Interview

「友達がみんな3本の手で便利に暮らしていたら、あなたは手が2本のままで本当にいいですか?」 ー メルティンMMI 粕谷昌宏

text by : 編集部
photo   : 編集部.メルティンMMI

「人類から身体的バリアを取り除く」をテーマとするメルティンMMIは2013年の創業以来、生体信号やワイヤ駆動などの技術を磨き、義手やリハビリ機器の開発に取り組んできた。
しかし身体的なバリアは障がいを持つ方に限らない。「障がい者向けの製品のみを創る会社だと思われてしまうことが多い」と語る代表の粕谷さんが目指すのは「サイボーグ技術の社会実装」

「友達がみんな3本の手で便利に暮らしていたら、あなたは手が2本のままで本当にいいですか?」
メルティンMMIの目指す未来について伺いました。


■「サイボーグ技術を社会に実装したい、実用化が近いなら製品開発すべきだ」


-メルティンMMIは2013年に創業されましたが、「会社をつくる」と決断したきっかけを教えてください。

コンピューターの処理速度の向上に伴い、2012年頃に高度な信号処理を行う小型チップがロボットハンドに内蔵できるようになったことですね。
従来はロボットハンドをコンピューターに繋ぐ必要があり、「義手への応用を考えるとPC背負って歩くわけにもいかない、実用化は遠い」という認識が変わりました。

元々、僕がやりたいことは「サイボーグ技術の社会実装」なんです。
研究者の道に進んだのも、サイボーグ技術の実用化に研究開発が必要だと考えてのことです、実用化が近いなら、研究を続けるのではなく製品開発して世の中に届けるべきだと。

 

―今年4月に、開発者向けにワイヤレス筋電センサーの先行発売を開始しましたが反響はいかがですか?

金額面で大きな反響がありました。従来の筋電センサーはとても高価でしたから。
これまでセンサーを1個ずつ購入していた方が、僕らの筋電センサーを知って十数個単位で購入頂いたりしています。現在は問い合わせを頂いたら見積もりをお出しする、という手法で販売しています。

 

―オンライン上で発注できるほうが販売しやすいのでは?と思ったのですが。

この販売手法にしている理由は、会社の戦略を見失わないためです。
僕たちはあくまでサイボーグ技術実現を目指す会社です。

筋電センサーは、あくまでその過程で生まれたものを必要とする方に供給しようとしているだけです、センサーを主力製品として収益をあげるつもりはありません。
センサーが売れて儲かったけど、忙しくなったのでサイボーグ技術実現に取り組む時間が無くなった。そういうことが起こるくらいなら売らないほうがいいとすら考えています。

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今年4月に発売開始した筋電センサーはジェルのついた専用の計測電極を用いている。
低価格で省電力、写真のとおりSDカード大の小型サイズで軽量である点も特色。

 


■「足を動かしたとき、上半身が揺れた。とても懐かしかった。」


―昨年10月、スイスで開催された「サイバスロン」に参加されましたが、そこで得た知見について教えてください。

まず海外での文化の違いに驚きました。
僕らは出場種目の「電気刺激バイク部門」で、事前のパイロット探しに難航したんです。
出場の2年前から探し続けて開催3か月前にやっと決まった。

下半身完全麻痺の方がパイロットとなり、足に疑似的な生体信号を与えて動かないはずの足を制御しペダルを漕ぐ競技なので「電気で刺激を与える」という説明で怖がられてしまったり、国内では安全性の問題が言及されてしまう点が理由でした。

※関連リンク:そこに障害者と健常者の境目はなかった:2016年サイバスロン現地レポート(WIRED.jp)

 

―海外はそれが違った?

違いますね。海外ではすでに電気による刺激で体を動かす福祉機器が販売されているので認識が全然違う。
海外チームはパイロット候補を探す際、何人もの希望者を集め予選開催してパイロットを選んでいました。
生体信号を使った義足、の社会的位置づけがそもそも違うなと。

 

―使った方の反応はどうでしたか?パイロットの方にとって電気刺激で足を動かすのは未知の体験だと思います。

印象に残っているのは、足を動かした時の「上半身の揺れ」です。
足を動かすことができたことよりも、足を動かした時に無意識に肩や上半身が揺れる。この感覚がとても懐かしい、自分の足が動いていた時のことを思い出しました。と言われました。

僕らは「足が再び動いた」ことについて何か言われると思っていました。
でも、その人にとって懐かしかったのは「足を動かすと上半身が揺れる感覚」です。
そういう感覚なのかと認識を改めましたし、「懐かしい」と言われたことが純粋に嬉しかったです。

 

―世界中からチームが集まっていたので、技術面での情報収集も出来たのかなと思うのですが。

そうですね、サイバスロンではもう一つ「パワード義手部門」に出場しました。
僕らが採用しているロボットハンドは従来のものと構造が違っていて、指が一本一本動かせ、かつ強い力が出ます。他のチームが使用していた義手はそこまで優れたものが無かった、この状況を確認できたのは良かったです。

現在普及している筋電義手は、指が一本一本動かせたとしてもそれは自分の指を動かす感覚とはかけ離れたものになってしまっているので、パイロットの方も指を直感的に一本一本動かせる懐かしさに感動していました。

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サイバスロンの種目は機能的電気刺激自転車レース、強化型義手レース、脳コンピューターインタフェイスレースなど6つ。
F1レースのように、エンジニアリングを行うスタッフと、実際にレースに出場するパイロットによるチーム構成が特色。

 


■「リアルタイムで動かない手や足では意味が無い」


―メルティンMMI製の義手は指を一本一本精巧に動かせます、これは研究段階で大きなブレイクスルーがあったのでしょうか?

はい、ソフトウェア部分で大きい進歩がありました。
手にはとても多くの筋肉があるので、手の動きを完全再現するためには多くの電極を装着して個々の筋肉の動きを捉えて義手を制御することになります。

ただ、その方法では大量の電極を装着しなければならず、計算量も莫大となるためリアルタイムで手が動きません。既に僕ら以外にも指を精巧に動かせる義手の研究は存在しますが、そのほとんどが「指をチョキに」と指令を出して、やっと数分後にチョキになるものばかり、日常生活では使えません。

僕らは計算量が多い方式であるとリアルタイムで動かないと判明した段階でこのやり方を捨てました。
センサーは多くても数個、その代わりアルゴリズムを駆使した信号処理を行い少ないセンサーで精巧な指の動きをリアルタイムに実現することを目指しました。

 

―いまのはソフトウェアの話ですが、ハードウェア面でも何か工夫があるのでしょうか。

そうですね、ソフトウェアとハードウェアの役割分担があります。
先ほど説明した通り、筋電で計測した信号を元に「手の動きがグー」「人差し指だけ立てる」といった意味を読み解くことはアルゴリズムで実現しました。

ですが、動かした手や指で実際に何かを掴んだり、持ったりするには更に工夫が必要です。
人差し指と親指でモノを掴む際、ティッシュを掴むのと分厚い本を掴むのではポーズが全く異なります。
ここをロボットハンド、ハードウェア部分で解決させています。

僕らのロボットハンドは、対象物を最適に掴むよう自動処理する機構になっていて、まずは筋電で「掴む」の信号を取得すれば、後はハンド側が勝手に順応します。
このソフトウェアとハードウェアの合わせ技がなければ、手の本来の機能を果たせません。

 

―今後直近での開発予定や製品展開はどのように考えていますか?

先日助成金も採択されたので、今後半年~1年かけて色々な体のパーツをそろえていければと考えています。
義手や義足に限らず、体のどこでも自分の望んだ形にすることが出来て、本来人体に存在しないような器官をつけられるよう拡充するつもりです。
現在の筋電センサーやロボット販売も、この方向性において必要なコンポーネントの1つと捉えています。

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メルティンMMIの義手で重要なのは「自分の手のように動かせるか」
そのためにはインタビューで言及されている通り「リアルタイム」「精密な動き」が欠かせない

 


■「友達全員が3つの手で便利に暮らしていたら、あなたの手は2つで満足ですか?」


―大学の研究期間中に起業された粕谷さんからみて、近年の研究開発型ベンチャーの増加や博士人材のキャリア形成について何か思うところはありますか?

一概に起業する人が多いほうがいいわけでもないと思いますが、大学という括りに捉われすぎず社会の中に自分を置いた時の価値を考えることは研究者にとって大事だと思います。

工学の分野の中にいる人たちは、本当に凄い技術を生み出せる人たちだと思いますし、その技術を活かす産業もたくさんあると思いますが、技術力の高い人たちが集まる大学環境で「自分はまだまだ足りない」と感じやすくなる部分もあると思います。

世間的に見ても優れた技術を持っている、だからこそ「大学の括りでは無く、世の中において自分の技術はどうか?」を認識する場所に出るのは大事かなと思います。

 

―メルティンMMIとして、今後人員拡充する際に「こういう人と一緒にやりたい」と思うタイプは?

一言でいうと「捉われすぎない人」です。
義手などに取り組んでいると「メルティンMMIは障がい者向けの製品を創る会社」と思われることがあります。
体の機能・器官を代替・拡張するものですから、もちろんその側面もあります。
しかしそれは大枠の中のある一部分でしかありません。

世の中に「手は2つあるのが普通」という通念があるので、片手を失くした方は義手をつけます。
でも、3本目の手を体に装着してとても便利に暮らすことが出来たら、本当に自分の手が2本で満足ですか?

世の中のあらゆる障がい者向けデバイスは、身体拡張なんです。
僕の中で、片手を失くした方が義手を装着すること、僕自身が3つ目の手を装着することはその意味においては同じです。

 

―本来あるべきものが無い人に提供しよう、に捉われない発想の柔軟さ

はい、柔軟さはとても大事だと思います。
世界に対して大きな変革を起こすためには、大きな視点で考えてクリエイティブな発想が必要です。
その視点の中に、自然と障がい者の方も含まれる。

生体情報の専門家にも、「身体拡張」というスケールで考えている人もいればあくまで「障害者のために」で考える人もいます。
どちらが良いという話では無く、義手、筋電、生体信号と聞いた時に、より大きな視点として「身体の拡張だ」と考えられるような人にぜひメルティンMMIの存在を知って欲しいし一緒にやりたいなと思っています。


※「3本の手を使う未来」をコンセプトに作られたイメージムービー。
3本の手を巧みに操って授業を進める教師の姿が描かれている。

 


■「最終的には脳さえあれば何でもできる世界を実現したい」


―お話を伺っていると、手とか足とかも「サイボーグ技術の実現」へのステップでしかないですね

はい、最終的には「脳さえあれば何でもできる世界」まで実現したいです。
仰る通り、そこへのステップとして現状では「義手」「遠隔操作のロボットハンド」「ウェアラブル生体信号計測デバイス」に取り組んでいます。

そのためには、神経信号や脳の信号も読み解く必要があります。
現時点で筋電については実現していますが、神経や脳を扱うならもっと膨大なデータを収集し処理できるアルゴリズムを開発する必要性も感じていますし、環境的にもクラウドの活用が欠かせません。

 

―膨大なデータを扱う際、整理・処理面でも色々な工夫が必要ですが?

そうですね、「自己成長アルゴリズム」と呼んでいるものを実装しようかなと考えています。
生体信号や人の動きなどの関連データを収集すると、データを繋ぎあわせるアルゴリズムが自動生成される。これをクラウドに実装できればデータを集めていくと自然にアルゴリズムも完成に向かうというものです。

 

―脳や神経は、手や足を動かすのとは次元が違いそうです。どういう段階を踏んでいく予定ですか?

そこまでの開発計画は固めていないですし、技術的にまだ無理なものもありますが、最初は体のハードウェアの側面から取り組んでいきます。

僕らがなぜ最初のステップで「手」に取り組んだかというと、一番複雑な動きをする部位であり、一方でその信号である筋電は生体信号の中では比較的計測しやすいものだからです。そのため、信号を解析するアルゴリズムを開発するために、始めに取り組むテーマとしては最適だったのです。

手ほどの複雑さを制御することができれば、次に他の部位に取り組む際の問題も少なくできると考えましたし、手が1つ増えることで出来ることも増えますから。
手、足、胴体・・・と人体の外側をどんどん取り組んで、次に脳からの信号を考えています。

現在のコミュニケーションは
「自分で考える」

「言語に変換する」

「筋肉を動かし、文字を書くか声に出す」

「相手が目で見る・耳で聞く」

「受け取った情報を言語に変換」

「脳で考えて、相手が伝えたことの意味を理解する」

この段階を踏む必要があります。これを効率化したい。
考えたことがそのまま信号として出力され、直接相手の脳に入る。
このほうがコミュニケーションの精度も速度も向上しますよね。
この実現が最終フェーズです。

 


プロフィール
株式会社メルティンMMI
粕谷昌宏 代表取締役 CEO
1991年頃から人類の限界を感じ始め、1998年に医療と工学の融合分野が今後の人類の発展に寄与することを見出し、2002年からサイボーグ技術の研究を開始する。2013年に株式会社メルティンMMIを起業。2016年にはロボット工学と人工知能工学で博士号を取得、回路設計から機構設計、プログラミングやネットワークシステム構築と幅広く開発をカバーする。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)