Interview

薬局向けSaaS「Musubi」は、患者が健康になるために薬剤師の価値を上げるサービス ―― 株式会社カケハシ 中尾豊

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社カケハシ

ひとりひとりの体型や年齢、性別や生活習慣が異なるように、病気の症状や治療・服薬後の効果にも当然個体差が存在します。
次世代型の電子薬歴システム「Musubi」を提供する株式会社カケハシは2016年の創業後急速に事業を拡大し、今年5月には総額9億円の資金調達を完了しました。薬剤師と患者が理想的なコミュニケーションを行い、健康になっていく未来について同社CEOの中尾さんに話をお聞きしました。


■薬剤師が服薬指導だけでなく、日々の生活で改善できる情報を提供する。


――電子薬歴サービス「Musubi」について教えてください。

薬局にMusubiを導入して頂くと、患者さんの疾患・飲んでいる薬・生活習慣・季節・過去処方などを元に、服薬指導と生活アドバイスを自動で提案することができます。

患者さんへの服薬指導中に下書きが作成されるため、業務効率が大幅に改善されます。また、従来の電子薬歴システム初期費用が大幅に安い点が特徴です。

服薬指導時はMusubiの画面を患者さんと共有しながら説明することができるため、1人1人に薬の飲み方以外にも必要なアドバイスを提供できるようにしています。

――薬の飲み方以外のアドバイスとは。

薬局は病院で診察を受けた後に薬を受け取って家に帰る、いわば医療行為の最後のタッチポイントです。

そこで薬の飲み方に限らず「どういう生活をすると得をするか?」の情報にはとても価値があります。例えばお腹を下し胃腸薬が処方された方に「お肉を食べたい時は脂の少ない鳥のササミであれば消化にいいですよ」とか。

家に帰る直前にそういった情報を得られるのは、患者さんにとって健康意識が高まるきっかけにもなるため、薬局が重要だと考えました。

――薬局向けのSaaSであると同時に、患者さんの健康意識を高めるためのサービス。

はい、導入コストの安さや従来のシステムよりも劇的に業務効率が改善されることも当然大事なのですが、もう1つ重要なのは「薬剤師として、いかに患者さんへ付加価値を提供するか?」です。

薬を処方されたついでに、生活の中でちょっとためになる情報を専門家から聞ける。
この体験を通じて、患者さんにとって薬局が「薬を受け取るだけの場所」から、もっと価値の高い場所になります。

導入頂いている薬局・薬剤師の方にはこの点も共感頂けています。

※従来の電子薬歴システムはオンプレミスで初期費用が500万円掛かるなど、導入ハードルが高かった。Musubiはクラウドサービスのため、ソフトウェアのみであれば50万円程度で導入できる、解約率が低くLTVが長いため、収益効率が高いビジネスモデル。

――現在はどれくらいの薬局に導入されているのでしょうか?

都心に限らず全国で導入が進んでいます。現在は、8,000店舗を超える全国の薬局からお問い合わせを頂いている状況で、随時導入を進めているのですがまだまだ追いついていません。

今日も、先ほどまで青森の薬局の方と遠隔ビデオ会議形式で商談をしていたところです。


■薬剤師だからこそ「必要な情報の取捨選択ができる」


――患者さんへの健康を提供するタッチポイントとして、「薬局」に着目したのはなぜですか?

正直最初からMusubiのサービス構想があったわけではなく、400件以上医療関係者にヒアリングしつつ、客観的に色々なことを考えました。

そこで「薬局は患者さんと接する場所、でも処方箋以外の情報が少ないから服薬指導しかできていない。」と感じました。

大前提として、処方された薬を正しく飲み続けることは大事です。
ただ、同時に薬を飲み続けただけで改善しない症状もあります。

そこで患者さん自身が変化するために、薬剤師さんがアドバイスする。
これまで、個々の薬剤師さんの知識に依存していた部分をサービスとして提供すれば、薬剤師さん自身が勉強しつつ、患者さんと話をするきっかけの提供になると考えました。

――導入された薬局で、実際に薬剤師さんと患者さんの関係性が変わり始めているのでしょうか?

はい、Musubiを導入された薬剤師の方が発表されていたデータなのですが。

まず薬局に来る患者さんの4人に1人は詳しいアドバイスが聞きたい、残りの4人中3人は「薬を受け取って帰るだけでいい」と考えていました。

詳しいアドバイスが聞きたい、と答える方は女性が圧倒的に多かったそうです。

その後、Musubiを導入して患者さんへのアドバイスを開始しました。
すると90%を超える患者さんが「ためになるアドバイスが聞けた」と答えたそうです。
しかも男女の差が無かった。薬を受け取るだけでいいと言っていた男性もアドバイスに価値を感じた。

専門家である薬剤師が、事実データを元にアドバイスする「信頼性」がよかったみたいです。

タッチパネルでわかりやすく服薬指導を行えるほか、過去の処方・薬歴の参照も可能。

――確かに、同じ情報をネット上で拾うより信頼できそうな気がします。

患者さんに合わせて説明する点が重要なんですよね。
Musubi上で出てきた情報を患者さんに伝えるかどうかも、薬剤師さんの判断に委ねています。普段から勉強されているので、表示された情報の取捨選択ができるんです。

ちょっとした会話の中で「最近、運動不足なのよね」と言った瞬間に、筋肉量が落ちているからこういう食材を取るようにしましょうかとか。
骨粗鬆症になりやすい高齢の女性であれば、ただカルシウムを取るだけではなく吸収を良くするために「干しシイタケをちょっと食事に加えましょう」とか。

患者さんが1人で情報を探して「干しシイタケ」と表示されても、「なんで?」ってなります。
薬剤師なら「この年齢なら更年期に差し掛かっているのでビタミンDがカルシウムと同時に摂取、なるほど干しシイタケか」と情報の意味を理解できます。


■薬剤師の貢献で、患者がどう変化したのか?のエビデンス作り


――今後はまず契約数を伸ばすフェーズにあると思います。さらにその先で考えている事業イメージはありますか?

薬剤師の価値・貢献をエビデンスで残したいと考えています。

薬剤師さんが患者さんにどのようなアドバイスを施し、その結果患者さんの健康データはどう変化したのか?また薬剤師さんが誤りを発見し、医師に確認した結果処方される薬が変更され、患者さんを守った。

こうした薬剤師の価値を記録したデータ・統計が存在しないため、薬剤師の価値にどう医療費をつけていいのか国としても判断が難しい部分です。

Musubiのデータを活用する事で、薬剤師が患者さんにどう指導したかのログが残ります。
さらに、その患者さんがその後の健康診断や人間ドックで、検査値がどう変わったか?といった点を、大学病院などと連携しエビデンスに残したいと考えています。

服薬以外のアドバイスは食材だけでなく調理方法やそれによって期待される効果、過去のアドバイスも参照できるため、
薬剤師自身が持つ知識と患者さんの状況に合わせてのアドバイスができる。

――患者さんへの効果的なアドバイスかどうか?がデータから判断できる。

そうです。
「この疾患にこのアドバイスは有意な変化があった、こっちのアドバイスはなかった。」こういうデータをどんどん論文発表していけば医療全体にも有益だと思います。

最終的には、患者さんにメリットをもたらす。
その起点として、薬局・薬剤師が薬の話以外に「自分はどう生活したらいいか」を提供する。
僕は、よく「これまで薬局は医療体験の出口だった、これからは生活の入口にしよう」と言います。

一連の医療体験が終わり、日常に戻る入り口。
そこで、服薬以外に有益な情報を得たら、家に帰る前に勧められた食材を買いにスーパーへ行くかもしれないし、運動するためにジムに行くかもしれない。


■医師や薬剤師が、生活者の健康を守るパーソナルトレーナーになる


――最近「未病」や「セルフメディケーション」の話題も多いですが、カケハシとして何か考えることはありますか?

僕らは未病領域にサービスを寄せようとは考えていません。
なぜなら、薬を正しくしっかり飲むことも重要であり、薬じゃないと解決できないことや、薬を飲むことで患者さんの健康を守る明らかなエビデンスがあるからです。

「食事でカバーできます」と無責任に言い切って、患者さんが薬を飲まなくなることのほうが怖いです。だからこそ、患者さん自身が「薬を正しく飲み切ると得をする体験」の提供が重要です。

まず薬を飲み切って症状が良くなることがベースにあり、その次に生活習慣や栄養に気をつけることで症状自体が無くなっていく。
薬剤師さんが薬を処方されている理由や、飲むことによるメリットの話をしつつ、その次に生活を改善するためのアドバイスをする。

――その辺りの感覚は、やはり製薬会社にいた経験・知見が活かされているのでしょうか。

その部分は大きいと思います。
製薬会社勤務時代から、薬を売ることよりも「どうすれば患者さんを健康に出来るか?」を考えながら医師とディスカッションしていました。

薬さえ飲めば完璧とは思いませんが、薬のメリットも十分理解していた。
そしてエビデンスやファクトデータの重要性、これらは製薬会社での経験が活きていると思います。

だからこそ、もっと医療従事者の専門性を活かす世界を創りたいです。
日々勉強し、知識もある、薬や食材はネット上でも購入できますが、取り寄せたものをただ摂取すればいいわけではない。

そこに医療従事者の専門性が加わることでより健康になれると考えています。

中尾さん自身は製薬会社出身だが、カケハシには医療未経験のメンバーも増えている。
専門知識の有無よりも、「生活者を健康にすることへのモチベーション」が大事だと語っていた。

――医療従事者の専門性が活かされる世界になると、生活者はどう変化すると思いますか?

健康意識の高い人が「当たり前」になると思います。
いま、普段から栄養や運動に配慮してパーソナルトレーナーいる人って、決して多くないですしちょっと「意識高い系」って感じしますよね?(笑)

でも、それが未来では当たり前になる。
もしかしたら、未来では「かかりつけの医師や薬剤師」ではなく「パーソナルトレーナーとして自分専属の医師や薬剤師さんに日常的にアドバイスを受けている」のが当たり前かもしれない。

――病院に行き医師や薬剤師と話すのが非日常的体験だけど、将来的には日常的なパーソナルトレーナーになる。

そうですね。
患者さんのニーズは多様化していますから、医療施設に行くのが大変な場所であれば遠隔診療で、いつでもどこでも相談できるのもいいと思います。

薬自体は宅配で届いて、自分が選んだ薬剤師に相談に乗ってもらいながら服薬したり、薬以外のアドバイスを日常的に受ける。

健康に気を使う、そのために信頼できる医師や薬剤師さんがいつでもその人をケアできる、だから「普通に暮らしているだけでとても健康意識が高い状態がキープされている」ような世界になると思います。 


中尾豊(なかおゆたか) 株式会社カケハシ 代表取締役CEO
武田薬品工業株式会社入社後、MRに従事。医療業界において、サービス面で貢献することが多くの医療従事者や患者さんに貢献できる方法だと考え、同社を退職。「医療をつなぎ、医療を照らす」というビジョンでカケハシを創業。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)