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元ポスドク、1人起業、世界初の「神経工場」で難病ALSへ挑戦 –Jiksak bioengneering 川田治良

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2018年2月、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の解決に挑むメンバーたった1人のバイオベンチャーJiksak Bioengineeringが約1.9億円の資金調達と「ヒトの神経組織を生産し出荷する」計画を明らかにした。
astavisionでは、昨年7月にインタビューしていた背景をもとに、当時「まずは人体と同じ環境を作り、軸索変性のメカニズムを模索したい」と語るに留まっていた川田さんに、資金調達と神経組織工場設立への経緯、そして「元ポスドクの起業家」としての立場から、お話をお聞きしました。


■「色々な企業と話して再認識した。僕らの強みはオルガノイド神経組織を作れること。」


――前回インタビューさせて頂いてから約半年、この間で最も進展があったことは?

Jiksak bioengneeringは三次元構造を持つ神経組織(オルガノイド)をチップ化して出荷する」それにより難病の原因特定や治療に大きく貢献する。という事業モデルが明確に固まりました。

出荷先は企業や大学などの研究機関向けになります。将来、一般の人も家庭で神経を買ってくれる時代が来てくれると面白いかもしれませんが。(笑)

創薬ベンチャーのような事業の進め方もあったかもしれませんが、自分たちが1番社会に貢献できる仕事として、質の高いヒト由来細胞から作製する神経組織を生産・販売して世界中に提供し、ALSなどの難病解明を推進するのが重要だと

――Jiksak固有の強みは?に絞ったわけですね。

事業会社さんからのヒアリングで、バイオ分野の実績有無に関わらず「実はバイオ事業をやりたい」と検討している企業が増えていると知り、弊社は細胞組織の工業化、オルガノイド生産に集中することが産業界からも求められている部分だと感じました。

僕らは人の体内組織を模した神経組織を作れる。
その後の活用、試験や解析はその分野にプロフェッショナルな研究者や企業がいます、僕らはそこに参入はしない、自分たち固有の強みで貢献しようと思いました。

Jiksak社としては今後も大学と共同研究を進め、ALSの創薬研究をもちろん進めますが、Jiksakのビジネスの軸としては神経組織を世の中に多く送り込み、多くの研究者が使うことで様々な疾患の新しい治療法が1日も早く見つかることに貢献します。

――難病の原因特定以外の目的にも、この神経組織は用いられる?

はい、例えば実験動物の代替になると思います。

通常、実験用マウスなどを購入して投薬や細胞を採取していますが、欧州などでは既に「むやみに動物へ苦痛を与えてはいけない」という考えの元、今後動物実験が減っていく流れにあります。

すると人工的な体内組織モデルを使いたいというニーズが自然に増える。
ここに僕らが出荷する神経組織を使えると考えています。

――動物で実験せずとも、人の体内組織を再現したものがありますよと。

はい、しかもヒト由来の3次元的な細胞組織。
マウスで実験して「さあ次はヒトだとどうか?」ではなく、プロジェクトの最初からヒト細胞由来のタフな組織で実験出来ます。これ使いませんか?と。

――生産できる、と量産&出荷には一段階違いがありますよね

そこがまさに先日発表した資金調達です。
オルガノイドを大量生産する神経工場を作るために必要な資金です。
将来的には世界中に様々な臓器工場ができると思いますが、まずは僕たちが最初にやりたいと思います。

取材時に見せて頂いた「オルガノイド神経組織」を出荷するチップ。
ここに工場で量産した神経組織をパッケージし企業や研究機関に提供する。

■「iPSからオルガノイドまで全てのプロセスをやる必要がなくなった、これで量産できる」


――今回の資金調達のきっかけは?

動き始めたのが昨年10月頃です、その後はVC(ベンチャーキャピタル)の方から厳しいコメントを多くもらう一方で、a16zのようなアメリカトップレベルのVCがOrgan on a chipに注目しており、実際に大きな投資も行われているので、そこに着目している投資家からは非常にポジティブな意見もありました。

――日本にその分野で投資できるベンチャーがいるぞ、と。

はい、最終的には今回の資金調達でVCのANRIさん、事業会社からは大原薬品工業さんなど計4社からの第三者増資割当と助成金を合わせて総額1.9億円調達しました。
大原薬品工業さんは、医薬品メーカーとしてパーキンソン病にも挑んでおり、神経疾患に関する創薬の知見もあるので、特に話がスムーズでした。

――製薬会社を納得させられるだけの「量産できる」事実もあったわけですよね

はい、この半年間の研究で「市販されている神経細胞で、僕たちのオルガノイドが生産できる」ことがわかったことはとても大きかったです。

ヒトのiPSから作った神経は販売されているので「これ使って一定の品質でオルガノイドを作れるんじゃないか?」と何回か試したところ、安定して作製できるプロセスなども見つけることができました。

特に、セルラー・ダイナミクス・インターナショナル・ジャパンさんからは色々とサポートをいただいて、開発がスムーズに進んだという経緯があります。

元々必要だと思っていたiPS細胞から神経細胞を作り、オルガノイドにする一連のプロセス全てをやらずに済むし、iPS細胞から神経細胞へ分化させた際のシビアなクオリティコントロールをしなくていい。

細胞だけ購入して3次元的な組織やデバイス作製などの強みのあるプロセスだけに集中できる、これが分かった瞬間に「このビジネスモデルでいける」となりました。

――研究面もかなり進展があったと。

そうですね、大学との共同研究が順調に進んでいます。そのような研究成果が「自分たちの神経組織を使えば何かを解明できる」の自信にもなりました。

事業は進めつつ、ここから5~6年で神経変性疾患で引き起こされる「軸索変性」の現象解明はできると予想しています。仮にその仮説が当たるなら、その先の治療や予防法に向けた展開も早くなると思います。

この半年で、拠点も新川崎のnanobicへと移転した。以前取材した場所よりも研究用スペースが広くなった。

■「ポスドクから起業する人に絶対言いたい。1人で起業するな(笑)」


――川田さん自身「元ポスドクの起業家」ですが、ビジネスや経営の経験が無い状態で「ポスドクが起業するのは大変だな」と思うことはありましたか?

たくさん痛感しました。
・バイオや創薬分野は知財が命、大学のTLO等と契約面をしっかり進めること。
・研究者として論文を出し、投資家や企業からしっかりした技術であるという信頼性を得ること。
・企業の集まるイベントに顔を出し、「この会社の技術はいい」と思ってくれる人を増やす。これはその人が社内に持ち帰った後、別の部署から連絡が来ることに繋がります。

研究を進めつつ、ビジネス面も時間と労力をかける、「僕は研究者だから」では済まされない。
正直、素人なので資金調達する時のビジネスモデルもすごく悩みました。

――冒頭の「三次元組織の神経工場」はスムーズに決めたわけじゃないと

全然。
「研究者が活用するために提供する」とシンプルに考えても、実際は契約面、サービス内容などを練る必要があり、一時期は周囲の事業会社やキャピタリストのアドバイスを得て、それら全部を盛り込んでいた時期もありました。

でも、プレゼンするうちに「あれ?この事業ってALSに貢献しているのか?」って、もやもやした時期もありました。
結局一度リセットして、自然と市場規模や価格設定・契約面など「これならいけそうだ」となったのでよかったですが。

――これから起業しようとするポスドクの人がいたらまず何をアドバイスします?

絶対言いたいのは「1人で起業するな」です。僕が経験したからこそ(笑)

資金調達に向けて動き出した頃、絶賛する人してくれる方いましたが、厳しいことを言ってくる方がほとんどでした。1人しかいないバイオベンチャーですから、当然だと思います。
ポジティブなことを言ってくれた方とぱったり音信不通になることなんてよくありました。

喜んだり落ち込んだり毎日ジェットコースターで、「俺の事業はダメなの?イケてるの?話した相手に伝わってるかな?Jiksak大丈夫か?」って。
正直昨年末あたり少し病んでいました。(笑)

――共に二人三脚して、そのジェットコースターも一緒に乗れる人と起業したほうがいいと。

そうです。
頭の中がモヤモヤしたら一緒に飲みに行って、社外の人に話せないことを語り合うとか。1人じゃないって大事なことです。もう1人いたら、今回の資金調達はもう少しスマートなプロセスになっていたのではないかと思います。

自分でポスドクと起業家両方経験して気が付きました。
「ポスドクも不安定だけど、ベンチャーを立ち上げた状況も同じようなものだ」って。そういう風に、ポスドクを1人誘えばよかったかもしれません。(笑)

アカデミアだけじゃなくて、研究を社会に提供するために起業する選択肢もある。
起業した後もアカデミアとの連携は重要ですし、むしろ交流は不可欠です。

シード期に支援してくれる会社も増えたし、大企業も新しい技術に対して興味を示してくれますし、環境的には誰にでも起業できるチャンスはあると思います。今後、起業の選択肢を考える研究者が増えてくれば、ベンチャー業界も面白くなってくると思います。

「いま考えているのは僕らの神経組織をさらに高度な組織にすること。体内の運動器官を再現してそれを出荷したいなって」

■「来年はアメリカに行くことになると思います。神経工場やるなら行かない理由が無いです。」


――さっきの「1人で起業するな」について。最初の仲間の理想像を教えてください。

2人以上いれば自然と役割分担するでしょうけど、「いざとなればお互いの領域で一緒に作業ができる人」だと思います。僕の場合なら「実験できる人」。

一緒に営業でき、一緒に研究・実験もできる、でも普段は役割分担しつつ互いのことを理解し意思疎通できている。そういう関係がいいと思います。

――当然今後はその仲間探しをすると思いますが。

2~3人メンバーを増やそうと考えていて、基本的には研究経験者。
再生医療への事業展開も考えているので、欲を言えば製薬会社などで研究していた経験者だといいですね。

この事業は凄く科学的知識が求められるし、商談時においてもそういう議論が毎回起こります。一旦持ち帰らず、その場で対応して、相手を納得させられる人が大事です。

――今後の事業展開は海外も見据えていますよね?

もちろん。次の資金調達では北米VCも視野に入れています。
そもそも神経工場を作るのにアメリカでやらない選択肢自体が無い、なぜなら培養液や細胞、製造プロセスに必要な機器、と神経工場に必要なもののコストがことごとく安い。しかも市場が一番大きい。

いまは日本で神経工場の立ち上げ準備中ですが、来年からはアメリカでの立ち上げに向けて進めていきます。

――初期メンバーに求めるマインドや相性は、何かイメージありますか?

「どこに行っても好かれるような人たらしタイプ」がいいと思っています。
僕は結構クセが強いらしく、相手によっては「なんだこいつ」と思われたりして、僕もなんとなく「あ、好かれてないな」と感じ取ってしまうことがあるので。(笑)

絶対一緒に議論すべき相手なのに、人の相性がボトルネックになるのはもったいないじゃないですか、だから誰からも好かれるような人がいてくれたら理想かもしれません。

――そういう人が目の前に現れたとして、「Jiksakで一緒にやろう!」の口説き文句どうしましょうか。

難病、特に神経疾患、ALS、パーキンソン病に興味がある人なら自信もって「うちに来たほうが良い」と言えます。

ヒト細胞由来の神経組織を大量生産する神経工場・臓器工場の立ち上げ、こんなに先進的なアプローチでこの問題に取り組める会社はうち以外に無いです。

オルガノイドとか神経細胞とか、科学的で難しい印象を持たれますけど、Jiksakがやろうとしていることって本質的には大きな社会問題に挑戦することだと思います。大学発ベンチャーとして、社会性は大事にしているところです。


川田 治良 Jiksak bioengineering 代表取締役・博士(工学)
東京大学 生産技術研究所・藤井(輝)研究室・池内研究室 特任研究員を経て
2017年2月に株式会社Jiksak bioengineeringを創業、代表に就任

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)

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