突っ込んで聞かれたらどうしよう、とか…。
ただ、セールストークで「AI」の部分を前面に出すということはしていなくて、これを導入することによってこれだけ作業が楽になりますよ、といった説明をするようにしています。そしてそのエンジンはAIで出来ています、と。これが逆にAIの説明から入ってしまうと大変なんですが、いまアルバイトが採れなくて困っている仕事がこの値段でできます、それにはAI技術を使っています、という説明だとご理解いただけるようです。
アクセラレータのほうでも、アルバイトの代わりに提案できる、という部分を重視して支援先を選ぶようにしています。具体的にはRPA(ロボットによる業務自動化)やチャットボットといった領域ですね。
―出資先には最大1億円を出資するとのことですが、実際はどういった状況ですか?
実際は1億円が上限ということはないのですが、いまはわかりやすく1期1億円が最大のバジェットという形になっています。
いま選んでいる企業はほとんどがシードラウンドで、事業やサービスの形がようやく見えてきた、といった段階のところがほとんどです。その先の段階となると、既存のVCさんなどで育てていただくことができますので、我々のほうで取り組もうとは考えていないですね。
―どちらかというと現在の本業をリプレイスしていく方向で事業創出していこうとされていると思いますが、逆にこの取り組みが本業にも還元されているといったような部分はありますか?
ありますね。ラボの役割のひとつに、社内のAIを開発するというのもあります。たとえば求人原稿の審査AIであるとか、テレアポの繋がりやすさを算出する機械学習エンジンといったものです。
求人原稿の審査AIはもう1年近く動いていて、アルバイト3人分くらいの業務量はこなしています。
■「特化型」AIに注力
―AIにも様々な用途があると思いますが、dip AI. Labではこのような領域が強い、といった傾向はありますか?
人工知能は領域としては幅広いですよね。僕らは(人間に近い判断が可能な)汎用型と(特定領域に特化した)特化型というように分類していますが、汎用型でいうと、ドラえもんのようなAIを作ってる人もいますし、特化型でいうとアームを作ってる人もいます。
僕らの投資対象という意味でいうと、特化型のほうになります。アルバイト人材は、たとえば皿洗いのように特化型の業務をしていますので、そこをリプレイスしていくようなイメージですね。
―汎用型はまだ難しそうですか?
10年後だったらあると思いますね。そのときは正社員、ホワイトカラーの判断業務が対象になってくると思います。
ただ現状でいうと、汎用技術の開発は、まずお金と時間がかかるというところで我々は手を出していないですね。アクセラレーターで選ばせていただいてるのも、何かの役割なり業務をしたりする特化型のものばかりです。
―日本ではチャットボットのようなコミュニケーション分野や、生産技術分野でのAI活用に強みがあるイメージですが
自由に話すような高度な言語系は正直短期的には厳しいと思っています。ディップで注目しているのは画像だったり、工場の異物検知、調理といった分野ですね。基本的な技術で自動化ができる分野です。
医療分野も有望で、第1期の採択企業ではHoloEyesという医療系AIの会社があります。CTやMRIの画像は、日本が世界で一番持ってるんですよ。それを活用したAIの技術開発は日本が一番になれる領域だと思います。腫瘍の位置特定とか、腫瘍が出やすい体形のパターン特定などですね。
■AI技術の需給双方をメディアデータベース化して出会いやすい状況をつくる
―今回、「未来を創るオープンイノベーター」特集という切り口でお話を伺っていますが、いまのオープンイノベーションの潮流の中で、dip AI. Labはどのような立ち位置だとお考えですか?
オープンイノベーションという文脈でいうと、やはり『AINOW』というメディアがハブになっているのが大きいですね。
オールジャンルでイノベーションというのは、情報の密集度が足りないため、なかなか成立しづらいという問題があると思います。dip AI. Labでは、AIの分野で産官学の方々が、ほぼほぼ集っているという密集状態を作るということを狙っています。
―AI技術を求める側と、提供する側の需給のバランスでいうと、圧倒的に需要のほうが多そうですが
需要のほうが多いのですが、整理されてないんですよね。求めようにも、誰が何をやっているか分からないので、うまく情報が流れていないという状況です。
我々が果たす役割としては、需給双方のメディアデータベースを作って、出会いやすい状況を作るというのがひとつのやり方だと思ってます。『AINOW』で人工知能業界マップを作ったりしているのも、そういう狙いがあるからです。
―AI関連のスキルを持つ人材は、いわゆるAI分野ではないところにも散在していると思いますが、そこから人材を見つけ出す難しさはありませんか?
難しいですね。AIはいわゆるIT技術の領域のひとつで、ベースになっているのはデータベースのスキルと、そこからアルゴリズムを構築する数学系のスキルといくつかに分かれています。いままでは、これをそれぞれに専門特化した人たちがやっていましたが、AIだと横断的に必要になるという状況があります。すべてを一人の人に任せようとすると該当する人がいないのですが、専門を分けて考えると結構いるな、という感覚で見ています。
最近では、心理学とか統計学、計量経済学といった分野からAI分野に移動する人が多いですね。
―最後に、dip AI. Labの今後の展望を教えてください。
2つあります。ひとつは、自社でAIサービスを出すということです。社内向けには出しているのですが、社外向けというのは狙いとしてありますね。
もうひとつ、アクセラレータに関していうと、自社内ではできない新しいスタートアップを世の中に出して行くのが仕事になります。年内で30社、アクセラレータから卒業させるというのを目標にしています。
[Profile]
進藤 圭
ディップ株式会社 次世代事業準備室 dip AI. Lab 室長
ディップ2006年度新卒入社。3年で15億円の売上に成長した看護師人材紹介「ナースではたらこ」の事業化など、 20以上のサービスの企画立ち上げに参加。現在は、企業投資育成活動や、アニメの舞台めぐり「聖地巡礼マップ」など新規事業に挑戦中。