Interview

医療・介護用ベッドがIoT化? 医療を救う「スマートベッドシステムTM」――パラマウントベッド株式会社 冨川淳

text by : 編集部
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超高齢化社会を迎え、2060年には高齢化率が約40%に達すると言われる日本。
高齢化社会への対応は急務となっています。なかでも重要な役割を担う医療・介護施設では、人材不足が深刻化。人手不足解消のためのさまざまな対策が練られています。そんな必ずしも明るくない未来に一筋の巧妙を——。

病院用ベッドの専業メーカーとして創業したパラマウントベッド株式会社は、入院患者はもちろん、医療関係者の業務負担軽減にも寄与できるベッドサイドケア情報統合システム「スマートベッドシステム」を2016年に開発。このシステムを採用する病院が増え始めています。

同社技術開発本部 IBSソリューション開発部 担当課長の冨川淳氏に開発経緯を伺いました。


ベッドサイドの情報を統合する『スマートベッドシステム』とは?


病院用ベッドの専業メーカーとしてスタートしたパラマウントベッド株式会社は、1947年の創業以来、医療施設や高齢者施設、さらには在宅介護分野にまで事業領域の裾野を拡げ、医療・介護用ベッドやマットレス等々、さまざまな製品・サービスを開発してきました。

そうした中、新たな取り組みとして、2013年から本格的に開発を進めてきたのが、ベッドサイドケア情報統合システム『スマートベッドシステム』です。

パラマウントベッド社に展示されている「スマートベッドシステム」のプロトタイプ

当システムでは、ベッドにいる患者の睡眠状態や呼吸数・心拍数といったバイタルサインをリアルタイムで計測。ケア中のときであればベッドサイドのタブレット端末から、ベッドサイドにスタッフがいないときならばスタッフステーションの端末から、すべての病床の患者の状態を看護師らが一覧表示で確認できます。

なお、センサーは非装着型のため、患者の体に何かの機器を装着するようなことはありません。
また、電子カルテシステムやバイタルサイン測定機器、さらにはモバイル端末などとも情報連携が可能。医療・介護現場で働くスタッフが患者の変化にいち早く気づくための環境をつくることができます。


看護師1人が30名近くの患者を診ざるをえない状況——日本の医療を救いたい



医療・介護用ベッド国内シェア1位のメーカーがなぜ、IoTを活用した新規事業に乗り出したのでしょうか。

「そこには、とりわけ医療現場の深刻な課題がありました」

そう話すのは、同社技術開発本部 IBSソリューション開発部 担当課長の冨川淳氏です。

2011年、公益社団法人日本看護協会は『日本の医療を救え』と題したレポートを発表しました。レポートによれば、医療の高度化・患者の重篤化と高齢化・病態の複雑化・患者の入院日数の短縮化などが相まって、(当時の)日本の医療現場は「夜間は、急性期医療なら看護師1人につき14名、慢性期医療なら看護師1人につき27〜28名の患者を担当している」——そんな危機的状況に瀕しているのだとか。

しかもそれは、7年ほど前に発表されたレポートの数字……。高齢化がもっと進んでいく先々を見据えれば、残念ながら看護師の仕事はこれからもっと大変になる方向へと向かっていくでしょう。

「そこで我々がいます。このシステムを通じて我々は、医療・介護の質を高め、なおかつ関わるスタッフの皆様の業務負担を軽減させたいと考えました。

医療・介護用ベッドのリーディングカンパニーであり、当社には納入先である医療施設に頻繁に出入りしている営業社員が大勢います。開発にあたり技術開発本部の私たちは製品開発に関するさまざまな仮説を立てながら、営業社員と連携しました。

『一緒に課題解決をしたい』という思いを伝えながら、医療・介護現場へのヒアリングを重ねたのです。ささいな課題から大きな課題まで、医療現場の意見をフィードバックとして得られたことで、スマートベッドシステムは本当の課題解決に寄与できる製品開発へと発展させていけたと思います」


積年の研究によって生み出されたセンシング技術


スマートベッドシステムで採用しているセンシングデバイス。ベッドのマットレス下に設置すると患者の有無だけでなく、睡眠/覚醒、呼吸数や心拍数まで計測ができる

スマートベッドシステム開発の礎となる実績もありました。以前から、既存製品である医療・介護用ベッドに「センシング技術」を利活用しようと様々な検討を重ねてきた経験です。

「例えば、電動ベッドを稼働させるモーター部分にセンサーを備え、荷重の有無を測定します。そうすることでベッドの上に患者様がいるのか、いないのか。あるいは寝ている状態なのか、体を起こした状態なのか——そうしたことを病院のスタッフが把握できるのです」

その当時に解決したかった課題は「患者の転倒・転落の防止」。例えば患者が1人でトイレに行こうと自力で起き上がると、転倒あるいはベッドからの転落を招くことがあり、医療現場ではかなり以前から問題視されていたそうです。

「センサー内蔵ベッドのような製品が開発される以前は、ベッドの下に、荷重がかかるとブザーがなるマットレスを置くといった、一種アナログな措置が採られていました。

何かの拍子で誤報を招くこともあれば、患者様が病院のスタッフに気を使ってマットレスを避けて結局転倒してしまうなんてこともある。患者様にとってなるべくセンサーが生活の邪魔にならないようにしたい、というニーズが開発のきっかけでした」

さらに同社が開発していたのが、見守り支援システム「眠りSCAN」です。これは、ベッドに敷くマットレスの下にセンサーを設置。体動(寝返り・呼吸数・心拍数など)を測定し、患者の“睡眠状態”を把握するというものです。

「もともとは認知症等を患った介護施設の高齢者の方がときに不穏な行動をとってしまうケースがたびたびあり、介護施設側からの『睡眠状態をきちんと把握したい』というご要望をお聞きしたことで始まったプロジェクトでした。また、我々がいかに品質の良いマットレスを開発したとしても、本当に患者様が眠れているとは限らない。主観的な評価を客観的なものへ置き換えようとしたこともこのセンサーを開発した理由の一つです」


もっと多くの関係者間でケアデータを共有できるように


これらはいずれも、スマートベッドシステムにも実装されたセンシング技術です。

同社では、こうしたセンシング技術との組み合わせによって、諸々の病院にソリューション提案を行っていきましたが、そんな地道な営業活動のさなか、今度は同社の営業社員がある病院から「ベッドサイドで、バイタルサインを通信機器で入力できるようにしたい、というオーダーをもらった」のだとか。

そんな声をきっかけに、ベッドサイドのケアを1つの事業にできるのではないかと考えるに至り、2013年に社長直轄の特別プロジェクトとしてスマートベッドプロジェクトがスタートしました。

「以降は外部のシステム開発会社や医療機器メーカーとも協業しながら、基礎研究→プロトタイプ開発→臨床テスト等々を行い、5年目に製品化に漕ぎ着けました。すでにいくつかの病院から受注をいただいて稼働しています。」

スマートベッドシステムは「看護師の人手不足」という顕在化しつつある、医療・介護現場の課題を根本から解決するためのソリューションです。
患者のための早期対応や予防に寄与するのはもちろんですが、冨川さんは「看護計画、ケアプランの改善やスタッフの業務負担軽減などにも役立つことができる可能性がある」と話し、さらには今後の展望について次のように続けました。

「現在のところ、スマートベッドシステムは病院のみでご利用いただいていますが、その限りではありません。収集したバイタルサインなどのデータは、もっと多くの関係者間でデータを共有することも可能です。将来的にはご家族・地域の介護スタッフ・医療機関の間で患者様の状態を常に把握できる、そんなソリューションにしていきたいです」

国を挙げ、地域包括ケアシステム構築が進む日本において、もはや医療・介護の問題は他人事ではいられません。スマートベッドシステムが“社会実装”されたときにどうなっているか——。きっと地域包括ケアに不可欠な「自助・互助・共助・公助」による社会的なケアが広く浸透し、万人にとって医療・介護の問題が他人事ではなくなっているのではないでしょうか。

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