Interview

研究成果を社会実装し、病気ゼロ社会の実現に挑みます。 - 株式会社メタジェン代表取締役社長 CEO 福田真嗣

text by : 編集部
photo   : 株式会社メタジェン,内田トシヤス

わたしたちの腸内には約100兆個もの細菌が共生し、健康や病気と密接に関わっている。
しかし、視力や血圧、体温などと異なり、わたしたちがその存在や変化を意識することはほとんどない。
腸内環境を良くすると何が起こるのか。そもそも「腸内環境がいい」とは何を指すのか?
健康社会の実現に向けて、腸内細菌の情報を活用して挑むメタジェン社の福田さんに話を伺いました。


■腸内環境に基づく個別化ヘルスケアの必要性


―最初に、創業の背景を教えて頂けますか?

一番の理由は「腸内細菌に関する基礎研究成果を、実社会に還元するところまで自分の手でやり切る」ためです。
私自身、農学部を卒業後に大学院で博士号を取得し、その後6年間理化学研究所にいました。その間一貫して腸内細菌に関する基礎研究を続けていました。

当時から腸内細菌は健康や疾患との関わりが大きいと考え、研究成果を論文発表して社会の役に立てたいと思っており、2011年に「ビフィズス菌がO157の感染症を予防する」という論文をNature誌に発表する機会を得ました。しかしながら、実際にその研究成果が私たちの健康や未病改善、特効薬の開発に繋がったか?というと、決してそうではありませんでした。

論文を書くだけでは社会は変わらない、基礎研究の実用化には多くの時間が掛かる。これらは客観的にはよく理解できるのですが、しかし自分が行った研究の本質を一番理解しているのは誰か?この問いかけに応えるには、自分自身が実社会に還元するところまでやるしかない。これが会社を創ったきっかけです。

 

―メタジェンが独自に確立した技術として「メタボロゲノミクス®」があります。この技術のポイントを教えてください。どこにあるのでしょうか?

「どのような細菌がどのくらいいるか」を知るための「メタゲノム解析」と、
「どのような代謝物質がどのくらいあるか」を知るための「メタボローム解析」を組み合わせたものです。

腸内細菌はそれぞれ個々の機能も重要なのですが、腸内細菌の集団全体(腸内細菌叢)を体内におけるもう一つの臓器として捉え、その機能全体を理解することが最も重要です。

お腹の中にどのような腸内細菌がいて、彼らが誰とやりとりして何の物質を作っているのか?
それが身体に吸収されると何が起こるのか?
この複雑で洗練された腸内微生物生態系を、遺伝子レベルおよび代謝物質レベルで明らかにする。

これが「メタボロゲノミクス®」のアプローチです。
病気に繋がる代謝物質を産生している腸内細菌を特定し、その増殖を防ぐことで事前に病気を予防する。
一方、健康に寄与する代謝物質やそれらを産生する腸内細菌の増殖を促すことで健康を維持する。

 

―なんとなく健康のためにビフィズス菌を摂取する、ではないと。

そうですね。人によって腸内環境は違います。これは消化管内に分泌されている胃酸や胆汁、免疫物質などの質や量が人によって違いますし、そもそも普段の食生活も違う。
そのため、腸内細菌叢の組成やバランスは人によって異なりますし、一卵性双生児ですら腸内細菌叢のパターンが同じではないことがわかっています。

機能性を有するビフィズス菌を摂取したとしても、周囲の環境に依存してその働き方が変わることがあります。
これは人間も同じですよね。親友の前だと素の自分だけど、先生の前だと猫をかぶる。
つまり大事なポイントは、そのヒト個人の腸内環境において何が良いのかを知ること、すなわち腸内環境に基づく個別化ヘルスケアを実現することが、その人自身の健康維持・疾患予防には重要というわけです。

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メタボロゲノミクス®は腸内環境の制御までを念頭においた腸内環境評価手法であり、得られた腸内環境の膨大な情報を統合的に解析するため、アカデミアで培われた確かなビックデータ解析技術を基盤としている。

 


■多くの企業から注目を集める腸内環境。その取り組みは?


―メタジェン社の特色の1つに「腸内デザイン応援プロジェクト」という取り組みがあると思います。多くの食品・ヘルスケアに関連する大手企業に参画頂けている背景を教えてください。

企業が有する機能性食品やサプリメントの腸内環境への影響を理解するために、メタボロゲノミクス®というアプローチが有効だと期待頂いてる部分が大きいと思います。これまでの研究開発を通じて、食品、薬、サプリメント、どれを取っても、腸内環境を介した効果である場合、人によって効く・効かないの個人差があることがわかってきました。

メタボロゲノミクス®を駆使することで、この人に効き目がある理由・無い理由が分かってくる。
「あなたには効かない」の原因特定は、「どうすれば効き目があるように出来るか?」という次の戦略の基盤になります。

 

―効き目が無い理由を明らかにして新製品開発に役立てる?

そうですね。例えばあるサプリメントを摂取した際に、
メタボロゲノミクス®のアプローチにより「腸内にXという細菌が少ない人には効き目が弱い」と判れば、「まずはその細菌Xを腸内で増やす」という視点から新製品を開発できます。

薬・医療も同様です。
まだ論文レベルですが、がんのブロックバスターとして近年注目されている「免疫チェックポイント阻害薬」の薬効に腸内細菌が関与していることが2015年にScience誌に報告されています。

がん細胞は自分を守るために免疫細胞の力を弱めるブレーキを踏む能力を持っていますが、免疫チェックポイント阻害薬はそのブレーキを壊し、自分自身の免疫力でがんを攻撃できるようにするための薬です。

その論文では「ある腸内細菌がいると免疫力が高まり、免疫チェックポイント阻害薬が効果を発揮してがんが小さくなる」とあり、逆にそういった腸内細菌がいないと免疫チェックポイント阻害薬を投薬しても免疫細胞の力が弱くがんを攻撃できない。

効果的ながん治療、免疫チェックポイント阻害薬の効果を発揮するために腸内環境の状態をコントロールするというアプローチが将来的に可能になるかもしれません。

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腸内デザイン応援プロジェクトには、食品・飲料、医薬品などの業界を中心に多くの著名企業が参画している。

 


■日本のバイオサイエンスイノベーション都市として注目が集まる、山形県鶴岡市


―腸内環境が大事、と言われても大半の人はお腹でも下さないと自分の腸内環境を意識しませんよね。

そうですね。健康な人に健康を意識してもらうのは非常に難しいです。でも病気になってしまってから健康を意識しても遅い場合がある。

最近、自分の腸内細菌叢を調べるサービスが国内外で開始されています。腸内環境から健康を啓蒙するという点で私も期待をしているのですが、残念ながら現状のサービスでは、腸内細菌叢を調べてその結果を返却するのみに留まっているようです。仮に腸内細菌叢が良い状態でなかった時に「何をすればいいか」がわかりません。
「腸内環境が悪いからヨーグルトを食べよう」と言われても、どの製品を食べたら良いの?となってしまう。

口から入って小腸で吸収されなかったものは大腸まで届き、腸内細菌が様々な代謝をする。腸内細菌叢の組成やバランスは人によって異なりますので、同じものを食べても健康に良いものを腸内細菌が作ってくれることもあれば、逆に病気に関連する物質を作り出してしまうケースも起こり得る。

この問題を解決するためには、ヒト腸内環境データベースの構築と、食品・製薬メーカーさんとの連携が必要です。「このヨーグルトはこういう腸内環境タイプの人に効きます」というデータベースが作れれば、個々人の腸内環境のタイプに合わせた商品提案が可能になります。

こういった商品がどんどん増えてくれば、将来的には例えばスーパーの陳列棚が「腸内環境Aタイプ用・Bタイプ用・・・」と、腸内環境のタイプに合わせた棚ができる。そうすればもう迷わなくてすみますね。

今後は、薬、食品、サプリメント、飲料など、口から入るもの全てにおいて腸内環境も考慮した開発をする必要があると考えていますが、私たちだけでは実現が難しい。このような腸内環境に基づく個別化ヘルスケアの実現を、腸内デザイン応援プロジェクト参画企業と共に進めていきます。

 

―メタジェンのもう一つの特色として、オフィスが山形県鶴岡市にあるという点だと思うのですが

はい、私は山形県鶴岡市に拠点があることのメリットは大きいと思っています。
HMTさんやSpiberさんなどの先に創業したベンチャー企業から刺激をうけますし、山形県や鶴岡市の行政も様々な形でバックアップしてくれています。

慶應義塾大学先端生命科学研究所が2001年に設立されてから、鶴岡市はバイオサイエンスの都市になろうと先進的な取り組みをしています。

その結果、今年Forbes JAPANが発表した、日本を面白くする「イノベーティブシティ」ランキングにおいても福岡県福岡市、徳島県神山町に次ぐ第3位の評価を得ました。本当に支援環境に恵まれた場所だと思います。

社内メンバーも、鶴岡のオフィスにいるメンバーはほとんど「メタジェンで働くために鶴岡に移住した人」ばかりで、採用時においても鶴岡に移住してでもメタジェンと共に病気ゼロ社会を実現したいと思っているか?は重要視しています。そこで本気度が測れるなと。

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メタジェン本社・鶴岡オフィスからの風景。
都会の焦燥から離れた自然豊かな地だからこそ自由な発想が生まれ壮大な夢へと果敢に挑むチャレンジ精神が育まれるのだろう。

 


■健康を意識せずに健康になる。病気ゼロ社会の実現


―最後に今後のメタジェンが目指す未来についてお聞きしたいです。

ゴールとして掲げているのは「病気ゼロ社会」です。
直近では、病気の予防や治療などの医療分野に参入したいと考えています。

潰瘍性大腸炎という病気があります。日本国内でもおよそ17万人が苦しんでおり、難病指定されている中では最も患者数が多い疾患です。その発症メカニズムは不明ですが、近年の研究で「腸内細菌叢のバランスの乱れがその病気に関与している」と考えられており、その分野の第一人者である順天堂大学医学部消化器内科学講座の石川大准教授が今年6月から取締役CMOとしてメタジェンに加わりました。

その先では、BtoCのヘルスケア事業。一般消費者向けのサービスを展開する予定です。
病気ゼロ社会を実現するには「健康を意識していないのに健康になる」を実現しなければなりません。

恐らく、われわれがいま何かのサービスを開始しても、健康意識の高い一部の方が興味を持つだけだと思います。健康意識が高いこと自体に意義はありますが、その人たちだけに何かを提供するのでは、病気ゼロ社会は実現できません。

現状の腸内デザイン応援プロジェクトは、医薬品・食品メーカーが中心ですが、将来的には「健康情報を自然に取得可能な家が立ち並ぶ都市デザイン」など、生活の中に自然にヘルスケアを組み込むべきと考えています。

メタジェンは研究成果を社会実装するための会社です。
自分たちの基礎研究で見えてきたものを、責任を持って製品化・事業化する。
あらゆる社会に還元して収益化し、それが次に必要な研究の原資となる。
この循環を鶴岡で作り出し、健康社会の実現に取り組んでいきたいと考えています。

 


プロフィール
株式会社メタジェン
福田 真嗣 代表取締役社長 CEO
2006年、明治大学大学院農学研究科博士課程を卒業後、理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2015年より科学技術振興機構さきがけ研究者、2016年より筑波大学医学医療系客員教授、2017年より神奈川県立産業技術総合研究所グループリーダーを兼任。2015年、第1回バイオサイエンスグランプリにて最優秀賞を受賞し、株式会社メタジェンを設立、代表取締役社長CEOに就任。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)