Interview

宇宙の課題と向き合う民間企業。2020年、前人未到の挑戦へ。(前編) ——株式会社アストロスケール 岡本 章

text by : 嶋崎真太郎
photo   : 嶋崎真太郎

2015年9月の国連総会で採択された持続可能な開発のための2030アジェンダ「SDGs(Sustainable Development Goals)」により、地球上の持続的な課題解決に向けての動きが活発になっています。その中で「国境なき環境の課題解決」に向け活動する事業集団があります。東京都墨田区に本社を構える株式会社アストロスケールです。

様々な先端テクノロジーが開発され、生活の中に溶け込む背景には、宇宙空間に存在する衛星を活用したサービスが多岐に渡ります。我々の生活維持をサポートしてくれている衛星を脅かす存在が、スペースデブリ(宇宙のゴミ)です。アストロスケールではそのスペースデブリを除去する為の小型衛星を開発し、2020年に前人未到の挑戦を行ないます。「宇宙を安心安全に使える、宇宙の安全航行をサポートする」というゴールを掲げるアストロスケールの岡本様に、これまでとこれからのお話を伺いました。


アストロスケールとの出会い


アストロスケールに入社する前は、衛星メーカーの企業に在籍していまして、その企業で60歳の定年まで勤めておりました。宇宙業界はエスタブリッシュド(オールド)スペースと言われる世界で、日本ではJAXAを中心とする昔から存在する企業が、お金と時間をじっくりかけて開発を行なうのが主流になります。

前職の上司が既にアストロスケールで技術者として勤めており、その方に誘われたことがきっかけで2016年に参加しました。企業名は認識していましたが、どんなことを手掛けているのかの詳細までは知らなかったので詳しく調べてみると、社会的にも事業的にも未来に必要な企業であると確信したことを鮮明に覚えています。

いま携わっている実証衛星は、私が入社する1年ほど前からスタートしているプロジェクトで、2020年にちょうど4年の節目を迎えます。立ち上げ当初からのメンバーもいますし、後から加わったメンバーもたくさんいますが、みんなの気持ちはオリンピック選手のようにワクワクしながらプロジェクトを進めています。

私は「ELSA-d(エルサディー)」という、デブリ除去実証衛星のプロジェクトをまとめる役割をごく最近まで担っておりましたが、若手にその役を譲って、現在は日本の技術部門のディレクターという立場で携わっています。前人未到の分野に挑む企業と言われることも多いですが、私たちが挑戦していることに恐怖感は全くなく、どちらかというと緊張感の方が強い感情です。

というのも、衛星は一旦打ち上げると手元にはありません。地上からリモートで操作を行なうことは可能ですが、衛星そのものに手を加えることはできません。私たちはできることは全てやりつくした状態で宇宙へ打ち上げなければいけないという責任感・緊張感を持ち、プロジェクトを遂行しています。


宇宙開発技術の困難と面白さ


様々な感情が宇宙開発にはありますが、それでも一番大きなものは、子供のようなワクワク感ですね。

宇宙事業は、技術開発期間がとにかく長いのが特徴です。我々のようなベンチャー企業でも最低3年ほどかかります。JAXAのプロジェクトだと、5年とか長いもので10年ほど開発期間が必要です。その長い期間の様々な努力や工夫がプロジェクトには込められている。絶対に成功する保証もない中、ある種の博打的な要素もあり、成功の瞬間の気持ちは何にも代え難いものがあります。

2017年にロシアのボストーチヌイ宇宙基地を離昇したソユーズ2フリガートが打上げ失敗に終わりました。この打ち上げにアストロスケールの小型衛星「IDEA OSG1」も搭載されていました。IDEA OSG1は微小デブリを軌道上で観測するプロジェクトでした。

いま我々が行なっている実証衛星とは直接的な関係のあるものではなかったため、技術的な損失としてのインパクトはなかったのですが、長期間、開発に関わったメンバーの期待と結果に対するショックがなかった訳ではありません。ただし、運用までには及ばなかったものの、設計から開発まで一丸となりものづくりが出来たことは、チームビルディングとして大きな財産でした。

そんな中こうやって続けていられる理由は、自分達の携わっていることが直接見えて、外部との接点もたくさんあり、世の中の期待感を技術者一人一人が感じることができているからだと思っています。これは「大企業では感じることのできない感覚」だと、私の実体験や周りの技術者の声を聴いても感じています。

「IDEA OSG1」の模型が社内には飾られている。

アストロスケールを率いる岡田光信代表の視点


岡田は発想が非常にユニークで、他の人が考えもつかないようなことを思いつき、それ以上に行動力がすごい。極端に言うと今日どこにいるのかもわからないですし、日本にいるのかもわからない。それくらい世界中を飛び回り、多くのステークホルダーと会っています。単に起業家精神で言い放つ感じではなく、自分で筋道を作っていくタイプなので、我々も一生懸命に追いついていく。そんな感じです。

岡田が日本にいるときは極力社員と接していまして、直接メッセージが発信されるので、彼がいまどう考えていて、我々のやっていることがどれだけ世の中に意義があるのかということを日頃から聞いていますし、そのメッセージにも共感することができています。

もちろん、そんな岡田からのメッセージはプレッシャーも大きいです。ただ、理由もない理不尽な要求はありません。我々のやっていることが世の中に認められるために実現しないとダメなことは、岡田から納得させられているのではなく、自分たちが納得し行動できることもチームの特徴です。

日本法人の代表Chris Blackerby(クリス・ブラッカビー)も、岡田と同じようにメッセージの発信力があります。常に社内外に対して、様々な情報発信をしてみんなの気持ちを常に高めることができる人物です。元NASAのアジア代表で、アメリカ大使館に勤務していたこともあり、海外のお客様を含めたステークホルダーとも密接なコミュニケーションを取ってくれており、非常に頼りにできるリーダーです。


アストロスケールと2020年


我々がデブリ除去を商業ベースでやろうとしている、その技術の実証実験を行なう訳ですから、ここを成功させないと次の段階にスムーズに移れません。どこの企業でも、目標達成レベルを設計していると思いますが、我々もいくつかのサクセスレベルを設計しています。

詳細はお話することはできませんが、コーポレートサイトで掲げているゴールは「宇宙を安心安全に使える、宇宙の安全航行をサポートする」という伝え方をしています。

掲げるゴールを目指す為に、まずやらなければいけないことが「宇宙のデブリ(ゴミ)問題」ということですね。これまでの宇宙開発技術の過程では、宇宙は無限に広がる世界なので使い終わったものはその場で放置していても問題ないということが慣行として続いてきていました。

ですが、今ではデブリにぶつかるリスクが出てきています。稼働中の衛星や宇宙ステーションも、デブリにぶつからないように軌道を変えたりしながら運用されている事実があり、これからもっと多くの衛星が打ち上がってくるとその問題は加速していきます。

もう一つの課題は、軌道上のデブリがある一定以上の密度に達すると、デブリ同士が衝突して連鎖的にまたゴミが増えるというKessler Syndrome(ケスラーシンドローム)という危険な状態になるということです。いま手を打たないと、地球の周りがゴミだらけになってしまう。

その宇宙の環境問題を改善しなければ、今のように衛星を打ち上げてGPSサービスを受けるとか、通信情報サービスを受けるとか、地上や宇宙、地球から見て様々なものが自由にできなくなるということになります。

衛星やサービスだけでなく、いま人間が再び月や火星に行こうという構想や民間宇宙旅行のような話題がありますが、それは人間が危険なデブリ空間を通過しなければいけないということでもあり、非常に脅威となることですので、世の中に強いニーズが存在しています。我々はそれを民間企業で初めて取り組むということになります。

限りある宇宙空間の活用。宇宙ゴミの問題解決と向き合うスペシャリスト達。(後編)に続く。

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