従来のスマートグラスやARグラスのように眼鏡に映像やデータを表示するのではなく、目の奥にある網膜そのものに直接映像を投影する網膜走査型レーザーアイウェア技術の開発が進められています。
ロービジョン(社会的弱視)の方の視覚を支える医療機器を目指しているほか、これまでにないAR体験を実現する機器として各方面から注目を集めており、最初の製品である「RETISSA Display」は2018年内には一般向けにも販売がスタートする予定。
手がけるのは、富士通研究所発のベンチャー企業で、半導体レーザーの開発を強みとする株式会社QDレーザです。
この新しいレーザーアイウェアは私たちの「見る」をどのように変えていくのでしょうか。QDレーザ代表の菅原充氏に伺いました。
弱視の人でも世界がクリアに見えるレーザーアイウェア
QDレーザが2013年から開発を進めている網膜走査型レーザーアイウェア。見た目はサングラスやゴーグルのようで、最新のプロトタイプでは眼鏡部分の重さは約50g。それに約350gのコントローラーがついています。ポケットやバッグに入る大きさなので装着して街中を歩いても邪魔になりにくく、ごく普通の眼鏡をかけているようなルックスです。
これまでのスマートグラスやARグラスと違うのは、眼鏡に映像を映すのではなく、網膜に映像を投影しているという点。人は目の奥にある網膜に映像を映し出すことでモノを見ることができます。
このレーザーアイウェアは、眼鏡のフレーム部分に内蔵された超小型プロジェクターから光の三原色である赤・緑・青のレーザー光を発して網膜に直接投影し、映像を映し出すという仕組みです。
このQDレーザ独自の新技術「ビジリウム」テクノロジーによって、カメラで撮った画像や、接続した外部機器からのデジタル映像をそのまま網膜に投影することが可能になりました。
「『ビジリウム』テクノロジーを用いることで、角膜やレンズの状態に影響されることなく映像を網膜に届けることができるため、視力(ピント調節能力)やピントの位置に関係なくクリアな映像を見ることができます。たとえるなら、プラネタリウムの映像を網膜に直接投影するようなイメージです。
これをロービジョンの方の視力矯正、視覚支援に応用したいと考えています。前眼部に起因する視覚障害がある方で、例えば眼鏡で矯正しても視力が0.1未満の方が、0.4~0.5くらいのレベルにまで改善することが期待できます。
これまでロービジョンの方に向けたデバイスは対象を拡大して見るアイテムが多かったのですが、拡大することで見える範囲が制限されてしまうことが課題の1つでした。レーザーアイウェアではカメラが撮影した映像をそのままの大きさで網膜に投影することができるので、こうした課題も改善されます。
また、白内障、円錐角膜などの前眼部の疾患はこれまで手術が主な治療の手段でしたが、レーザーアイウェアによって新たな手段を手に入れられる可能性があります。
このようにロービジョンの方のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上につながることが期待できるため、医療機器としてカメラが内蔵されたレーザーアイウェアの開発を進めており、現在は臨床試験を行っている段階です」(菅原氏)
臨床試験で実際にロービジョンの方に使ってもらったところ、「『これまで見えなかったものがはっきり見える』とみなさん驚かれていました」と菅原氏。順調に行けば、2018年度中に承認申請の準備はすべて完了する見込みで、2019年度には医療機器として販売を始めることが目標だといいます。
「視力に課題を抱える多くの方に気軽に使ってもらえるように、どんどん普通の眼鏡に近づけていきたいですね。数年以内にスマホ程度のサイズにまで小型化して、装着していることを感じさせないようにするのが目標です」(菅原氏)
■視力異常の検査機器としても期待
レーザー網膜走査技術は、目の病気を検査する技術としても可能性を秘めているといいます。
「将来的には網膜に映像を映すだけでなく、網膜をスキャンすることで眼底検査ができるようになると考えています。撮影した画像をスマホを通してクラウドと連携し、ディープラーニングで解析して、異常があるかどうかを診断する、というイメージです。
現在は眼底を確認できる機器は病院にしかなく、検査を頻繁に受けることは難しいでしょう。でももし、レーザーアイウェアが街中に置かれていて、気軽に眼底の検査を受けられるとしたらどうでしょうか。
病院に行かなくてもちょっと眼鏡をかけるだけで眼底の状態がわかって、異常があった場合は『○○病の疑いがあります。病院で検査を受けてください』と教えてくれる。そういうサービスができれば、目の病気に気づかずに失明や弱視になってしまうリスクを減らすことができると考えています」(菅原氏)
クラウドと連携することができれば、端末そのものには画像解析の負荷はかかりません。その結果、このレーザーアイウェアでできることが広がる一方で、端末そのものを小型化することが可能になります。映像を受けとって網膜に見せる、あるいは撮影した網膜の画像を送信するだけの端末となり、低価格化が実現し、普及につながる可能性も。
「2020年には5Gが実用化されるので、それによって今まで以上に可能性が広がるはず。医療用の検査機器としては2年後くらいに世の中に出せるように目指しています」(菅原さん)
■オープンイノベーションで市場を創る
医療機器としての活用のほかに、『ビジリウム』テクノロジーを実用化した製品である「RETISSA Display」はこれまでにないAR体験を可能にするデバイスとしても産業界から注目を集めています。
「肉眼で見ている風景」に「投影したデジタル映像」を重ねて見ることができるので、違和感のない自然な拡張現実を実現。ピントの影響を受けないため、投影された映像がぼけることもないといいます。
こうしたレーザー網膜走査技術を使って何ができるのか、どこに使えるのかを検討し、レーザーアイウェアの市場を作っていくために、QDレーザでは「MERITコンソーシアム」を設立。共同研究を行うほか、研究開発用にレーザーアイウェアの提供や情報提供などを行っています。
現在は、医療機関、エンタメ、製造業、サービス、金融など幅広い業界から約30社が「MERITコンソーシアム」に参加。各業界でのレーザー網膜走査技術を使ったプロダクトの開発が進められているといいます。
「レーザー網膜走査技術は医療用、福祉用、産業用、エンタメなどさまざまな分野で展開ができると考えています。しかし、我々はレーザー開発の会社です。この技術がどのような製品に活用できるかは、実際に使う側の方と一緒になって考えていきたい。それによって、我々1社だけでは到達できないビジネスを実現できると思います。
また、眼鏡メーカーさんとの協業も検討しています。『RETISSA Display』は簡単にいえば単なるプロジェクターがついた眼鏡ですから、眼鏡の部分はなんでもいいんです。なので、眼鏡メーカーと組んでデザイン性の高いアイウェアを作ることも可能でしょう。2018年内には一般向けに販売を開始する予定で、眼鏡店などでも購入できるようになる予定です」(菅原氏)
■「見る」を再定義する
スマートグラスなどの開発を手がける企業はほかにもある中で、独自の『レーザー網膜走査技術』とオープンイノベーションによる開発によって業界をリードしているQDレーザ。網膜に直接映像を映し出すという技術は、私たちの「見る」を大きく変える可能性を秘めています。
実用化が間近に迫ったレーザーアイウェア以外にも、今後さまざまなプロダクトの開発が期待され、さまざまな社会課題の解決の一助となることが期待されます。誰でも見える世界の実現、そして視覚の拡張による新たな体験が身近なものになる日も、そう遠くはなさそうです。