Interview

ミライスピーカーで"聴こえなかった音"を聞いた瞬間、難聴者の方の表情が「はっ」と変わるんです。 ――サウンドファン 佐藤和則

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社サウンドファン

日本国内だけで1,000万人といわれる難聴者(※総務省2011年資料より)
2016年に施行された障害者差別解消法によって、バリアフリーへの取り組みは進んでいるが、依然として難聴者が生活の中で困難を感じることは多い。
株式会社サウンドファンが開発したミライスピーカーは、難聴者の方にも健聴者にも小さな音でも遠くへの聴こえを届ける“音のバリアフリースピーカー”。スマートスピーカーによって変わり始めた「音声」の未来について、代表の佐藤さんにお聞きしました。


■「蓄音機」から得た振動板のヒント


――まず難聴の方に聴こえるというミライスピーカーの誕生経緯を教えてください。

父親が老人性難聴だったのですが、ある時名古屋学院大学で音楽療法に取り組む先生から、「難聴の高齢者は、通常のオーディオスピーカーよりも蓄音機の方が聞きやすい」というお話を聞く機会がありました。そこで「父親のためになるのかも」と訪問したことがきっかけです。

のちに創業メンバーにもなる宮原が同行してくれたのですが、元々音響技術に長年取り組んだ知見から「どうやら蓄音機のラッパ部分の“曲面”にヒントがありそうだ」と仮説を立て、そこから2人で試作品を作る試行錯誤をはじめました。

――具体的にミライスピーカーのどの箇所が、その蓄音機から学んだ部分にあたるのでしょうか?

振動板の形状です。
通常のコーン型振動板のスピーカーと異なり、平面の振動板を曲げた形状になっています。
宮原と作ったその試作機を実家で父親に聞かせてみたところ「非常によ く聴こえる!」という感想でした。

元々起業する気は無かったのですが、今後も増えるであろう老人性難聴の方のお役に立てるのではと考えサウンドファンを創業しました。
「なぜ、曲面の振動板からの音が難聴者に届くのか」の原理を説明する文献がないこともあり、創業から約2年間は、ひたすら試作と難聴者の方への試聴テストを繰り返しました。

その後、ミライスピーカーの1号機を2015年10月に発売し、いまに至ります。

――現在は老人性難聴者限定ではなく純粋に多くの方に「聞き取りやすいスピーカー」としても広がっていますよね。

聴覚テストを繰り返す中でわかってきたのですが、老人性難聴だけでなく、それ以外の難聴の方の「聴こえ」もサポートできることがわかり、さらに、遠くにいる健聴者の方の「聴こえ」も快適にするという結果を得ました。

今まで4年間で約450名ほどの難聴の方にご協力を得て、聴覚テストを実施、その約7-8割が良く聴こえたという結果になっております。

さらに、健聴者の方にも距離減衰しない音を届けることができ、近くでもうるさくなく、遠くでもはっきり聞こえる、多くの方に聴こえの良さを届けるスピーカーであるとわかりました。
そこで「音のバリアフリースピーカー」という総称にし、現在のコンセプトになりました。


■他の障害と異なり、難聴の方は外見では理解されづらい


――利用者から色々な声が届くと思うのですが、印象的なものはありましたか?

「音による情報を音のまま受け取りたいシーンがあること」と「見た目でわからないことの苦労」ですね。

聴覚を視覚で補助するツールは多く存在します、手話、筆談、テレビの字幕など。
しかし、災害時などの即時性が必要な情報や、お笑いなどのエンターテイメントは、音による情報を音のまま受け取りたいというご意見を聞くことがあります。

例えば、災害時の情報提供は、音声による情報提供が中心となります。「音」による情報を
「音」のまま伝えることで、避難が遅れる・・・といったことはおこらないのではと考えます。また、お笑い番組や落語鑑賞、歌番組を楽しみたいご意見もあります。

字幕や手話で「何を言っているか」はわかりますが、テンポや口調、音程は再現できません。
こうしたエンターテイメントを楽しめることが、多くの難聴者が望んでいたんだと気づきました。

そして「見た目でわからないこと」の苦労も理解しました。
耳が不自由な方は見た目が健聴者の方と違いがありません。よって、必要なサポートを受けづらい。そこで「聴こえ」について、相手の口の動きで内容を把握したり、断続的に聞こえる音から類推して内容を理解したり・・・実は当事者1人1人が、非常に努力されている方が多い印象です。

――努力すればするほど「もしかしたら難聴なのかも」と周りは気づきづらくなりますね。

はい、日常のちょっとしたトラブルが起きやすくなります。
コンビニで店員さんとのコミュニケーションが成立せず相手を不快にさせてしまったり、道を歩いていて警備員さんに「危ない!とまれ!」とすごい剣幕で怒鳴られてしまったり。

店員さんは聞いたことに返事が無い客を不審に思っただけで、警備員さんも歩行者を危険から守ろうとしただけで、酷いことはしていません。要は相手が難聴だとわからないから生じる。

また、出勤途中に電車が止まったので、会社に連絡するとします。
構内アナウンスでは何が原因か、復旧のめどを呼び掛けていますが聞き取れない。

このまま待っていた方がいいのかもわからず、会社に何分遅れるかといった詳細も連絡できない。健聴者目線だと気づきにくい、困るケースがとても多い。

りそな銀行に設置されたミライスピーカー。
空港への設置も決まるなど、音声でのアナウンスが必要なシーンに浸透し始めている。

■金融機関、自治体、防災・・・「聞きやすい音」が求められるシーン


――企業向けにも展開されていますが、どういった事例がありますか?

りそな銀行東京中央支店様では、受付発券機の呼び出し用に設置して頂きました。
銀行窓口で「365番の方、〇番窓口までお越しください」というあの音声です。

金融機関は高齢のお客様も多く、呼び出し音を聞き逃し「いつまでも待たされた」というケースがあります。その呼び出し音をミライスピーカーからお伝えすることで、聞き逃しを減らすことができます。

さらに、何度もお呼び出しをする行員の方の負担も軽減され、スムーズに窓口にお客様がいらしていただけるので、業務効率もあがります。

当初、りそな銀行東京中央支店様への設置から始まり、現在では多くの金融機関や役所に設置されています。

受付発券機は色々な場所で活用されており、2016年4月の「障害者差別解消法」の施行で、企業側もこうした対応への関心が高まりました。
りそな銀行東京中央支店様の事例はこうしたニーズに気が付けた点で、とても大きいと思います。

――障害者差別解消法の施行は、ミライスピーカーへの要望にも大きな変化をもたらした。

バリアフリーへの意識の高まりから、「音のバリアフリー」についても注目されることは増えていると感じています。また、高齢化社会が進む中、加齢により耳が遠くなる方も増えることが予測されており、「聴こえ」のケアについてメディアでも語られる機会も、最近増えてきました。

そんな中、すでにミライスピーカーを導入頂いている企業様や自治体様は、「音のバリアフリー」に関して、他に先駆けて取り組んでいらっしゃる先進企業と言えるかもしれません。

オフィスに設置されていた「大型版ミライスピーカー」の試作機。
将来的には大きな振動板により、スタジアムの天井や柱などに設置し、会場全体を音のバリアフリー化する計画も。

■100年以上変わらなかった形状と、スマートスピーカーの潮流


――今後に向けた展開を教えてください。

今は、完成品の「スピーカー」を販売していますが、今後は、ミライスピーカー技術の、小型化や大型化を進め、あらゆる製品や機器の、音声デバイスとなるべく開発を進めていきたいと考えています。

例えば、天井に設置するシーリングスピーカーや、メガフォンタイプの拡声器、テレビ用小型スピーカーなどの開発を進めております。さらに将来的には様々な機器・設備への組み込みにも展開できたらと考えます。
最近話題のスマートスピーカーへの組み込みにも興味はあり、社内で話題になることもあります。

――音響関係者の方とお話する機会もあると思いますが、ミライスピーカーを体験した時のリアクションはどういったものが多いですか?

振動板が平らな平面スピーカーはすでに指向性の高いスピーカーとして市場に多く存在しておりますが、それを「曲げる」と「遠くまで減衰せずに広く遠くまで音が届く」そして「難聴者の方の聞こえをサポートできる」この原理については、どなたもご存知なかったようです。

一部の方々は、振動板を湾曲に曲げて音が出ることは知っていたようですが、それが難聴者にとってのソリューションになるとは誰も知らなかった。

――それまでの知識で処理できない、みたいな

弊社の技術陣も、元大手音響メーカー出身ですが、「昔スピーカーを作っていた時の逆の発想に近い」と言っていますね。

――既成概念は邪魔、むしろ逆。

ピュアオーディオの世界では、いかに再現性の高い音を出すか、を追求しますが、ミライスピーカーでは、難聴の方が聞きやすい音はなにか?を追求する。

テレビもブラウン管から平面の液晶になり、音楽がレコードからデジタルデータになり、と進化しているじゃないですか。
スピーカーだけ、100年以上大きく変化していない。ミライスピーカーはその歴史を変えるのかもしれません。

右が通常のスピーカー、左がミライスピーカー。表面を振動で波打たせ、曲げることで音を届ける。
タイでの試験導入や国際特許取得など、海外展開にも意欲的。

■100年変わらなかった音響の世界を自分たちが変える


――スピーカーの歴史を変える、というのは技術者の方にとっても楽しい仕事ですね

たしかに社内には元々音響メーカーにいた技術者が多いので「自分たちが今からスピーカーの新しい歴史を作る」というモチベーションは高いです。年齢層は高く落ち着いた雰囲気ですが、そこへのテンションは高いですね。(笑)

それと、やはりこの仕事をして1番楽しいところは、「ミライスピーカーをとおして、聞こえなかったはずの音を聞いた瞬間、みなさんの表情が“ハッ”と変わる」ことです。難聴の方がミライスピーカーの音を聞いた瞬間に表情が一変する。この瞬間がやりがいを感じますね。

――それを世界中に今後提供していきたい、ということですね。

多くの人が集まる公共の場から、個人のご自宅まで、その場所にくれば聞こえやすい「音のバリアフリースポット」を国内外に広げていきたいと考えています。

全部のスピーカーを変える必要はありません。

例えば、ビルの天井に設置されているシーリングスピーカー、5個か10個のうち1個でもミライスピーカーになれば、みんな飛躍的に聞こえやすくなる・・・また、既存の音響設備に追加して設置していただければ、より多くの方が聞こえやすくなると思っています。

また、近年のスマートスピーカーなど世界的な企業がどんどん音響技術に関心を持ち、「音のデバイスが重要だ」という時代へと動こうとしています。それも追い風にして、展開の可能性を広く考えていきたいと思います。

でも、意外にも音声認識やデータ処理の部分への話題は多いですが、「音の言葉情報の聞き取りやすさ」についてあまり語られてないですが・・・

――たしかに「聞き取りやすさ」の観点でスマートスピーカーを気にしたことがありませんでした。

サウンドファンとして、色々な提案をできそうな段階までやっとたどり着きましたから、ここから社会のニーズにどう技術で答えるか?に頑張っていきたいと考えています。


佐藤和則 株式会社サウンドファン 代表取締役
中央大学卒業後、富士ゼロックス、サン・マイクロシステムズ、デルなどで技術職・営業職として活躍。
2013年10月サウンドファン創業。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)