2018年、西日本豪雨で甚大な被害を受けたことは記憶に新しいです。雨による地滑りがいつ起こるか、どこで起こりやすいかを正確に予測することは難しいです。地下水の問題では、高度経済成長期の汚染水が、時間をかけて今わたしたちの元に表れています。一方で、資源としての水を適切に育むという考えも生まれてきています。
身近な水の実態について、わたしたちはこれまで測るというやり方で把握しようとしてきました。地圏環境テクノロジーでは、測るに加えて「GETFLOWS」というシミュレーションシステムで、水循環を観察(シミュレーション)する技術を保有しています。代表の田原氏に詳しいお話を伺いました。
水循環のスペシャリスト「地圏環境テクノロジー社」とは
―東大で石油工学の「多相流シミュレーション」分野を研究していた現会長の登坂と、大手建設会社で働いていた西岡が、2000年に共同創業した会社です。石油工学の分野で作られたシミュレーションテクノロジーを、水循環に応用できないか。子どものような発想から始まっています。
川の流れって目に見えて、比較的早い動きをしていますよね。地下水の多くは、すごくゆっくり流れるので、そもそも一緒に考えることはなかったのですが、登坂が考えたのは雨が降らなくても川の水はそうそう涸れない。それは上流から水がやってきているのもあるけど、地下水が湧いて、その川を支えているのだから一緒に考えるのは普通だよね?といった感じで、当時は普通じゃない考え方でした。
そんな、地球全体の水の循環を解明していくというアプローチに、西岡が「良いな」と。例えると、トンネルを掘ると地下水も下がったりするのですが、それが間接的に川の枯渇につながったりと、相互作用が起きることもあります。全てを把握するシミュレーションを行なった方が正解だよね。という発想です。
水環境シミュレーションが解決する地下水資源の保全
神奈川県の泰野市というところがあるのですけれど、泰野市は水道水源の75%程が地下水の街です。有名な湧水が沢山ある地域です。少し昔に、そのどこかが枯れてしまったり、水質汚染も出てきたりしていました。
当然、まずい。ということになり、水質保全に努めたり、地下水を増やすための様々な対策を講じました。その甲斐あって、汚染も改善したし、湧水も戻ってきたのですが、水資源は上手に使わないと生活に支障が出てくることを改めて感じました。でも、どうやって上手に使うか。地下は目に見えないのでシミュレーションするしかない。
私たちがご支援させていただいているのは、シミュレーション結果を使い、水資源の活用方法です。例えば、Aという企業が地下水を活用した事業を展開しようとした際には、どの程度水を使っていいのかをきちんと伝えたりしなければなりません。
その他に、しばらく雨が降らない時には、あと何日間雨が降らなかったら取水制限をかけなければいけないのかをシミュレーションする。化石燃料と同じで、水資源管理も同じような意識で管理や保全を行なわなければいけなかったりします。泰野市はシミュレーションを活用しながらうまく地下水資源と付き合う、珍しい自治体だったりします。
高度経済成長がもたらした、地下水汚染。
今、世界的に問題になっているのが、地下水の成分にどんどん窒素、リンが多くなっていっていること。日本での理由は何かというと、高度経済成長期に多くの農薬をまいたり、畜産排泄物や生活排水をあまり処理しなかった結果です。
数十年前の経済活動が、いまになって地下水資源に影響を与えている。地上と地下では、そのくらい循環の時間軸が異なっているのです。いま対策を行なっても、結果がでるのは半世紀後になるかもしれないということです。
地圏環境テクノロジーでは、「いま、どうなっているか」を正確に理解することが大事だと思っています。そのシミュレーションができると、この先を予測することができる。そこから行動の提案につなげたり、実際に行動をおこしたり。地上と地下の時間と空間のスケールの違いを知れば、人々の活動も変わると思うのです、そうなっていけば、我々も嬉しいですし、世の中の人も嬉しいし、次世代を生きる人にも嬉しい未来になるはずです。
地下水汚染の問題だけではなく、自分が住んでいる地域がどういう地域なのかを知ることも大事です。例えば、東京都江東区や江戸川区は、海面より低い位置に居住エリアがある地域があります。人間が作った堤防で守られていますが、海面より低い地域では常にポンプアップして河川に水を返しています。そのポンプ機能が停止すると、海の高さまで水が来てしまう。
そこに住んではいけない、という警鐘ではなく、そこの場所は浸水リスクの高いエリアであるのを知ることが大切です。
汚染も災害も、基本的に起こりやすいところに起こるので、自分たちの身の回りにおける水環境を理解しながら暮らす、それを知るだけでも変わることは多くあると思います。
地圏環境テクノロジーが挑戦する未来。
統合型水循環シミュレーションシステム「GETFLOWS(General purpose Terrestrial fluid-FLOW Simulator)は、陸域における水循環システムを多相多成分流体系として定式化し、地上および地下の水の流れを一体化させるシステムです。コンピューターの中にまるごと世界を作り出し、実際に現地で観察、調査するのと同じようなことができます。
また、最近では「国土情報プラットフォーム」というデータベースを構築しました。雨、気温、地形、地質、土壌、植生など、国土の基盤となるデータベースです。コンピューターの中にもう1つの日本を作り出し、地下水資源量や水の年齢などのデータを取り出すことができます。
地域に水資源量がどの程度存在しているのか、どこの斜面が崩れやすい場所なのか、どこが浸水しやすい場所なのか、そのような情報を提供できるようになっていきます。将来的には日本の国土だけでなく、全球プラットフォームも構築していきたいと考えています。東南アジアやアフリカでも水循環のシミュレーションニーズは非常に高いと考えています。
地球の水循環を解明していくことによって、地下水資源の活用や災害対策以外に、産業への用途活用も可能と考えています。水の成分には、ナトリウムやカリウム、カルシウムなど様々な成分が含まれていますが、それは地域によって全く異なります。軟水、硬水というのは聞き慣れていると思います。
例えば、ここの場所で造るウィスキーは美味しいですよ、こういう場所・地形で造るワインは美味しいかもしれないとか、この場所で育成される食物は栄養価の高いものができます。そういう情報も提供できるのではないかと思っています。
私たちが挑戦していることは、地下水資源などを含めた地球の国土情報を把握していくことにより、限りある資源を大切にすることや、未然に防げた災害を周知したり予防策を提案したりしたいですね。また、より豊かな生活を送れるような情報を提供し、次世代で活躍する人達の為に、良い環境を残すお手伝いができるといいと思っています。