IoTという言葉が話題になってから数年経つが、生活シーンの中でその変化を感じる機会はまだまだ少ない。アクアビットスパイラルズ社のスマートプレートは、アプリやクラウドからコントロールできるバッテリー不要のICチップを内蔵した「モノのブックマーク」。スマホをかざすだけでそのモノや場所とオンラインをつなぐ「ググらせない®未来」について、萩原CEOと矢山CTOにお話を伺いました。
■アプリもバッテリーもいらない「スマートプレート」の仕組み
――まずは、スマートプレートの仕組みについて教えてください。
萩原CEO(以下、萩原):スマートプレートは「モノのハイパーリンク」というコンセプトを持つサービスです。
スマホをかざすだけでコンテンツが開くというシンプルな仕掛けで、モノと情報をつなぐ「ラスト1インチ」を担い、検索エンジンやアプリに頼らない情報配信をリアルな世界に広めようとしています。
このデバイスにはバッテリーレスでスマホと通信できるICチップを内蔵しているので、メンテナンスコストを大幅に低減でき、スマホに専用のアプリをインストールする必要もないため、アプリの開発費や定期的なアップデート費用もかかりません。
スマホをかざすだけなので小さな子供でもお年寄りでも簡単に使え、非言語コミュニケーションなのでインバウンド領域で外国人の方にもすぐに使っていただける。
このICチップは様々なモノに埋め込むことができるので、例えばマグネットに埋め込んで冷蔵庫に貼っておけば、いつでもスマホをかざすだけで直感的に「ピッ」とアクセスできて、食材や料理のデリバリーサービスなどが簡単にオーダーできるという仕組みを作れます。
――Amazonダッシュボタンのようなものをイメージしたのですが
萩原:よく言われます。
Amazonダッシュボタンは押すだけで簡単に注文できるという「機能ボタン」ですよね。
これを使っているユーザーはAmzonプライムの会員で、既にそのブランドや商品のリピート客になっていると考えられる。つまり最初からロイヤルカスタマーが対象なんです。
一方、このマグネット型のスマートプレートはそのブランドや商品の潜在的な顧客と接点を持ち続けることで、徐々にロイヤルカスタマーに変化させていく仕掛けです。
家族の誰もが必ず毎日アクセスする場所、冷蔵庫に目を付け、家ナカの一丁目一番地とも言えるこの場所にブランドロゴを掲出できればそれだけでも広告的な価値があるに違いない。「家ナカ看板®」という発想です。
そしてその看板にスマホをかざして最新のメニューが見られるならチラシの配布コストを削減できる。そのまま注文もできるならとても便利ですし、キャンペーンにも簡単に参加できるなら大きなコストをかけずに家ナカキャンペーンが展開できる。
これはもう単なる看板じゃなくて「ハイパー家ナカ看板®」じゃないか!と。こんな素敵なブランド接点が家ナカにあったらエンゲージメントは高まるに違いない!という発想が生まれました。
この「ハイパーナカ看板®」はピザハット津田沼店さんで最初の事例づくりとして取り組んだものなのですが、スマートプレートはこうした家ナカ接点だけじゃなく、店頭や屋外などでも活躍します。アプリインストールが不要なので不特定多数の人が出入りする場所やシーンには特に相性が良いんです。
この春先からは全国のみなさんが日常的に目にするスーパーの店頭のような場所への導入もいくつか予定されており、既に数万個単位で出荷の準備をしています。
■海外からも、想定していなかった業界からも多くの反響を得る
――スマートプレートの開発状況はどういったフェーズですか?
矢山CTO(以下、矢山):ちょうどサービスを最低限成立させるための開発が一区切りした段階なんですが、技術的にはまだまだ他社でも同じことができるんじゃないか、競争優位性に欠けているんじゃないかと感じています。
今後スマプレならではの特色をさらに強く打ち出していくためには、常に先の先の世界を見ている必要がある。例えばリアルな世界に広まっていくスマプレから集積されるデータをディープラーニングを活用して解析すると何が見えるのか、そういう次のステップに踏み出しています。
――サービスが良くなるためには常に発展途上
矢山: これまでの取り組みから得たノウハウがデータとして蓄積されていますので、今後はこれらを活用したコンテンツの配信スキームや配信エンジンを構築していければ、独自の強みが浮き彫りになるかなと考えています。
今目指しているものから考えれば現状はまだ6割くらい。
その世界が達成できる頃にはきっとまた次のステージに向かっていると思います。
――既にサウスバイサウスウエストやTech in Asiaへの出展、モバイルワールドコングレスでアワードファイナリストに選出されていたり、国際特許の取得なども含め海外展開に意欲的だと感じるのですが。
萩原:実際はリソースの問題があるので全世界同時というわけにはいきませんが、今はアジアでの展開は特に強く意識しています。最初の実証実験はバンコクでしたし、既にシンガポールを中心に東南アジア数カ国で導入されています。
東南アジアでは、特定の国というよりシンガポールをハブとして西はインド辺りまでを1つのエリアとして考えています。
NFCの利用状況を考えるとヨーロッパも有望な市場で、フランス、ドイツ、イギリス、バルセロナあたりは常に意識しています。昨年9月のiPhoneのNFC対応によって、今後は北米にも市場が広がっていくと考えています。
――開発も事業展開もこれから本格化する状況にあって、社内の方にはどういうものを求めていますか?
萩原:自社プロダクトへの愛情ですね。「スマートプレートが好き」ということだけです。
世の中に送り出したプロダクトは、いわば自分達の子供みたいなものです。そのプロダクトが心底好きでかけがえのないものであるなら、それを使っていただいているユーザーを大事にするのは当たり前ですよね。
その大切なプロダクトを一緒に育てているメンバーはもちろん大事ですから、チーム貢献だって当然します。根っこにある本質的な1つに絞った方が分かりやすいし、メンバーも自然に前のめりになると考えています。
――ということは採用面でも前のめりになれそうな方を見ている
矢山:たしかに面接する際も、スマートプレートを気に入っているか?は見ています。
初対面でどれだけスマートプレートに関するアイデアや想いを前のめりに話してくれるかどうか。
萩原:今は特に「スマートプレートへの関心」が大事なフェーズだと思っています。
技術自体が普遍的で、応用範囲が相当広いので、社内で想定してない業界からも色んなお話をいただきます。この状況では技術がもつ可能性について能動的に考えられることが大事だなと。
■ショッピング、決済、販促、飲食店・・・リアルな世界での「あったらいいな」をスマートプレートが実現する
――「想定していない業界からくるお話」というのはどういったものですか?
萩原:例えば銀行ですね。昨年8月にカードリーダーやアプリを必要としない対面でのWeb決済スキームを実装して発表したところ、メガバンクから地銀の方まで、金融業界からたくさんの相談をいただきました。
なぜかFinTechイベントからも誘われるようになり、これまでとはまったく違った業界のみなさんとお話する機会が増えていってます。
Web決済の仕組みは、スマホでスマプレを読み取ると、レジの画面が表示されます。
次に別のスマホで読み取ると、こちらには支払い画面が表示される。
通信していることを確認するためのセッションコードを発行して、コードが一致したら、決済に進みます。
矢山:この状態になると弊社のクラウドが間に入ってこの2台のスマホ間でセッションが張られていますので、ここでレジ側端末から金額を入力すると、その金額が支払い端末に飛んでいきます。
あとは支払い方法を選択し、Web決済で支払います。
ちなみにこれも完全にブラウザベースなので、専用アプリのインストールは不要です。
萩原:この仕組みを応用すれば、例えばオムツやシャンプーやビールといった大きくてかさばるもの、重たいものなどにスマホをかざして手ぶらで購入する、といったことも可能になります。
これまでのスマプレはECサイトなどに送客することで間接的なコンバージョンを狙っていたわけですが、決済スキームを実装したことで直接コンバージョンを狙えるようになり、可能性が大きく広がりました。
――他にスマートプレートの仕組みが活用できそうだなあと思う業界とかありますか?
萩原:あまり分け隔てなく、自分たちのビジネスの理想に対していい答えが見つかっていない方には、まず弊社に相談いただきたいと思っています。これはオンライン事業者でもオフライン事業者でもです。
去年の夏、海の家で実証実験をやったんですね。
海の家でお財布持ち歩いたり行列に並ぶのイヤじゃないですか。だからキャッシュレスにしたんです。
先ほど説明した「スマプレPAY」を応用して、海の家の各テーブルに貼ったスマプレカードにスマホをかざすとビールや唐揚げが注文できて、そのままスマホで決済まで完了、料理の準備ができたらスマホにメールでお知らせが飛んでくるようにしました。
この実験は予想を超える反響をいただき、始まってすぐにNHKさんが7時のニュースで取り上げてくれました。真夏の行列対策というのは社会問題ですので、それを解決できたんだなぁと実感しました。
「予想以上に反響があるなあ」と思っていたら、今度はとある大学から「FoodTechの講義で話してください」って言われまして。ピザハットの仕組みや海の家のオーダーの仕組みを見て、その先生に「これは立派なFoodTechですよ」と言われて、そうか、そういう捉え方もあるんだなと。
――応用範囲が幅広いから、認知されると自分たちでも思いもよらない業界から連絡がくると
萩原:リアルな接点というのはどんなビジネスにも大体ありますよね。様々なサービスがオンライン化していく中で、それでもリアルな接点はまだまだ残り続けている。
滞在する場所に応じた最適なコンテンツって絶対あるんです。文脈として、この場所ではこれがあったら便利でしょ!というものが。
リアルな場所の良さって「偶然の出会い」を見つらけることなんじゃないかと思うんですよね。ショッピングなら、新商品や新しいデザインのものが目に留まって「こんなのあったの?」って触れて確かめて良さに気づくみたいな。
スマートプレートの良さは、その偶然の出会いとオンラインの利便性を瞬時につなげられるとことにあって、そうすることでこのリアルな世界の価値は逆にもっと高まって、楽しくなっていく。それが僕らの使命であって、僕らが作らなければならない「未来」なんじゃないかと。
社名の「アクアビットスパイラルズ」の由来というのも、実はそういう思いなんです。
アクアは水ですね、リアルな世界における命の根源で物質として1番重要なもの。ビットはデジタルの最小単位です。
アクアとビットを融合させ、スパイラル構造で価値を生み出していく。
そういう思いを込めた会社なんです。