Interview

Beyond Next Ventures 伊藤さん ー 技術系ベンチャー支援は次のフェーズが訪れている、成功事例をしっかりと出していくことが重要

text by : 編集部
photo   : 編集部,BeyondNextVentures

大学や研究機関から、研究成果を基に生まれる大学発ベンチャーや技術系ベンチャーと呼ばれる企業は年々増えつつある。2014年に独立し大学発の研究開発型ベンチャーを投資対象として誕生したBeyond Next Venturesは総額55億円規模の1号ファンドを組成し、注目を集めた。
あれから約3年、金融機関に限らず国の支援によって大学主体のファンドや大企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)設立も増える中、技術系ベンチャーの支援・投資の現在と未来はどうなっているのか。
Beyond Next Ventures代表の伊藤さんにお話を聞きました。


■大きな経済的価値を生む成功事例、それをきっかけとしたここ数年の急速な変化


―技術系ベンチャー特化型のBeyond Next Venturesを立ち上げた理由を教えてください

元々学生の頃からいつかは「自分で会社をやりたい」という思いがあって。加えてVCはリスクマネーを提供する立場で、リスクを取ってチャレンジする起業家を支援するために、資金面だけでなく、創業初期から成長段階に応じたアドバイスやサポートが十分出来なければいけない。
となると、「自分自身がその経験を積んでいる」方が、起業家に信頼され適切なサポートが出来ると考えました。

 

―当時は2014年ですよね、ちょうど技術ベンチャーの話題が増え始めた頃だと思うのですが

本当にそうですね
僕が前職を辞めるタイミングは、ちょうどCYBERDYNE社がマザーズ上場を果たしたり、Spiber社が人工クモ糸の活用でメディアに注目されたり、技術系ベンチャーがメジャーになり始めた時期でした。

 


―以前取材で「技術ベンチャー特化型ファンドは30億円無いと勝負できない」と言っていたのを見ました。

その発言の意図は「シード段階から継続的に投資が出来るファンドサイズにすべきだ」という事です。

ジャフコ時代から、産学連携や大学発ベンチャーの支援に携わって、10~20億円で組成されたファンドを見てきました。そのくらいの規模だと、よほど順調にいかなければ追加投資できないという状況に陥って、継続的な投資が出来ない。
ファンドサイズが小さいと、他の投資家さんが乗ってくる状態になるまで、ある程度、初期の投資家が支えてあげないといけないのに、それが出来ない。
そういう状況になるものを過去に見てきたので、本気でこの領域をやるなら最低30億円のファンドが必要だと思いました。

 

―設立から約3年で技術系ベンチャーを取り巻く環境は相当変わったのではないですか?

変わりました。やはり同じような技術系ベンチャーに投資するファンドが多数設立されたのは、何よりも大きな変化です。
世の中全体として、VCはもちろん、国も、研究者の方々も、起業を考えている人たちも、技術系ベンチャーへの期待や評価が3年前よりずっと高まっていると感じます、

 

―その変化の背景に何があったのでしょうか?

例えば、産学連携、大学発ベンチャーの流れで言えば、ここ数年で、CYBERDYNE、ユーグレナ、ペプチドリームといった時価総額1,000億円クラスの企業の出現です。この存在は大きい。
こういう「市場から高い評価を得られる会社」の出現は、多くの人に技術系ベンチャーへの関心を向けさせました。

並行して国が1,000億円もの予算を付けて、東大、京大、阪大、東北大にファンドを設立し、また、東海エリア、九州大学、理科大、慶應にも大学系ファンドが組成され、大学発ベンチャーはお金を集めやすい状況になりました。

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ジャパンベンチャーリサーチがまとめたレポート
ちょうどBeyond Next Venturesの設立された2014年前後からファンドの設立数と規模が増加している

 

 


■以前より良くなったが、まだ十分とは言えない技術系ベンチャーへの支援環境


―成功事例が多くの人に気づきを与えて、大きなうねりを生んだ数年だったと。

そうですね、しかもIT系のベンチャー起業家やVCの方々も、純粋なネット、アプリサービスではなく新しいもの、技術要素が強いものを求めるようになって、全体として更にプレイヤーが増えてきた。

私が関わり始めた2008年頃は、産学連携や大学発ベンチャーの支援が「大事だ」とは言っても、注目されるような成功事例が無かった。成功事例が出てこなければだめだと当時から話していて、遂にそれが現れた。

 

―プレイヤーが増えたことで、技術系ベンチャー企業にとっての資金環境も良くなりましたか。

昔に比べれば、僕らのようなVCの数も、資金自体も増えました。前よりお金を集めやすい環境になったと思います。
ただ、環境が良くなったとは言っても、シード・アーリーステージの技術系ベンチャーに十分にお金が回っているかというと、まだそうとは言えないと思います。

特に、例えば医療機器分野であれば、検査や診断だけでなく、治療まで行うような、大きな社会課題の解決に多額の資金が必要になる領域では、まだ十分な環境と言えないと思います。僕たちの役割として、こうした領域への投資を強化していかなければ、と考えていますね。

 

―Beyond Next Venturesを立ち上げてから、伊藤さんの中で投資するか否かの意思決定に変化はありましたか

いや、変わらないです。ジャフコの頃から比較的リスクが高く、長期を見据えたインキュベーション投資を担当していたので。
投資期間の目安として、第1号ファンドは2015年2月に作り10年の期間で運用するので、8年・10年経つまで何も見えてこないものは厳しいですが、初回投資から5年経つ頃までに、一定の段階まで事業が進捗し、投資の果実を得る機会を得られるような企業であれば、十分投資対象になります。

 

―投資候補企業の探索に何か伊藤さん流のやり方はありますか

細かい話だと、企業秘密的なこともあるので言えないのですが(笑)
心がけているのは、能動的に支援対象を探しに行くことと、そういった方々と自然に繋がるような仕組み、の両方のバランスです。

気を付けないと、VCには投資案件がどんどん来るので、自然に受け身になってしまう可能性もある。常に能動的に自分たちで探す意識を忘れないようにしています。

 

―現時点で投資している企業にはどういう経緯で投資されたのでしょうか

現段階ではどの投資先も成功が約束されているわけではないですが、投資先1社目となったキュア・アップは、スマートフォンアプリで「治療」まで見据え、薬事承認や保険適用を目指している点に注目しました。

同様の会社はアメリカに「Welldoc」という企業があり、糖尿病患者向けに処方するアプリを開発していてFDAの承認を得て、既に病院で実際に処方されています。これが日本でも出来れば、国内の医療費削減に大きく貢献できると考えました。

あと、東大発ベンチャーのLily MedTechは、既存の機器の問題を解決する次世代乳がん診断機器を、大学の研究成果から、世に出したいと東京大学の先生が熱心に実用化を考えていて、それを一緒に実現したいと思い、投資しています。

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※既存ベンチャーへの投資だけでなく、技術の事業化を支援するアクセラレーションプログラム「BRAVE」も実施している。参加チームには手厚い事業化支援を行う。(画像提供:Beyond Next Vnetures)

 


■「医療分野」への継続的な注力、チャレンジする人を増やすための取り組み


―いま少し既存投資先の話がありましたけど、「次はここ」と関心のある領域はありますか

僕、今はあまり「次はこういう領域が来るのでその領域の投資先を探すぞ!」という捉え方をしてないんですよね。
技術系ベンチャーで大きく成長する分野って、実は色々な領域が複合的に合わさった新しい分野から生まれるので様々な領域を並行して見ています。

強いて言えば、【医療・健康】という領域は大きな社会課題があって解決すべきものが沢山あるので、ここは引き続き注力していきます。

 

―医療関連も、以前と比べ環境の変化はありますか

昔からの変化として「予防」の方向に少しずつ進んでいるなと思います。
以前は、予防領域はマネタイズが難しい、やはり「病気になってから」でないとお金が動かない領域だと思われていましたが、社会全体の課題として「医療費削減」が待ったなしの状況になって、徐々に事業として成立する方向へ進んでいる実感があります。

もう一つが再生医療です。医薬品医療機器等法(改正薬事法)が施行され、日本が世界に先駆けて事業化へのハードルを下げている。再生医療も創薬同様に資金も時間も掛かる領域ですが、僕らの投資先14社中2社は再生医療領域の企業に投資しています。

 

―Beyond Next Venturesの最近の取り組みとして、「イノベーションリーダーズプログラム」を開始しましたが、起業家自体がまだ少ないと思いますか

起業家に限らず「チャレンジする人を増やしたい」と思っています。
前職時代から、技術系ベンチャーを長く支援する立場として感じるのはベンチャー企業の成長過程において、ベンチャー、投資家、事業会社、公的機関、研究機関、大企業と周囲で関わる人たち自身も少しずつリスクを取って一緒にチャレンジしないと、エコシステムとして成長しないと思うんです。
ベンチャー企業に対して「いい所取りをしようとするフリーライダー」みたいな人がいるとうまくいかない。

 

―プログラムを実施してみて、チャレンジしたい人は多いなと思いますか

潜在的には沢山いますね。程度に個人差はあれど、みんな本当はやってみたい。

ただ「ゼロイチのチャレンジをする場所や環境」って実は世の中に多くないんです。僕がかつて在籍していたVCは、大きな会社の割には比較的リスクを取ることを許容してもらえる環境だったので、ゼロイチのチャレンジを通じて様々な経験を得られましたけど、同じような環境の人は多くないですから、このプログラムを通じてなるべくゼロイチの経験を得られる機会を社会に提供したいと考えています。

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※会社のミッションでもあり、インタビュー中にも出てくる「チャレンジする人を増やす」ため、今年の4月からは会社に所属しながら参加できる「イノベーションリーダーズプログラム」を開始した。

 

 


■■特定の企業名を挙げなくても良いくらい、成功事例を沢山輩出しなければいけないフェーズ


―Beyond Next Venturesもスタッフが増えてきましたけど、どういう人が多いですか

VCという仕事ですから、それに適するスキルや経験というものはありますけど、「好奇心が旺盛で能動的に活動し、様々な事に興味が持てる」というのは絶対に外せないと思います。

あと、当社の会社のミッションは、
・大学の大きなポテンシャルを有する技術シーズの事業化による新産業創出と
・チャレンジする人材の輩出による社会貢献
なのですが、元々そういうことを考えていた、目指していた方が多いですね。

 

―ミッションを聞いて共感するというより「私も同じこと考えていました、目指していました」という

そうそう、元々自分自身のミッションとして思っていて、そしてうちの会社を知った。みたいな。

 

―そういう事を考える個人や企業は増えているんですかね

そう思います。一方で「早く実用化できる技術」に注目が偏ってる部分もあると思います。
以前に比べて大学シーズの事業化にリスクマネーを提供する人が増えていることは確かですが、
「成功する大学発ベンチャーの循環を安定的に作り出す」上では、充実した基礎研究への資金投入も重要です。

全員が短期的成果だけを「刈り取る」ことばかり考えてしまうと、10年、20年後を見据えた基礎研究やアクションが出難くなる。それではいつか枯れてしまいます。

 

―ほかに何か課題だと感じることはありますか

先ほどの「チャレンジする人を増やす」、人材面ですね。
初期の段階で、良い技術シーズと良いメンバーがいれば投資を受けやすい環境ですが、創業フェーズは、お金よりも人材の方がボトルネックになっていると思います。

これからは、研究者にとっても、基礎研究を続けながらも事業化、社会実装という選択肢も意識して持っておくのが良いと思うのですが、現在の日本では、一般的に研究者が「研究を事業化する」事に最低限必要な知識を持っていない印象です。

 

―以前よりは環境が良くなっているけど、まだ課題は多い

そうですね、投資するVCが増えたことでここから数年間程度はベンチャーにとって明るいトレンドが続くと思います。
だからこそ、いまお金を預かって運用する僕らのような投資会社が、しっかり成果を出して「先端技術のベンチャーは魅力的なものだ」と証明していかなきゃならない。
それによって継続的な活動が出来る資金も人材も集まると思います。

 

―先ほどのような「特定の企業名」で成功事例を語るのではなく、沢山の成功事例を出していく、という状況になるのは次のフェーズですかね

そうそう。いまはその入り口辺りにみんな立っているんだと思います。
2015年以降、今年に至るまで様々な技術系ベンチャー、大学発ベンチャーを支援するファンドの設立が続いているので、今はちょうど「各社が積極的に投資をしている」状況。

ここから2年後、5年後・・・と徐々に結果が見えてくるので、その頃に「特定の社名を挙げなくても良いくらい」成功するベンチャーを輩出できるか、が大事です。頑張ります。

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※前職からの繋がり、元メーカー勤務のエンジニア、生命科学の研究をしていた人など、多様なメンバー構成で徐々に仲間が増えている。

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