Interview

飲食業界の課題解決に挑戦「飲食店が体験価値を提供できる未来」 ― トレタデータサイエンス研究所 所長 萩原静厳

text by : 編集部
photo   : 編集部,トレタデータサイエンス研究所

飲食店向け予約/顧客台帳サービスとして国内シェアNo.1(※)を誇る「トレタ」を提供している(株)トレタは、2018年1月飲食領域におけるビッグデータ活用の推進を目的とした「トレタデータサイエンス研究所」を設立した。
急成長したベンチャー企業が、自社組織内のデータ活用のために「データ分析部門」や「R&D部門」を設立する動きが増える中、なぜトレタは「研究所」を設立したのか。
飲食業界が抱える課題、トレタが貢献する領域、「研究所」であることの意義を、所長の萩原さんにお聞きしました。
(※株式会社シード・プランニング調べ)


■店舗の「コミュニケーション・体験」を改善するためのデータ貢献


――飲食店向け予約/顧客台帳サービスを提供するトレタが飲食領域におけるデータ活用を目指し研究所を設立した背景を教えてください。

「トレタ」には、サービス開始からの4年間で1万店舗・約4千万件の予約情報が蓄積されています。
飲食領域におけるデータにおいて、これだけ最大クラスのデータを扱う企業は国内にそう多くないと認識しています。

今年1月のデータサイエンス研究所設立以前から、経営陣に『これまでに蓄積されたデータを、飲食の世界をより良い方へ変えていくために活用していきたい』という想いがあったのですが、外部からも食に関するデータ活用のニーズを多くいただいていました。
そうしたことを背景に「研究所としてR&Dを進めていこう」と提言した結果、研究所設立に至りました。

――トレタのデータを活用することで、飲食業界にどのような貢献をしていくイメージですか?

いくつか挙げられるのですが、一つは「店舗内のコミュニケーションを改善」できると考えています。飲食店に人々が赴く理由は「食べること」だけが目的ではないのではないでしょうか。

「美味しい牛肉が食べたい」なら、お店に食べに行くより自分で材料を仕入れて調理したほうがコストも安く、時間の融通も利きます。つまり、それでも飲食店に足を運ぶ理由はそこでの「コミュニケーション・体験」に大きな価値を感じているからなのだと思います。

――「同じ牛肉食べるにしても、あの店で食べたいよね」という感覚ですか

はい、実際にそう思われている飲食店は繁盛しています。
飲食店が「コミュニケーション・体験」を価値として提供できている状態というのは、飲食店・飲食店利用者の双方にとって幸せな状態だと言えます。
トレタはその状態になるための支援をしたい。最高の「コミュニケーション・体験」を生み出すには「顧客を知る情報」が必要不可欠であると考えています。

飲食店がお客様を理解した上で、最適なコミュニケーションをすることができる。
トレタから適切な情報提供ができれば、飲食店側で創意工夫できることも多々あります。同時に、トレタを通じて飲食店の現場における手作業・手間を減らすことで、質のいい「コミュニケーション・体験」に向けて工夫する時間も生まれてきます。

――たしかに忙しそうでバタバタしているお店より、余裕のあるお店の方がいいです。

大前提として、すべての飲食店が「お客様に最高のサービスを提供したい」と考えています。
一方で、業界自体も慢性的な人手不足という課題を抱えており、現場は日々の膨大な手作業に追われているのが現状です。

そのため、単にデータ提供するだけではなく、「店舗側がサービスを工夫しやすくする」ためにアルゴリズム化して提示する。これが研究所として大きなテーマだと思います。

「銀行のATMを使える人なら誰でも使いこなせるツール」を目指し徹底的に顧客目線に立つ。
2018年1月、サービス開始から約4年で導入店舗数1万店を突破し、継続利用率99%のサービスとして急速に普及した。

■飲食店が、良いサービスを提供した対価を適切に得られる業界になるために


――いま説明頂いたことを、「トレタのデータソリューション部門」ではなく、「研究所」として展開するのはなぜですか?

仰る通り、「店舗運営における業務効率化・最適化、サービス向上のためのヒント」は、トレタが導入店舗に提供しているサービスの延長線上にあるものも含まれています。

それでも「研究所」を設立したのは、私たちの活動の目的が「飲食業界全体」の課題解決にフォーカスしているからです。飲食店が提供する「コミュニケーション・体験」の対価を、店舗側が受け取れるような未来も作っていきたい。

実は飲食店業界のコスト構造・売上/利益構造は、小売業界と似ています。
でもよく考えてみると、矛盾している点があることに気がつきます。

――小売は純粋にモノを売った対価があり、飲食店は料理を提供する以上に「コミュニケーション・体験」を提供する点に違いがある、ということですか。

そうです。飲食業界は本来「サービス業」ですが、サービス料金をフィーとしてお客様から頂いている飲食店はほとんどありません。

業界全体がコモディティ化しており、「プラスαのサービス」への対価はもらえていないのが現状です。海外のようなチップを渡す文化もありません。

――「コミュニケーション・体験」が価値なのに、価値の対価を得る構造になっていないぞと。

はい、研究所として着目すべきイシューだと思います。
飲食店利用者に対して「コミュニケーション・体験価値」を高めるべくサービスを工夫した飲食店が、それに見合った適切な対価を受け取る。そのためにも、まずは業務効率化をどう実現するか?を解決する必要がありますよね。

飲食業界は、総務省の発表データでも雇用吸収率が一番高い反面、収益性がとても低いことがわかっています。サービス業なのに「提供した付加価値は収益に計上しません」と言われているような状態を、私たちがどう変えていけるか?ここに挑戦していこうとしています。

――Uber eatsのような無店舗型の飲食サービスも増えてますが、飲食店側の価値を再定義する意味も含まれていますか?

それもあります。
Ubereatsでは提供した付加価値への対価が支払われていると言えます。「寒い中、この雨の中届けてくれてありがとう」という気持ち分を、お店で食べる際の料金+アルファで支払い分に上乗せされても、利用者は気持ちよく払っているんじゃないでしょうか。

飲食店も同様に、店舗ならではの「コミュニケーション・体験」に対するニーズがあり、それらを提供するならばその対価を得られる状態が適正であると思います。
それをどう創るか?を考えることは我々に取って良いテーマだと考えます。

飲食業は従業者比率(縦軸)が抜きんでて高い反面、稼ぐ力(横軸)が弱い。
上図赤い丸が東京都における飲食業界の位置づけ。
出典:総務省 統計ダッシュボード(https://dashboard.e-stat.go.jp/

■大学、研究機関、民間企業、国や自治体・・・広く連携するための「研究所」


――最近、組織内にR&D部門のあるベンチャー企業もいます。トレタの場合少し違った形式ですよね?

はい、外部団体との連携のしやすさ、そして新しい価値創造をするための意思表示として「研究所」としました。

民間企業のR&Dにおけるミッションは、最終的に「自社事業の収益への貢献」や「ノウハウの蓄積」を目的とするケースが多いですが、そうなると外部と連携する上でもその点を念頭に置いた意思決定が必要になります。

自社事業の利益面を考えずにデータ提供できるほうが、外部から相談を受けやすい、という点も非常に重要です。

以前、リクルートでも研究所を率いていたのですが、大学や研究機関は自分たちの理論を持ちつつ、それを試すための「データ」が手に入らず苦労していることが多くありました。
「私たちは自社利益優先で考えません。革新的な研究のためにデータを提供しますよ。」という方が大学側も声をかけやすい。

根本的に、ぼくたちは業界が抱える課題解決のためにビッグデータを最大限に研究・活用していこうと考えているからです。

――リクルート時代の経験もあり、どういう形が最も「連携」できるかを理解していたと。

そうですね。

何か1つの座組みを進めるとき、役割分担、双方が協力できることの整理、進めるために予算が必要かどうかの見極め、と色々考えて議論する必要があります。ぼくはそうやって「オーガナイズ」することが元々好きです。

大学側からではわからないことや進め辛いことがある場合は、民間企業側から率先して動けますし、結局民間企業側も自分たちだけでやろうとしたら色々と大変ですから。
どこかの大学と共同で取り組んで成果が出たら、知財として共有することもできる。知財の自由度を高くしておけばその後の研究も進みます。

――大学・研究機関に限らず民間企業との連携も同様ですよね。

はい、実際に同業他社さまや飲食業界と関係の無い企業さまからも相談を頂いています。
もしも「企業のR&D部門」という形式だったら本業における競合関係を気にして相談できなかった企業が「研究所ならば」とお声がけくださっています。

研究所を設立したことで「「トレタは自社の利益だけで考えません。飲食領域のデータを持っていて、活用したいと考えています。各方面との利害関係は一旦置いて、飲食業界の未来のために共に考えていきませんか」とオープンなスタンスを提示できたと思います。

設立から約1ヶ月半、既に10社以上お声がけ頂いて具体的な議論も始まっています。今後、面白い取り組みを展開していけると思っています。

取材中、萩原さんは近年の「オープンデータ」への変化についても言及していた。
データをオープンにするだけでなく、社会に貢献するための使いやすさの議論も必要と考え、
データサイエンス研究所を通じてそうした貢献もしたいと考えている。

■飲食店はリアルな場。データだけではなく「人の動きや体験のデザイン」も必要


――萩原さんの私見でいいのですが「トレタのこのデータ、可能性を秘めてるな」と感じるデータの例はありますか?

一番は「予約データ」ですね。
予約した、ということはその日その人が「そのお店にいる」そして数時間後「移動する」という情報です。
これは未来予測ではなく「当日ここにいます」の非常に確度の高い未来です。

当然予約キャンセルも起こり得ますが、発生率は全体の数%、ということは90%以上の確率による未来の情報です。

更に、お店ごとに「平均滞在時間」がありますよね。
「7時に予約」だとして、このお店なら恐らく9時前後に「その場所から移動し始める」だろうと推測できる。そうすると、交通・観光・移動や輸送などいろいろなアイデアが自然に出てくるなと。

衣・食・住と考えた時「食」は1日3回、最もトランザクションが多いんです。
何をどこで食べた、先週はこれを食べた、という蓄積された情報には「その人の生活様式や嗜好性」が自然と現れる。
そういうデータを活用して、その人が快適に暮らすための周辺サービスとも連携できるのでは?と考えています。

こういう話を聞いて「自分たちもちょっと連携できそうだな」と感じた企業や研究機関、国や官公庁の方がいたら、ぜひ一度お話したいですね。

――データサイエンス研究所のメンバーとして重要な資質みたいなものはあるのでしょうか?

現在、自身を含めトレタとの兼任で7名のメンバーがいます。全員に共通するのは「エンジニアリングも含めたデータサイエンティスト」そして「デザインの意識」を持つという点です。

ここでいうデザイン、は飲食店における人の動きや体験のデザインです。
必要なオペレーション、店舗スタッフの役割、来店するお客様、人口密度の高い「店内」でこれらをどうデザインするか?いわゆる人間中心設計(HCD=Human Centerd Design)と呼ばれる領域です。

――最近のWeWorkのような「場所の体験・デザイン」といった認識であっていますか?

はい、「その場所での体験自体をデザインする」という意味です。
飲食店は「リアルな場」と言えると思います。店舗の中にはお客様だけではなく、店舗運営スタッフもいるわけですが、一体、両者がどうなれば、何がどのように変わり、より良くなるのか。

データをチューニングするとか、解決方法の前には「問い」が必要です。
その仮説立てにおいて、飲食店という場を念頭に置いた人間中心設計の考えは不可欠であると考えています。

データ×デザインによって、「飲食店」という空間をどのように変化させ、付加価値やオペレーション効率をどう向上していくのか。

食を取り巻く未来は世界で今後どのように変化していくのか?飲食店のあるべき形とは?と仮説を立て、色々な業種の方と協働しながら検証を進めていく過程では壁にぶつかることもあると思います。これこそが、これまでにない未来をデータを活用して作っていく醍醐味でもあり、トレタのデータサイエンス研究所の面白さだと思います。