Interview

脳波計でのセルフケアを、体温や血圧のように身近で気軽なものへ ――PGV株式会社 吉本秀輔

text by : 編集部
photo   : 編集部,PGV株式会社

脳波計、と聞いてどんなものをイメージされるでしょうか。
頭に沢山の電極を取り付け、無数のケーブルが伸び、計測中はじっとしていなければいけない。
こうした脳波計の印象を大きく変える「パッチ式脳波センサー」を展開するのがPGV株式会社
重さわずか24g、絆創膏のように簡単に装着して剥がれない。ワイヤレスで脳波計測可能。
この技術を活用し「脳波も、体温計や血圧計のように気軽に測定できる」世界を実現する取り組みについて、同社の最高データ責任者吉本さんにお話を伺いました。


■装着感はまるで冷えピタや絆創膏。材料、回路、システムまで自社開発


――このパッチ式の脳波センサーは、小型・軽量・ワイヤレスと従来の脳波計のイメージと異なります。誕生の背景を教えてください。

PGVは、脳波を体温計や体重計、血圧計と同様に一般家庭で測定しセルフケアできる世界を実現したい会社です。以前から医師との議論を重ね、「簡単に使える」「使いやすさ重視」のポイントに絞っていった結果このパッチ式センサーになりました。

体重も体温も血圧も、昔は計測できませんでしたが、測れるようになって健康面に色々な活用ができるようになりました。
PGVは脳波も同じように家庭で気軽に計測するものにしたい、一般利用を見据えつつ医療現場で使用できる精度も目指しています。

――実現のためにこだわった技術的なポイントはなんでしょうか。

1つは、伸縮性の高い柔軟な電極シートです。
3枚構造になっていて、真ん中の層に伸縮性の高い柔軟電極が挟まれています。

実際に引っ張ると、こうして「冷えピタシート」のように最大300%伸びて、手を離すと元に戻ります。通常の電極シートは違う、金属粒子と有機材料の複合材料を使用しているのがポイントです。

通常の電極シートと異なり、PGVのシートは金属粒子と有機材料の複合材料で出来ている。
引っ張っても粒子が伸びた状態で繋がっており、手を離すとまた元に戻る。

――いま僕の手の甲に貼ってみたのですが、本当に冷えピタや絆創膏のような感覚ですね。

この肌に接する部分も自社開発です、貼った部分を動かしても隙間から空気が入らないようになっています。ヒトへの侵襲性が低い電極シートになっていて、端子部分はカーボン材料を使用し切れないような工夫をしています。

このように材料やアナログ回路、システム面まで自力で手広く脳波計を作った点は、PGVの特色・強みだと考えています。

――このシートがドラッグストアに売っていても違和感ないです。

もちろんそこを目指していますが、一般消費者向けの展開はまだ先の見込みです。
現在は、医療機器認定の取得に向け、組織体制を強化しています。
品質管理、コンプライアンス遵守など一定の担当者が必要となるので体制構築を進めています。

既に企業向けの貸与は開始しており、共同研究の契約を締結した上で企業へ貸与し電極シート部分は消耗しますので購入頂いている状況です。

取材中手に貼った状態で1時間過ごしたが、最後は貼っていること自体忘れるほど自然だった。
写真の小指側にはカーボン製の脳波センサー端子部分があり、安価で高耐久性もある。
※装着感を理解するため手の甲に貼りましたが、本来はおでこ周辺に貼り脳波測定をするものです。

■本当の感情や好みを把握したり、まだ話せない乳幼児の本音もわかる。


――企業との取り組みはどういったものなのでしょうか?

アルツハイマーの患者さんについての脳波測定や、睡眠をモニタリングしておでこに貼るだけで睡眠状態が分かるといったプロジェクトを進めています。
今後こうした測定をご家庭で出来るようになれば、認知症患者さんの一次診断も出来ますし、リラックスした自宅での睡眠状態を計測することで睡眠改善のソリューションにも繋がると思います。

PGVとしてはこの脳波計自体を販売するビジネスではなく、脳波計を用いたソリューション提供を目指しています。

――脳波計を通じたソリューションとは?

脳波って、計測したデータを見ても一般の方はよくわからないですよね。
ですから、理解しやすいアウトプットをわかりやすく提示することが日常的に脳波計を使ってもらうポイントだと思っています。

例えば、脳波の動きで自分も気づいていないようなモノの好みを把握したり、自分の感情の動きを把握することで自分に合ったサービスや製品を知ることができる。
また、自分から言葉を発してコミュニケーションできない乳幼児の感情を把握することで、その子が一番付け心地のいいオムツを特定することが出来る。といったものです。

従来の脳波計は測定中に動いてはいけないといった制約もあり、リラックスした睡眠状態の計測が難しい。
PGVの脳波計でも、ある程度の睡眠ステージを分類できることが徐々に分かってきたため今後展開する予定だという。

――2017年はfacebookやIBMが脳波やニューロンに関するプロジェクトを発表し、IT業界でも脳波の話題が増えました。

そうですね、ああいうトピックは率直に「盛り上がって嬉しいな」と感じています。
大きなニュースが出た後はPGV社への問い合わせも増えてありがたかったです。

お互い同じことをやっている競合企業でもないし、極論僕らの技術やサービスを彼らに提供し活用してもらい、その先の実現したい世界に繋がってもいいわけです。

少なくともPGVとして他に真似のできない技術を既に作れているのでそこに注力しつつ、参入してきた大手企業とともに脳波やニューロンの世界全体を切り開いていきたいですね。

――競合というより異分野から来た仲間、みたいな。

PGV 1社で、世界中に売れるものを全て作れるとは思っていません、最終的にコスト・価格面も考える必要があり、電極サイズ・スペックに対する要望も出てくるでしょう。今後は医療機器を扱うメーカーへのライセンス供用を通じて商品開発・生産体制を整えることも念頭に入れています。

PGVとしては要素技術の完成度を上げて、生活者に広く届くことを実現するための立ち上げ部分をやらないといけないと考えています。

PGVとしては脳波データをもっと取得したい。そのためにはセンサーを沢山出荷する必要がある。
関わる企業が増えることで、脳波データ取得のペースが上がるためPGVにとってメリットが大きい。

■僅かなノイズにかき消されるデリケートな脳波信号を正確に計測する「データ処理技術」


――吉本さんは最高データ責任者として、脳波データを扱う可能性や難しさに一番直面する立場だと思います。

脳波データの難しさで言うと、「信号の小ささ」です。
脳波を計測するというのは、脳の約70倍抵抗値が高い「頭蓋骨」を隔てた先にある脳のシナプスの外側に出てくるわずかなイオン電流を検出するということ。

心電や筋電と違い、約1~10マイクロボルトという小さな単位ですから、わずかなノイズにもかき消されてしまうデリケートな波形です。
この微小信号をノイズ少なく計測する技術はかなり磨れていると思います。

――逆にデータから可能性を感じることもありますか?

脳波データを解析する技術ノウハウから感じた可能性ですが、「胎児の心電を計測する」という研究を進めています。
母親のお腹の中にいる胎児の心電は当然小さく、母体側の様々な生体信号のほうが大きい。データを取得した時点では目的のデータ(胎児の心電)よりも、ノイズ(母親の信号)の方が大きい状態。

普通に考えれば凄く難しいですよね。
このデータを4つの信号に分離し、逆計算をすると高確率で胎児心電データのみを抜き出すことが出来る。これにより胎児の健康状態をチェックできると考えています。

――脳波測定時もいろいろとノイズがありそうですよね

はい、脳波計測においては「まぶたのまばたき」がノイズ発生要因になります。
でも「まばたき止めてください」とは言えないので、取得後のデータを分離できれば脳波信号だけを抜き出すことができる。

まばたきだけでなく、眼球が動いただけでもノイズ発生要因になります。
このパッチ式脳波センサーを実現する上で、こうしたノイズを除去できるかどうかはとても重要です。

微小な脳波信号を計測する技術は、そのまま1~10μVという小さな胎児の心電計測のノウハウになる。
この技術応用はPGVが脳波計測の次に何を展開するか?を考える上で大きく期待できる分野だ。

■難しいものを目の前にして「こんなの無理です」ではなく「ぜひやってみたい!」となる人


――吉本さんは創業時からではなく、今年の9月からPGVに参画したそうですが

PGVの創業時から大阪大学の助教として関わってはいましたが、利益相反の問題で本格的に活動できない歯がゆさを感じていました。
その後研究室の教授・弊社CEOとの議論を経て、PGVに参画しつつも大阪大学に招聘教員のポジションを頂ける事になりました。PGVでパッチ式脳波計を世の中に送り出す実用化を目指しながら、大学では次の展開に向けた研究活動に取り組んでいます。

僕は元々脳波の研究者ではありません。
神戸大学で低電力回路設計を研究し、その後スタンフォード大学に誘われアルゴリズム開発をしていました。思えばこの頃インテル社と一緒にデバイスの信頼性評価アルゴリズムに取り組み「デバイスとアルゴリズムを一緒に作る」ことに興味が出たのだと思います。
その後2015年から大阪大学の助教になり、そこでPGVと繋がります。

――創業から関わっていたとはいえ、助教を辞めて参画というのは大きな決断だと思うのですが

本格的にやりたくなっただけです。昔からそういう部分はフットワークが軽くて(笑)
スタンフォードに渡ったのも、帰国後に大阪大学に行ったのも、未経験で脳波プロジェクトに入ったのも「いけるかな、まあアカンかったらその時考えよ!」みたいな大阪のノリです(笑)

普通の“優秀な研究者が歩む道”とは全然違いますけど、別に自分の人生したいことするのが1番だと思うので。

――PGVの目指す世界を知って、自分も協力したいという人が世の中にはいると思います。吉本さんなりの「PGVに合う人」とは?

最低限のエンジニアリングスキルは前提として。重要なのは熱意と人柄です。
エネルギッシュな方、「良いモノを作ろう」が常に最上位にくる人。
難しいものを目の前にして「いやこんなの無理です」じゃなくて「ぜひやってみたいです!」となるタイプです。

あとは、エンジニアリングにしても、ニーズを探索しながら企業と共同で歩んでいる段階ですから、状況把握して顧客が欲しいモノをアルゴリズムとしてコーディングして提供できるとか。Androidアプリ開発とか、技術をしっかり理解した上での営業ですとか、強化しなければいけない部分は沢山ありますね。

重要なのは、何でもいいので「私はこれができます!」という技術を持っていて、その上でPGVが目指している世界に対して熱意があるかどうか。
ベースの開発要素はある程度決まってきた段階ですから、ここからはどれだけスピードが出せるかが大事です。


■脳の病気は自覚症状がわかりづらい。もっと”本当の情報”がわかる世界をつくりたい


――最後に、冒頭で言われた「脳波を体温計や体重計、血圧計などと同じように、一般の家庭で測定しセルフケアできる世界」を実現した時の世界についてイメージがあれば教えてください。

我々は医師ではないので、は脳波を計測した結果、「診断」することは法律上出来ません。
一方で、「脳」のことは殆どの方がよく分かっていない何か難しいものだと考えている実情では、「診断」までたどり着かずに重病になっていく方が多いのも事実です。

そういった診断に至るまでの壁を低くするためには、脳の「セルフケア」が重要です。
脳の病気って自覚症状が分かりづらい。でも体温計や血圧計があれば「熱が38度、病院に行こう」「ちょっと血圧が高い、食事に気を付けよう」となりますよね。

脳についても、ある程度早いタイミングで「脳におかしな信号があるから病院行こうよ」と知らせてちゃんと診断をしてもらえば、早期発見で治せる人は増えるはずです。

――先ほどの乳幼児や胎児は自分で医者すら呼べませんし、問診も出来ないですからね。

そうですね、「薬がどれだけ効いたか?」の判断にも貢献できると思います。
精神的な疾患などは、フィードバックが難しくて現状は問診が中心です。

認知症の薬も同様なのですが、「調子どうですか?薬は効いていますか?」って医師に聞かれても、本当の情報は患者自身もわからないですよね。

脳波の計測で、こうした「本当の情報が分かる世界」を描けるのでは、と考えています。


吉本秀輔 PGV株式会社 最高データ責任者 博士(工学)
神戸大学工学部卒、同大学院システム情報学研究科にて 博士(工学)取得
スタンフォード大学博士研究員、大阪大学産業科学研究所助教を経て、2017年9月よりPGV株式会社 最高データ責任者に就任

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)