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【シリーズ】豆腐職人はロジカルか?~複雑社会で結果を出す思考法 ―― 第1回 複雑な現代テクノロジーにおいて職人の思考方法が有効な理由

text by : 金森二朗 Jiro KANAMORI

テクノロジーの進化の中で、技術分野はどんどん細分化、専門化し、社会はますます複雑なものになっています。この連載では、そんな現代の”複雑さ”を、アスタミューゼのシニアテクノロジストが独自の視点で読み解き、分かりやすく解説します。第1回目の今回は、食品を作る職人の思考方法が科学的な思考方法とどのように違うのか概説し、複雑な現代テクノロジーといかに向き合うかについて考察します。


職人の考え方はロジカルシンキング?科学者的な考え方との違いに着目する


職人というとどんなイメージがあるでしょうか。怖い、頑固、直感的、経験豊富、技術がある、などなど。経験と勘が重要な世界であることは間違いありませんが、実は意外と理論家だということはあまり知られていないのではないでしょうか。

世の中には2種類の論理があります。

ひとつは三段論法。a=b、b=c、ゆえにa=c。
これは、科学の世界において考え方の基本です。

もうひとつは集合理論。問題の全体像をとらえて、ズレが出ないようにするものです。日本でロジカルシンキングというと大抵はこちらのことを意味します。通常、ロジックツリーやピラミッドストラクチャーと呼ばれる樹形図を使って思考します。

ロジカルシンキングは科学の世界ではほとんど使われません。科学ではひとつのことを突き詰めていきますから、全体がどうかという発想がないのです。実は、職人の考え方というのはこのロジカルシンキングに近いものです。ただそこまで意識して使っているわけではないので、彼ら自身うまく説明ができないだけです。

二つの論理-科学者と職人の考え方の違い-を理解することは、技術というものを考える上でとても重要です。


職人が複雑な食品を自由自在に操ることができる理由


食品はたくさんの要素から成り立つ、複雑な系です。なかでもパンや油揚げなどの加工食品は特に複雑です。昔からたくさんの研究者が論文を書いていますが、いまだにネタがつきません。

こうした加工食品を大昔から作ってきたのが職人なのですが、彼らは原料や気候が一定でない中でも最適な条件を見つけ出し、狙い通りの大きさ、食感、味になるようにコントロールします。要素がたくさんあるので、その組み合わせは膨大な数になります。いったいどうやって最適な条件を見つけているのでしょうか。

職人は温度など測定値がある場合はそれを使いますが、それ以外にも多くの情報を五感を活用して集め、それを活用して配合や製造条件を決め、作りたい品質のものを安定的に製造します。特に、固形の食品では手で触った感触が重要です。固形の加工食品は、混合(生地を捏ねる)、成型(型詰めや造型などにより大きさや形を整える)、固化(加熱・冷却などによって固める)という、3つの基本的な工程をたどります。これらは頭文字を取って3Mと呼びます(混合:Mixing、成型:Molding、固化:Making Solid)。これらの工程の中で、硬い、柔らかい、粘りがあるなどの物性が重要な役割をはたしているので、手で触った感触が重要になるのです。

硬い、柔らかいなどの物性は、最終的な製品の食感に影響するのはもちろんですが、途中の工程においてもとても重要です。生地がベタついて作業ができなかったり、硬すぎて目的の形が作れなかったり、狙い通りの大きさまで膨らまなかったりと、そもそも製品が作れるかどうかのレベルで影響を及ぼします。

こうした硬い柔らかいなどの手で触った感触に近い性質を取り扱う学問を“レオロジー”と呼びます。職人は手の感触からレオロジー測定を行っているわけです。


油揚げが伸びるメカニズムは職人の考え方をすると理解できる


ここで、私が食品企業でやっていた、油揚げの“伸び(膨らみ)”についての研究を紹介しましょう*¹*²。

油揚げは豆腐を油で揚げて膨化させたもので、その膨らみ具合のことを“伸び”と呼んでいます。“伸び”は季節や原料の状態によって変化してしまいますから、規格内に収まるようにうまく作らないと不良品になってしまいます。そこで、伸びとはどういうものかを解析したのですが、その成果は実際に工場の生産ラインの設計や品質管理に活かされています*³。一般には豆腐をフライして作りますが、ここで紹介するのはがんもどきのように生地を成形して作る方法です。

まず、油揚げが伸びるという現象を解釈していきます。伸びというのは物理的な現象ですから、何らかの伸ばす力(ドライビングフォース)とそれを受けてどれだけ伸びられるかという物性とに分けられます。

伸ばす力とは具体的には何でしょうか。パンであれば、イーストの発酵によってパン生地の中で二酸化炭素が発生して泡を作りますが、その泡の力が生地を押し広げて膨らむということがよく知られています。油揚げの場合は、生地が加熱されて100℃を超えるまでは全く伸びませんが、100℃を超えると伸び始めます。100℃では生地の中の水分が蒸発して水蒸気が発生しますから、この水蒸気がパン生地における二酸化炭素と同じ役割をして、生地が内部から押し広げられて伸びるわけです。つまり、伸ばす力=水蒸気ということになります。

伸びる物性はレオロジーの基本要素である弾性と粘性に分けられますが、これらはそれぞれ油揚げの伸びと関連するというデータが得られています。

弾性が関与するのは、フライ中にゲル化して固体となった生地が水蒸気で押し広げられて伸びるためです。弾性が限界に達するとゲルが破断するので水蒸気が漏れてそれ以上伸びません。

また、この油揚げは捏ねた生地を成型する方法で作りますが、成型の際にはいったん生地を崩してから再結着させるので、均質に成型できるかどうかには粘性が関与します。成型された生地が均質な状態でないと水蒸気が漏れるため伸びにくくなります。

これらをまとめると下の図のような樹形図になります。

油揚げの伸びには工程、配合、原料など様々な因子が関係していますが、図のように階層に分けて整理することでこれらのすべてを知る必要はなくなります。水蒸気の発生と弾性、粘性という、たった3つの因子を把握・制御できれば、油揚げの伸びは制御できることになります。その他のたくさんあったはずの様々な因子は、上の階層にある水蒸気発生、弾性、粘性の中に含まれてしまうからです。

職人はこの3つの因子を制御するために配合や工程を設定します。何かを変えるとまたバランスが変わってしまうのでまたそれを修正し、こうしたことを繰り返しながら全体のバランスを整え、製品を作るのです。単なるヤマカンでやっているわけでは決してありません。


現代科学の考え方だけでは複雑系で結果を出せない。職人的なマクロ科学が必要


油揚げに関する研究は数えるほどしかないので、どんな因子が関係しているのか調べるのはものすごく大変なように思えるのですが、この樹形図を使うとそこまで大変ではないことがわかります。

すでに述べたように、油揚げが伸びる物性には油揚げ生地のゲル化性が関係しますが、油揚げ生地のゲル化性は大豆蛋白質のゲル化性と関係していることが知られています。大豆蛋白質のゲル化性はとてもよく研究されていますから、これらの知見がすべて役に立つということになります。油揚げの研究例が少ないからと言ってそれほど困ることはありません。ゲル化力以外の因子との関係があるから、それだけで説明することはできません。ただ、他の因子との関係性についても樹形図が示してくれていますから問題はありません。

いっぽう、今回のような固形に近い物質の粘性というのは、実は基礎科学的な研究があまり行われていません。ですから、今後重点的に研究すべきところはそこだということも、樹形図からわかるということです。

多くの科学では因子を深く追求しますから、ひとつひとつの因子をいかに詳しく明らかにしたかということが重要とされています。化学分野なら分子レベル、生物学なら遺伝子レベルで説明を与えることが大切です。上の油揚げの研究で言えば樹形図の下の方まで調べなければならないことになりますが、すでにお話ししてきたように、それは必ずしも必要ではありません。それどころか、細かい因子を追究し始めると収拾がつかなくなってしまい、結果が出せなくなるのです。あえて細かい因子の追求を抑えて、そのかわり全体像の把握を重視する、これが職人の思考方法というわけです。

経済学には、個人や家計の経済行動を分析するミクロ経済学と、GDPなどの経済活動を集計したパラメータを使って国家レベルの経済を分析するマクロ経済学があります。これと同じように考えると、従来の科学は個別の因子を追究するミクロ科学で、油揚げの研究はマクロなパラメータを使って全体を分析するマクロ科学ということができます。実際のサイズのことではなく、概念としてのミクロ、マクロという意味です。様々な分析技術が進歩するなかで、現代の科学はミクロ科学に偏りすぎてはいないでしょうか。もちろん、それによって大きな成果を出している研究分野もありますが、食品のような複雑系では全体を把握するためのマクロ科学の考え方がなければ現場で結果を出すことは難しいのです。

 


ロジカルシンキングと人工知能は実は似ている。人工知能がこれまでのテクノロジーと決定的に違う理由


ところで、この樹形図のことを一般にロジックツリー、もしくはピラミッドストラクチャーと呼び、ロジカルシンキングにおいて中心となるツールです。単なる分類のように見えるかもしれませんが、決してそうではなく、全体を俯瞰した上で解決策を見つけ出すための手法です。

漏れなくダブりなく全体を分割していくことからMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)と呼ばれています。今回お話しした油揚げの事例は、まさにMECEを使ったロジカルシンキングそのものでした。

近年、ビッグデータや人工知能という言葉がよく聞かれるようになりました。複雑なものを解析して結果を出すのが得意だと言われています。人工知能というのは、大量のデータを数学的な技術によって階層化し、答を導くものです。これまでの技術というのは部分を追究していくものでしたから、やれることには必ず限界がありました。人工知能は、全体を把握した上で答を出すことができるという点で、これまでの技術とは一線を画するものです。

人工知能の問題として、答は出てくるが理由がわからないので納得感がないということがあります。これは、どのような階層を作っているのかが可視化できないために生じます。人間はロジカルシンキングを使ってまず階層構造から先に作ります。つまり、天然知能(人間)と人工知能は階層化によって全体を把握することは同じですが、作っていく向きが逆なのです。

職人的なロジカルシンキングと人工知能。複雑な世の中で結果を出すために、この両者の組み合わせが、重要になるのかもしれません。

今回は、食品を作る職人の思考方法が実はロジカルシンキングであることと、複雑系の中で結果を出すためにはどうしても必要であること、人工知能との共通点と今後の展望についてお話ししました。第2回では今回の話を踏まえて、さらにビジネスや経営戦略と職人の思考方法との関係について述べたいと思います。

 

[ 参考]
*1) 金森二朗、「豆腐職人はロジカルか?論理思考による複雑系へのアプローチ」
TXテクノロジーショーケースinつくば2012
https://www.science-academy.jp/showcase/11/pdf/P-048_showcase2012.pdf
*2) KANAMORI, JIRO. 2019. “Study of Complex Systems III—macro-scopic Approach on the Thermal Expansion of Deep-fried Tofu.” NutriXiv. September 18. doi:10.31232/osf.io/yad8x.
*3) 金森二朗 、足立朋彦 、横山秀明、「油揚げの製造法」、特許4329537