自動運転やロボットから医療、金融、サービス業に至るまで幅広い分野での活用が期待され、これからの社会の基幹技術とも目されるAI。2015年のグローバル市場規模は約6200億円、2025年時点では約12.4兆円に上ると見込まれている。また、人工知能の要素技術となる機械学習・深層学習関連の2015年のグローバル市場規模は約3.1兆円、2025年時点では約42.7兆円と見込まれている。(※1)
AIをめぐる議論は「人間の職を奪う」といった脅威論から「AIを使って何をするか」という用途開発に重心が移りつつあり、トヨタ自動車やソニー、リクルート、楽天といった日本の大企業は自社ビジネスでの具体的な活用に向けて研究所の開設、研究者の招聘、ベンチャー企業との提携などアメリカを主戦場にグローバルな動きを見せている。
また、日本のAIベンチャーでも、トヨタ自動車との提携で注目されたPreferred Networks社のように、自動車やロボットといった明確な用途での活用に強みを持つ企業が現れはじめた。
一方、日本の大学・研究機関のAI研究においては、平成28年度戦略目標「急速に高度化・複雑化が進む人工知能基盤技術を用いて多種膨大な情報の利活用を可能とする統合化技術の創出」などを背景に競争的資金制度が設置されるなど、政府主導による研究推進施策が活発に行われている。
しかし、一般的に日本のAI研究は、商業的利益には直接結び付きにくいが基礎原理の理解向上に重要な「基礎研究」が中心と言われている。
そこで今回は、日米のAI分野における研究テーマを「どのような用途で研究しているか」という切り口で分析、その結果を紹介する。
(※1)astavision推計による。
「医療・ヘルスケア」ではアメリカがリード、日本は「生産技術」に注力
今回比較したのは、日本の文部科学省による科学研究費助成事業(以下、科研費)とアメリカ国立科学財団 (National Science Foundation、以下NSF)から交付される競争的研究資金プログラムに採択された研究テーマで、これらの研究テーマから独自の分析によりAI分野における研究テーマを抽出して下記の5用途に分類した。
まず、科研費はAI分野全体で1459件(2006~2015年)であるのに対し、明確な用途に分類された研究テーマ件数は522件、AI分野全体における、明確な用途に分類された研究テーマ件数の比率は36%となった。(※2)(※3)(※4)
一方、NSFはAI分野全体で2719件(2006~2015年)であるのに対し、明確な用途に分類された研究テーマ件数は3536件で、AI分野全体における明確な用途に分類された研究テーマ件数の比率は133%となった。
このことから、日本では基礎研究の比率が高く、アメリカではより用途の明確な実践的研究が活発であることが推測される。
(※2)対象期間は2006年1月1日~2015年12月31日、研究開始年基準
(※3)グラフ中の年次は研究開始年
(※4)「用途の明確な研究テーマ数」はのべ合計数。複数の用途に分類される研究テーマ、もしくはどの用途にも分類されない研究テーマが存在するため、用途の明確な研究テーマののべ合計数は、AI分野全体の研究テーマ数とは一致しない。
次に、科研費とNSFの研究テーマ件数の推移を比較した。
グラフから、NSFがほぼ右肩上がりに伸びを見せているのに対し、科研費は2012年をピークに2014年にかけて落ち込みを見せ、2015年にやや復調していることが読み取れる。(※ただし、科研費の場合はデータの整備状況により、14年度・15年度の一部が集計外となっている場合がある)
用途別に見ると、科研費では「生産技術」「コミュニケーション」が高い比率で推移しているほか、東日本大震災の翌年にあたる2012年には「地理・防災」が増加、2015年には「医療・ヘルスケア」が伸びを見せている。
一方NSFでは、IBMの「Watson」がクイズ番組で人間に勝利し(2011年)、ヘルスケアを注力分野として大学・研究機関との積極的な提携を展開しはじめた翌年の2012年から「医療・ヘルスケア」が急伸している。また、「マーケティング」が順調な伸びを見せているのも特長である。
日本では先般、武田薬品工業やNECなど50社の連動により、理化学研究所・京都大学の協力のもとAIによる新薬開発を進める動きが報道されるなど、医療・ヘルスケア分野におけるAIの活用は喫緊の課題となっている。
日本の大企業にとって、医療・ヘルスケア分野におけるAI活用で日本をリードするアメリカの大学・研究機関もまた、有望な提携・共同研究先候補であるといえるだろう。