Interview

すべての人が自立した生活を送るため、1家に1台「マッスルスーツ®」を——株式会社イノフィス 古川尚史

text by : 編集部
photo   : 編集部,イノフィス

さまざまな業界で人手不足や高齢化が問題になっている今。特に、肉体的に負荷が高い作業が多い介護業界や建築業界ではその解決が急務です。そんな中、装着型の作業支援ロボットで働き方やライフスタイルを変えようとしている企業があります。

東京理科大学発ベンチャーのイノフィスが開発する「マッスルスーツ®」は、ひと言で言えば、”誰でも重いものを運べるウェアラブルロボット“。「夢のようなロボットではなく、人のためのロボットに」という考えをベースに開発されました。イノフィス代表として「マッスルスーツ®」の普及拡大を目指す古川尚史氏にお話を伺いました。


重労働の負担を軽減し、腰痛を防ぐ作業支援ロボット


東京理科大学発ベンチャー企業のイノフィスが開発を進める作業支援ロボット「マッスルスーツ®」。空気で収縮する人工筋肉を用いることで、力作業を行う際の腰にかかる負担を軽減し、重たいものを持ち上げることができるウェアラブル型のロボットです。

第5世代となる2018年9月に発売開始された新モデル「Edge」は、見た目はちょっと大きめのバックパック程度の大きさで、太ももの部分にパッドがついています。女性でも簡単に背負うことができ、装着も簡単です。製品ごとに仕様は異なりますが、最大で約25㎏f〜35㎏fの補助力があり、装着すると約20kgの荷物でも重さをあまり感じることなくラクに持ち上げることができます。

「マッスルスーツ®」の開発が始まったのは2001年。人工筋肉を使ったウェアラブルロボットの開発を行っていた東京理科大学の小林宏教授は当初、障がいや麻痺がある方に向けた腕力をサポートするロボットの開発を行っていました。

しかし、開発したロボットを実際の工場現場で検証したところ、作業によって腰を痛めている人が多くいることを見聞きし、その負担を軽減するために腰をサポートする装置の必要性を感じたため、「腰補助用マッスルスーツ®」の開発が始まったのだそうです。転機が訪れたのは2010年のこと。

「開発を続ける小林教授のもとに、訪問入浴介護サービスを手がける企業から『スタッフの作業負担を軽減してサポートするロボットを作ってほしい』という依頼が届きました。訪問入浴介護では寝たきりの方を抱きかかえてお風呂に入れる作業がありますが、これがとても重労働。腰痛などで体を壊してしまい、休職や離職する方が多く、それを解決してくれるロボットがほしいとのことでした」(古川氏)

そんな介護業界からの要望をうけて、イノフィスはマッスルスーツ®の実用化に向けて舵を切ります。

「そして2013年にマッスルスーツの第1世代が実用化されました。現場の方に使っていただいたところ、とにかくラクで作業をしやすいという反響をいただき、この企業では全事業所に導入してもらっています」(古川氏)

強い補助力を持つこの第1世代に対し、補助力を抑えつつ軽量化した第2世代が登場。ここまでは人工筋肉に空気を入れるためにタンクやコンプレッサーを使用していましたが、続く第3世代では小さな手動式空気入れのみとなり、より簡単、安全に使える仕様に。以降も毎年改良が重ねられています。そして、現在では介護や建築、物流業界を中心に、全国で1,400事業所、3,400台以上の「マッスルスーツ®」が導入されています。

「腰痛は大きな社会問題になっています。現在約2,800万人が腰痛に悩んでいて、そのうち約280万が通院していると言われていますし、働いている方が職場でなる病気の6割が腰痛です。マッスルスーツ®を使っていただくことで力仕事の負担を軽減、作業環境の改善、働く人の腰痛の予防につながりますし、これらを原因とした休職や離職を防ぐことにもつながります。従来は2人で運ばなければいけなかった重たい荷物を1人で運べるようにもなるので、人手不足に悩む業界での活用が期待できると思います」(古川氏)


目指すのは、電動自転車のように気軽に使えるロボット


「マッスルスーツ®」は重たいものを運ぶときの補助だけでなく、体の自重を支える効果もあるため、腰をかがめる作業のサポートにも向いています。例えば、野菜の収穫や雪かきなどの作業でも、装着によって負担が軽減されることが検証で明らかに。このように幅広い業種や動作での利用を検討しつつも、毎年新モデルを発表するという開発スピードの速さは大学発ベンチャーとしては異色。それを可能にしているのが、開発チームとユーザーの距離の近さです。イノフィスが開発を行う際に意識していることの1つが、「実際に使っている人の声を聞くこと」だといいます。

「小林教授をはじめ、私たちイノフィスが目指しているのは、実際に人々に使ってもらえるロボットを作ることです。大学の研究の中で終わらせるのではなく、社会が必要としてるロボットを開発していきたい。ですから、実際に使っている方のもとに飛んでいって、どんな課題を抱えているのか、マッスルスーツ®をどのように利用しているか、どこを改良したらいいかなどをなるべく多く聞くようにしています」(古川氏)

現場でヒアリングした声をもとに、イノフィスでは常に改良を続けています。

「実際の声をたくさん聞いて、パーツの大きさや動きやすさなどを1つひとつ改良していくのですが、実際はとても地味な作業です。しかし、そのトライ&エラーの積み重ねがあってこそ、現実社会に即したロボットにつながるのだと思っています」(古川氏)

現在は1つひとつの工程を手作業で行っているため、どうしても価格が高くなりがちに。軽量化した最新モデルでは約50万円と従来のモデルよりも大幅に値下がりしたものの、まだまだ個人で気軽に購入できるレベルではありません。今後はフルモデルチェンジでさらなる小型軽量化を目指し、量産して価格を下げていくことを目指していると言います。

「いくら便利で役に立つものだとしても、多くの方に使ってもらうためには手の届きやすい価格にしなければなりません。自宅での介護や農作業、荷物の運搬など、身近なところにも身体的負担が高い作業がたくさんあります。それを考えれば、1家に1台あってもいいかもしれない。ですから、近い将来には電動自転車くらいの価格にして、誰でも気軽にマッスルスーツ®を使ってもらいたいと思っています」(古川氏)


誰もが生きている限り、自立した生活ができるように



「マッスルスーツ®」で培ってきた人工筋肉で人の動作を補助(あるいはアシストなど)する技術は、このほかのシーンでも活用が期待されているそうです。

その1つが医療やリハビリの分野。イノフィスでは現在、自力で歩くことが困難な方の歩行補助をするための装置を研究開発しているとのこと。寝たきりでまったく歩けなかった方がこの歩行補助のリハビリによって歩けるように回復したという検証結果もあり、近いうちの実用化が期待されています。

このほか、工場作業向けに腕の力をサポートするロボットの開発も進行中。これらの研究開発の土台に共通しているのは「困っている人の声を聞いて、ニーズに応えていく」という想いです。


「ロボットというとしばしば大げさなものを想像される方も多いですが、日常に溶け込んで人々の自立を支えるロボットを目指していくというのがイノフィスの考え方。私自身も『社会を変える仕事をしたい』と思っていたときにイノフィスに出会い、その普及を手伝うことになりました。現場で困っている人の声を丁寧に聞きながら、よりよい製品を目指していきたいと思います」(古川氏)

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