Interview

野菜収穫ロボットが農家の人手不足を救う ――inaho株式会社 菱木豊

text by : 編集部
photo   : 編集部,inaho

農業人口の減少が進む中、ロボットで作業を代替し、生産性を向上させるために挑戦を続けているベンチャー企業があります。それが、AIを導入した野菜収穫ロボットの開発に取り組んでいるinaho株式会社です。代表の菱木豊さんに、日本の農家が抱えている問題や、AIやロボットがもたらす農業の未来についてお話を聞きました。


■日本の農業人口は、10年後に半減する


——まずは、inahoの野菜収穫ロボットについて教えてください

AIの画像認識によって野菜の位置やサイズ、病害の有無を判別し、ロボットアームが野菜を自動で収穫するロボットです。

農業には、人間が行っている作業がたくさんありますが、中には人間じゃなくてもできる作業もあります。例えば、雑草取りや収穫などは肉体的負担も大きい作業ですよね。それをロボットが行えば人手不足の解消につながりますし、農家の方がよりクリエイティブな作業に取り組めるようになると考えています。


inahoが開発する野菜収穫ロボットのプロトタイプ


——日本の農業が抱える課題は、やはり人手不足ですか?

農業人口の減少は深刻です。2000年に240万人いた農業人口が2018年には150万人に減少しています。過去20年で40%も減っているんです。このままのペースでいくと、2030年にはさらに半減するという予測もあります。また、高齢化も進んでいて、効率化が求められています。

——農家の方にとって特に負担になっている作業とは?

野菜によって多少変わりますが、農作業にかかる時間のうち約半分が収穫作業です。米やジャガイモのように一括収穫できるものはこれまでも機械化が進んできましたが、大きさや形を1つずつ確認して収穫適期のものだけを選択収穫する野菜の場合は、人手がかかっていました。

実際に、収穫時期に人手を増やせないから生産面積を広げられないという悩みを持つ方も多くいます。

——収穫の手間が削減されれば、少ない人数でも生産量を増やすことができるんですね。

そうですね。肉体的にハードな作業をロボットに置き換えることができればと。農業全体の働き方改革につながればいいと思っています。


画像処理技術、ロボットアーム、自律走行。野菜を収穫するために必要な3つの技術



——inahoの野菜収穫ロボットにはどのような技術が用いられているのですか?

大きくわけて3つあります。1つめは、ディープラーニングによる画像処理技術です。収穫する対象を見極める技術ですね。実は、最初に農業ロボットの開発を考えたときは雑草取りをするロボットを作るつもりでした。AIは雑草と野菜を見分けられるのかなと思って、知り合いの農場で雑草が生えた場所の写真を撮って、ディープラーニングの研究をしている方にみてもらったんです。すると、画像認識の技術で「80%の確率で見分けられるだろう」という回答をもらいました。これならいけると思いました。

しかし、農家の方にヒアリングするうちに、アスパラガスの収穫ロボットがほしいという声を聞き、AIで野菜を見分けて収穫するロボットを開発することになりました。

どのようにAIが収穫対象を見極めているかというと、まずカメラがアスパラガスをとらえて、栽培位置、高さ、奥行きを測定し、出荷基準を満たす個体だけを選別して収穫します。また、規格外品や病害などの画像と照らし合わせて異常がある場合は早期に刈り取ります。これによって被害を最小限に防ぎ、生産効率アップが期待できます。

——ほかにはどんな技術が?

2つめの核となる技術はロボットアームです。密集して生えているアスパラガスを掴むためには、細いボディで、繊細な作業ができるロボットアームが必要です。産業用ロボットアームでは手前の野菜は収穫できても、奥に生えている野菜を収穫できません。

そこで私たちが注目したのが、医療現場で使われている手術用のロボットアームです。現在、ロボットアームの研究は、医療用ロボットアームの研究をしている東京工業大学の只野研究室と共同で行っています。

3つめに必要な技術が、ビニールハウス内の畝間を自律走行できること。これは農業機器メーカーと一緒に進めています。1から車体を作るのは大変なので、プロトタイプでは既成品の車体を改良して製作しています。

——収穫の自動化率はどのくらいを目指しているのですか?

目標は90%収穫です。近接して生えていてロボットアームが届かない残り10%は手作業で収穫することになります。

将来的には完全自動化を目指したいですが、完璧に収穫しきれなくても、人がすべての作業を行うことに比べたら格段に効率が上がります。私たちの収穫ロボットは大規模な設備投資が難しい小規模の農家さんに活用してもらいたいと思っていますから、まずは、そうした農家さんの作業効率を少しでも上げることが先決かなと。

——収穫ロボットに対する農家さんの反応は?

実際にアスパラガス農家の方に話を聞いたんです。そしたら、「アスパラガスの収穫ロボットがあったら購入したい」と回答した方が8割におよびました。アスパラガスの収穫は長期にわたって、しかも毎日行われるため、農家さんの負担がとても大きいんです。

導入して作付面積を広げたい、手間をかけられるようになるので単収増が期待できるといったポジティブな意見がありました。

——それだけみなさん、悩んでいたんですね。

みなさん、ウェルカムという感じでしたね。収穫作業は私も体験しましたが、とても大変でした。腰を痛めている方も多いですし。そういう方々のサポートをしていければと思います。


現場にいる人の声を聞き、技術を持つ人を見つけ出す



――そもそもAIで農業用ロボットを作ろうと思ったきっかけは何だったのですか?

以前からITジャーナリストの湯川鶴章さんが主宰する「TheWave塾」に参加していまして、そこで専門家の講演を聞くことが多く、「AIの時代が来る。自分もAIを活用して何かやりたい」と思っていました。

そんなときに、地元の鎌倉の農家さんから話を聞く機会があり、農業×AIで何かできるんじゃないかと。

人手不足、高齢化など、困っている人が多い農業の分野ですが、AIの導入が積極的に進んでいるかといえばそうでもない。可能性があると思いました。

——アスパラガスの収穫ロボットを作ることになったわけですが、開発にあたって特に苦労した点は何ですか?

収穫ロボットを開発することを決意したものの、私たちには何の技術もありませんでしたし、農家の方が具体的にどんな作業をしていて、どんな課題を抱えているかを知りませんでした。そこで、まずは、たくさんの農家の方の声を聞く活動をしました。

とはいえ、知り合いにアスパラガス農家の方はいません。そのため、HPを持っている農家さんを探して連絡したり、メディアで取材されている農家さんを見つけて編集部につないでもらったり。最終的にハローワークで求人を出している農家さんに連絡をするなどして、アポを取りました。泥臭いですが、そのかいもあってたくさんの意見を聞くことができました。

——並外れた行動力ですね! 技術的な部分で苦労したことはありますか?

収穫ロボットに必要な機能はわかったものの、私たちは技術を持っていたわけではないので、どうしたら実現できるかがわかりませんでした。なので、できる人を見つけて、教えてもらうしかありません。

ロボットアーム、自律走行、AIなどの研究をしている大学の研究室にとにかく連絡を入れました。返事をいただけないことも多々ありましたが、割り切ってアタックを続けました。

そのうちに協力してくれる方が現れて、プロトタイプの開発に取りかかりました。現在一緒に医療用ロボットアームを研究する只野研究室も、そのときに出会ったんです。

——プロトタイプの開発は、現在どのフェーズですか?

AIによる画像認識技術、医療用ロボットアームを備えた1号機はすでに出来上がって、実験をおこなっています。さらに自律走行機能を搭載した2号機を10月頭にリリース予定です。2019年5月にはベータ版10台をテスト出荷することを目指しています。

——現在はアスパラガス専用の収穫ロボットを開発しているとのことですが、今後は他の野菜にも広げていくのですか?

そうですね。今は専用ロボットですが、将来的にはさまざまな野菜に対応できる汎用的なロボットを目指したいと思っています。画像を認識する基本的なソフトウェアは共通で、ロボットアームの手先を変えることでさまざまな野菜の収穫に対応できる仕様を考えています。


農家とともに農業の未来をつくる「RaaSモデル」



——テスト出荷後は、どのように収益化を図るビジネスモデルを考えていますか?

私たちが目指すのは、収穫ロボットを販売するのではなく、「RaaS(ロボティクス・アズ・ア・サービス)」モデルです。リースして、収穫量に応じてマージンをいただくことを想定しています。

農家さんにとっては初期投資を抑えることができますし、メンテナンス費も掛かりません。また、常に最新のモデルを使うことができます。

前述のアスパラガス農家さんにヒアリングしたとき、「アスパラガス専用ロボットを購入しない」という回答をした方が2割いました。その理由の1つとして挙がったのが「高齢のため、長期の投資は不要」という回答でした。

RaaSモデルなら、「あと2〜3年は農業を続ける」という農家さんに対しても、必要最小限の投資で使いたい期間だけ収穫ロボットを活用していただくことが可能です。

一方、私たち側としても、10年使える耐久性のロボットを作ることはなかなかハードルが高い。AIはどんどん進化していますから、使っていただきながら開発とメンテナンスをしていくほうがいいと考えています。

農家さんが生産性を高めて利益を上げていくことで、inahoの利益も上がる。ともに同じ未来を目指していくビジネスモデルです。

——将来的にはどんな展望を描いていますか?

AIによってさまざまなデータを蓄積することができます。気温や日射量などの環境データ、成長率や収穫率などの成育データ、作業の時間や内容などの管理データ。将来的にはこれらのデータを有効活用して、収穫の自動化だけでなく、さまざまな観点から農業経営を支えるシステムを構築していきたいですね。

農業×AIのなかでも、アスパラガスの収穫に特化した収穫ロボットの市場は大手が参入するには市場規模が小さい。わたしたちのような小さなスタートアップだからできることだと思います。農業という大きな市場を見据えつつ、小さな市場から独占市場をつくり、農業の未来を変えるサービスを届けていきたいと考えています。

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