2018.02.19 MON 起業の風土が無い名古屋で、世界に仕掛ける起業家エコシステムを創る ――Midland Incubators 奥村健太・IDENTITY 碇和生
text by : | 編集部 |
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photo : | Midland Incubators |
人口約900万人。東京・大阪に次ぐ都市圏ながら、「ベンチャーが少ないというより、起業する空気感すらない」という名古屋都市圏。その名古屋で起業後国内NO.1の請求管理サービスを構築し、2016年に弥生株式会社の傘下となったMisoca、そして名古屋を中心にメディア事業とデジタルマーケティングを手掛けるIDENTITY。
そのキーパーソン達が次に仕掛けるのは名古屋を中心とした「起業家エコシステムのコミュニティ構築」。 3年で50社起業、1000人のベンチャー関係者を増やす目標を掲げるMidland Incubators(ミッドランドインキュベーターズ)と名古屋の起業家エコシステムについて、奥村さんと碇さんに伺いました。
■名古屋にはそもそもベンチャーで働くという発想すら無い。
――Midland Incubatorsは昨年7月からイベント開催などを動いていたそうですが、現在取り組んでいるものはなんでしょうか?
奥村:「集まる場所づくり」ですね。
ベンチャーのコミュニティを作る上で1番大事なことを考えると、「そういう知り合いがいる」「知人が起業した」という空気は大事だと思います。
東京だと、友達や知人がベンチャーに就職したり、インターンしたり、人によっては起業していますよね。そもそも自分の親がIT企業勤務の人もいる。それだけ身近だと「じゃあ、自分も」って考えやすい。
でも名古屋は地元の製造業に進む人が多いし、親世代でも製造業勤務が多い。
そうなると「私も製造業メーカーに就職しよう」となりやすい空気がある。
名古屋にはそもそもベンチャーで働くという「空気感」自体が無い。
まずはそれを作りたい、重要なのはやはり場所だと。
その場所に行けば誰かベンチャー企業の関係者がいる、顔を出したら色んな話が聞ける。
――色々動いた結果、「場が必要だ」と。
奥村:リアルの場所が欲しいという話は昨年7月の開始時点から出ていましたが、地域の実情やニーズもわかっていなかったので後回しにしていました。
いまは有望な候補物件がいくつかあるので、それさえ決まればという段階です。
場所は名古屋駅の周辺になる予定です。
――ネットニュースやSNSを見ていれば、ベンチャー企業の話題も目にしますよね。それでも興味ある人は少ないのですか?
奥村:興味ある人は少ないですね、うちのインターンの学生に聞いても、同じようなことをしている友人が全くいなくて、ベンチャーでインターンをすることは相当珍しいと受け取られるようです。
碇:先日うち(IDENTITY)のインターンが「長期インターンの集まりをやろう!」って周囲に呼びかけたら、結局うちと奥村さんの会社(Misoca)の2社と、あと1社くらいしかいなかったらしくて(笑)
奥村:本当にそれぐらいしかいないんですよ。
Misocaにインターン応募してくれた人に「なぜうちに?」って聞いたら、「いや、御社しかなくて」と言われました。学生のうちにベンチャーでインターンしたくても選択肢がほとんどない。それくらいの状況なんです。
■やっと「場所」が出来る。この後は「運営」が大事になる。
――この半年で実施してきたことを教えてください。
奥村: 2017年の早い段階から学生の起業支援をしたり、29歳以下に限定した大きめのイベントを2回ほど開催しました。
それと1on1のスピードミーティングです。
東京のSkyland VenturesがHive Shibuyaという拠点で毎週実施しているものを参考にしました。毎週水曜日の朝、起業家や起業に興味のある10~20代向けに相談に乗ることをやっています。
「場所はいつか欲しい」とずっと考えていて、いまちょうど物件を押さえる段階です。早ければ3月には開設できると思います。
――そういうアクションをし始めると、名古屋周辺の企業の方がちょっと関心を持ったりするのかなと思いましたが。
奥村:本格的な対外発信はこれからですが、たしかに名古屋はベンチャー企業自体少ないので、興味や関心がある人に僕らの活動は既にかなり知られていますね。
金融機関の方や監査法人の方が気にかけてくれて、お会いした時に色々と聞かれます。
これまで名古屋近辺にそういった取り組みがほぼ無かったので、少し動き始めただけでも興味関心を惹いているみたいです。
とにかくベンチャー起業の風土・空気感が全くない土地なのでまずはそこからです。
「こうすれば短期間で変えられる」という勝ち筋が見えているわけでもないので、場合によっては「そもそも名古屋にベンチャー起業は必要か?」という議論から始めなきゃいけないと考えています。
――逆に奥村さんとして名古屋周辺の企業側に求めたいものってありますか?
奥村:ずっと「場所が欲しい」と言っていて、これは物件を押さえる段階に来ました。
次は「運営」だと思っています、場所が出来たらそこの運営はまず自分たちでやる予定なのですが、今後しっかりと「インキュベーション施設」として運営するには、場所だけでなく運営も協力してくれる企業がいてくれたらいいなと思っています。
碇:東京でも、アクセスのいい立地にあるインキュベーション施設などはどこかしら企業が協力していますよね。
■人材と経済基盤。名古屋がもつ可能性
――お2人とも名古屋周辺が活動拠点だと思いますが、「名古屋のココが可能性あるんだよな」と思う点はなんですか?
奥村:人材のポテンシャルです。
人口の多さ、そして地域を代表する大学がいくつもある点ですね。
Misocaの採用面でもここは本当にメリットでした。
優秀な学生が多いわりに競合が少なく、エンジニアをはじめとした優秀な人材獲得で優位に事業を進められたと思っています。
もしMisocaが東京のベンチャーだったら、他の会社にいってたかもしれない優秀な人もたくさん来てくれました。
碇:たしかに人材のポテンシャルは高いと思います。
名古屋大学や名古屋市立大学など、東京で活躍する経営者を多く輩出した大学もありますし、素直に「優秀だな」と思える人は多いです。
もう一つ、経済基盤がしっかりしているのもメリットだと思います。
自動車メーカー以外にも大企業が多くあり、今後起業したベンチャーが資金調達をする際にはこの点が魅力的です。名古屋周辺の起業文化が変わってきたら、こうした資金が一気に流れてくる可能性があると思います。
――経済基盤はしっかりしているから、空気が変われば一気に盛り上がる。
奥村:はい、もちろん空気を変えるのは容易ではないので、短期的な結果は求めず、3〜5年かけて「あの頃名古屋にベンチャーはなかったけれど、今はたくさんあるね」という変化の一歩目を作ろうとしています。
碇:僕は名古屋以外の地域でも色々な仕事をしていますが、経済基盤の可能性は名古屋にしかないポテンシャルだと思いますし、飛び回っていて気付くのはアクセスの良さです。
東京にも関西にも近く、福岡へ飛行機で行くときも空港が近くて便利だなと。
――名古屋周辺の特性を踏まえて「こういう面白いビジネスが出てきそう」と期待しているものはありますか?
奥村:「メーカー×IT」の文脈で色々とやりやすい気がしています。
自動運転周りで名古屋大学とメーカーが共同取り組みをする事例などがあり、こういったものは今後も出来るだろうと思います。
名古屋大学には大学関係者の方が研究成果を元に立ち上げたベンチャー企業も多くあるので。
碇:たしかに、自動車・モビリティに絡む研究やビジネスにはお金が出やすいと思います。
名古屋大学発でAI活用のベンチャーが出てきていますがそれも自動運転ですし、29歳以下の学生ベンチャーというとTryetingという生産現場で活用するAIの会社がありますね。
■売り上げと業績を突き詰めてゴリゴリと伸ばす。名古屋スタイルのベンチャー
――碇さんは以前東京で起業していたので、逆に「こういうタイプの人は名古屋での起業がおススメ」というのは何か見えていますか?
碇:派手さを求めていない、確実に売上と業績をゴリゴリと伸ばしたい人には凄く相性いいと思います。華やかさはないけど、経済規模が大きくてきっちり収益を伸ばし続ける企業が多い。
名古屋でビジネスの話をすると、派手な施策に全然興味なくてそれよりも数値やロジックを突き詰めるのが好きな人が多いですね。
「世界を変える!」とかよりもビジネスでどう実績や信頼、数字を積み上げるか?を展開しやすい場所だなと。それと雑念が入らないのもいいなって思います。
――雑念?
碇:以前東京で起業していた頃、投資家の方に「ヘルシーな嫉妬を持つべき」と言われたことがありました。
気にしすぎは良くないけど、周囲の動向を自分の刺激にして事業を伸ばすのは大事だと。
確かにそうだなと思う反面、合う人・合わない人がいる話だなと思います。
――たしかに、モチベーションの高め方は人それぞれですからね
碇:周りの起業家が成果を出してそれが刺激になるタイプと、別に「自分は自分」というタイプもいる。
一方で、周囲の動向が気になることもあるじゃないですか。東京にいると身近な企業のいいニュースも悪いニュースも沢山あって、無意識のうちに「自分たちは大丈夫か?」「このままでいいのか?」と考えることもある。
それってある種、雑念ですよね。事業や顧客に集中していない。
「ヘルシーな嫉妬」みたいな原動力が無くても、ちゃんと自分の事業に集中できる・集中したい人には、名古屋は適度な距離間でいいなと感じています。
奥村:いまの「雑念」の話聞いていて思い出しました。
Misocaも一時期、取引先のほぼすべて東京だったので週2くらいのペースで東京に行っていました。
その頃は東京進出の話も出ましたが結局は名古屋を地盤にしてやり切ることにしました。
東京では多くの豊かな出会いがあり、刺激もたくさんもらえましたがその一方で多くの業務連携等のお話もありましたが、形になったものはそれほど多くもありませんでした。
結局、自分たちで突き詰めた手法がちゃんと事業を成長させていたなと。
同業他社の情報も入ってきづらかったけど、それを気にしなかったから上手くいった部分もある。
■名古屋って「ビジネスやるなら最初っから世界」という感覚。
――最後に。Midlandを中心としたエコシステムが出来てきたら、名古屋ってどう変わると思いますか?
奥村:まず、現状だとベンチャー企業がほとんど無いので、名古屋の学生がベンチャーで働きたい場合自動的に「東京に行く」という選択をしています。そこを変えられるかなと。
僕も以前首都圏に住んでいましたが、人が多いのが好きではないのでもう東京には住みたくないなあと思います。
正直、東京に出なくても地元で同じことができるなら残る人は多いと思っています。
碇:ぼくはMidlandの中心人物がMisocaの豊吉さん・奥村さんなのがとてもいいと思っています。コミュニティは誰が中心にいるか?で最初の雰囲気が決まる。
そこに競合や知人に振り回されず、名古屋で事業を伸ばして成果を出した人がいるのは重要だと思います。
同世代で切磋琢磨して、先人と交流できるコミュニティに熱量が生まれる。
それを作りつつ、根底には「事業に集中しようぜ。よそはよそ、うちはうち。」の感覚を体現できたら名古屋らしいエコシステムじゃないかなと。
奥村:具体的な数字として「3年で50社起業。1,000人のベンチャー関係者」を掲げています。
名古屋でその状態を形成できたら1つの生態系が生まれるのと等しい価値があると思います。
――業種やジャンル問わず、地域ごとにベンチャー企業の特色みたいなのあるじゃないですか。名古屋だとどうなりそうですかね
碇;名古屋っぽさ、で言ったら「最初から基本的に世界を見ている」かな。トヨタもそうですけど、GO GLOBALじゃなくて「最初から世界」。
名古屋の大手企業はみんな世界を見ている気がします。投資する時もUberに投資しながらJapanTaxiにも出資したり、海外・日本を分け隔てなくすべて「世界」として見ている。
だから僕らがアクションを起こして、そういう大手企業とタッグを組んで一緒に世界に向けて仕掛けられるエコシステムの実現には、3年くらいで挑戦できると思っています。
東京では話題になっていなくても、気が付いたら、世界から見た時に名古屋がやたら有名になっているとか。
名古屋発ベンチャーが次々と海外に仕掛けていて、拠点を調べたらみんな「NAGOYA」って書いてある、そういう特殊な風土になると面白いですよね。
奥村健太 株式会社Misoca 執行役員
愛知県出身。京都大学工学部卒業。2014年、エンジニア集団Misocaに初の非エンジニア職として入社。
財務戦略等を担当し、Misocaを弥生株式会社によるM&Aへと導く。
プライベートでは、地域課題を解決する事業を行う個人・団体への融資を行うNPOバンク『コミュニティ・ユース・バンクmomo』の理事を務める。営利・非営利両面から、名古屋近郊の活性化を目指す若手起業家の応援に注力。
碇和生 株式会社IDENTITY 共同代表取締役
大手金融機関などへのWEBマーケティングのコンサルティングに従事。その後、非営利事業やスタートアップの創業を経て、複数のスタートアップで資金調達/マーケティング/新規事業立案のアドバイスを行う。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)
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