知っているけどまだ体験したことがない消費者、技術を活かしたいが具体的なアプローチに悩む企業。「IoTのある未来の暮らし」は近年話題になりつつ、まだ「みんなが利用するもの」とは言えない状況です。
2016年にスマートホステル事業「&AND HOSTEL」を福岡でスタートし、インバウンド需要などの社会背景と共に話題となっているand factory株式会社は、その後も「未来の家プロジェクト」や複数デバイス統合した「&IoT Platform」など、ハード・ソフトの両面で多くの企業と共に精力的なIoT事業を推進しています。同社取締役でIoT Divisionを管掌する梅本さんにお話をお聞きしました。
■and factoryの強みは「場」と「ユーザビリティ」
――「&AND HOSTEL」や「未来の家プロジェクト」、API統合の「&IoT Platform」とハード・ソフトの両面でIoTに取り組んでいる背景を教えてください。
IoT事業は2016年の8月に福岡で「&AND HOSTEL」の1号店をオープンしたところからスタートしました。日本初の取り組みということもあり、それをきっかけにハウスメーカーや宿泊事業者など多方面から一緒に何かやれないかとご連絡を頂きました。
多くの企業とお話する中で「宿泊領域における事業課題」への理解が深まると同時に、宿泊領域以外で「こんな事業展開はどうだろう?」と様々な業界のIoTを活用した事業展開について議論しました。その中からNTTドコモ様・横浜市と一緒に「未来の家プロジェクトをやろう」という話が生まれました。
and factoryは「Smartphone Idea Company」を標榜しており、スマートフォンを軸に様々な領域でビジネスを創出しています。 IoT事業もホステルからスタートしていますが、宿泊以外の領域でもどんどん展開をしていきたいと考えています。
――IoT領域は広いので、企業や自治体などと様々なお話をされると思うのですが「一緒に取り組むかどうか?」を判断する際に大事にしていることはありますか?
「自分たちが提供できるアセットが明確にあること」、「本気で取り組む熱量があること」の2点を大事にしています。
「未来の家プロジェクト」であれば、NTTドコモ様が自社開発されたデバイスWeb APIがあり、広く多くの企業と連携したいという熱意を持たれていました。
僕らもまだIoTに取り組み始めたばかりのスタートアップです。
探りながら道を創っている段階ですから、企業から「これを提供できます」「本気でやりたい」の部分が明確だと、「じゃあこういう仕組みと住み分けで進めるかもしれないですね」と具体的な話が生まれやすいと思います。
――逆にand factory側から企業に「これを提供できます」と話しているアセットはどういうものですか?
「場を持っていること」と、「ユーザビリティの知見」ですね。
&AND HOSTELは現在国内に5店舗展開し、IoTルームの年間宿泊数は約1万泊以上です。
この各店舗で実際の利用者の反応から改善へのヒントが得られる、このメリットはかなり大きいと思います。
もう1つの「ユーザビリティ」は、and factory自体がコンシューマー向けアプリ事業で育ってきた経緯があり、ユーザーインターフェースや利用者の体験設計において社内のナレッジも多く、1ピクセルにまでこだわる文化があります。ここも強みになっていると思います。
――コア技術はあるけど、試してもらう場が無い。ユーザーへのアプローチが見えていない場合は相性が良さそうですね。
そうですね。そういう企業とは相性がいいと思います。
シチュエーションに応じて、最良のユーザビリティはなにか?を形にするノウハウに関してはかなり自信あります。
――実際にホステル事業を展開しつつ、大規模な実証実験の場となっている。
そうですね、宿泊事業もIoT事業も法整備も含めていまは過度期にあり、試行錯誤の時期だと思います。そのため、現在の&AND HOSTELの姿を正解とせず、常に進化させていこうと考えています。
いま展開している&AND HOSTELは、5店舗それぞれで異なったIoT体験が楽しんでいただけます。これも「利用者にとっての最適解」を見つけるためのチャレンジです。。
今年6月には民泊に関する法改正も予定されており、改正後はICTを活用した無人オペレーションが認められる流れにあります。すると「無人経営の宿泊施設」という新しい形態が可能となり、施設運営がリモートワークになるかもしれません。
ここを見据えて、今後オープンする&AND HOSTELの新店舗では無人オペレーション導入も検討しています。
■デバイスを横断する「&IoT」と一貫した体験を提供するタブレットサービス「tabii」
――先ほどの「&AND HOSTELの利用者から得られる改善のヒント」はどのような手法で収集・蓄積されていますか?
大きくわけて「定性的なデータ」と「定量的なデータ」の2つがあります。
定性的なデータは、僕らが「ホテルではなくホステル事業」である点を活かしています。
高級ホテルのように部屋でプライベートな時間をゆっくり過ごすよりも、宿泊者同士やスタッフとの交流を楽しむのがホステルの魅力の1つです。その交流の中で自然と「利用してみてどうだったか?」と事前に設計したアンケートやインタビューを収集することが出来ます。
――では定量的なデータは?
複数のデバイスをAPI統合した&IoT Platformで「利用者のシーン」をデータ化しています。
例えばスマートロック単体では「鍵をいつ使ったかどうか」しかわかりませんが、&IoTでは複数のデバイスを横断した連続的データを取得できます。
例えば鍵を開けて部屋に入り、その後すぐにした行動、それまで掛かった時間。
部屋にいる時にどのタイミングで、何をしたか?ということがわかります。
このデータを統合すると「もしかして、宿泊客はこういうことがしたいのかも」というシーンの仮説が見えてきます。ここに他のデバイスも巻き込んで「こんな利用シーンを提供してみよう」といった改善・工夫が可能となるので、この点は&IoTならではのアプローチだと思います。
――今年、直近で特に注力していることを教えてください。
「よりIoT×宿泊の領域に深く取り組む」ことにより注力していきます。
まず、先日発表した宿泊管理システム「innto」。
これは宿泊事業者向けのBtoB領域で、業務負荷を改善する取り組みです。
この「innto」は宿泊者へのメリット提供にも繋がっていきます。
例えば、将来的に「innto」とIoTデバイスを連携すると、以前別の宿泊施設を利用された方が、別の宿泊施設を利用する際に「innto」側に蓄積されたデータから「その方が心地よく思う空調や照明具合」に自動的に調整することができるようになります。
すると、はじめて利用する宿泊先なのに「部屋に入った瞬間から自分好みで快適な空間」でおもてなしができます。
――馴染みの店だと自分の好みを把握しているから居心地がいい、という感覚ですね。
はい、それともう一つ新たに開発しているサービスが、ホテルの客室に設置する専用タブレット「tabii(タビー)」です。
「tabii」ではレストランや観光情報、施設のインフォメーションを閲覧できたり、エンターテイメントコンテンツを客室で無料で楽しんでいただけるものです。
タブレット内で広告を表示することで、ユーザーだけでなく宿泊施設も完全無料で導入することを目指しています。
また、「tabii」を先ほどの「innto」や「&IoT」と繋げれば、客室の設備コントロールもタブレット1台ででき、宿泊者に合わせたコンテンツの提供が可能になります。
■一度体験して感じる「便利」と「不便」がアイデアを具現化する
――今後の事業戦略を視野にいれて「こういう強みを持つ企業」とお話してみたいというニーズはありますか?
一例を挙げるとすれば「データ分析」に強みを持つ企業です。
IoTとデータは切り離せないものです。社内でも様々なデータを蓄積して活用していますが、同時に「もっとデータ活用の可能性があるのでは?」と感じています。
取得したデータをどう解釈するか?もっと最適なデータ取得方法があるのではないか?と考えており、AI活用なども含めてデータ領域のスペシャリストの方々とご一緒したいなと考えています。
――ソフトウェア・データ以外はどうですか?
大規模ホテルチェーンや住宅開発デベロッパーなど「場」の強みを持つ方々です。
僕らも&AND HOSTELという場があり今後も拡大していきますが、「チェーン全体で数万室を保有」とか「年間数千戸の家を建てています」という大手プレイヤーがいらっしゃいますよね。僕らが&AND HOSTELという場で小さく検証し「これが最適解」というものを見つけた後、それを共に力強く大規模に展開する際に、こうした大手プレイヤーとの取り組みがより事業を加速させると考えています。
――企業さんにも一度&AND HOSTELを体験頂くと、その「最適解」を実際に体験できそうですね。
そうですね。ただ全てが完璧なわけではなく「不便だな」と感じるものもあるはずです。
むしろその「不便だな」の中に、ヒントがあると考えています。
例えば「寝る」というシーンを1タップで選択すると、テレビが消えて照明が暗くなり、エアコンが快眠モードになりアラームがセットされ、アロマの香りがしてくる。
とても楽で、快適に感じると思います。
――寝る前の1タップ、最高じゃないですか
でもその反面、部屋の鍵を開けるときに「わざわざ携帯を出してアプリで操作するより鍵を回すほうが早いかも…」ってことも気になり始めるんです(笑)
この「これ快適!」と「不便だ…」の両方とも、普段は無意識にやっていることなので、体験しないとイメージが湧きづらい。
自然と感じた「もっとこうなればいいのに」の着眼点が大事で、僕らもぜひそれを聞きたいんです。
――その不便なところを一緒に取り組んで解消しましょう、と。
その「もっとこうしたい」が結果的にどんどん広がって世の中全体に導入されていく。
and factoryが果たすのは、この部分を推進する役割だと感じています。
僕らが提供しているのはおそらく「0.5歩先の未来」だと思います。
IoTの取り組みは、つい2~3歩先の「夢の生活」を語りがちですが、体験が伴わないからイマイチ理解できない。
だから「0.5歩先のちょうどいい未来」を僕らが提供して、多くのユーザーに気づいてもらってその先を一緒に創っていくのが理想的かなと考えています。
■未来のIoTで「空間の概念が壊れる」
――0.5歩先が大事、って言った直後ですが、最後に10歩先の未来というか「andfactoryのIoTが当たり前になった世界」のイメージを聞きたいのですが。
本当にどうなるか分からないので、ほぼ妄想に近いですが(笑)
僕は「空間の概念が壊れる」と思っています。
――空間の概念?
みんな、いま「自分が落ち着ける居場所」がありますよね。
自分の家や部屋、インテリアも含めた「落ち着ける空間」
だから毎日そこに帰るし、家を購入しますよね。
――自分が一番心地いい場所を確保したいし作りたい、という考えですね。
そう。「それをボタン1つで再現できる時代」が来ると思っています。
元々真っ白な部屋に、デザインや肌触り、風合いや香りなどをVRやARもフル活用して「その場に再現する」というイメージです。
――出張先でいつもと環境が違うから落ち着けないとか眠りが浅いとかが無くなる。
はい、初めて利用する部屋に入って「自宅モード」を起動すると、瞬時に家にいる感覚と全く変わらない、そういうのはいつかできるだろうなと考えています。
梅本祐紀(うめもと ゆうき) and factory株式会社 取締役 IoT Division
大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業後、デンソーテン株式会社、グリー株式会社、株式会社フリークアウト・ホールディングストを経て、その後ソニーやホンダなど大手企業のIoTに関する新規事業コンサルティングに従事。2016年1月にand factoryに入社しIoT事業を推進。2017年11月に取締役就任
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)