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「東京」におけるイノベーション創出コミュニティの可能性 ~Ars Electronica Tokyo Initiative Kickoff Forum レポート~

text by : 編集部
photo   : 編集部,Ars Electronica Tokyo Initiative / Hitoshi Motomura

1970年代後半からオーストリアの都市リンツで開催されてきた芸術・先端技術・文化の世界的イベント「アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)」日本では、2014年より株式会社博報堂との提携をきっかけに「フューチャー・カタリスト(Future Catalysts)」という名称で活動してきた。

その活動を経て、2017年からは「これからの東京、ひいては日本社会を良くする為に、我々は一体何が出来るのか」をミッションとし、企業・イノベーター・アーティスト等、様々なステークホルダーと未来社会を創り出すアイデアを共創し、社会への実装に向けての年間活動「Ars Electronica Tokyo Initiative」がスタートする。2017年5月25日にアルスエレクトロニカ総合芸術監督ゲルフリート・ストッカー氏やバイオアーティスト福原志保氏、筑波大学でデジタルネイチャー研究室を率いる落合陽一氏など産業界・アート領域の多様なゲストが参加し開催されたキックオフフォーラムの模様をお届けします。

 


トークセッション:なぜ今「東京」にイノベーション創出コミュニティが必要なのか


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Photo by Ars Electronica Tokyo Initiative / Hitoshi Motomura

〇登壇者
ゲルフリート・ストッカー氏(アルスエレクトロニカ アーティスティック・ディレクター)
宮澤正憲 (博報堂ブランド・イノベーションデザイン代表)

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ゲルフリート・ストッカー氏(アルスエレクトロニカ アーティスティック・ディレクター)

テーマ:東京という都市が持つ意味

ストッカー氏
・東京は世界でも最大級の都市であり、多くの人と多くの機会がある。また多くの問題も抱えている
・技術発展の先にある”モダン社会”に何が必要か?を考えるうえで、東京は世界でも最初にその問いを突きつけられる
・生活水準も高く、ビジネスマンも研究者もエンジニアもいる、リソースがある実験場となり得る
・2020年のオリンピック開催の「その後」に何が必要か?という点にも関心がある

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宮澤正憲 (博報堂ブランド・イノベーションデザイン代表)

宮澤氏
・東京は、海外からはエキサイティングでとても興味深い都市だと思われているが、住んでいる人たちはあまりそういった意見を持っていない
・二律相反するものが共存している、徒歩で移動できる距離に賑やかな繁華街と、侘び寂びの趣があるエリアが隣り合った「動と静」、西洋文化を取り入れた施設や街並みと寺社仏閣など東洋文化を感じさせる施設など
・世界でも最先端の技術が体感できる都市でありつつ「おもてなし」という精神的な文化も保有している
・海外からの訪問客に最も人気があるのは「渋谷のスクランブル交差点」あれだけの人と車が密集し、一斉に移動しながら実は大きな事故が起きない。

・その一方で、世界の大都市に比べるとシビックプライドが無く都市としてのビジョンが浸透していない。
・東京のイノベーションに欠けていたのは「この街をどうしようか?」の観点。これが東京の未来を考えビジョンの共有と実現にもつながる

 


テーマ:アートシンキングとはなにか?

ストッカー氏
・アートを限界のあるもの、現実を映し出すものではなく「社会のために何を提供できるか」を考える1つのツールとして捉えている。
・問題解決のためのデザインシンキングではなく、「可能性や機会」を見つけ出すためのアートシンキングであり、見つけ出したものの先にイノベーションがある。このデザインシンキングとアートシンキングはどちらが大事とかではなく、どちらも必要。

 

宮澤氏
・まずアートという言葉が日本語だと「芸術的」なものを指すが、本来はもっと広義。教養・人文科学的なものを「Arts」と表現するし、人工知能は「Artificial intelligence」となる。
・ストッカー氏も言うようにデザインシンキングという言葉がIDEO社の影響などで近年聞くようになった。デザインは特定の問題に対して深く掘るのが得意。いわば縦に掘るクリエイティビティ
・それに比べて、アートシンキングはあらゆる可能性を探る。いわば「横に拡がるクリエイティビティ」だと感じている。

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デザインシンキングとの違い、に話題が及んだ際にストッカー氏が映し出したスライド。アートディレクションは新しい可能性の探索・発見のプロセスに寄与し、デザインシンキングは発見した可能性の利活用プロセスに関わる、住み分けを説明した図

 


テーマ:インダストリー(産業)とアート、なぜ企業にアートが必要なのか?

ストッカー氏
・アートには質問する力、批評する力がある。現実の常識を見直す機会を与えてくれる。
・また、技術的なエンジニア視点だけでなく、生活者の視点で事象を捉えることが出来る。人間的な視点を培うようにできているので技術を活用する上でも重要。


※上の動画はなぜ企業にアートが必要か?に話題が及んだ際にストッカー氏が映し出した動画。
2014年にメルセデス社とアルス・エレクトロニカ・フューチャー・ラボ等が一緒に「将来、自律型車両とどのように通信するか?」をテーマにした際のもの。
自動車メーカーとして、将来起こり得る社会問題を検討するうえで、人と機械がもつインテリジェンスとのコミュニケーション、自律車と私たちがどのように通信するのか?車が私たちに何を話しかけるのか、ここにおける「話す」とは何を意味するのか?を詳細に議論している。

 

宮澤氏
・わたしたちは広告代理店、企業のブランドをどう魅力的に出来るか?に挑むのが仕事。
・その手法として、広告ではなくプロダクトそのものから生まれるもの、に貢献し新しいものを作るための組織として「ブランドイノベーションデザイン」が新設された。
・近年のデザインシンキングとアートシンキングがどのようにブランドをどう魅力的に出来るか?を知り、実践していく必要性を感じている。

 


パネルディスカッション:Art×Industry_未来を創造するアートシンキングの重要性について


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Photo by Ars Electronica Tokyo Initiative / Hitoshi Motomura

◯登壇者
筒井岳彦氏(日本たばこ産業株式会社 執行役員)
村上臣氏(ヤフー株式会社 執行役員 IDサービス統括本部長 チーフモバイルオフィサー)
落合陽一氏(筑波大学 学長補佐・助教 デジタルネイチャー研究室主宰、Pixie Dust Technologies.Inc CEO)
福原志保氏(アーティスト・研究者・開発者、グーグル株式会社テキスタイル開発兼クリエイティブイノベーションリード)
モデレーター:小川秀明氏(アルスエレクトロニカジャパン ディレクター)

テーマ:アート側から見た企業が持つ可能性

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落合陽一氏(筑波大学 学長補佐・助教 デジタルネイチャー研究室主宰、Pixie Dust Technologies.Inc CEO)

落合陽一氏
・あまり「アートで何を問いかけるか」は考えていない。何でも平等にフラットにする近代のシステムに対して疑問を抱いており、もっと最適化が必要だと考えている。
・先日、デジタルネイチャーグループの展示会をヤフー株式会社のオフィスエントランスで開催した。企業にはこうした「遊休資産」が沢山あるはず。それをまず活用するのがいいと思う。
・色々な議論の場に行くと、何かにつけ「新しい設備を建てよう」という話が出ている。建てる前に遊休資産を使う事が大事。

 

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福原志保氏(アーティスト・研究者・開発者、グーグル株式会社テキスタイル開発兼クリエイティブイノベーションリード)

福原志保氏
・グーグルにも所属しているが、導電性テキスタイルの作品で素材から「何を使うか、どうしてこれを用いるのか?」で始まる感覚は、エンジニアリングが前提のグーグルの中においても異質だと言われる。
・多くの企業は評価軸が「〇〇が出来る」というスキル面や専門性で肩書を与え、組織を整理する。それでは「横に拡がるイノベーション」に繋がりづらいと思う。
・また、多くの企業はクリエイティブな面を外注してしまう。「なぜこの商品、サービスを創るのか?」という根底の部分に組織内でもっとコミットが多くあるべき。
・企業の評価軸が、スキルとか、専門性とかラベルをつけたがる、これは横に広がるイノベーションに繋がらない

 

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筒井岳彦(日本たばこ産業株式会社 執行役員)

筒井岳彦氏
(落合さん、福原さんの話を聞いて)
・僕は企業に勤めていて、たばこという商品を扱うが「なぜこんなものを吸うのか」「人はなぜこんな存在なのか」という問いはあってもおかしくない。
・しかし、それを企業の中で問いとして設定すると「それはどういう収益に繋がるか?」を説明しなければならなくなる。
・企業にとっての必要性ではなく「社会にとって大事かどうか」を会社の中の資産やインフラを利用して投げかけると、面白い変化が生まれると感じている。

ヤフーはなぜエントランススペースでデジタルネイチャー展を開催したか

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村上臣氏(ヤフー株式会社 執行役員 IDサービス統括本部長 チーフモバイルオフィサー)

(なぜ、落合さんのデジタルネイチャー展にエントランスを貸したのか?との問いに)
村上氏:ヤフーはITの中でも「お堅い会社」「小さい頃から知ってた」と言われる事が多く、企業のイメージを変えられないか考えていた。そこでもうオープンな雰囲気を出そうと思って、エントランスを大々的に展示スペースにした。

 

ヤフーのオフィスには毎日様々な来訪客が訪れる。アートに馴染みが無い人にも「おっ」と思わせてとっつきやすい印象を与え、打ち合わせの内容+αを持って帰ってもらえる。展示の仕組みが気になって質問したり、観察して何かを感じ取ったり。堅い会社だと思われていたヤフーが、エントランスを見てもらうことで「面白い会社だな」と感じてもらえる。

 

(企業の役割が変化してきたかどうかを聞かれ)
村上氏:インターネットは「コストのマッチング」が得意だと思う、過去にリリースした「ヤフオク」というサービスもそうだし、近年のUberなどシェアリングエコノミーもインターネットによるコストのマッチング。うちの会社のエントランスもある種のコストであり資産だが、有効活用したい人がいるということ。

企業と中で働く人のバランスにも変化がある。企業が社外との関りをどう持つか?という点において社員を管理するのではなく、企業側が社員一人一人を支援していく事が大事だし、逆に雇用される側も「働かせてもらってる場所」ではなく「この企業をどれだけ使い倒せるか」という感覚で考えていく事が大事だと思う。

 

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2017年4月28日~5月27日にヤフー株式会社紀尾井町オフィスで開催された「ジャパニーズテクニウム展」、入場料無料で誰でも訪問でき、落合氏の国内展覧会としても過去最多の22作品が展示された。 各メディアでも取り上げられた音のシャワーを感じられる「LIVE JACKET」、超音波スピーカーによる音響浮揚技術「Pixie Dust」をはじめ、今回が世界初展示となる自動運転/半自動運転/VR介助運転を切り替えられる車椅子「Telewheelchair」などが受付スペース・コワーキングスペースを回遊する形で展示。

 

-(モデレーター)アルスエレクトロニカの印象は

落合氏:アルスエレクトロニカのいいところは、「考えてみましょう」でレポートにまとめて終わりではなく、どれだけ初歩的であってもピクセルを飛ばしたり「何かしらの形」に落とし込んでいる。あれは重要だと思う。

筒井氏:そう、仕事をしているとどうしても「綺麗な文章におさめた資料」を作って、今日も頑張ったなと仕事をした気になってしまう。そういう意味で、最終的に形にする。問いに対する責任を取ることは凄い。

 

-(モデレーター)村上さんはどうですか?
村上氏:大前提として「いいサービスを提供したい」という理念が会社にはあるが、その先にある「社会的な変化や、問いを投げかけることができたか?」に意味があると思います。

福原氏:企業側にまず理解が必要だと思う。アーティスト活動をしていると企業の方から「アーティストだから」と妙にうやうやしく扱われることがある、もっと近くに対等な空気で一緒に話し合うことが大事。

 

-(モデレーター)アートと企業がコラボする際、企業側に求めたいことは

落合氏:大抵資金的なものを提供する話が多いが、個人的にはそれよりも先ほどのヤフー社のエントランスのような「遊休資産の提供」をお願いしたい。以前も展示に必要なのでアイシン精機さんにフェムトレーザーを貸してもらったことがある。こういう連携は凄く有難い。

筒井氏:意外と企業側が「ああ、それ欲しいんだ」って気が付いてないケースは多い。だからまずは言ってもらう事が大事。
ほとんどの企業は悪気があって邪魔したり止めたりはしてない。大抵「面倒くさい」というケースがほとんど。現場の担当者がその気になって盛り上がっても、話を上に上にあげていくと、最初の熱意が薄まった報告になって、上の人間も「なんだこれ?」ってなっちゃう。だからプロセスをどう簡略化するかは大事。

 

落合氏:大学にも似たような話はある。国立大は風通しが悪い。それでもアプローチ次第で結構変えられる。要因は「上と下のコミュニケーション不足」なので、そこに働きかけをすると、研究室の活動も意外とやりやすくなる。

筒井氏:あと企業の問題として「担当者の熱意」で動いた場合、その人が去ると企業文化として残らないので、また元に戻ることがある。これは民間企業の問題かもしれない。

村上氏:企業理念にどれだけそういった点への配慮が組み込まれているかもあると思います。だから創業者社長がけん引する企業は、創業者自身がそのマインドだと凄く強い。

 

ー(モデレーター)アルスエレクトロニカを東京でプロジェクト化することの意義はどうですか

筒井氏:一番大きいのは「風通し」だと思います。企業とアーティストの間にある空気、これを変える可能性がある。

村上氏:東京は、ミシュランで星を獲るようなレストランが沢山あるけど、社会問題も山のようにある。豊かさと問題がたくさんあるという意味で東京はうってつけの場所だと感じる。

モデレーター:僕が思うのはアルスエレクトロニカは街とイベントが市民も参加型で良い融合を起こしている。しかしリンツという都市は人口20万人で東京とはだいぶサイズ感が違い手法を持ち込むにはかなり挑戦的なプロジェクト。
それを政府主導ではなく、一般の人を逆に巻き込みながらどう展開できるか?に意義があると思う。

落合氏:逆に政府主導じゃないところがいい。投資で利益を得る、などの成長領域における直接的な経済的メリットを自治体や政府は享受しづらい立場。そういう点では民間主導が向いている。結果的に都市が新しい可能性を見つけて、問題を解決し豊かになれば政府側もメリットがあると思う。

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イベント内で説明された今後の予定。世界中の先端テクノロジーアートが提示する問題意識をスキャニングし、自社の課題と照らし合わせるプログラムの実施や、課題の解決策ではなく、設定された課題に対して問題提起を促すCreative Question(クリエイティブ・クエスチョン)を世界中の若手アーティスト、研究者、起業家、社会活動家から厳選された多様なメンバーと取り組むプロジェクトなどが、来年3月まで続き、そこで成果発表が予定されている。

 

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アルスエレクトロニカの成り立ちやこれまでの背景、リンツという都市が持つ歴史、日本で始動するまでの背景などが収録された書籍「アルスエレクトロニカの挑戦」、フューチャーカタリストの名称で活動した数年の一つの区切りとして発刊された。

 

 


※記事内における登壇者紹介・説明文はイベント発表内容を基に、トークセッション・パネルディスカッションをメインに編集しております。