Interview

お茶のトップメーカーが茶畑をプロデュース。茶畑の新産地事業——株式会社伊藤園

text by : 編集部
photo   : 伊藤園,編集部

高齢化による後継者不足、耕作放棄地の増加などを背景に、国内の茶農家は減少の一途を辿っています。そんな中、株式会社伊藤園では、九州の耕作放棄地に新たな茶畑を造成して「お〜いお茶」で使う茶葉を生産する新産地事業を展開。伊藤園はその土地に合った茶畑の栽培ノウハウを農家に提供し、その茶畑で生産された茶葉はすべて伊藤園が買い取るという仕組みです。

なぜ伊藤園は新産地事業をはじめたのでしょうか。また、伊藤園が考えるメーカーと産地のエコシステムとは。伊藤園広報部の古川正昭さんにお話をうかがいました。


増える緑茶飲料の消費量。減り続ける茶畑


1985年、伊藤園はそれまで急須で入れるのが当たり前だった緑茶をはじめて缶で発売。2000年前後に500mlのペットボトル飲料が広く普及したこともあり、緑茶飲料の消費量は一気に拡大しました。しかし、需要が増す一方で、茶葉を生産する茶畑の生産面積は右肩下がりで減少。高齢化などを理由に就農人口が減ってきていたのです。

(出典:茶産地育成事業 – 伊藤園)

緑茶飲料の消費量が拡大する中で、伊藤園は高品質な国産茶葉を安定して仕入れる方法を検討していました。

伊藤園では1970年代から全国各地の茶農家との間で契約栽培を実施。これは、「お〜いお茶」などに使う茶葉を生産してもらい、それを伊藤園がすべて買い取るという取り組みです。

しかし、そもそも茶農家が年々減りつつあるという現状を変えなければ、将来的に茶葉の生産量を確保することが難しくなってしまう可能性があります。そこで、伊藤園が2001年から取り組みはじめたのが茶畑の新産地事業だったのです。広報部の古川さんは次のように話します。

「伊藤園は国内で生産される茶葉の約4分の1を取扱っています。生産量を将来的に確保していくことはもちろんですが、茶畑そのものを造り、生産農家を育成し、国内のお茶文化の未来を守っていくことは、お茶のリーディングカンパニーとして我々が取り組んでいかなければならない課題であると考えています」


効率的な茶畑経営で、農家にも地域にもメリットを


新産地事業では、自治体や地元の事業者と連携して、荒れた耕作放棄地などを整地して大規模な茶畑を造成します。伊藤園は茶葉生産に関する技術やノウハウを事業者(茶農家)に提供し、栽培された茶葉をすべて買取。茶農家にとっては、一定価格で必ず茶葉を仕入れてもらえるという安心感につながるだけでなく、年間の売り上げ予想を立てやすくなるため大規模な投資をしやくなります。こうした新産地事業は、現在九州の5県、7つのエリアで展開されています。

(出典:茶産地育成事業 – 伊藤園)

高品質な茶葉の安定供給、安定価格を可能にしているのは、機械化、IT化による栽培管理の効率化です。たとえば、摘採機が1列のうねを移動すると茶葉収穫量がちょうど満タンになるように畑を設計するといった工夫によって、年間の作業時間を10アールあたり約30時間に短縮することが可能に。これは手作業と比較すると4分の1程度の作業時間だといいます。

こうした効率的な茶畑経営に魅力を感じ、新規で参入する事業者もいるそうです。

「大分県杵築市では、地元の建設会社が新産地事業に参加してくれました。茶畑の繁忙期は春から夏にかけてですが、建設業界の繁忙期は秋から冬にかけて。そのため、茶事業と建設業の二毛作は非常に効率的です。茶葉の生産ノウハウなどは伊藤園や自治体から提供するので、一緒に事業を展開するパートナーとしてはぴったり。彼らの本業は建設業ですから、荒れた土地の整地もお任せしました。

このほかに、物流会社が新産地事業に参入している地域もあります。こちらの茶畑では収穫した茶葉の運送まで手がけてもらっています。茶畑経営をすることが本業にもメリットを与えているケースです。

荒れた耕作放棄地を再利用するため、隣接する地域の野生動物被害が減少するだけではなく、各地域には茶畑の周辺に荒茶加工工場や研究機関なども設立され、地元の事業主によって運営されています。研究機関では、当社と共同で摘採時の効率化を目的としたリモートセンシング技術の開発をするなど、さまざまなテーマに取り組んでいます。また、地域のパートナーと手を組むことで新たな雇用創出にもつながっています」

農業を仕事とする人の平均年齢が66.6歳であるのに対し、新産地事業の対象となった宮城県都城地区における農業従事者の平均年齢は52.2歳。高齢化による人手不足が問題視される農業に、若手の人材が集まるきっかけにもなっていることがわかります。

また、これらの地域のパートナーとの茶畑作りが国営再編事業の1つとして実施することになった事例もあるといいます。

「もともと、ある地域の地元企業が有害鳥獣の温床でもある耕作放棄地を利用して地域貢献ができないかと、新産地事業に乗り出しました。県や市から、この事業に関して『耕作放棄地対策のモデル』と期待が寄せられ、2017年からは国営再編事業として造成を行っています」

こうした伊藤園の茶葉作りの姿勢や取り組みに共感して、自分たちだけで事業を続けることが困難になった近隣の農家が「うちの畑も使ってほしい」「伊藤園と一緒にお茶作りをしたい」といって、新産地事業を展開する地元の農業法人に協力してくれることもあるそうです。その結果として、契約農家が増えて、毎年少しずつ面積が広がっている茶畑もあるといいます。伊藤園と地域の人の良好な関係が生まれていことが、ここからもわかります。

「農家の方からは、『自分たちが作った茶葉が最終的にどういうふうに使われるのかがわかることがうれしい』という声をいただくことがあります。『お〜いお茶』に使われる茶葉を作っているとわかることで、メーカー側と生産側で信頼が生まれ、持続的な関係を築くことができているのだと思います」

2017年時点で契約栽培と新産地事業をあわせて茶畑の総面積は1,401ヘクタール(内、新産地事業は406ヘクタール)に達し、生産量は5,400トンに及んでいます。「長期的な目標としては、茶畑の総面積を2,000ヘクタール、生産量を6,200トンにまで増やしていきたいと考えています」と古川さんは話します。

また、新産地事業は海外でも展開されています。オーストラリアのビクトリア州では主に海外向け商品の茶葉を作るための茶畑と荒茶加工工場を設立。伊藤園の茶畑造りの取り組みは世界にも広がっているのです。


社会貢献ではなく、事業として取り組み続けていく


「茶葉から茶殻まで」という独自の一貫体制で、持続可能なビジネスモデルを展開している伊藤園。新産地事業によって茶農家の育成を支援し、環境にも配慮しながら茶葉を作ることは、伊藤園の商品作りには欠かせないプロセスの1つです。

「消費者のみなさまに安全かつ高品質で、健康にいいものを届けることが飲料メーカーとしての我々の役目です。そのために原材料には徹底的にこだわります。新産地事業も一時的な社会貢献活動として取り組んでいるものではなく、質の良い茶葉を求めて事業として取り組んでいるものです。

ありがたいことに、新産地事業はCSVの取り組みとして評価をいただくこともありますが、伊藤園ではCSVという言葉が使われるよりずっと前からこうした活動に取り組んできました。我々メーカーだけでなく、生産者、地域にもメリットがある持続的な関係を築くことが、本当に価値のある商品を作るための第一歩になると考えています」

おいしいお茶を作るために茶畑から造る——メーカーとして商品作りの原点を見つめ続けた結果が地域の社会課題解決にもつながる。伊藤園の新産地事業は、産地とメーカーの理想的な関係を生み出しているといえそうです。