2018.04.10 TUE 脳を”だます”ハプティクス(触力覚技術)で未来を体感させる ― 株式会社ミライセンス
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部,株式会社ミライセンス |
近年のVRブームで、視覚的・聴覚的な世界では次々と新しいエンターテイメント、サービスが生まれつつある中、世界の一流企業は既にその先を見据えている。
世界中の企業が熱視線を注ぐ、世界初・日本発の3Dハプティクス技術を有し、2020年のIPOを目指す研究開発ベンチャー、株式会社ミライセンス。
VRの更にその先に広がる、「体感の未来」「コミュニケーションの未来」について、同社代表取締役の香田さん・CTOで産総研の主任研究員でもある中村さんにお話を聞きました。
■デジタル技術で「脳をだます」ハプティクス(触力覚技術)
――まずはミライセンスの概要について教えてください。
香田:触った感覚をデジタルで表現する「3Dハプティクス技術」の製品化と海外も含めた事業展開を進めています。
中村が産総研で発明した世界初の「錯触力覚生成技術」に関する研究成果を事業化するため、2014年に起業した産総研技術移転ベンチャーです。
この技術がとてもユニークなのは、錯覚、脳・神経科学に基づいて、デジタルで、触感・感触などの体感をリアルに表現することができることです。もちろん、製品化に向けた応用研究・実装技術のワールドワイドな特許化も行っています。
――「従来の触覚技術」と「錯触力覚生成技術」の違いはどのようなものですか?
中村: 「体感の本質は脳にある」という点です。
私は工学博士ですので、最初の研究アプローチでは、力や回転トルクといった物理量を生成・再現するといった工学的な手法を用いました。例えばジャイロ機構を使い、空中で、思い通りに手首を返させたり・曲げさせたり。
技術者的には興味深い技術ですが、重く電力消費も大きいため消費者向けの製品化が難しく、抜本的な見直しによる軽量化・小型化・省電力化が課題でした。
しばらくして、「触感や感触などの体感の本質は脳にあるのではないか?」「必ずしも、パワフルな機械・機構を使い物理量を再現しなくても、小さな力でも十分な感覚の大きさとして知覚され、脳に認識させれば良いのでは?」という新しい着想を得ました。
そこから脳を錯覚させるための脳科学的・心理学的なアプローチに取り組みました。
いわば、問題の本質を突きつめる過程で、空を飛ぶために鳥の羽ばたき方を研究するのをやめて、より効率的な飛行機の揚力の原理を思いつくようなものですね。
――脳を錯覚させるコア技術は?
香田:肝となるのは「波形」です。
もともと、ハプティクス自体は、技術的に古い歴史があり、ゲーム機器や携帯機器に搭載されています。
振動させる際の波形はシンプルなサイン波のようなものですので、単純な振動パターンを組み合わせた打楽器のような「リズム表現」しかできません。
これに対して中村は、「特別な波形パターンの振動で指先などの感覚器官を刺激し、脳を騙す」技術を開発し、その研究を深めた成果として、自然界には見られなかった現象を実現することもできました。
中村:そのため「実際にボールを触った時」と「僕らの技術で“ボールを触った感覚”を得た時」では、感覚的な体験は一緒ですが脳へ伝えられる刺激(振動波形)が異なります。
「人間が騙される」現象を生成する技術であり、脳自体がそうデザインされているのです。
■脳をだます、触力覚のVR技術を実際に体験
――体験してみないと、理解・納得できない技術ですよね。
香田:はい、まずは体験して頂きましょうか
香田:手・指の皮膚を刺激するアクチュエーターを装着し、振動させるのですが、実際には、モノに触っていないのに触っているかのような感覚がします。手が引っ張られたり、坂道を登ったり下ったり、という感覚が得られるのです。
この技術に関して、約30件の特許を世界に出願・取得しています。いまは、この技術を世界中のメーカーに活用して頂けるように、ビジネス展開しています。
――親指を振動させているだけなのに、何かに引っ張られたり浮いた感覚がしたり。たしかに不思議ですね。
香田:海外の先進的な企業の間では、いまその領域に、特に関心が高まっています。
理由はVRによる視覚的効果をベースにしたものの普及です。
映像的なリアルさが向上すると、どうしても「目の前にあるものに触ることができるリアルさ」や「その場所にいるかような身体性のリアルさ」が求められます。つまり、「リアル」よりも、「リアリティ(現実感、実在感)」の向上が重要になってきます。
――視覚的にリアルになるので、「触れないことへの違和感」が増す。
香田:はい、海外の一流メーカーと話すと、みなさん、共通してそこを問題視しています。Oculus、HTC、Microsoftなど多くのメーカーは触れる事が可能になってこそ展開できるビジネスが多いので、どうにかしようと動いているようです。
■世界企業は、VRにとどまらず、「未来のコミュニケーション」を模索
――触力覚技術に対して、VRのリーディング・カンパニーは、どう取り組もうとしているのですか?
香田:VRというより、世界のトップ企業は「未来のコミュニケーションを発明すること」を目指している、と感じています。GoogleやFacebookなどは、特にそう感じますね。
どう取り組むかを具体的に模索している段階です。僕らのハプティクス技術への強い関心の持ち方も、「新しいVR」というより、「新しいコミュニケーションを実現するために必須な、コアとなるキー・テクノロジーの1つ」という印象です。
――新しいコミュニケーション?
香田:人のコミュニケーションには「身体性」が重要です。例えば、VRが一般的に普及すると、VR内で他人とコミュニケーションや共同作業をする必要がでてきます。
その際に、目の前に見えている物との距離感を推し量ったり、人や物に触るために空間を認識する場合には、自分の身体性を通しての空間の直観的・感覚感性的な理解が重要になりますし、重さや堅さも認識するには、触ったり押し込んだりして確認しようとする。
つまり円滑にコミュニケーションを行うためには、「見えているのに触れない」という問題を解決することが不可欠だと分かり始めたのです。
またVR以外でも「タッチパネル」の普及により触力覚技術が今後必要不可欠な技術と考えられています。車や機器、ロボット、建機、医療機器などでタッチパネルが主流になり、「見ながら操作しなければいけない」ものが増えました。
アナログなスイッチは、見ながら操作しなくても、指先で触れば大きさや質感で「どのスイッチを触っているか」がわかります。しかしタッチパネルは、常に見ながら操作しなければならない。運転中や精密な作業中は大変危険ですので、今後必要不可欠と考えられています。
■すごい技術は、原理や仕組みがすぐには理解できないケースも少なくない。
――中村さんはなぜ「従来型の触覚技術ではなく脳をだませばいい」と発想できたのでしょうか。
中村:僕も技術者ですから、以前は技術起点で考えていました。
このジャイロによる触力覚技術をどう磨いていこう、ニーズや要求仕様に応えるためには、小型化するには、精度を高めるには・・・と。
しかし、「どんな情報、表現力が必要なのか?」「どう使ってもらうか?」「ヒトにどう認識させるか?」を調べていくと、脳や神経系の機能に着目した新しい触力覚技術って、実用的なものを見かけないなと気が付いたのです。
――既存の成功技術にこだわるのをやめ、本質に目を向けたらまだ無い技術に気が付いた。
中村:そうですね。
先ほどのもデモ体験も、正直、体験している本人以外は何が起きているのかわからないと思います。
そこがポイントで、ロボットアーム型や外骨格型の触力覚装置での、身体や指の動きを拘束・強制するような大掛かりな、アニメで出てくるような、いかにもといった装置より、原理や仕組みがすぐには理解できないが、シンプルな装置の方が「実はすごい技術」だった、というケースも少なくはないと思います。
ぼくは研究者の中でも、変わり種かもしれません。
学会で評価されることへのモチベーションもゼロではないですが、社会を変革すること、世の中への社会実装や異才を有する者たちの化学反応によって、社会を便利で豊かにすることに魅力を感じてしまいます。
コツコツとリニアに論文を書いているだけでは、そこにはたどり着けないと思います。
■新しい技術に積極的なホットスポット・シリコンバレー
――ビジネス展開で、今後注力する市場や地域は、どのあたりですか?
香田:グローバル展開していますが、注力しているのは、アメリカ、特に西海岸・シリコンバレーですね。
この技術は、世界初の全く新しいものです。
新しい技術への取り組みが積極的で、良いものであれば直ぐに製品へと応用する文化があり、グローバルなビッグバン・インパクトを引き起こす場所として最適だと思っています。
いま、毎週のように「デモしてくれ」「こう使いたい」という要望を頂き、速いものは一週間くらいのスピード感で、開発・改良、お客様対応を重ねています。中には著名な大手機器メーカーのトップとも商品化に向けた話し合いが行われていますね。
VRの中でも、特に、触覚(ハプティクス)に関しては、今年から来年にかけて凄く注目を浴びると思います。大手企業が、研究・開発のための新チームを編成し、世界中の技術を調査・テストしています。その流れで多くの企業が、ミライセンスの高い技術に注目していて、パートナーシップや技術コンサルティングの話が色々進んでいます。
――最近だと、VRではなく、テレスペース(遠隔臨場感)の分野からも声が掛かりそうだなと感じました。
香田:中村が昔から研究で目指していて、僕も昔から夢見ていたのが、まさにその分野ですし、Facebookなども目指していますよね。
問題は「いかにスマートにやるか」なんですよ。
インテルの人と話した際に印象的だったのは「ロボットのような外骨格を持った装着物があるが、あんなものはあり得ない。もっと多くの人が使うためには、日常での用途やライフスタイルの表現者として、スマートにやる事が大事だ」と。
それでうちの技術に興味を持ったケースは多いですね。
――今後仲間を増やす段階だと思いますが、ミライセンスに向いてるタイプとは?
中村:自分で作って、社会の反応や意見を聞きたくて、1人でも海外へ売り込みに行ってしまうようなタイプですかね(笑)。一度、お客様の「Wow!」という驚愕した反応や、リミッターが外れた体験をしてしまうと、もう元へは戻れなくなってしまいます。
香田:確かに、指示されて動く人は厳しいと思います。うちの社内では、僕や中村がいちいち指示しなくとも、メンバーが自分で考えて、アイデアを実装するタイプが多いですから。
――バイタリティとアクティブさ、ですかね
香田:そうですね、もしかすると技術パートナーを社内メンバーとして求めているような感覚かもしれないです。技術パートナーが集合して、知恵を出し合い進んでいく社風です。
…という話を聞いても、一切ひるまない人がいいかもしれませんね(笑)
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