Interview

日本の伝統産業「捕鯨」再開に伴う水産資源の保護と活用。 ——共同船舶株式会社 森 英司

text by : 編集部
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国際捕鯨委員会(IWC)は1948年に鯨類の資源管理と捕鯨産業の秩序ある発展を図るために設立されましたが、「鯨類資源の持続可能な利用」を目指す日本をはじめとする持続的利用支持国と、「一頭たりとも鯨類を獲るべきでない」とする反捕鯨国が激しく対立し、鯨類資源の管理に関する意思決定が行えない状況となりました。これまで、日本国政府は両者の歩み寄りを図る提案などを行ってきましたが、2018年12月にIWC脱退を決断し、2019年7月より、31年ぶりに商業捕鯨を再開する運びとなりました。日本では400年以上前から歴史的産業として捕鯨が行われてきたものの、賛否両論がメディアを沸かしています。今回の捕鯨再開に伴い、どんな未来を目指しているのか、どんな視点を持っているのか、共同船舶株式会社の森社長にお話を伺いました。


日本と捕鯨の歴史


日本では、約6,000年前の縄文時代早期の遺跡から鯨を食べる文化があったことを示す痕跡が発見されています。古来より鯨を重要な食料資源、栄養資源として利用していたのです。捕獲した鯨は食用として利用されていた他、不可食部位の骨なども土器の製造台や道具として有効活用していたことが発掘された遺物より分かっています。

その後、日本に仏教が伝来し、肉食が制限・禁止され、魚から動物性たんぱく質を摂取する文化に代わっていきました。しかし、鯨は当時、哺乳類として扱われておらず、他の魚類と同様に貴重な海の幸として取り扱われてきました。また、鯨は江戸時代の初期まで藩や幕府への献上品として用いられていたことも文献から明らかになっています。組織的な捕鯨が始まったのもこの頃です。
鯨は古来より「勇魚(イサナ)」と呼ばれ、魚として扱われていました。その雄大さから勇ましい魚と名付けられた鯨を捕獲するのは、当時の人々にとってまさに命がけだったのです。

近代になり、第二次世界大戦で敗戦した日本は深刻な食糧難に直面しました。そんな日本の人々を栄養面から救ったのは鯨でした。栄養価が高く、かつ安価で手に入る食材として広く庶民の食生活を支え、学校給食でも子どもたちの健康を育む重要な献立として提供されていました。当時、鯨の食肉供給量は牛や豚、鶏を上回っていたことからもその重宝ぶりがわかります。

31年ぶりの商業捕鯨再開ということで、その歴史を知らない若い世代が増えました。「鯨を食べるなんて酷い」と思う方がいることも私たちは承知しています。ですが、知ってもらいたいのは鯨食が「日本伝統の食文化」であるということです。牛肉や豚肉、鶏肉、羊肉、鹿肉、猪肉などを食しているのと同様に、鯨肉を食しているのも私たち日本人の歴史の一部なのです。


雄大な姿の群れをなす鯨たち


調査捕鯨での成果、商業捕鯨に至るまで


31年ぶりに商業捕鯨が再開されるまでの間、私たちが取り組んできたことは「調査捕鯨」です。かつて世界各国で鯨の乱獲が行われた結果、一部の鯨の絶滅が危惧されたことも事実です。私たちは日本の伝統文化でもある捕鯨業を再開させるため、科学的根拠に基づいた調査を続けていたのです。これは鯨に限らず必要なことですね。他の魚類でも同様に資源量を適切に評価・管理しないと漁獲高が減少するという事態は起こり得ます。絶滅してからでは遅いですし、「捕りたいだけ捕る」ではいけないのです。

調査捕鯨では、生物学的調査として鯨の耳垢栓を採取・解析して年齢の推定や、表皮を採取しDNA分析を行うことなどが主な内容になります。捕獲した個体一頭一頭からデータを蓄積していきます。鯨が何をどれくらい食べているのかというのも調査しています。このように、鯨を水産資源として調査・解析していくことで、「この鯨種は数が増えてきている」、「何頭までなら捕獲しても大丈夫」と徹底した管理の下で捕鯨を行うことができます。

余談にはなりますが、調査結果からミンククジラが大量の魚類を捕食していることも分かっておりまして、ミンククジラが増えすぎると、海洋生態系に影響を与える可能性も示唆されています。こういった話はあまり報道されません。

「水産資源の管理」という観点からは、秋刀魚も鮪も鯨も同じ「水産資源」です。「鯨は魚類じゃなくて哺乳類だから食べてはならない」という理論だと、牛や豚は食用にしてもいいのかという議論になってしまいます。野生の生物だろうと、食用に育てた生物だろうと、ひとつの命であることに変わりはなく、私たち人間はその命をいただかなければ健康に生きていくことはできません。人の世には矛盾している点が多々存在します。捕鯨に反対する声があるのは承知していますが、私たちは31年間に及ぶ調査を経て、鯨という水産資源を管理しながら、伝統ある食文化や捕鯨産業をつないでいけると自負しています。


細かな管理を行なうことで水産資源と伝統食文化の未来を担う


商業捕鯨再開にあたり、伝えたいこと


一時期、日本国内での鯨肉の流通量は年間20万トンを超えていました。今は年間5,000トン程度です。当時の流通量の2~3%になります。商業捕鯨を再開したと言っても、乱獲を再開したわけではありません。31年間にわたり、広い海に存在する鯨を調査し続け、資源に影響のない量を捕獲しているのです。

捕鯨に限った話ではありませんが、地球に生きる人間として「限りある資源をいかに有効、かつ持続的に利用するか」は尽きないテーマだと思います。日本でこそ少子化が騒がれていますが、世界では爆発的に人口が増えています。こうした人口増加や食生活の変化によって、私たちが普段食べている牛や豚などを育てている穀物の需要も爆発的に伸びています。穀物を増産するために森林を伐採して農地を増やす必要があるかもしれませんし、場合によっては人が食べる分まで足りなくなることにもなりかねません。特に、食料自給率が約37%(平成30年、カロリーベース)と低い日本において、鯨を含む海の恵みを持続的に活用することは非常に有益なことだと考えています。捕鯨が良い、悪いという議論と同時に、あらゆる資源の活用について改めて向き合うことが大切なのではないでしょうか。


調査員も同船した捕鯨船


持続可能な水産資源の活用


かつての乱獲時代の過ちを犯してはいけない。それは捕鯨業に携わった一国として大きな悔いを残しています。私たちは徹底した資源管理の下で捕鯨を行う必要があり、そのために厳しいルールを設けています。商業捕鯨を再開した現在でも、捕鯨船には必ず調査員が同船しています。資源管理をしながらの商業捕鯨ですから、鯨の数の増減を把握できないのは非常に問題です。引き続きデータを蓄積することは、持続可能な捕鯨を行うためには必要なことです。

徹底した水産資源の管理を行った上で、食文化を伝承することも大切なことです。北は北海道や青森に始まり、宮城県や千葉県、和歌山県や山口県、長崎県や佐賀県など、日本各地では鯨食の文化が残っています。受け継がれているというと大袈裟な表現になるかもしれませんが、古くからの鯨を食べる文化が残っているのは紛れもない事実です。鯨肉は非常に淡泊な赤身肉でとても美味しく、ヘルシーです。各地へ旅行された際や鯨料理店に行った際には是非召し上がっていただきたいです。

私たちは捕鯨を通じて持続的な資源の活用や日本の文化について考え、発信し続けていきますよ。