Interview

震災をきっかけに、水害時にも移動可能な電気自動車で起業。――株式会社FOMM 鶴巻日出夫

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社FOMM

―たくさんの車が流される映像をみて、水害時にも浮いて移動できる車があれば、助かる命があると思った。―
完全防水で水に浮き操縦可能な電気自動車「FOMM」は水害の多いタイや東南アジア各国での展開を推進している。自動車開発に30年以上関わった経験を活かし、世の中にない車を生産するベンチャーを起ちあげた背景、独自技術、会社に集う仲間について、代表の鶴巻さんに伺いました。


■車体やホイールにたくさんの工夫が詰め込まれた「水に浮く車」


――FOMMは世界最小クラスの4人乗り小型電気自動車ですが、大きな特徴として「水面でも低速で移動ができる、対水害機能」があります。この車が生まれた経緯を教えていただけますか?

誕生のきっかけは3.11、東日本大震災です。
震災では自動車で避難しようとして渋滞しているところに津波が押し寄せて、多くの方が犠牲になりました。

当時「車で逃げないほうが安全だったのでは?」という意見もありました。しかし足腰が悪く徒歩で迅速に逃げられない方はどうしても車などの手段を使わなければいけない。

「もし、いざというとき水に浮き操縦できる電気自動車があれば、助けられる命がある。」
このアイデアを実現し、世の中に普及する電気自動車を実現するため会社を興しました。

――素朴な疑問として「電気系統は水でショートしないのか」「車中に浸水しないのか」という点が気になったのですが。

FOMMはインホイールモーター駆動で、タイヤ・モーター・ブレーキ・インバーター部分は全て完全防水設計になっています。

そして、車体の内部は樹脂の一体型ボートになっています。
外側からは見えませんが、ドアを閉めることで “バスタブ”のように車全体が浮力を持つ1つの器のようになります。

――浮くだけではなく、操縦が可能なのは水かきやオールのような機能があるのでしょうか?

そういった「水中で使うため」の部品は搭載していません。
ホイール部分に特徴があり、少しだけ斜めに角度がついています。

前輪が回転して水を吸い込み、その水を一か所に集めて後方へ吐き出す。この仕組みによって推進力を得ています。

水を吐き出すことで推進力を得るホイール部分。
近くで見ると角度の付いた形状になっているのがわかる。

前輪駆動ですので、水中では前輪だけが回転しハンドルを切ると水を吐き出す方向が変わります。
このため、ハンドルを切ることで自然と左右への方向転換が可能になる仕組みです。

――あくまで既存の自動車部品の工夫によって水中操縦をしている。

はい、余分なパーツをつければコストにも影響しますし、陸上走行では不要です。
FOMMは水陸両用車ではなく、あくまで「万が一、水に浸かった時でも大丈夫」を想定し、無駄なコストはかけずに陸上走行で必要なパーツで水に浮いて移動できるような設計です。

取材時に試乗した様子。
発進時の加速は小さな車体からイメージが付かないほどパワフルで、通常の電気自動車と全く変わらない印象。

■水害の多いタイ・ASEAN地域で事業展開しつつ、他展開も見据えた欧州規格


――FOMMは水害の多いタイで事業展開しています。タイ展開のきっかけは何だったのでしょうか。

元々、僕はタイやASEAN地域についてほとんど何も知りませんでした。
タイ市場を検討した理由も水害を念頭に置いたわけではなく、純粋にEV・電気自動車をASEANで広めたいと考えていたからです。

ASEANは自動車市場が未成熟でこれから市場拡大します。
これから拡大する市場で排ガスを出す車が増えたら環境によくないですよね。
中国やインド、アフリカ・南米など、ASEANに限らずこれから自動車産業が伸びるところで普及させたいと考えていました。

――欧州規格に合わせて作られているのも、アジア以外を視野に入れていたからですか?

その通りです。
特に地球環境へ良いインパクトを出すためには、出荷台数を多くしなければいけません、そうなるとバッテリーを小さく・軽くする必要がありました。
それに見合う規格が、世界中見渡した時に欧州のL7e規格でした。

L7e規格は古くからあるしっかりした規格です。
最初からその規格をクリアすることで、今後の展開もしやすいだろうと考えました。

――最初タイについて全然知らない所から始まり、事業展開のためにどんどん理解が深まったと思います。最初の印象は?

タイは仏教国で親日国というイメージはその通りでした。
ただ、最初にジョイントベンチャーを作るまで苦労して2年くらいかかりました。

交渉スタート時はみんな「この車いい!」と言ってくれます。
理念にも賛同してもらえ、ぜひタイで広めたいから一緒にやろうと。

しかしなかには、「タイ人は大きい車が好きだ」「この車はタイじゃ流行らない」と意見が変わり、話が流れるというのを何度も経験しました。

――しかし今はアジアで生産施設・販売や製造を担う拠点を作られていますよね。

結局、凄く話の早い方と出会えてその方と組んでからはスムーズに進みました。
その方は日本への留学経験があり日本語も堪能、考え方も日本人的で、自動車に対する想いも似ていた。
時間をかけ過ぎていたのだと思います、時間が経つと色んなことをいう人が出てくる。

特殊な形状をしたハンドル部分。
この操作性からかタイでは特に若者からの反響が大きいらしい。

■車社会全体がシェアリングエコノミーへの流れにある。小型・低コストの強みが活きる。


――拠点を構えると、タイという国や人自体にも詳しくなると思いますが。

街中を歩いていて、極端に貧富の差を感じます。
そういうのを見ると「できるだけ安い値段で出すことに拘らなければ」と思いますね。

一方でタイの若者は車の所有欲が高いなと感じます。
その点は日本とだいぶ印象が違います、先ほどの「タイ人は大きい車が好き」も一家で何台も所有しないので、家族で乗れる大型車が人気ということです、ここも日本とは違いますね。
FOMMが4人乗りに拘るのは、その家族利用のニーズに応えるためでもあります。

――タイ以外で「この国に展開したい」と感じる国は?

FOMMの特性から、水害の多いバングラデシュは有望だと考えています。
ラオスも、メコン川による水力発電が豊富ですので電気自動車の普及する可能性があるなと感じます。

正直、ASEAN各国から興味をもって頂いている状況です。
過去に出展したバンコクモーターショーでも「日本製で開発・試作も日本でやっている」という点に好感を持つ方が多く、FOMMが日本発だということも事業展開においてはプラスに働くなと感じます。

――ASEAN各国は今後電気自動車の普及期で若者人口も多い。となれば世界中の電気自動車メーカーが狙う市場だと思うのですが。

細かく分類すると、FOMMは少し違うジャンルかなと考えています。
世界的に電気自動車といえばTESLA(テスラ)ですが、彼らの車はラグジュアリー・ミドルクラスと呼ばれるもの、FOMMの規格は小さいサイズの「Lカテゴリー」と呼ばれるものですので。

ですから、全く同じカテゴリーでの競合は現時点でいないと考えています。
僕らが先行者メリットで色々展開したら、そのうち参入企業は現れると思いますが。

車社会全体は「所有から利用」、いわゆるシェアリングエコノミーの流れにあります。
これは車産業全体がBtoCからBtoBのビジネスに移行することを意味しています。
各自動車メーカーが、UBERやGrab、インドのOLAなどに車を提供するという流れです。

――そうなると、個人での購入とはまた別の価値基準が出てくる。

はい、BtoBで何が重要か。それは「圧倒的に安いコスト」です。
大きなバッテリーを積まなくて済む小型サイズの車はこの点で有利ですから、FOMMの強みになると思っています。


■世界に無い車を量産することの大変さと、その心構え


――鶴巻さんはスズキやトヨタなど長年車業界で働いてきましたが、他のメンバーはどういった経歴の方が多いですか?

うちは平均年齢高いですね。
僕と同じように元トヨタ、元HONDA、元日産など特に技術者は大手メーカー出身が多いです。

大手メーカーに比べ関われる範囲、持てる裁量という意味で「あの会社ならいろんなことができる」と考えて合流してくれる方が多いです。

それと、FOMMは車を作って売る根底の部分に「貧困の根絶」や「災害にあった方を救う」ビジョンを持っているので、その点に共感してくれているメンバーが技術者以外も多いです。

――FOMMの一員として必要なメンバー、必要な心構えみたいなものはありますか?

これからFOMMは「量産」のフェーズに突入します。
自動車事業に関わった方ならわかると思いますが、車を量産するというのはとても大変な事業です。

FOMMはまだ社員数も少ない状況ですから、どうしても1人あたりの負荷が高くなる。
関われることが多い一方で、純粋にやらなければいけないことが多い。

このハードな状況で、へこたれず諦めず、どれだけ「しつこくやる」かが大事になります。
「こんな状況じゃ量産は難しい」というのは簡単ですが、そうではなくていかにやるか。
やるかやらないか、です。

僕らにとって前例があるか?はどうでもいい。
だって、いま世の中には「水に浮いて移動できる車」がそもそも無いわけですから。