2018.01.26 FRI 米軍も注目する「人工脳SOINN」の仕組み、ディープラーニングとの違いとは ――SOINN株式会社 長谷川修
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部.SOINN株式会社 |
IBMのWatsonやディープラーニング等の技術が身近になり、人工知能関連の話題も数年前の「大きく騒がれる」状況から着実に各産業への実用・応用段階へと移行しつつある。
東工大における研究成果を元に、2014年に創業されたSOINN株式会社は「人工脳」と呼ぶ脳科学的アプローチによる技術で、米軍やアメリカ科学財団(NSF)、インド工科大学など海外からも注目を浴びている。SOINNの導入がどういったメリットを生むのか?その仕組みについて代表の長谷川さんにお話を伺いました。
■ディープラーニングとは違う、「高速で自発的に学習する人工脳SOINN」
――SOINNの基本的な特徴、メリットなどを教えてください。
SOINNは技術の名称です。
Self-Organizing Incremental Neural Networkの略で、東工大の研究室で10年以上前から取り組んでいるニューラルネット技術の一種です。
一番の特徴は「人間的な経験をもとに、様々なもの見たり聞いたりしてできることが増える」点です。広義においてディープラーニングと同じグループに属しますが、私たちは「人工脳」と呼んでいます。
――人間的な経験とは?
ヒトは、何かを学ぶときに文字情報も画像も混ぜた状態で学習します。
SOINNもデータ投入時には文字情報、画像、数値、数値が意味するもの、すべて分け隔てなく認識できます。
最初は赤ちゃんのような状態で企業に導入し、社内の方が日々の業務データ入力などをしているとSOINNはその様子を見ながら自発的に成長していきます。
社員でも、業務を覚えて出来ることが増えてきたら役割が変化していきますよね?SOINNも同様に十分育ってきた時点で徐々に運用方法を切り替えていくことができます。
実際にSOINNを動かしながら説明しますね。
左が入力データ、右側は人工細胞が成長していく様子です。
この小さな粒の1個1個がSOINNのニューロンで、細胞分裂しながらデータ構造を捉えていき、ある一定のところで定常の状態に入ります。
色の違いは、SOINNがデータのグループが違うことを認識したことを示しています。
――ディープラーニング等との違いはどこにあるのでしょうか。
ノイズ交じりの少ないデータで学習ができる、市販のパソコンやスマホでも学習できるなど演算が軽量、そして異なる種類のデータを混ぜ合わせて学習させることが出来る点です。
あと、学習が進むとそのうち似たような違う問題も解けるようになります。
人間でいうところの「勘が働く」状態、「知識転移」という言い方をしています。
――人間に例えると「勝手に目で盗んで覚えるし、1を教えると10を習得する、勘の良いタイプ」
そうですね。
あと演算量がとても軽いので、スマホの中で育てることを目指しています。
最終的には1人1人がスマホの中で自分専用のSOINNを育てる。
処理言語は何でも対応できるので、色んなハードウェアで動かすことができます。
またネットが繋がる環境ならば、必要に応じて外から情報を集めて学習します。
通常の学習システムでは、この細胞の数やグループ数を事前に決め打ちしてから学習をスタートさせなければいけないのですが、SOINNの場合「これが1つめ、これが2つ目」と細胞分裂しながら自分でデータの順序関係や手順を自発的に見つけてくれるので、その結果高速に学習が進みます。
■データを社外に出す必要もない、業務に貢献した分だけ報酬のビジネスモデル
――現在は企業への導入を進めている段階とのことですが、企業側の反応はどうでしょうか。
色々なデータに対応している点、学習効率が非常に良い点などは、導入企業からもとても好評です。それと、SOINNは企業に導入いただいたあと、必ずしも入力データを我々に共有いただく必要がありません。
金融機関や医療機関などでは、データを外に出せない場合がありますが、これなら使える、と評価を頂いています。国外からも、米軍やNSF(国立科学財団)がSOINNを視察に来られました。
それと、学習時に投入するデータの妥当性も挙げられます。
一般に従来のシステムでは、熟練者に業務内容をヒアリングし、その内容を元にエンジニアやデータサイエンティストがモデリングします。しかしこのやり方では構築するシステムの機能や性能は、ヒアリングした人が「どれだけ業務を理解できたか?」に左右されてしまいます。
――たしかに、熟練者が長年の勘で得たものを全て正しくヒアリングするって難しいですよね
はい、それなら熟練者の方に「普段通り自然に業務してもらう」のが一番です。
そしてSOINNがその様子を「自然と目で盗む」ほうがいい。
自社の業務を深く理解して動き・学ぶAIは会社にとって貴重な財産になります。
仮に個人情報や医療情報を扱わない企業でも、SOINNの導入によって社内にエキスパート社員が増えるようなものですから、その人の知見が競合他社に渡るのはマズいですよね。
SOINNが「データをプラットフォーム側に共有しなくていい」、自社管理できる点も好評です。
――企業導入時のビジネスモデルはどうなっているのでしょうか?
現在は「業務にどれだけ貢献したか、の〇%」というライセンス展開をしています。
導入後にSOINNが育ち、貢献するようになってきた時点で貢献度に応じた費用が発生しますが、貢献する前段階や貢献しないようなら払わなくて良い。
導入時の基本設定はうちのスタッフがサポートしますが、その後はかなりSOINNに任せられるところがありますので、開発費用もかなり抑えられると思います。
――ちなみに、自発的な学習というのは「世の中の情報も見て考える」というのも含まれる?
はい、自分の業務に関係しそうな情報はインターネット上をクローリングして学習していきます。
一流の方がどういう情報を見ているか?それを見て何を考えているか?も大事な「秘訣」ですよね、SOINNも同じことをしますので、「教えなければ学ばない・覚えない」わけではありません。
■画像認識の研究経験で気が付いた「脳ってすごい」
――SOINNの「少ないデータで効率的に学ぶ」「多様なデータ形式にも対応」という特色に辿り着いたポイントはどこだと思いますか?
脳科学的なアプローチがベースにある点だと思います。
本来の脳や生体細胞には成長や学習、細胞分裂での増殖、そして細胞自体に寿命という概念がある点は非常に参考にしました。
私は元々画像認識の研究をしていました。
少し照明の条件が変わるだけで目の前のリンゴを認識できなくなりますが、人間なら照明どころかシルエットで「リンゴ」って何となく分かる。
脳って凄いな、脳そのものを真似できなくても機械学習に基本的なエッセンスを入れられないかな、と取り組んだ結果です。
――細胞自体に寿命という概念を入れたというのは?
人間も、どうでもいいことはそのうち忘れますよね?
SOINNも同様で、次の関連データが入ってこなければその情報をノイズと認識しニューロンが育たず寿命が尽きて消えます。これがノイズ除去システムとして実装されています。
関連するデータが十分あると、細胞分裂して増えて生き残り、ニューロンも成長する。
この機能を活用できるのが、ロボットやドローンだと思います。
NEDOのプロジェクトで、SOINNを搭載したドローンの自動操縦システムに取り組んでいます。
――ドローンでいえば、熟練したパイロット・操縦士ということですね。
そうです、強風や障害物などのアクシデントがあっても「姿勢を安定させる」という目的のために自律的に「操縦方法」をマスターします。
小さい子供も、自転車に乗り慣れてきたら小石を踏んでも転ばなくなりますよね。
現在は「ドローンに荷物をぶら下げて自律飛行させる」という研究も進めています。
――他に産業応用の可能性を感じる領域はありますか?
ドローンやロボットなど、機械の自動制御系は殆ど使えると思います。
SOINNは処理言語もハードウェアも問いませんので。
他には、例えば「気象情報+ビル・工場等のエネルギー消費情報」によるエコシステムなどがあります。
床面積や商業ビルとオフィスビルの違いを気象情報と掛け合わせていくと、ビルの電力消費量を予め予測できます。これはエネルギー産業だけでなく新しいビルを設計する時点で電力消費量を予測し、必要な空調機を予測させられることにもつながります。
同様に小売業界でも活用できると思います。
コンビニの出店候補地検討や、発注業務。明日おにぎりが何個売れるか?を気象や地図、周辺の人口データを重ねて学習させることで発注担当の方の業務を代替できると思います。
――そういえば「スマホに搭載するのを目指している」と言われてましたが。
はい、企業内部と同様にスマホもプライバシー情報の宝庫です。
GPS、購買履歴、スケジュール、メール、LINE、生体情報。このデータを誰かに見られることなく自分の管理下に置いた上で学習させられるのは利用者も安心だと思います。
しかも、スマホは持ち歩きが出来ますし、音声入力も必要としない。
この点で最近普及しているスマートスピーカーよりも利便性が高くなると思います。
■SOINNの研究が数10年後に海外で花開きました、では情けないと思った。
――東工大で10年以上研究されて、2014年にSOINNを創業したのはなぜですか?
第一に「世の中に広く活用されること」を考えた結果です。
大学での研究時代から、論文を読んだ企業側から「使いたい」と連絡を頂くこともありましたが、共同研究を進めるなかで技術移転がなかなか進まないと感じていました。
この経験が、現在SOINNが知財をライセンスしていること、導入企業から「成果への貢献」ベースで報酬を頂くビジネスモデルにしている点に繋がっています。
それと、研究をちゃんと活用するところまでやりたかったというのもあります。
2014年前後はディープラーニングへの注目が高まった時期ですが、元の原理は「ネオコグニトロン」という日本の研究者が考えたもので、その後海外で本格的に活用が始まって注目されました。
SOINNは起業前から米軍やNSF、アメリカの財団が「見せて欲しい」と熱心に視察に来られていました、アメリカにも多くのディープラーニング・ニューラルネットワークの研究があるのに「今まで見たことない。SOINNとはなんだ」と海を越えて研究室まで来て、意味や価値を見極めようという姿勢を感じました。
もし、SOINNが同じように「日本国内に数10年前からあったけど、海外で活用されて花開いた。」という道を歩むことになれば、非常に情けないと思いました。
――創業して約3年ですが、社内のメンバーはどういう方が多いのでしょうか?
メンバーが約20名で、若い人が多く平均年齢は30歳以下だと思います。
私が1人で平均年齢を上げています(笑)。
今後メンバーは増えると思いますが、現在は「論理的に考えることが出来る、物理学や数学分野出身の方」が多いです。
導入企業の中でしっかり活用されることで収益を生むビジネスモデルなので、SOINNの原理と企業側の業務を理解してコミュニケーションできる力が要求されますね。
――人工知能系の技術者が集まるイメージを勝手に抱いていました。
もちろん開発・技術寄りの方も必要かつ重要ですし、今後増やしたいと思っています。
一方でSOINNの仕組みは少し独特ですから、従来の機械学習について知識豊富な方は、かえってギャップに苦しむ部分があるようです。
ですから若くて「物理学出身です」とか「興味があるのでこれから勉強します。でも数式自体には抵抗ありません」みたいな方がいいのかもしれませんね。
長谷川修 SOINN株式会社 CEO
東京大学大学院電子工学専攻博士課程修了。東京工業大学・工学院システム制御系・准教授。
12年間費やして研究開発を行い特許を取得した独自の人工知能技術に基づいた人工脳「SOINN」を製品化し、販売するため2014年SOINN株式会社を設立、代表取締役就任
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)
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