2020.02.25 TUE 世界中の河川を解析し、災害の記録を未来に活かす ——株式会社River Link 旭 一岳
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部 |
2019年10月6日にマリアナ諸島の東海上で発生した台風は、12日に台風19号(Hagibis/ハギビス)として日本に上陸しました。東海地方、関東甲信越地方、東北地方などで記録的な大雨となり、各地で甚大な被害をもたらした災害としては記憶に新しいです。死者行方不明者も多数出たこの災害は、河川の氾濫や決壊によるものが直接的な影響を与えていますが、その地域の降雨量と河川の水位だけでなく、上流の降雨が時間差で下流地域の水位に影響を及ぼすというのが各種メディアでも報じられました世界中の河川を解析しようと挑戦を行なう企業が「株式会社River Link」です。何百年も前から治水・利水は行なわれてきましたが、River Linkでは最先端のテクノロジーを活用し、水の課題を把握し、その解決にむけて「iRIC(アイリック)」というシミュレーションソフトの開発と普及を行なっています。
災害に対するリテラシーを向上する河川シミュレーションソフトiRIC(アイリック)」とは
RiverLinkは「iRIC(アイリック)」という川に係るシミュレーションをコア技術として事業展開をしている企業です。水災害や土砂災害のメカニズムをより多くの人に理解してもらうことが減災につながると考え、災害のシミュレーションを気軽に利用できる環境を提供しています。
※iRIC(International River Interface Cooperative)とは河川をはじめ水や土砂など水工学に係る数値シミュレーションのプラットフォーム(iRICソフトウェア)の開発やそれに係る情報発信、講習会開催などを行っている団体です。
その中でも同社が得意としているのは水深や流れを判断し、河岸浸食や堤防の決壊を評価するモデルの構築です。従来では難しい複数の計算モデルと自然現象を一体として容易にシミュレーションしていくことで、人々の災害に対するリテラシー向上に挑戦しています。
シミュレーションにおける情報の非対称性
iRIC(アイリック)に係る事業をおこなっていて感じることは、シミュレーションを一言で片づける方が多く、それに対する理解はあまり浸透していない現実があるとのことです。
シミュレーションはあくまでもいち予測で、その結果が実際に100%生じるわけではありません。そのため結果だけではなく、シミュレーションの仮定やその結果に「どういう意味があるのかということを理解できる人を増やす必要があると感じているとのこと。
シミュレーションの結果が理解できるようになると、災害時にも役立つそうです。
現在、各市町村等から水害土砂災害等のハザードマップが提供されていますが、「危険な地域か、そうでないか」という程度の認識ではないかと思います。
実際台風がくると雨が「50mm/h降りますや「1000mm降ります」という予報は出ていますが、それら予報とハザードマップは全くリンクしないのではないでしょうか?ハザードマップが作られた過程やシミュレーションの意味が理解できていれば、例えば「30mmの雨だったら避難しなくても良さそうだ。」とか、「100mmだったら避難所に早めにいくべきだ。」などという判断もできるようになります。
また、メディア等では「毎年のように災害が起こっています」という表現が使われていますが日本全国で見た場合には災害が毎年のように起こっているものの、一地域で見たときは、何十年に一回の頻度だったりもします。
災害時こそ冷静な判断が必要になるので、一人でも多くの方が「科学技術的なモノの見方や情報の入れ方」の取捨選択がきちんとできることが大切になってきます。同様に放送するメディア側もリテラシーを上げることで何を放送するべきかを考えなければいけません。
もちろん、情報を受ける側が情報に左右されず「それを自分ゴト化できる」ようなリテラシーの向上にもiRICを通して同社が挑戦し続けていることです。
社内の書棚には「水」に関する専門書籍が多数。
シミュレーションを正しく理解する事が災害対策への第一歩
問い合わせの中には災害を防止する方法についてという内容を頂く事がありますが、正直な話それはわからないと言います。極端な表現ですが、一例として土砂災害は防げません。防ぎたかったら山の近くに住まなければいい。それが答になってしまいます。
本当に土砂災害を予測しようとすると、降雨量だけでなく全ての山の地質や森林環境や周辺環境を正確に把握する必要があります。そのためにはボーリング調査によって、いくつもの点で地質と地層の関係を調査する必要があり、それらがあって初めて確からしい予測が行えるのです。
しかし、そもそも正確な地層を把握している人は地球上に存在していません。つまり100%のシミュレーションはあり得ないのです。こうした事実を知ることで、私達も「災害予測は備えであって、安全策ではない」という意味を正しく理解できるのではないでしょうか。
災害のシミュレーション情報の重要度は高いものの理解度はそこまで浸透していません。しかし、近年の災害の多さに感度が高くなってきているのも事実だと思います。これらのことから各地域に住む方たちに少しでも多くの水害、土砂災害等のシミュレーションに対する理解者が増えることで現状も変わってくると思います。
同社では災害をはじめ普段あまり考えないような水の分野に関する情報を正しく発信し続けていきたいとのことでした。一般の方々にとって情報リテラシーのない分野だからこそ、正しい情報や見る方法を提供しなければならないとのことです。
iRICによりシミュレーション解析を行なう。現地調査することもしばしば。
専門家として気づいた、ある欠点。そして今…
旭さんは大学の研究室を経て、総研に就職しましたが本当に周りが優秀な方達ばかりで驚いたと言います。数値シミュレーションや流体計算、プログラミングの能力がとにかく高い。ただ、この中で行なわれている専門的な研究や、その成果に対する解釈が世の中に伝わっていない現実を当時感じたそうです。これだけ能力が高い人たちがいるのだから、その仕事の成果として出てきたものの価値を発信していく必要があると感じていました。
表現することが難しく、うまく伝えることができなくて「どうせ言っても分からないでしょ」という感じで話してしまうから、結局伝わらないし、やっていることも評価されない。すごく勿体ない状況が多々ありました。
そのような状況を当時から感じていた旭さんは「メジャーリーグの代理人」みたいな人が必要と感じていました。彼らはプレイヤーの代理として様々な会話を外部と行ないます。技術者にも代理人みたいな人がいて、その研究の意味や価値を世の中に代理発信する。一つは弁理士のような方もそうだと思います。知的財産権利という形で、技術や発明を言語化してくれています。
さらにもう一つ別の視点を持つ代理人も重要だと感じています。
それはその研究や技術がどういう問題を解決したり、世の中の役に立っているのかを把握し、その研究開発と事業をつなげられるように翻訳ができる人や企業です。
そういった「エンジニアリング」と「コミュニケーション」をつなぐ「コミュニケーションエンジニアリング」は専門家が苦手とする部分です。ただ旭さんはそれこそ解決しなければいけない問題だと感じ、コミュニケーションエンジニアリングを学べる会社に転職しました。
その後、大学時代の恩師と共に開発に着手したiRICを通して、流体計算や川の計算のモデルベースと伝え方、これまで必要とされていた要素全てをiRICの中に反映させました。
iRICを本格的に開発するにあたり、川の知識がないとできませんし、コンピューターの知識もないとできません。伝わるコミュニケーション能力も必要です。各大学の先生や他の専門家とのネットワークも必要でした。そして、これまで大学から培ってきた経験や知識を生かし、会社を創ったのが現在の「RiverLink」です。「Link」には様々な想いが込められていますが、自身の起源である「価値あるモノが伝わらない」という社会や環境を変え、人や情報などいろいろなものを「つなげる」という、意思が込められています。
今はその想いの通り、少しずつつながってきていると感じています。
RiverLinkが挑戦する未来、 iRICが実現する未来
iRICを通した活動自体が、「分かりやすく、シンプルに」です。シミュレーションの世界は確かに難しい所やわかりにくい所がありますが、それをなるべく伝わりやすく見せるところから、使えるようになることまでを目指しています。ただ情報を発信するだけでなく、シミュレーションの意味を理解してもらう事が重要です。
例えば、川を違う角度で見ると「洪水の対策」という角度もあれば、「利水水を利用する」という角度もあります。「河川の環境」という角度では、魚や植物といった周辺環境の生態系をシミュレーションしています。シミュレーションの意図を理解せず、結果だけを見てしまうと前述の通り結果を基にした判断ができなくなってしまいます。
シミュレーションを分かりやすく使いやすい形で関係各所に提供することで、直接事業に関係がない人たちでも自分でシミュレーションを理解できるようになる。
それが徐々にリンクされ始めているのは、すごく嬉しい傾向とのことです。
シミュレーションに関するリテラシーが上がることで、緊急時も普段の生活にも変化が訪れます。
そのちょっとした変化が社会全体を変える大きな波になる事を感じつつ、「つながった未来」を実現できるように、これからも同社ではiRICの普及活動に努めていきます。
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