世界の糖尿病患者、4.2億人(2016年 WHO発表)
血糖コントロールするための「インスリン治療」は広く知られているが、症状によっては1日数回の注射が必要となり、患者の身体的・精神的負担は大きい。
シンクランド社が開発した「ヒアルロン酸ナトリウム製無痛の注射針」はこの糖尿病患者、インスリン治療を大きく変える可能性がある。代表の宮地さんにお話を伺いました。
■100ミクロンの針が、医療貢献できる確信につながった
――まず無痛の注射針の元となったシンクランド社の“マイクロニードル技術”について教えてください
マイクロニードル自体は30年以上歴史のある技術なのですが、シンクランド社の場合光渦レーザーという千葉大学で開発された新しい加工方法が特徴です。
中心が台風の目のようになっていて、周囲を螺旋状に回転しているとお考え下さい。
このレーザー加工技術を用いて、瞬間的に針を作るように制御しています。
元々創業当時から事業内容には医療機器と書いていたものの、当時は社内に医療の専門家もおらず「絶対に役に立つはずだからいつか医療に貢献する」と気概ばかり先行していました。
その後千葉大学の尾松先生とお話し、マイクロニードル技術を医療に使える確信が湧いたんです。
――その確信が湧いた理由と言うのは?
針の大きさを「100ミクロン」のサイズにできた点です。
従来の注射針で最も細いものが外径180ミクロン、もちろん多少の痛みは感じます。
ちなみに蚊が人間の血を吸う時の針、あれが80ミクロンです。
100ミクロン以下の針に出来ると、ほぼ完全な無痛となり400ミクロンや200ミクロンの針と比べてほとんどストレスが無くなる。
この100ミクロンの大きさでヒアルロン酸ナトリウムの針を作り、体の中で溶けてなくなれば、医療で使える無痛針が出来るようになる。
素材にヒアルロン酸ナトリウムを使った点も大事ですが、「100ミクロン以下に出来る」というのが大きかった。
――現状、医療分野だと「糖尿病治療のためのインスリン注入法」に注力していますがその理由を教えてください。
インスリンはしっかり測って正確に入れなければならないものです。
適切に注入しないと意識を失ったり、最悪命を落とすこともありえます。
「しっかり体内に入れないと命に関わる」
それがシンクランドの技術で実現できるなら、提供していくべきと考えました。
いま糖尿病の患者さんは定期的にインスリン注射をするため、金属製の針で出来た注射を四六時中持ち歩き、定期的に打っています。
毎日痛い注射を打ち、打ち終わったら病院に返却する必要がある。もしサボれば命に関わる。
この大変さは、想像つかないレベルです。
■細く、浸透させやすい、既に美容業界での活用も見据えている
――医療の中でも「インスリンの注入」にフォーカスした結果起きたことを教えてください。
良かった点はインスリンの粘性が低く、生理食塩水に近かったことです。
シンクランドの無痛針は、針の大きさが100ミクロンで、実際の注入部分は20ミクロンの穴なのですが、粘性の高い物質だと、20ミクロンの穴からではスムーズに注入することが難しい。
この点において、糖尿病患者向けのインスリンに注力することが出来ました。
一方で悪かった点、というより困難だったことは「ヒアルロン酸が水に溶けやすい」こと。
そもそも水に溶けやすい物質で針を作っていますから、当然水分を流し続けると針が崩れてきます。
ここはいまも工夫している最中で、そもそもヒアルロン酸ではない材料で針を作る研究を進めたり、針の素材と注入したい物質の組み合わせによって分類し、「ヒアルロン酸で作った針の時はこの物質を注入できる」「注入できない物質の場合はこうしましょう」と都度調整しています。
――ヒアルロン酸と聞くと「美容業界」で活用されているイメージがあるのですが
実は美容方面での活用において、既に穴の開いていないヒアルロン酸ナトリウム製マイクロニードルは京都の製薬会社さんや韓国の化粧品会社さんが商品化しております。
よく美容関連で「針を刺した場所からヒアルロン酸が浸透し、保湿効果が得られて肌が綺麗に」というサービスがあるのですが、他の某製薬会社に話を聞くと「あのやり方では十分な効果が得られない」と言います。
理由は、穴の開いていないマイクロニードルでは、浸透効果が得られるほどの量が注入できないからです。結果的に使用感としては「肌表面は濡れた状態」になるのですが、浸透量が適切な量にまで届いていないと推察できます。
――たしかに表面上濡れていたら肌に浸透していると感じてしまうかも。
そう、つまり濡れている事と浸透している事は全く別なことです。
よって、美容業界における複数の企業は、この実情をよく理解されており、本技術に大変興味を持って連絡を頂くことが多いですね。
この光渦レーザー加工技術では、肌面積あたりの針の本数も多く出来て、結果注入量も多くなり、開いている穴からは他にも化粧水、ヒアルロン酸、シワを取るための目的の物質を注入することにも使えます。
既に当社で毛細管現象による注入方法は特許出願を終えており、この点もシンクランド固有の技術と認識しております。
■会社に掛かってきた電話で再認識した「待っている人がいる」
――今後、無痛の注射針を商用化して実際に患者さんに届けるのはいつ頃になりそうでしょうか?
2021年です。
ただこれは見通しと言うよりも「意思」です、シンクランドだけで1から10まで作ることにこだわっていたら到底間に合わないと思います。
技術にこだわりすぎたり、自社開発のみにこだわっていたら、多分10年経っても販売開始できないと思います、もっとスピードを重視したい。
――スピードに拘っている理由は?
一度、会社あてに5歳の糖尿病患者のお母さんから電話がかかってきたことがありました。
「ホームページを見ました、この注射針はいつ完成しますか?もうどこかで買えますか?」と。
そのお子さんは、5歳ですから注射は大嫌いですし、当然自分では打つことが出来ません。
でも打たないわけにはいかない、毎回痛がる子供を押さえつけて必死の思いで注射を打ち続けている。
この電話、わたしは外出中で別のスタッフが応対したのですが、
仮に電話に出ていたとして、当時のわたしは「2021年に完成します、どうかあと4年待ってください」と明言できなかったかもしれません。
これをきっかけに、何かシンクランド社の「スイッチ」が入りました。
技術を活かしたものづくりの会社です、本音を言えばじっくりしっかり作りたいし、ビジネス目線でいえば着実に収益が見込める計画を立てて実行したい。
でも、そういうことじゃないんですよ。
今日も痛い注射を定期的に「打たなければいけないんだ」と我慢しながら打っている人がいる。その人に「この針だと痛くないですよ」ってどれだけ早く届けられるかが大事なんです。
――なるほど、だから自社のみの展開にすらこだわっていない
はい、技術をライセンスアウトすることも前提として考えています。
「うちが製品を作るか」にもこだわりません、早く作って必要な人に届けられる人がいるならその人がやるほうがいい。
あの時電話頂いたお母さんに、「あとちょっとなので待っていてください」と伝えたいですね。
この記事読んでくれたら本当にいいのですが。
■作れた、と必要な人に届いたは別。スピード重視で届けることを実現したい。
――海外にも糖尿病患者がいますし、無痛の注射針が欲しいニーズがあると思います。
中国だけで糖尿病患者は1億人います。
その人たちにどう提供していくか?は考えていますし、中国側からもいくつかコンタクトを頂いています。中国の方々は目ざとく日本の技術を見ているなと感じますね。
実はインスリンの提供市場って、世界でも限られた3社なのですが、最近中国系企業もインスリン製剤を始めようとしていて、彼らに提供できるなとか考えています。
ただライセンス提供も、製剤会社絞ってしまうと技術の可能性を狭めてしまいますし、具体的なやり方はこれから考えていかなきゃいけないですね。
――早く実現するために自社にこだわらない、の話で言うと「シンクランドの無痛針技術を知って欲しい」業界とか企業で思いつくところはありますか?
総合的に見て、商用化のために必要な部分ですね。
具体的には「パッケージング」などです、ヒアルロン酸が水に溶けやすいって説明しましたが、それって湿気に弱いという意味でもあります。
真空でパッケージするノウハウを持つ企業や、パッケージ後に滅菌処理できる企業。
作れたとしても、必要な人に必要な品質を保った状態で届くかはまた別ですので、ここを担える企業の方とお会いしたいですね。
先ほどお話した通り、自社にこだわらず外部連携していくのは「スピード」のためです。
ですから、ノウハウを持っていると同時に事業の展開スピードに自信のある企業さんには、シンクランドのヒアルロン酸ナトリウム製の無痛針をもっと広く知って欲しいです。
宮地邦男 シンクランド株式会社 代表取締役
金沢大学理学部化学科卒業後、住友セメント(現:住友大阪セメント)株式会社入社。
2004年(株)アルネアラボラトリ代表取締役専務就任。2014年シンクランド株式会社を当社設立、代表取締役就任。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)