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すべての人に快眠を。和製イノベーション企業が狙う世界30億のニーズーーセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ株式会社 COO地引剛史

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柔らかいシリコン製のチューブを鼻から挿入し、気道を確保することで、睡眠をサポートするデバイス「ナステント」。世界中の睡眠時無呼吸症候群の患者を救う可能性を秘めた同デバイスは、現在日本を含む7カ国で展開されています。

ナステントの開発を手掛けるのは、伝統的な医療機器メーカーではなく、「世の中にないモノを創り出す技術者集団」を標榜するイノベーション企業、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ。なぜ同社は鼻孔挿入デバイスの開発に着手し、世界各国で販売するまでに至ったのか。そしてどのようにイノベーションを生み出しているのか。COOの地引剛史氏にお話を伺いました。


世の中にないモノを創り出す技術者集団


セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズをひと言で表現するならば「現代の発明家集団」。トーマス・エジソンが蓄音機に白熱電球、キネトグラフ(動画撮影機)などさまざまなジャンルの発明に成功したように、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの事業もゴルフのカーボンシャフト、全自動洗濯物折り畳み器「ランドロイド」、そして「ナステント」と、多岐にわたります。

また、一見関連性のない事業展開をしているにも関わらず、それぞれの技術力は非常に高いのもセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの特徴。ゴルフのカーボンシャフトは宇宙分野で培った技術力をもとに開発され、全自動洗濯物折り畳み器「ランドロイド」は高度な画像認識や人工知能の技術を要します。しかし「事業は技術シーズからではなく、ニーズから発想する」という同社。さまざまな特許や意匠権を有する「ナステント」の開発も、まったくのゼロからのスタートだったといいます。


世界30億の睡眠に悩む人々



日本でもテレビなどのマスコミに取り上げられたことで、広く知られるようになった睡眠時無呼吸症候群。単に睡眠が浅くなり、覚醒時にだるさや眠気のような症状が出るだけでなく、高血圧が合併することで、脳卒中や心筋梗塞のリスクも高まるなど、健康被害を引き起こす可能性もある、れっきとした病気です。

「日本では人口の3%が睡眠時無呼吸症候群だと言われています。アメリカだとさらに多く10%以上。世界には数億人の無呼吸症候群の患者がいます。(重症ではない)中等症のいびき患者も含めると、その数は3倍から4倍になり、世界には20億から30億人の睡眠時無呼吸症候群に悩む人々がいることになります。では、その中のどれぐらいの人々が治療をしているのかというと、実に1%から2%というのが現状です」

睡眠時無呼吸症候群の治療法として広く普及しているのはCPAP(シーパップ:持続陽圧呼吸療法)という、鼻にマスクを当てて空気を送り込む方法です。しかし、小型化が進んでいるとはいえ、機器は持ち運ぶのには大きく、また電源も必要。そんな悩みを抱えていた1人が、他ならぬセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの代表、阪根信一氏でした。

「もともと社長の阪根はいびきもひどく、重度の睡眠時無呼吸症候群でした。彼は出張も多く、飛行機の中など電源が使えない場所も多いため、非常に困っていたそうです。以前、彼が経営していた会社では、心臓のカテーテル(医療用の細い管)を作っていたので、それを応用できるのではと考えたそうです」


鼻血まみれになりながら、5年をかけてプロトタイプ開発



まだセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズを創業する前、2007年から開発に着手した阪根氏は、筑波大学の国際統合睡眠医科学研究機構(通称:IIIS)と共同研究を開始。5年の歳月を経て、2012年に最初のプロトタイプを完成させます。

「いろいろなものを鼻に入れる日々だったと聞いています(笑)。今はシリコン製の柔らかい素材なので、スルッと入っていくのですが、その素材にたどり着くまではもっと硬い素材も試してみたり。鼻血まみれになることもあったそうです。相当な苦労だったはずです」

ゼロから開発に着手し、たどり着いた現在の「ナステント」。鼻から身体に入れるものであるため、事故リスクや長時間使用してもストレスにならない装着感など、シンプルな形状の中にさまざまなノウハウが詰まっています。

「一番怖いのは、寝ている間にナステントが体内に入り込んでしまうこと。ノーズクリッパー(鼻に引っ掛けて固定する部位)にはさまざまな特許と意匠権が詰まっていて、非常に難易度の高い開発だったと聞いています。また鼻から挿入するシリコンのチューブも、挿入しやすく、気持ち悪くならない程度に柔らかく、しかし気道を確保できる程度には硬くと、適度な硬度が必要です」

こうして長年の研究と試行錯誤によって2014年に厚労省の医療認可を取得し、発売された「ナステント」。CPAPのような大掛かりな機器を用いずとも、使い切りタイプのチューブを鼻から装着するだけで、気道を確保し、睡眠時の呼吸をサポートしてくれるとあって、日本のみならず世界各国(フランス、オランド、ドイツ、スイス、イタリア、シンガポール)で発売されています。

現在は患者の鼻から口蓋垂(のどちんこ)までの長さに合わせて6段階の長さ(120mm〜145m)が用意されているほか、左鼻用・右鼻用、ソフト・ハード、の組み合わせで計24種類のデバイスを提供。もし将来、同デバイスが保険適用されるようになれば、使いやすさにコストメリットも加わり、睡眠時無呼吸症候群の治療法のスタンダードな地位を確立するかもしれません。


イノベーションを生む3つのルール



今回の取材でインタビューにお応えいただいたCOO・地引氏は、2017年の7月にセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズに参画。参画した理由について以下のように語ります。

「本当の意味で、イノベーティブであるということです。日本の強みである製造業で、世の中を変えていくようなトレンドを作れるかもしれない。そこに魅力を感じました。弊社には3つのクライテリア(規範)があります。

1つ目は『世の中にないもの』。世の中にはイノベーションといいつつ、どこかでやっているようなことも多いですが、阪根は創業時にそういったことを一切やらないと決めました。どこかで論文が発表されていたり、特許がとられていることは事業としない。アイデアを思いついてから、そのリサーチにも非常に長い時間をかけます。

2つ目は、『世の中の役に立つこと』。つまりニーズ主導ということです。私たちのような技術集団を謳う企業は、技術シーズを元に事業を開始するケースが多いですが、まずはニーズありき。『ナステント』もそこから生まれました。

最後に3つ目が、「技術的ハードルが高いこと」。すぐに真似されないように、参入障壁の高い分野で事業を行う。

セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズは、創業当時からこの3つを愚直に守っている会社なんです」

代表の阪根氏は青春時代にソニーのウォークマンが世界中で賞賛されていた記憶から、「日本発のイノベーション」に熱い想いを寄せる人物。そういった原体験があり、創業以来徹底して同社はイノベーションにこだわリ続けているのです。

冒頭で述べたように「ナステント」のほか、ゴルフのカーボンシャフト、全自動洗濯物折り畳み器「ランドロイド」を事業展開する同社。関連性のないように思える3つの事業ポートフォリオになっているのは、上記の3つのクライテリアに基づいているがゆえ。

「人々のニーズから取り組むテーマを選んでおりますので、技術開発のプロセスは簡単ではありません。しかし、その分実現した際にはビジネスとして成功する確率も高いはずだ、と代表はよく話しています。人々から求められ、誰もやっていない、他社がなかなか追いつけない難しいことに取り組めば、実は一番の成功への近道ではないかと考えております」


睡眠データの測定から未病へ


では「ナステント」というユニークなデバイスの開発に成功した同事業が、次に見据えるイノベーションとは?

「デバイスにセンサーを埋め込み、取得したデータを元に睡眠の改善に役立てていきたいと考え、現在取り組みを開始しています。

今もスマートフォンのアプリなどで、睡眠に関するデータを取得できるものはありますが、音で測定するものが一般的です。睡眠時無呼吸症候群は息が止まり、静かになるので、測定ができないんです。また、それ以外だとPSGという大掛かりな入院検査をしなければなりません。

睡眠を測定するハードルを下げて、多くの人に自分の今の睡眠の状況を正しく理解してもらい、治療を啓蒙していければと考えています」

「ナステント」がテーマとする睡眠時無呼吸症候群は、一見ニッチにも思えますが、世界に数十億人のポテンシャルを秘めた非常に大きなマーケット。また、他社が真似できないユニークなデバイスを入り口に、その先にデータを活用したサービスを見据えることで、事業の可能性は限りなく広がっていきます。今後の「ナステント」、そしてセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの動向に注目です。

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