Interview

副作用の無い核酸医薬品の実現へ、ドラッグデリバリーシステムの未来 ――NapaJen Pharma Inc. 安藤弘法

text by : 編集部
photo   : 編集部,NapaJen Pharma Inc.

ドラッグデリバリーシステム(以下、DDS)
薬物の効果を最大限に発揮させるため、体内で必要最小限の量を、必要な場所に供給する技術。
言葉自体は10年以上前から存在するものの、未だ広く普及する段階には至っていません。

2004年にアメリカで創業したNapaJen Pharma Inc.(以下、ナパジェンファーマ)は免疫治療に特化したDDS技術の実用化を目指し、2014年の資金調達以降アメリカ・日本オフィスを連携して本格的な実用化開発を進めています。「副作用の無い世界」を目指す同社代表の安藤さんに、お話を聞きました。


■副作用を無くすための免疫抑制、カギは「Dectin-1(デクティン1)」


――まずは、ナパジェンファーマが目指しているDDSの特徴について教えてください。

副作用を飛躍的に抑えた、治療アプローチの実現です。

従来の薬は、例えば頭痛薬なら「頭痛を治すと同時に眠くなるので、車の運転は控えましょう」と、副作用がつきものですよね。

これを「本当に効いて欲しい細胞にだけ作用させ、副作用を抑える」ことを実現しようとしています。頭痛薬を飲んでも眠くならない、激しい副作用に悩まされないように、治療薬を必要な細胞にだけ作用させる、そういった取り組みです。

副作用が起こる主な理由は、薬物の濃度が高すぎたり、目的の場所以外に分布することです。
低分子な薬物はどんな細胞の中にも入っていってしまうため、ナパジェンファーマは核酸医薬品(※)でピンポイントに薬を送達させようとしています。

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※核酸医薬・・・低分子医薬、抗体医薬に次ぐ次世代医薬として癌や遺伝性疾患に対する革新的な医薬品として期待されている。DNAやRNAなど遺伝情報を司る「核酸」を医薬品として利用する。
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――ナパジェンファーマのウェブサイト上を拝見し「免疫抑制治療」など、免疫に特化されている印象を受けました。この理由を教えてください。

少し細かい話ですが、免疫細胞はT細胞やB細胞、樹状細胞やマクロファージなど体内に多く存在しています、そして抗原に対して早めに出動し、外敵に対処する特性があります。

これは「自分の体を守るため」の大事な作用ですが、時にはそれが裏目にでます。
例えばあなたの細胞や組織を僕の体に移植する必要があっても、体内にいれたら敵だとみなして攻撃してきます。

ナパジェンファーマの技術は樹状細胞やマクロファージが関与する部位で作用させることで、少ない投与量で有効な薬理効果をもたらす。またDectin-1受容体が発現しない細胞には導入されないため、副作用を低く抑えることが可能。

――臓器移植などでよく聞く「拒絶反応」のような?

そうです、実はこの反応時に「Dectin-1(デクティン1)と」いう受容体が沢山出てきます。
ナパジェンファーマの技術はこのDectin-1を活用して、細胞内に核酸医薬品を入れつつ、免疫細胞が攻撃しないように抑制するというものです。

――免疫を抑制するけど、副作用も抑える。

はい、移植手術時に使われる免疫抑制剤は、実用化以降移植事例が飛躍的に増え、多くの命を救った素晴らしいものです。しかし同時に激しい副作用に悩まされる。

ならば特定の「抗原A」に対してのみ作用する医薬品を作り、体内の生命維持装置まで壊さないように「免疫寛容状態(※)」にするための誘導を行う。

かなり端折りましたが、これがナパジェンファーマの免疫抑制DDSです。
これを「医薬品」として実用化するために動いています。

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※免疫寛容・・・特定の抗原に対して特異的な免疫応答が起こらない無反応性の状態。臓器移植の拒絶反応抑制やアレルギーの治療などにも応用されるメカニズム。
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カギとなるDectin-1受容体と免疫細胞のプロセスについて説明する安藤さん

■「今年の秋以降 海外で臨床試験を開始予定です。」


――実用化に向けて、現在はどういう段階にあるのでしょうか?

今年の秋以降、海外で「フェーズ1の臨床試験段階(※)」に入る予定です。

この段階まで辿りつけた要因の1つが「核酸の安定」です。
核酸や糖の分解酵素は体内に膨大な量がありますし、先ほどの免疫抑制の説明にもあったとおり、ヒトのからだには抵抗力があります。

つまり、仮に良い核酸が出来たとしても、しっかり薬として機能させるには「分解酵素への耐性」を作る必要がある。これを多糖と核酸を1つの分子の中に水素結合で収め、水溶液中で核酸を安定させられるようになりました。

これは医薬品の実現において重要で素晴らしい成果です。
核酸医薬品はすぐ壊れてしまうので局所投与が多いのですが、この成果によって体全体に届けられるようになりました。

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※フェーズ1・・・・1~3まである臨床試験の第一段階。動物実験の結果をうけてヒトに適用する最初のステップであり、安全性検討上重要なプロセス
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大きな特徴である全身性アクティブターゲティング。核酸医薬品とβグルカンの一種を水素結合で高分子複合体を形成。
生体内に投与すると、核酸を分解酵素から保護し、未成熟な樹状細胞やマクロファージに発現するDectin-1 を介して核酸医薬品を細胞内に送り込む。

――日本に拠点を置きつつ、創業をアメリカからと考えた理由があれば教えてください。

僕自身がアメリカでの生活が長く、交流があるというベースもありつつ、一番大きいのは「核酸医薬品の最大市場がアメリカだから」ですね。

その中では、どうしても「日本企業」ってよそ者扱いなんです。
日本研究した日本人チームのアウトプットだと、その時点で「自分たちとは違うカルチャーの産物」というレッテルを貼られる。

ナパジェンファーマはアメリカの企業で国籍もアメリカです、というだけでちょっとした契約書1つの締結も、関係構築もとても楽になる。

――核酸医薬品やるならアメリカがベストチョイス

はい、僕も長年の土地勘があるしアメリカでやろうと。
知財と資金はアメリカに集中させ、日本には研究者や開発者など人の部分を集中させています。

創業時に印象的だったのは、日本の多くの研究者が当事者として積極的に参加されたことです。
みんな、強い可能性を感じる研究テーマに飢えていたんだな、と感じています。

安藤さんの名刺。アメリカではイングリッシュネームをもつと、一面識で覚えてもらえるという。

■「巨大な製薬市場を狙える技術に出会った。」


――先ほどから「核酸医薬品の実現」の話が何度か出ていますが、あくまで目指しているのは製薬メーカーのポジション。という認識であっていますか?

その通りです。どの市場を狙うのか?という決断ですね。
試薬や診断技術ではなく、あくまで医薬品をやろうとしている。
大きいけど、長い年月とお金が掛かる。

――どういうことですか?

これは僕なりの考え方なのですが、試薬、診断、医薬品で規模が全く変わります。

例えば試薬市場を狙う場合、数千万円規模の投資で収益化すると思います。
もし診断技術なら、5~10年で約2億円以上の投資が必要。

医薬品は全く異なります、1千億円を超えることもある。

――世界的な製薬メーカーと同じ土俵に立つということ

その通りです。
試薬は少ない投資で収益化できる代わりに、恐らく技術や商材のライフタイムは3年くらいでしょう。診断技術なら、5~10年くらい。

製薬市場は超巨大市場だけど、当然そこで戦うなら膨大なお金と時間が必要です。
研究・開発段階から約20年掛かるのも当たり前。

市場規模の解説。一番上の医薬は20年で取り組むサイズだと語る。

――医薬品の実現は、人生の中で1つあれば相当な実績だと聞いたことがあります。

そうでしょうね。
「おれはあの医薬品の開発に関わったぞ」って。2つ作ったら偉業かもしれない。

創業した12年前に、医師や製薬企業、多くの研究者にヒアリングしたんです。
その結果、「この技術はポテンシャルが高い、狙うなら製薬市場だ。」となりました。

――同じ技術でどの市場を狙うか?の決断ですね。

はい、臨床医師や免疫系の研究者が、認めるだけでなく「俺も出資するよ」と言い出しました。
専門家がそこまで言うのか、それだけ期待値高い材料技術なら。と

この時点で20年の決断です。研究・開発を進めるだけでなく、知財のポートフォリオも構築していかなければいけない。

――しかも大手メーカーのような戦略も選択できない。

できないですね。
市場に晒して小さな光を見つけてそこに集中して一点突破、ひたすら研究成果を挙げて、特許を出願し論文を出し「この技術は事業として実現可能性がある」と証明し続ける。

やっと2014年以降、ベンチャーキャピタルさんや産業革新機構さんから大きな出資を頂いて、先ほど話した今年秋の臨床試験に向かっていく状況です。

ナパジェンファーマ社のロゴ。社名の下に創業時から変わらない同社のコンセプトが記されている。

■「僕は素人だったけど、スーパー素人になってやろう」と思った。


――最後に、ナパジェンファーマが核酸医薬品を開発する世界の製薬メーカーになった時のイメージがあれば教えてください。

挨拶っぽく言うなら「私たちは世界から副作用を無くす製薬会社」ですね。

会社のロゴの下にも「nature’s pathways for precision targeted drug delivery」と書いていますが、本当にこの通りです。

自然な経路をたどれば、副作用はなくなるはず。

――治すために致し方なく、副作用のあるものを服用している。

はい、僕の大好きな製薬会社のOBが創業当時に言っていたのは、「毒を以て毒を制す、ではない新しい治療をめざそう」と。

ナパジェンファーマのDDSが実用化されれば、体がもともと持っている機能調節の力を高めることだけで、病気を治せる。そこがこの技術の魅力でしょ、と言っていました。
もう10年以上前の言葉ですけど、未だに不動のコンセプトですね。

――今後、ナパジェンファーマだけでなくDDSや核酸医薬品業界が活性化するために、どういう人が興味持ってほしい、と考えていますか?

まず1つが、「技術を評価できる人」が色んなところに散らばった方がいいなと思います。

最近は大学発ベンチャーが盛り上がっていますけど、これも2007年~2010年あたりに世界的な製薬メーカーの国内研究所の閉鎖や国内大手製薬メーカーの合併などがあって、その後ベンチャーやJSTやNEDOや投資会社に「技術を評価できる人」が散らばったことが下地にあると思います。

――投資が活発なのは、調達する側・出資する側に技術評価できる人が増えた?

そう。「フェーズ2の臨床試験までしっかりやってそれ以降は大手製薬会社と連携して・・・」とかそういう考えが出来る人が増えた。今後もこの人材流動化の流れは欠かせないと思います。

――じゃあ、「技術の専門家ではない人」はどうですか?

僕自身がそうですけど、興味と覚悟さえあれば素人でも文系でもいいと思います。
僕は経済学部出身で、製薬の専門知識は無いけど「だったらスーパー素人になってやる」と思っていましたから。

創業前から気になっていたんです。
色々な研究論文を読むと日本人が多いのに、実用化段階だとアメリカ人やアメリカのチームばっかり出てくる。その時にこの技術と出会って、凄く可能性を感じて。

誰かやる人いないの?そうか、俺しかいないのか。
「じゃあ俺がやる!」って手を挙げたことが全ての出発点だからね。


安藤弘法(あんどうひろのり) NapaJen Pharma Inc. 代表取締役社長
バイオ関連商社などを経て、2004年12月にアメリカ・カリフォルニア州で同社設立。
2005年には日本法人Napa Jenomics株式会社(現・NapaJen Pharma 株式会社)を設立

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)