オープンイノベーションの促進および新産業創出のエコシステム構築に取り組む企業に着目し、その事業と目指す世界観をご紹介する「未来を創るオープンイノベーター」特集。
前回の『dip AI. Lab』に引き続き5回目の今回は、2012年の設立以来、約3000社のスタートアップ企業が登録するオープンイノベーションプラットフォーム『creww』を展開し、大手企業とスタートアップ企業を繋ぐ『crewwコラボ』を約100社の大手企業と開催しているCreww株式会社の水野 智之さんにお話を伺いしました。
■事業成長を加速させるために大企業との実証実験に着目
―数あるオープンイノベーション支援サービスの中でも、Crewwは一貫してスタートアップ側に立ってきた、という印象があります。「スタートアップのコミュニティ」と謳っていた頃から、大企業から注目されるようになり、数々の『crewwコラボ』が実現するようになるまでにはどのような過程があったのでしょうか?
日本では、いわゆるスタートアップというスタイルのベンチャー企業と、スモールビジネスというビジネスモデルでやっている中小企業が一緒くたにされる傾向があります。両者は生態系も成長の仕方も全く違うにも関わらず、スタートアップ企業にフォーカスしたコミュニティやサービスというものが、日本にはありませんでした。
そこで2012年にCrewwを立ち上げたのですが、スタートアップ企業が成長して、IPOなりM&Aなりをするところまでに必要なものをサービスに落とし込もうと考えたときに、大きく分けると「人」「資金調達」「事業の成長そのもの」の3つがありました。
「人」に関しては既存のHR業界があります。「資金調達」に関していうと、『creww』には個人の投資家やVCの方が約1万人登録しているので、その人たちとスタートアップをマッチングすることから始めました。
また、「こういう人材を探しています」とか「ベンチャーに興味があります」というエンジニアやデザイナーの方が現れて、HRサービスという形ではなく、コミュニティの中でハイアリングが行われるという事例が出始めました。実際、スタートアップから『creww』のコミュニティで5人採用しましたという報告をいただいたこともありました。
―「人」と「資金調達」の部分は早々にクリアしていたわけですね。
コミュニケーション機能はあるので、もはや勝手に活用してくれているという感じですね。ただ、「事業成長」だけはどうしても勝手には起きないですし、サービスがどんなに良くても世の中に受け入れらなければ意味がありません。
どうやったら事業成長を加速させられるんだろうと考えたときに、実証実験のフィールドを用意するとか、そういうところにいち早く手を挙げてくれるような企業を引っ張ってくるのが一番いいんじゃないかということになりました。
大企業にフォーカスする流れになったのはそこからですね。
―ちなみにスタートアップ企業はクチコミで自然と集まってきたのでしょうか?
僕たちがもともと創業時にコワーキングスペースにいて、こういう事業を始めるということを、そのとき勢いがあったスタートアップ企業にはお話していたので、サービス開始時には200~300の企業がすぐに集まってきたんです。
―それは好スタートですね。しかし大企業の場合はそれほど簡単にいかないのではないでしょうか?
いかないですね。当時はオープンイノベーションで新規事業を作りましょうというストーリが全くなくて、こんなに尖った面白い人たちがいるんですけど何か一緒にできませんか、みたいなノリで色んなところに営業をかけていたのですが、そうなると大体落ち着くのがプロモーションになるんですね。
たとえば、スタートアップ企業のSNSサービスなどがあって、大企業の商品のキャンペーンに使ったら面白いんじゃないかとか、あるいはCSRであるとか、そういったところですね。最初の頃の『crewwコラボ』は、実はそこから始まっているんです。
―実は『コラボ』っていう名前が気になっていたんです。なぜこの言葉にしたのだろうと。
最初のころは、新規事業よりはプロモーションやCSRだったので、オープンイノベーションではなくコラボレーションだったんですね。ただ、約1年近くその形でやってみた中で、プロモーションという形の取り組みだと一時的なものになってしまい、定期的・継続的なものにならない、コミットメントが低い、という課題に直面しました。
そんな中で、ある企業から新規事業というキーワードの中でスタートアップ企業と組みませんかというオファーがあって、プログラムの中に「新規事業を創る」という要素を入れたところ、割と上手くいったというケースがありました。
そこで、スタートアップ企業の成長に貢献するという視点だけではなく、大企業あるいは日本社会にとってのスタートアップ企業の位置付けをマクロで考えたときに、デジタル社会の潮流が押し寄せることによって、既存の日本経済を作っている企業が軒並み痛手を負うことは間違いないだろうという確信がありました。
なぜなら、欧米では、フェイスブックとかアマゾンとかグーグルといったテクノロジー企業が台頭する時代になっていたわけですね。デジタル領域を最も苦手としていた日本企業に対して、デジタルを取り込まないと生き残れないのではないか、という文脈でスタートアップ企業とのコラボを提案するようにしたところ、理解していただきやすくなった、ということがありました。
■ユーザーに受け入れられるものであれば、ローテクでもいい
―いまではコラボも多様化していると思いますが、初期のころはビジョンを共有するタイプのコラボが多かったとして、たとえば技術共有型、市場共有型など、バリエーションが広がったというようなことはありますか?
基本的には、「サービス」というところに落とし込むようにしています。ハードウェアとソフトウェアの両方を考えなくてはいけない時代ですし、プロダクトもサービスとして考えなくてはいけない。
「高い技術があれば売れる商品」というわけではありません。しかし大企業は基本的に事業部別の縦割り組織なので、そこの観点がプロダクトアウト型なんですね。スタートアップ企業はそうではなくて、マーケット・イン、つまりユーザーが求めるものにとことんこだわってプロダクトを作っています。そういう意味では、ユーザーに受け入れられるものであれば、ローテクでもいいわけです。
なので、我々のコラボは、新規事業なんですけど、その中でもデジタルやテクノロジーに寄っていて、かつユーザーに寄っているものをアウトプットしていきましょう、というものになります。
―コラボのゴールはどのような形を想定しているのでしょうか?
実証実験を経て事業化を判断する、というのがプログラムの目的です。その先に本格的に事業化しましょうとなったときに、事業提携なのか投資なのか買収なのかジョイントベンチャーなのかを判断できるところまで持ってくのがゴールですね。
あくまでも平均的なところですが、これまでの5年間で、88社がプログラムを完了している中で、採択数(実証実験に進んだ数)が大企業1社につき3つから5つくらいなんですね。それを半年~8ヵ月間程度の期間で実施しているのですが、やはり内製でこれだけ量産するのは難しいと思います。
―日本企業、特に大企業がオープンイノベーションに取り組む中で、どういったことが課題だと感じますか?
組織体制の問題はありますね。たいていの場合、経営企画室の方や新規事業開発の方が我々の窓口になるのですが、新規事業を創ったことのない方が新規事業を創らなきゃいけないというミッションを持って動いていることが多いのです。
ですから、我々のプログラムをご一緒するときは、運営サイドに経営企画、新規事業開発に加え、各事業部から何人かメンバーを選抜して混成チームで実施します。基本的には、30代前半の若手で将来的には会社を担っていくような方々を集めていただきます。
どういったチームを作るかという部分も経験値の中でパターン化はされていますが、企業によって違ってくるのでこれが正解、というのはありません。そういった部分も我々でレコメンドするような形になっています。
■事業創出の鍵はコミュニケーションのスタンスにある
―大企業とベンチャーのコミュニケーションは上手くいってるものなのでしょうか?
難しいところですね。まず、スタートアップ企業サイドにとって、大企業が新規事業を創れるか創れないかといったことは重要ではないんですね。
僕らはスタートアップ企業の成長の場としてこのプログラムを提供しています。つまり大手企業の新規事業を彼らが作ってくれるわけではないっていう認識をまず持っていただくようにしています。新規事業は大企業にとっての新規事業であって、スタートアップ企業にとってではないと。なので実はお互い目的が違うんですが、プログラムにすることで利害関係が一致するポイントがあり、そこを僕らは提供しているというイメージなんですね。
下請け関係や受発注関係ではなく、協業するパートナーというスタンスはとても重要で、事業創出の上手くいくコツはコミュニケーションの取り方にあります。我々のプログラムにおいては、システム上で行われるスタートアップ企業の方と大企業の方のチャットをプログラム運営チームが毎日見て、危ないなと思ったらすぐ間に入ってアドバイスさせていただいてます。
―オープンイノベーション支援というと、Webだけで完結するのは難しそうな印象がありますが。Webとリアルの割合はどのくらいなのでしょうか?
7:3でWebの割合が多いですね。その中でも、先ほどお話ししたコミュニケーション機能というのが多くを占めています。
―Webでできることというのが意外と大きいんですね。Webならではといった事例はありますか?
東京の某金融系の企業が実施したプログラムで、福岡にあるフィンテック分野のスタートアップが採択された事例があります。 これが僕らのコラボの醍醐味で、全国のスタートアップ、あるいは世界中のスタートアップが大企業とのコネクションを作るということが、このプラットフォームを通じて出来ることなんです。
―今後のCrewwの展望を教えてください
東京ではオープンイノベーションに関する取り組みがたくさんありますが、地方が全然追いついていないという現状があります。
約5年オープンイノベーションプログラムを実践してきて色々な企業様とお会いしてきましたが、私の肌感では、地方は「新しいことををやらないと」という焦りを持ち合わせている企業様が都心に比べると少ないような気がしています。そういう課題や、地域のマーケットを持っている企業をパートナーとして我々のシステムやスタートアップ企業のデータベース、ノウハウを提供し、自治体とも連携して地域の活性化に貢献するプログラムを今年に入ってから始めました。
例えば、投資会社がもし我々のプログラムを使ったらスタートアップ企業に投資することもできるでしょうし、広告代理店が使えばプロモーションの部分をより戦略的にやっていけると思います。そういう本業の強みを持っているプレイヤーというのはいるわけですね、たくさん。
そういった事業会社とパートナーシップを築くことによって、スタートアップ企業にとってはよりチャンスが広がっていく。パートナーであり競合であるとも言えるかもしれませんが、競合が増えるということは、ある意味、我々にとっては嬉しいことでもあるんですね。
[Profile]
水野 智之
Creww株式会社 取締役/Managing Director Open Innovation事業統括
アメリカの大学を卒業後、10年間IT業界での経験を経て、ソーシャルチケッティングサービスの共同創業者としてスタートアップ企業の立ち上げに携わった後独立。2013年Crewwに参加しスタートアップ企業と大企業のオープンイノベーションプログラム責任者を務める。