Interview

イスラエルのベンチャー企業を支える国の政策、都市文化、軍事技術、そして日本企業との橋渡し - Aniwo 植野力

text by : 編集部
photo   : 編集部,Aniwo株式会社

人口800万人、国土面積は日本の四国と同程度。イスラエルは高い技術力により世界中からの注目が日に日に高まっている。
国を守るための軍事技術やサイバーセキュリティ技術を政策レベルで支援するイスラエルは、アップル、グーグル、マイクロソフトを始め世界の一流企業が拠点を置き、近年は日本からも味の素やソニーによる買収、トヨタやKDDI、NECによる投資や提携のニュースが相次いでいる。
2014年の創業以来テルアビブに拠点を構え、イスラエルのベンチャー企業と日本企業の橋渡しに取り組んできたAniwoの植野さんに、イスラエルの国と企業、都市文化、そして日本企業との未来についてお話を伺いました。


■政府が民間VCを支援するイスラエル、急速に日本で進む認知。


-aniwo起業後、テルアビブに拠点を作った当初はイスラエル側の反応はどういう様子でしたか?

凄く歓迎していました。
彼らは、自分たちの国が「紛争」「テロ」という印象で世界から見られているのを知っていたので、その状況で我々が「日本とビジネスで繋がろう」と拠点まで作ったのを知り「よく来てくれた」「何でも協力する」という反応でしたね。

僕らのビジネスモデルは、投資家や起業家と繋がりが持てなければ始まらないので、「日本に興味のある企業を紹介する」とか「ファンド出資する日本企業を集めたいVCを紹介するよ」と、かなり協力してもらいました。

 

-元々イスラエル企業は日本企業に関心があった?

いや、正直知られていなかったですね。
「日本って、中国あたりにあるの?」と聞かれたこともありました。
先進国だと知っていても日本語しか話せないらしいし、行きづらいという感覚。

一方で起業家やVCは、しっかり自分のビジネスに関する日本の大手企業を把握していました。
車のエンジン向け技術を作る企業の人が、「トヨタを紹介してくれよ」と相談してきたこともありました。

 

-aniwo起業当時は、日本国内でもあまりイスラエル企業は注目されていなかった気がします。

一言で言えば、相手にされない時期がずっと続きました。
世界から見れば、イスラエルのスタ-トアップ企業は注目されているのに、そのこと自体知らない。
「へえ、珍しい話きかせてくれてありがとう」程度の反応で、興味ゼロではないけど、明らかに本気でビジネス検討をしていない。

状況が変わってきたのは、ここ半年くらいです。
1年前から少し真剣に話をしてくれる企業が増えて、一気に肌感覚が変わりました。

ビジネス界隈で目に触れることが増えてきたのが要因だと思います。
ソフトバンク、ソニ-、ドコモといった大企業が、イスラエル企業買収や大型出資というニュ-スを日経新聞が取り上げる。同時期にaniwo含めイスラエルをテ-マとしたセミナ-も増えました。

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-イスラエルにおける、国のスタ-トアップ支援について教えてください。

元々イスラエルは、「政府がやると決めたらやり抜く姿勢」が顕著です。
建国当時から水はけの悪い土地で、治水のインフラ整備や、移民増加のためのヘブライ人向け大学制度や学校制度。公用語のヘブライ語も実は過去に話者人口が絶滅寸前にまでなったそうです、そこから公用語にするぞ、と復活させた。

政府の圧倒的なかじ取りと実際のアクション。
この建国以来根付いた方針が、いまスタ-トアップ支援として注がれています。

1990年代に始まった「ヨズマプログラム」が象徴的です。
ヨズマはヘブライ語でイニシアティブを意味し、政府が「国外から資金を集めた民間VCを支援する制度」、このためイスラエルの民間VCはアジアや欧州、シンガポ-ルなど各国に特化したファンドを組成してお金を集めています。

最近特に盛り上がっている分野は、「サイバ-セキュリティ」ですね。
政府も世界中に技術をアピ-ルしたいと考えていて、サイバ-セキュリティのカンファレンスに首相自ら登壇したり、前の大統領がサイバーセキュリティ企業に出資しメンバー入りなど、トピックが多いです。

 


■イスラエルと日本の違い、中国やインドとの関係性


-実際に両国の橋渡しをしてビジネス推進する立場から、イスラエルと日本の国民性の違いを感じますか?

この下の図で説明しますね。
「自国以外のビジネスパ-ソンと対峙する際に相手の国民性を理解しよう」というハ-バ-ド大の研究スライドです。

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数ある国の中でも特に対極の関係にあるイスラエルと日本。植野さんのお話からもお互いが「合わない」ではなく、性質が違い過ぎて「理解できない」というほうが近いエピソードもあった。

 

上にいくほど感情的、下にいくほど感情を出さない。
左にいくほど議論の際に衝突を厭わず本音を出す、右にいくほど衝突を避ける。

一番左上にイスラエル、右下に日本がいます。
対極ですよね。本当にこの通りです、感情的で本音で衝突を避けないイスラエルと、感情を抑え衝突を避ける日本。

イスラエルの人たちは最初の打ち合わせから前置き無しで話をし始めるので驚きました。
日本企業は、初回の打ち合わせは「まずは顔合わせ」と言う雰囲気があります。
イスラエル企業と日本企業で新規事業の打ち合わせをした時、イスラエル人が「彼らはビジネスの話をしに来たんじゃないの?何しに来たの?」って困惑する事が頻繁に起きました。

プレゼン資料1つにしても、工夫が必要だと思います。
よくスライド序盤のページで、会社概要説明から始まり設立年や従業員数、そして事業全体は~という流れをよく見ますよね。

あれも、イスラエル人から見れば「もういいから、今日の打ち合わせの本題は?」となってしまう。
この打ち合わせにきた目的、イスラエルの企業側が持つ技術に対する興味、それと組み合わせる自分たちの強みや技術の話、いきなりそこから話し始めちゃうほうがうまく行くと思います。

 

-日本以外でイスラエルとの関係性が深い国は?

ここ数年で見ると、圧倒的に中国ですね。
ただインドとの連携も最近特に増えていると思います。
3~4ヶ月前、インドのモディ首相がイスラエルに訪れて、経済連携や技術協力を今後推進しようと発表しています。

特に農業と水分野でその動きが盛んです。
イスラエルは水・農業について建国期から点滴灌漑から濾過技術、バイオなど増水・省水・再利用技術が進んでいますので、世界的な課題に取り組むため世界中がイスラエル技術に注目していますが、個人的にはアメリカやヨーロッパとの連携が第一で、近年は中国とインドが急速に追いつきつつある印象です。

 


■イスラエルの技術と都市、軍事面との関係性


-aniwoのイスラエル拠点はテルアビブですが、他に重要な都市があれば教えてください。

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国土面積が日本の四国程度しかない国ですが、いくつかスタ-トアップや経済面で重要な都市があります。

まず「ハイファ(Haifa)」
コンピュ-タ-サイエンスや工学分野でイスラエル工科大学(テクニオン大学)に優秀な研究室があり、自然と優秀な学生も多く集まる北部の都市。
その学生や研究成果を活用するためインテルやグ-グルの拠点も集中していて。半導体などハ-ドウェア寄りのスタ-トアップが多いですね。

次に「ベ-ルシェバ(BeerSheva)」
セキュリティ技術と農業が盛んで、バ-イラン大学があるイスラエル南部の都市。
ベ-ルシェ-バより南はほぼネゲブ砂漠で、この砂漠を有効活用するため「砂漠の中で魚の養殖ができる池」、「農地利用するための研究」と農業系の企業が多いです。
サイバ-セキュリティの研究開発においても世界的に有名で、インテルの拠点やpaypalのセキュリティ技術R&Dセンタ-などもあります。

「レホヴォト(Rehovot)」は、ワイズマン研究所で有名です。
バイオや生理化学研究の最先端、アメリカ以外で生理化学を研究するならここと言われるほどの拠点。
当然バイオ・化学系のスタ-トアップが多く、ジョンソン&ジョンソンの技術開発拠点もあります。

 

-aniwoの拠点があるテルアビブは?

「テルアビブ」は、とにかくIT系スタ-トアップ都市です。
街中にたくさん起業家や投資家がいて、店内で資金調達の話している人たちを見ることも多いですね。

お酒を飲みにバ-に行ってたまたま話した相手が「俺は起業家だ、こういうビジネスをやっている」とそのままビジネスの話で盛り上がり、じゃあ後日オフィス行くよ。という出来事が日常茶飯事です。

 

-テルアビブ以外の都市に行くこともあると思いますが、イスラエルにいて紛争・戦争を身近に感じることはありますか?

僕らのいるテルアビブでは全く感じないですね。地中海に面したリゾ-ト地のような雰囲気なので。

ただ、「イスラエルの方たちにとっては身近な問題なんだ」と感じることはあります。
イスラエル人と他国生まれのユダヤ人が友達同士で、「パレスチナも含めた中東和平は実現できるか」と会話をしていたら、最終的に議論が熱くなりすぎて「今日はこれで終わろう、そうしないと友情が壊れる」という段階までエスカレートしたのを見たことがあります。
こういう話題が身近である点は、日本と違うなと思います。

 

-アメリカにはDARPA(国防高等研究計画局)があります、イスラエルにおいても技術開発力と軍事面の関係性は強いですか。

そうですね、軍事技術開発がスタ-トアップ産業、特に「サイバ-セキュリティ技術の強さ」に繋がっていると思います。
イスラエルだけユダヤの国、ヨルダンやシリアなど周辺は全てアラブの国に囲まれている。ハッキング対策やテロを起こしそうな集団特定の重大さ、意義が全く異なる。

かつて「ファイア-ウォ-ル」を作ったのもイスラエル企業です。
創業者が8200部隊(※)の中にあるインテリジェンス部隊出身の技術者でした。
この8200部隊出身者は、最近「8200部隊出身の経営者又は出資者がいるスタ-トアップ支援専門」のアクセラレ-タ-プログラムも立ち上げ、過去に成功企業も輩出しており、メンタリングや資金やネットワ-キング面で強みがあると思います。

最近は、モサドがファンドを始めたりもしています。
色々な伝説がある諜報部隊、いわばイスラエルのCIAです。
国にメリットがあるなら軍事機関によるオ-プンイノベ-ションを促進する、という雰囲気も感じます。

※イスラエル参謀本部諜報局情報収集部門の一部署。米国のアメリカ国家安全保障局(NSA)に匹敵する諜報機関と言われており、イスラエル国防軍におけるサイバ-攻撃・防御の超精鋭部隊。

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植野さんの発言にもあるとおり、テルアビブは地中海に面したリゾート都市という印象が強い。

 

 


■イスラエルのソフトウェア技術と日本の生産・設備技術。それぞれの強みを融合したい


-今後イスラエルと日本のビジネスを発展させるために必要だと思うものはありますか?

イスラエルの弱い部分と、日本の強みの相性がいいのでその融合です。
自動運転などのモビリティ領域だけでも400社中260社がここ数年で創業した企業で、どこも業績が伸びています。

ただセキュリティシステムやセンサ-を用いた障害物認知技術など、ソフトウェア技術は強いですがハ-ドウェアにおける品質や生産面はまだナレッジも設備も追いついていません。
ソフトウェアはイスラエル、ハ-ドの生産や設備面は日本という掛け合わせは相性いいと思います。
最近、ディスプレイ技術を持つイスラエル企業と日本の素材メ-カ-(戸田工業)が提携して量産を始めたニュ-スがありましたが、イスラエル企業単体で出来ないことを、組織面も含めて日本の強みで組む。いい連携の仕方だと思います。

ハ-ドウェアの生産、設備以外でも日本にはお金とタレント(人)があると思います。
日本で研究開発の拠点に行くと、こんなことできるのか!と感じる研究を目にします。

イスラエルの技術で凄いものはたくさんありますが、日本の技術も総合量では別に遜色がない。
それを実現している人材や資金面は日本の優位性だと思います。

 

-aniwoとしてイスラエルと日本のビジネスに貢献するために考えていることはありますか?

もっと互いの強みを融合する仕組みを促進したいです。
例えば、イスラエルのタレント性を活かし技術者、起業家を対象とした採用プラットフォ-ム。
現時点でもイスラエルで働きたい人に対して勤め先や政府の人を紹介することもあります。イスラエルの中にも日本文化をすごく尊敬している人が多く、日本で働くことに興味がある人はいると思います。

aniwoの社内も日本人とイスラエル人のチ-ムですが、社内は「イスラエル的」です。摩擦を恐れず感情も隠さずに議論、結果を出すために言いたいことを言う、やるべきことはやる。これが好きな人はうちでも楽しそうに仕事していますし、イスラエル企業とも楽しく仕事できると思います。

 


プロフィール
植野力 ANI WO MILLION LTD COO & Co-Founder
2014年にイスラエルに渡り、独自のアルゴリズムでイスラエルのスタートアップと世界の投資家をつなぐ。マッチングプラットフォーム「Million Times」を運営するAniwo社を共同創業。昨年末より日本支社を担当。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)