Interview

勢いを増す中国のベンチャー投資や最先端研究、最新動向と日本との違い。

text by : 編集部
photo   : 編集部,劉宇陽

人工知能をはじめ、先端研究とベンチャービジネスにおいて急速に成長する中国。
上海出身で自らも大学院での研究やベンチャー数社の起業を経験し、現在はベンチャーキャピタリストとして活躍する劉宇陽(リュウ・ウヨウ)さんに、頻繁に中国の各都市を現地視察しベンチャー企業とのビジネス経験をする立場から、「現在の中国」について語って頂きました。


北京、上海、深セン・・・中国主要都市の歴史と活況の背景


―中国の詳細な情報は、シリコンバレーなど欧米に比べなかなか日本国内で得られません。ベンチャー起業やモノづくりにおいて活気がある都市の特徴を教えてください。

都市ごとにかなり特徴が異なります。
まず北京は「優秀な学生が集まるIT企業の都市」です。

北京大学や清華大学などの近くに「中関村」という新しい技術を集約しそこで開発を推進する地区があり、そこから有望な大学発ベンチャー・有力IT企業が誕生して経済の循環が生まれています。
90年代から形成された流れですが、背景にあるのは「極めて優秀な学生が北京に集まる」という事実です。

毎年約2,000万人が大学を受験し、その中のトップレベルの学生が北京大学や清華大学に集まる、優秀でハングリー精神の塊の人材ですから、いいビジネスが出てくるのはある意味当然なのかもしれません。

 

―最近はものづくり・製造業の話題で深圳(深セン)という地名もよく聞くようになりました。

深圳は、鄧小平の時代に経済特区となってから発展した街です。
ですから「長年そこに住んでいた人」による既得権益がなく、極めてフラットな環境です。

開発力のある部品メーカーや部材自体を流通させる業者など、みんな別の場所から「深圳でビジネスしよう」と集まってきているので、自由な空気の中「お金を儲けよう!」という陽気さやエネルギーがあります。

これから未来に何が発展すべきか?を常に重視し、それを自分たちが作り中国全土に発信しようという役割を担っているのが深圳だと思います。

 

―優秀な学生と研究が集まる北京、自由で活気のある深圳という特色がありますね。

あと大きな都市を挙げるなら、上海。
上海はあまり「中国の都市」という雰囲気が薄く、世界各国の企業がアジアの拠点を置いており、常に世界中の最新の知見を吸収し中国大陸の各地へ浸透させる流れがあります。

恐らく中国の中で、比較的日本に近い感覚でビジネスが出来る都市だと思います。
距離的にも日本と近く、且つグローバルな環境で魅力的な市場だとは思いますが、深圳に比べ「新しいものを作ろう」というエネルギッシュな都市では無い。僕個人がベンチャー起業するなら深圳のほうが好みですね。

最後に香港ですが、長年金融街としての機能を果たし経済基盤はとても強いです。
近年は投資会社やフィンテックも盛り上がっています。

金融の都市として「次の社会をどう創るか」のモニタリングをする役割を果たしていますが、最近は中国全体が開いてきており、以前に比べ「中国と他の国を繋ぐプラットフォーム」としての重要性は減ってきていると思います。

 

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エネルギーと自由な空気に満ち溢れた都市・深圳にも度々訪れているという(画像提供:劉宇陽)

 

 


中国から、なぜ優れたベンチャー企業が生まれるのか?


―主要な中国の都市についてお聞きしましたが、視察やビジネス交渉で頻繁に足を運びながら感じることはありますか?

投資家のレベルが非常に高いと思います。
アメリカに近いと思いますが、まず投資家が次の世界はどうなるか?中国の社会問題は?という事を考え、そのために必要な起業家を先ほど話したような中国全土から集まった優秀な若者の中から探す。

人口が多く起業したい優秀な人はいくらでもいる、投資家側も本当に納得しないと投資しません。
既に起業し成功した人は投資家に転身する・後進ベンチャーを育てる側に回る、というエコシステム構築もどんどん加速しており、もしかすると既にアメリカを上回っているかもしれません。

それと比べ、日本は投資家と起業家の数でいえば起業家の数が少なすぎると感じるので、中国のように「本当に優秀な起業家にだけ投資する」という雰囲気は無いのかもしれません。

 

―そういった中から輩出されたのが、テンセントやアリババという企業。

もちろんその2つの企業はとても優秀で成功しましたが、北京で活躍する投資家が以前面白い話をしていました。それは、「ジャック・マーは優秀だから成功したのではない」という話です。

先ほども言った通り、中国全土から集まった優秀な若者で起業したいという人はいくらでもいます。
そうなると、優秀さはもはや差別化要因になりません。

ジャック・マーはもちろん優秀な若者だったと思いますが、彼は同世代の優秀な若者が金融の世界や海外企業に進む中、アリババという会社を創り、当時全く整備されていないインターネット業界で未知数なECビジネスを始めた、そして「リスクを取り続け、辞めない根性をもっていた」

言ってしまえば、優秀で未成熟な市場でリスクを取り続けた。同じことが出来る人であれば、いつかまたジャック・マーのような存在が出てくる。
その「どの未成熟な市場でリスクをとるべきか」の絵を描くのが投資家、という感じです。

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「中国の優秀な投資家は、有望企業を探すというより”未来のあり方”を考え、それに必要な事業と起業家を探している」と語る劉さん

 


中国と日本、ビジネスにおける考え方の違い


―よく日本から中国を見ると「技術を盗まれる」とか、警戒心や苦手意識がある気がします。実際ビジネスをする立場としてどう思いますか?

その点、中国というより日本と比べて海外は大抵そういう要素があると思います。
中国にも契約や法律がありますし、相手がプロなら油断できないと感じて乱暴な進め方はしません。

個人的に、海外の人から日本人はビジネスの場で「この人はプロフェッショナルだ、油断できない」という雰囲気、緊張感が無いと感じられている気がします。

あとビジネスの進め方が違いますね、日本はまず「会社と会社の関係性」が強いので、「あなたが好きなので一緒にビジネスをやりましょう」というのがあまりない。

その感覚のズレが失敗の要因になります。まずは人対人で信頼関係を先に作り、そのあと「じゃあ、具体的な業務を」という進め方がスタンダードなので、日本人から見ればこの違いが警戒心を抱く要因なのかなと思います。

真に優れた技術であれば、いくら中国企業を警戒していても、いつか盗まれる運命にあります。それならば警戒ばかりせずにこちらからも積極的にビジネスを仕掛け、相手の優れたところを自分たちの強みとして組み入れるほうが良いと思います。

 

―契約や法律に対するスタンスも異なる気がします。

それはあります。
日本は「これやっていいのかな?法律で明確になっていないからやってはいけないかも」という風潮がありますが、中国は真逆です。「明確に書いていないこと、規制されていないことはやっていい。」

法律は社会で一番手堅く一番変化が遅いものです、それに合わせていてはビジネスのスピードが遅くなるのも当然です。法律は社会の変化に合わせて変わるものという前提に立っているか?の違いですね。

 

―普段中国企業とビジネスをしていて、日本へのニーズはどういったものがあるのでしょうか。

色々な種類の相談があるので一言では説明が難しいですが、日本の技術や文化をうまく学んで取り入れたいというのは多いです。

医療システム、農業技術、部品メーカーのノウハウ、日本は特殊な国で技術も含めて「日本の文化でありブランド」です、しかも日本のエンジニアや会社員は一流の方でなくても仕事の進め方がしっかり管理されていて、実行力の高い国だと思います。

 

―「日本人の勤勉さ」のようなものですか。

そうです、最近中国のVRやゲーム業界は開発や制作を日本企業にお願いするケースが増えています。
納期を守る、突発的なトラブルが起きないよう努力する、勤勉さだけでなく日本の工場管理や品質管理のプロセスは非常に洗練されていてみんなそのノウハウを学びたいと思っています。

この点、中国人はかなり計算高いと思います。
「中国のブランド」だと展開しづらい、アメリカのブランドのほうがいいと考えればアメリカに拠点と口座を作りアメリカ企業のように振る舞う、しかし実態は全部北京や上海にある。というやり方。
もしかすると、皆さんがアメリカ企業だと思っているなかにも、実は中国企業だったというケースが割とあるんじゃないかなと思います。

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劉さん自身は投資家という肩書だが、中国企業や投資家からのニーズはその枠に収まらず、取材を通じて多様なネットワークを構築していると感じた。(画像提供:劉宇陽)

 

 


日本には多くの有望ベンチャーがあり、中国には先端研究への投資力がある。


―中国と日本を比較して、技術やビジネスで日本が遜色のないもの、ってありますか?

基本的に技術も、ビジネスも、何に関しても日本は負けていないと思います。
普段、仕事柄日本の研究開発型ベンチャーをチェックしていますが、「むしろ海外展開すればいいのに」と思う有望企業ばかりです。

一方で、そのサービスを最も適したどの市場に展開するか?という点で、日本市場を念頭に置き過ぎているとも感じます。本来であれば最もサービスが求められている、ノウハウやインフラのない国に一早く進出すべきだと思うのですが。

 

―日本は遜色ないとのことですが、中国は近年人工知能など先端的な研究・技術で飛躍的な成長を遂げているように感じます。

その変化は感じますし、当然の流れだなと思います。
人工知能を例に挙げると、「アルゴリズムの開発」と「適切に整備されたデータ」が大事ですよね。

1つ目のアルゴリズムは、いかに少ないデータで生産性の高いアルゴリズムを作るか。
これは数学です、シンプルに言えば「とてつもなく優秀な数学の研究者はどこにいるか」が大事で1万人の「まあまあ優秀な人」では意味がない。

もう一つの適切に整備されたデータ、これが多ければ多いほど無数のテストを繰り返せます。
そしてその無数のテストが可能な環境には、「膨大な資金」が必要です。

「とてつもなく優秀な数学の研究者」に「膨大な資金」を組み合わせると勝てるという図式であれば、それを準備できる国がどこか?という話になり、既にそ実行に移しているのが中国です。

別に中国でなくても、インドでもアメリカでも日本でも、優秀な人は出てくると思いますが、その後は資本勝負になる。その「膨大なテストに必要な資金をどの国が面倒見るか」

人工知能で自動運転が完全に実現する未来があるとして、それには膨大なコストが必要。
その後アルゴリズムが磨かれていくとコスト負担が軽くなり始めます、そこにたどり着くには天才的な頭脳が必要です。賢くて資金があり市場がある、という要因によって中国が目立ってきているのだと思います。

 

―日本の優秀な学生が、アメリカや欧州ではなく中国のトップレベル大学に行くのも今なら凄く意義がありそうですね。

そう思います。実際にいま増えているようです。
中国側もそうした動きは歓迎していますし、アメリカの著名な大学にいくよりコストも掛からないでしょう。本当にハイレベルな研究に没頭したいのであれば凄くいいと思います。

最後に、僕からこの記事を読んで頂いた方に伝えたいことがあります。
これから2~3年以内に、日本という市場は中国とアメリカのベンチャー企業が進出し競争する場所になります。僕のwechatには既に色々な中国企業からM&Aの打診や日本市場進出の話が毎日のように来ています。中国でのビジネスをやりたいベンチャー企業の方がいるなら、ぜひ気軽に話をしましょう。

世界は常に開かれていて、閉じているのは心だけです。
心さえ開けば、世界中があなたのビジネスの場所になります。

 


プロフィール
劉宇陽(リュウ・ウヨウ)
上海出身、京都大学で生命科学の研究に従事しながら、自ら3Dプリンター事業などベンチャー企業3社の起ち上げと売却を経験。昨年からは日本ベンチャーキャピタル(NVCC)に所属し、投資家として研究開発型ベンチャーへの支援を担当。中国・日本両方でのビジネスに精通した経験を活かし、両国間におけるビジネスの橋渡しなども精力的に行っている。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)