Interview

【挑戦する自治体_横須賀】公務員の複業法人が地域課題と向き合い、未来への架け橋となる。 ――一般社団法人KAKEHASHI 山中靖

text by : 嶋崎真太郎
photo   : 嶋崎真太郎

神奈川県横須賀市で自治体では珍しい取組みが行なわれています。市の職員が地方公務員の既存枠組みを超え、細かな地域課題と向き合う法人を設立しました。農業、育児、子育て、就業、販売支援、等々、地域課題の最前線に立ち、行政では発見しにくい課題にも取り組みます。

なぜ、このような活動を行なうのか。横須賀市役所の現職員でもあり、一般社団法人KAKEHASHIの代表理事でもある山中さんにお話を伺いました。横須賀の地域やKAKEHASHIが挑戦する未来とは。


法人設立の経緯


2018年に市役所で政策を考える研修があり、その研修のなかで市民の方々や企業・事業所の方々と話をさせていただきました。そこで、市が政策として行なっていることと、声を聞かせていただいた方々の想いが一致していない点がいくつかありました。

正確に言うと全く異なるのではなく、課題の視点や広さに差異があったのです。この差を埋めたり、縮めたりすることができれば、一緒に横須賀市を良くしていける、もっと面白くできるのではないかと思いました。

研修だけで終わってはいけないと感じ、その後有志のメンバーが集まり自主活動を続けました。継続して勉強会を行なったり、地域の課題を集めたりしていましたが、活動時間や活動資金、支援できる範囲等、自主活動の限界を感じてきました。

地域の為にやっている活動なのに、負担を感じてしまっては持続可能性として低い活動になることが危惧されました。結果的に、この活動を支援してくれる方達からアドバイスをいただき、法人化を検討しました。活動収益をあげ、その収益を元に新たな活動を行なう循環を生み出す為です。公務員とは別の立場で横須賀市を盛り上げていけたらいいなと思い設立に至りました。

市役所の職員は、「お役所仕事」などと言われ、決まった事しかやらないというイメージもありますが、皆さんが想像している以上に地域の役に立ちたい。と思う職員が多いのが実状です。市役所の仕事は役割が明確に分担されていて、機能的に業務を推進しています。反対に横断的な課題になると、自分達の部署で対応できない。とジレンマを感じている職員も多いのです。もうひとつ、市役所の業務は税金で行なわれています。限りある財源の活用優先順位が決められていますので、公務で自由に課題に向き合うことは難しさもあります。

また、地方公務員が別法人を作るなど、庁内でも冷ややかな声が多いのでは。とご質問いただく事もあるのですが、実は批判より応援を多く頂いています。先に述べたように、市役所の縦割り構造を横に動いていけるので、部署間の課題解決につながる架け橋になれたりしています。できないで終わらせず、補っていくような関係になっていければ良いと思っています。

左から、横須賀市職員でもある代表理事の高橋氏・山中氏。(撮影:三笠公園)

市役所と掛け算だから強い課題解決力が生み出せる


市役所の仕事が窮屈だからとか、やりたいことができないからとか、ネガティブな理由で活動は一切していないです。市の活動は税金で行なわれているので、私たちは税金を使って動くべきかわからない課題に対して法人活動として向き合っています。浮かび上がる課題が地域や市民の協力で解決できるものなら市役所は通しませんし、サイズの大きい課題であれば、市役所と連携していく。横須賀市を良くしていく為に、どのアプローチが最適なのかを模索しています。

実際、やってみないと課題の本質がわからないものも沢山ありまして、それら全部を市役所の機能だけで行なうには限界もあります。これは、私たちが市役所の職員であるからこそ考えられることだと思っています。

現在は、市役所の職員が中心になり組織を構成していますが、地域課題を解決していくという観点でいくと、ゆくゆくはメンバーが多様化していくのも素敵な事だと思っています。要は、地域の困りごとや課題に対し、真剣に向き合っていく自営組織です。そこに市役所職員であるかどうかは関係ありません。地域課題は市役所だけで解決するものではありませんから。

私たち皆が「地域課題のプラットフォーム」的な存在であればいいと思っています。

市役所の役割としては、国や県の規模と異なり、市民の方達との距離が近いのが特徴です。だから困っている人や不具合が起きていることを自治体職員が感じやすいのです。KAKEHASHIは、更にその距離を縮める役割を担っている団体ということです。

先程もお話しましたが、私たちはより地域を良くしたいと動く団体です。よく「市役所の仕事がつまらなくなったんでしょ?」と冗談で言われるのですが、全く逆です。市役所の活動が税金で行なわれている以上、なんでもかんでも税金使って市が動くとはいかないので、課題を放置しない民間のスキームが必要だったのです。それも市役所と連携できる民間のスキームです。

行政として見えているマクロな課題に対しては当然、積極的に市が関わります。見えてこないミクロの課題。これをKAKEHASHIが向き合っていく。地域課題に対し、両方向からアプローチできる連携体制です。でもこれは、団体設立当初から考えていたことではなく、実際に動き出してから見えてきた部分が沢山あります。今後、他の自治体でも同じような動きがある際の参考にしてもらえると大変嬉しいと感じます。

市役所の仕事が好きだからこそ、KAKEHASHIの仕事も本気で取り組めていると思います。

食の地域課題に取り組む


KAKEHASHIでは、地域の農家と連携し「野菜のピュレ」や「横須賀野菜のピクルス」などを販売したりしています。最初から、これやろう!となった訳ではなく、複合的な地域課題を集約した結果だと思っています。

地域農家の課題としては、形が不揃いの野菜は適正価格で出荷ができず、せっかく作った野菜が余ってしまうという課題がありました。お恥ずかしい話、市役所の立場ではこういう課題が農家さんにあるとは把握できておらず、KAKEHASHIとして向き合うことで初めてわかりました。

その他、乳幼児のお子様を持つ方達から、離乳食を作るのは大変。という生活課題を聞く機会がありました。であれば、出荷できない野菜に困っている農家さんと、離乳食作りに苦労されている方達を繋げ、両方の課題を解決できるような商品を開発しよう。そんな流れで生まれた商品です。「横須賀野菜のピクルス」は、立教大学の学生が、農業に関する地域課題の解決に関する事業ができないかというテーマに取り組んでいた際、お繋ぎした結果の商品開発でした。

KAKEHASHIの活動を通じて思ったことは、課題の本質はそう簡単に表面化してこないということです。何度も課題や解決方法についての会話を繰り返すことで、本当の解決策が見えてくると思っています。

地域の課題は、放置しておけば以外と課題ではないと認識されていることが多いです。農業だと、出荷できない野菜は廃棄か肥料にするか、これを長年続けてきているからです。課題ではなく、当たり前化している状態です。でも、このままじゃダメだよね。と心のどこかで感じています。ストレートに解決できないのが地域課題で、プラスアルファの何かがないと本質的な解決とならないことをKAKEHASHIを通じて私たちも学びました。

おもしろい形をした野菜は、スーパーに並べることはできないけど、子供ウケするのではないか。これを機に野菜食べよう。となってくれるのではないか。農家の方と共に、素人発想の私たちがプラスアルファになったりします。

課題の解決は、過去の普通をいかに普通と思わないか。そんな風にも感じます。

地元農家と共同開発した、離乳食にも使える野菜のピュレ。(SUCOYACAピュレ)
横須賀野菜で作ったピクルスの開発・販売支援も行なっています。(立教大学と共同開発)

生(性)の地域課題に取り組む


これは、もう1人の代表理事である高橋が市役所に入る時から子供に関する政策をやりたいと思っていたことから始まりました。

地域、街にとって女性と子供が生きやすい街はいいなと思うのですが、産後うつ、児童虐待や、夫から妻へのDV、育児放棄、子供や女性に関わる課題は何が根本でダメなのか、望まない妊娠もそうですね。いろいろ考えていくと、きちんと性教育ができていないからなのではないか、というところにたどり着きました。

では、なぜその教育ができないのかと思った時に、学校教育、公共教育の中での学習指導要領に基づいた教育では、その内容を超えた教育をしてはいけないのです。すごくわかりやすくいうと、精子と卵子が受精することで子供ができるということは保健の授業で教えることは可能ですけど、その受精はどうするのかというのは教えてはいけないのです。

でも、それはある種の課題です。日本は先進国の中では最も性に対する知識が遅れていると言われています。知識を正しく教育していくと性行為の平均年齢も上がるというデータも出ています。やらない理由がないと強く感じています。

ただ、これは市役所じゃ取り組めない事例です。国が、文部科学省が決めている法律と一緒のことなので、変えるのは私たちが、やった方がいいと声をあげたから変わるものではありません。でも、今生きている子供達は待っていたら知識がないまま成長してしまう。今やらないといけない教育ではありますが、私たちだけだと知識が足りないので医師や助産師の方達と連携し、民間団体として知識の普及を行なおうとしています。

公共機関ではなかなかできないことですが、いつか法律が変わって、公共で教育できるようになったら私達はそれを市役所の政策として取り組めます。これはKAKEHASHIとして理想的な取り組みのひとつと思っています。

親子で参加できる正しい性教育についての知識普及活動を実施します。(提供・命育:めいいく)

職の地域課題に取り組む


当法人は「熱い人の想いを実現し、もっと良い世の中にすること」を活動の目的としております。「SCOPE(スコープ)」を通じて、横須賀市内の技術力の高い企業のことを多くの方に知ってもらい、それに興味を持っていただいた技術者と企業をマッチングすることで、横須賀をはじめ三浦半島の未来を明るくできるという可能性を感じています。

結果的に、私を含めた全横須賀市民の暮らしが良くなって欲しいというのが一番の想いですが、それは住環境や教育環境の整備だけでなく、働く環境も重要になってくると思っています。横須賀市には魅力的な企業が沢山あることをPRできれば、就業者も増えたり、地域企業の活性化から地域経済の活性化にもつながっていくはずです。

地域企業の雇用課題と向き合っていたりすると、私自身の活動の振り返りにもなりました。公務員の仕事って一体なんだろう、と。一般的に副業というのは、本業とその他の仕事を言っていて、別のようなイメージですが、KAKEHASHIでの活動はそうではありませんでした。1+1=2ではなく、3にも4にもなっていくような感覚です。

KAKEHASHIの仕事を頑張ると、公務でも考えることが増えてきました。もっと市役所で横のつながりが必要だという想いも強くなりました。地域の見え方や市民の方達との接し方も変わってきました。マイナス要素がなく、プラスの要素ばかりだということに気づきました。

お金を稼ぎたいからやる副業でしたら、こんな大変な副業はやりません(笑)。副業で得た情報は本業である公務に活かし、結果的に横須賀市の為になる活動につなげていきたいと思っています。

他の自治体でも、是非取り組んでもらいたいと思っています。

地域企業の採用課題についても向き合っています。(SCOPE:スコープ)