2015年9月の国連総会で採択された持続可能な開発のための2030アジェンダ「SDGs(Sustainable Development Goals)」により、地球上の持続的な課題解決に向けての動きが活発になっています。その中で「国境なき環境の課題解決」に向け活動する事業集団があります。東京都墨田区に本社を構える株式会社アストロスケールです。
様々な先端テクノロジーが開発され、生活の中に溶け込む背景には、宇宙空間に存在する衛星を活用したサービスが多岐に渡ります。我々の生活維持をサポートしてくれている衛星を脅かす存在が、スペースデブリ(宇宙のゴミ)です。アストロスケールではそのスペースデブリを除去する為の小型衛星を開発し、2020年に前人未到の挑戦を行ないます。「宇宙を安心安全に使える、宇宙の安全航行をサポートする」というゴールを掲げるアストロスケールの岡本様に、これまでとこれからのお話を伺いました。
宇宙の環境問題はなぜ起きるのか?
軌道上で言うと、700kmから900kmの高度が宇宙空間の利用価値が高く、その空間にたくさんの衛星が打ち上っています。衛星は、無限の活動体ではないので、一定期間の活用任期を過ぎると、その役割を終えます。通常、任期を終える衛星は軌道高度600km以下から空気抵抗で落下させ、自然の浄化作用によって消滅します。大気圏で燃え尽きてしまうのです。
ただ、遠隔操作システムの故障をはじめ、何かしらのトラブルが発生し解消できなかった衛星は、700kmから900kmの高度を維持したまま役目を終えます。この衛星は、自然落下することも、宇宙空間へ放り出されることもなく、地球の大気圏外を永久に回り続けることになります。
これが続くと先ほど(前編)でもお話させていただいた、軌道上のデブリがある一定以上の密度に達し、デブリ同士が衝突して連鎖的にまたゴミが増えるというKessler Syndrome(ケスラーシンドローム)という危険な状態になると言われています。
この問題は最近始まったことではなく、1990年代には既に課題視されていました。NASAやJAXAには、スペースデブリの状況把握や将来的に除去する技術開発を行なう機関がありますが、商業ベースでは存在していなかったのです。宇宙のゴミを拾うマーケットが存在しないこともありますし、誰がお金を出すのかというルール整備もされていなかったという点が挙げられます。問題は認識しているのだけれど、実際にやります。という人がいなかった。
そこに当社代表の岡田が、アストロスケールがやる。と声を上げた訳です。
宇宙空間の「当たり前の整備」に挑戦する。
国連やISO(国際標準化機構)では、ガイドラインが整えられています。設計や運用段階でこういうルールを守りなさい。というものです。ただ、ガイドラインであって、法的拘束力がありません。ゴミを排出した人はそれをちゃんと処理する責任があるにも関わらず、課題が未解決のままになってしまっている背景があります。
もう一つ、それは「宇宙には国境がない」ことです。
地上だと、国境もありますし、領海、領空という各国の管轄「整域」があります。自国内のことは自国で対応する基準が引かれています。宇宙空間に線を引く事はできないので、その空間を活用する方たちの地上におけるルール徹底が必要とされています。
排出されるスペースデブリには2種類ありまして、1つは既に宇宙空間を回り続けている使用済みの衛星やロケット。もう1つは「これから打ち上がる、将来デブリになる可能性のある衛星」です。私たちが直近で行なう事業は後者で、打ち上げる衛星に「回収する技術」を提供することです。
テクノロジーがもっと進化していくと、宇宙空間に衛星を打ち上げてビジネスを展開しようとする企業が増えてくると思います。実際、米国や欧州には宇宙開発系ベンチャーが多数存在しています。その打ち上げ許可をもらう際には、使用済みの衛星を健全に廃棄できることが条件となります。私たちは故障した衛星を安全に除去するサービスを提供します。宇宙空間を活用するすべての方たちに、デブリを必ず除去する。という当たり前を徹底できると、そこには大きな社会貢献性があると考えています。
我々が行なっている事業は「宇宙を安心安全に使える、宇宙の安全航行をサポートする」ことです。環境を整える、作っていく、そこに価値を提供できるということは、地球観測のサービスや、通信サービス、様々な地上インフラ事業をサポートすることでもあります。デブリの除去にはまだ明確な市場がありませんが、我々がサポートする事業には大きな市場が存在しています。非常に価値の高い、社会貢献性の高いビジネスだと感じています。
持続可能な宇宙空間活用に向けて。
さきほど、2種類のデブリが存在するというお話をしましたが、今私どもがやろうとしているのは、これから打ち上がる衛星が故障した時に、それを除去する技術です。方法は簡単に言うと、磁石でデブリ衛星をくっつけるというものです。衛星本体に「ドッキング・プレート」と呼ぶ磁性体の金属板をつけてもらい、それが目印となり識別しやすいようにする仕組みです。
デブリの除去というと、いま存在している使用済みの衛星を除去するイメージを持たれる事が多いのですが、そもそもそれらには目印がないですし、磁石で引き寄せられるものとは限らないので別の方法を考えなければいけません。世界中で捕獲方法については議論がなされていて、実現性が高いのはロボットアームでつかむような方法です。他にも網で確保するとか、銛で捕獲するとか原始的なやり方もあるのですが、網の場合は的を外すこともありますし、銛だと当たり所が悪いとデブリそのものを破壊してしまい、新たなデブリを生み出し状況を悪化させる懸念もあります。
別の角度で考えると、捕獲衛星の小型化というのも重要なポイントになっております。捕獲衛星そのものは単独で打ち上げることは稀で、予備機の打ち上げや、他衛星や宇宙ミッションに同乗させてもらう形になります。小型・軽量化することで、打ち上げ費用が安くなるので商業ベースで考えた場合、事業を持続的に行なう為にはとても大切なことになります。
また、捕獲衛星を小さくすることで素早い動きも可能になり、相手の動きにも追従しやすくなります。燃料消費も少なくて済みます。小さく作るというのはコストやパフォーマンスにおいて非常に重要なことです。大型衛星でランデブ・ドッキングをしている例は日常的にあり、宇宙ステーションに貨物を届ける時などはそうです。我々は対デブリへのランデブ・ドッキングなので、凝縮して小型化する必要があります。
ただ、惑星探査ミッションのように小型化・軽量化の為にお金を惜しまないというやり方は行なっていません。軽量化にはそれなりにコストがかかります。サービスコストが高くなりすぎてしまう懸念もあるので、小型化や軽量化の為の素材や技術に使えるもの、現状は使用が難しいもの、様々です。
スペースデブリの問題は、一過性のことではなく、これからの未来に向けて継続的に実施しなければいけない社会課題だと感じています。デブリ問題を解決していかないと、将来の人類の活動が色々と制約されたり、リスクが増したりします。サステナブルな宇宙開発をこれからも行なっていく為には、宇宙環境の整備もSDGsの一部だと思っています。
誰にでも、明日からでも参加できる宇宙との向き合い方
宇宙空間に存在しているデブリ。そう言われてもピンと来ない方も多くいらっしゃると思います。確かに肉眼では見ることはできません。ただ、家電量販店で売っている天体望遠鏡なんかで夜空を見てもらったり、星の写真を撮ったりすると、かなりの確率でデブリが写ります。
空を見上げたり、写真を撮ると飛行機が見える時がありますが、あれくらいの感覚でデブリは地球の周りを動いています。特に、有名なオリオン座の大星雲は静止衛星の通り道になっていて、制御されている稼働中の衛星や故障して制御できなくなっているデブリ衛星を観測することができます。
おとめ座にある6,500万光年くらい遠い銀河団を撮影したりしても、低軌道を通過するデブリが写りこんだりします。制御されていない衛星なので回転し、太陽光の当たり具合で明滅し、軌跡が点々で写る写真が撮れたりします。
はやぶさのニュースを見て宇宙に興味を持ったり、今日は月が綺麗に見えるとか、そういうことでもいいのですが、その見ている空に宇宙のゴミ問題も同時に存在しているということを認識してもらうだけでも、私たちはとても嬉しく感じます。デブリは狙って見るものではないですが、これまでとは違った見方の一つとしてスペースデブリから宇宙に興味を持ってもらうようなことも良いと思っています。
アストロスケールが注目する先端テクノロジー
宇宙でデブリを見つけて近づいていくという技術はセンサー技術と非常に近いものです。いま自動運転の技術開発が進み、これまで何百万、何十万円もしていたセンサーが安価で手に入るようになりました。距離を測ったり、どの方向にいるのかを検知するという技術は非常に進んでいます。これらの技術が宇宙でも活用できないかという観点で常に注目しています。
他にはロボットアームの技術開発です。細かく優しいタッチができるような技術は未来のデブリ除去でも活用できると思っています。それらを融合した人工知能(AI)技術にも注目していまして、ある簡単な指示を与えると自律的に動く衛星や衛星にロボットアームと自動運転技術を搭載したようなものがこれから必要になってくると思います。
宇宙版自動運転技術のような姿は、究極的には目指さないといけないと皆が感じていると思います。軌道上700kmから900kmに、自動デブリ除去ロボットがいて、遠隔操作と制御による完全自動による宇宙空間の環境整備が行なえるような未来。
まずは、2020年の実証実験を成功させたいと思います。