Interview

患者を救うため、医療エビデンスに基づいた「治療効果のあるアプリサービス」を確立させる ー 株式会社キュア・アップ 佐竹 晃太

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社キュア・アップ

スマホアプリは私たちの生活を劇的に変化させ、世界中に様々な利便性を提供しました。
自らも医師であり、株式会社キュア・アップのCEOでもある佐竹さんは「医療におけるソフトウェアの可能性はこんなものではない」と、禁煙治療や生活習慣病に治療効果があるアプリを提供すべく挑戦しています。
長い医療の歴史で蓄積された医学エビデンスを、ソフトウェアで提供し患者を救う。その取り組みを伺いました。


■先人が築いた医学的知見をベースに治療効果のあるアプリサービス


―キュア・アップ社の特徴は、「医療エビデンスに基づいた治療効果のあるアプリ」を開発・提供する点ですが、日本国内では稀有な事業ですよね。

弊社のサービスは「病気で苦しんでいる方」を治療するためのサービスですので、健常者向の一般的なヘルスケアサービスとは確かに違います。
実際の診療現場において、医師と患者の間で診療行為として使ってもらう事が前提です。

ニコチン依存症治療のための「CureApp禁煙」、NASHと呼ばれる非アルコール性脂肪肝炎という生活習慣病を治療する「CureApp脂肪肝」などのアプリケーションを提供しています。

医療エビデンスに基づき治療効果の確認されたアプリと認めて頂くため、弊社のサービスは薬事承認を取得する事を前提としています。そのため大学病院でのアカデミックな臨床試験、倫理委員会での承認、ひいては治験など、治療効果について客観性が保たれたプロセスを経ている点も特色と思います。

現在は、慶應義塾大学医学部と東京大学医学部附属病院で臨床試験を進め、薬事承認を得るためのプロセスを進めています。

医薬品や医療機器などと同様に弊社の「治療アプリ」が、国からも学術機関からも「治療効果がある」というエビデンスを得られることを目指しています。

 

―最近、医療関連ベンチャーはAIの活用で「全く新しい手法」なども模索しています。キュア・アップ社も当てはまりますか?

AIという言葉がバズワードになってしまい、本来のAIの要素を満たさないプロダクトやサービスもAIを謳う様になっており、それはどうかなと思っています。そのため、弊社はAIという言葉は極力使わず、「オートメーションシステム」と呼んでいます。

その心はと言うと、近年のAI、ディープラーニングは膨大なデータから人工知能が学習し、新しい切り口の特徴点や法則を見出す手法が多いですが、弊社は医療の世界に100年200年と蓄積された膨大な論文やガイダンス、いわば一流の医師や研究者の思考をソフトウェアに落とむという手法です。

Artificial(人工)な知能がベースにあってその知能が学習していくAIに対し、弊社の「治療アプリ」ではHuman(医師、研究者)がベースにあり、先人が学習し、蓄積してきた医学的な知見をベースにアルゴリズムを組み立て、個々の患者ごとに自動的にアプライしていく、というアプローチになります。

医療関連ベンチャーの中には「医療の枠組み自体を変える」というアプローチの会社もいますが、弊社は「ソフトウェア・アプリケーションによる治療」という切り口は新しいものの、枠組み自体は既存の医療・許認可の枠組みに沿っています。

 

―アプリで治療効果を実感するというのは新しい体験だと思います、既存の治療方法と比べユーザーはどういった反応を示すのでしょうか

例えば禁煙治療のアプリなどは、手前味噌な話ですが非常に好評で、利用率・継続率は一般的なアプリと比べてはるかに高い数値となっています。実際に、何度も禁煙に失敗していた方々に「こういうものが欲しかった」「毎日使っています」と言って頂いています。

ニコチン依存症は、定期的な診察と投薬が従来の治療で、禁煙外来と呼ばれます。
禁煙外来に訪れる方は何年・何十年も煙草を吸ってはいるけれど、本音はやめたい、もしくは家族などの環境の変化により止めなければいけない理由ができた方が多いです。

しかし、ニコチンの依存性は強く文字通り「依存症」ですから、ただ禁煙をするだけでは禁断症状が出て、自分の意思や我慢だけでは対処しきればいケースが多くあります。実際、自力での禁煙成功率は5%に過ぎないという研究もあり、その難しさが分かって頂けると思います。

一方で、医薬品で症状を抑えられるのはニコチン依存症の「身体的依存」に留まります。実際には、ニコチンの依存性には2つのパターンがあり、もう一つの「心理的依存」の克服には、ただひたすら気合いで我慢するのではなく、正しい知識を身につけ、実践し、タバコがなくても平気な生活習慣を身につけなければいけません。

そうした生活習慣を本当に身につけ、行動変容を実現するには、専門的なサポートも重要になります。しかし、禁煙外来では医師の診察時間も限られるケースが少なくなく、また診察を受けていない時間(空白時間)が1ヶ月(初月は2週間)と長く、ほとんどが職場や自宅などで自分1人の戦いとなってしまうため、サポートが大きく不足しています。

弊社のアプリは、この様な空白時間にもアプリを通じてサポートを行うほか、習慣を正しく改善するためのプログラムを行なっていきます。1人での孤独な闘いではなく、スマートフォンのアプリが心理的依存を自覚し、克服するためのフォローをしていきます。

インタビュー中に出てくる「禁煙」だけでなく、NASHと呼ばれる生活習慣病を治療する「CureApp脂肪肝」も提供している(画像提供:株式会社キュア・アップ)
インタビュー中に出てくる「禁煙」だけでなく、NASHと呼ばれる生活習慣病を治療する「CureApp脂肪肝」も提供している(画像提供:株式会社キュア・アップ)

 


■キュア・アップは、医学エビデンスを強みとして海外でも十分勝負できる。


―キュア・アップ社のような、治療効果が得られるアプリについて日本国外の動向はどのような状況なのでしょうか。

医療機関の承認を得ている、または目指しているサービスの先行事例は「WellDoc社」が挙げられます。
2013年段階で保険会社の適用が受けられるところまで進んでいます。

また「Noom Health(ヌームヘルス)社」は、アメリカで2018年から糖尿病予防認定プログラムとして保険償還されることになっており、現在は主にこの2社が進んでいる事例ではないでしょうか。

2つともに当てはまることですが、メディカル・医療の領域で使われるためにはしっかりとしたエビデンスの有無が信頼性を語る際に必要となります。その点で、エビエデンスベースでアプリにおいてもプロセス、内容とも医学的に認められるエビデンスを確立されている、ということの大切さが一早く広まっているのを感じます。

 

―その2社は米国企業ですが、他に注目している国はありますか。

中国ですね。
まだ目立った事例はありませんが、CFDA(China FDA)が2013年に医薬品に関する政策を改正し、治療アプリサービスも展開しやすくなったと思います。

アメリカは2011年、日本は2012年に法改正されて以降流れが変わったので、2013年に法改正された中国も今後同様の流れが来ると思います。

以前中国のMBAに進学していたので、上海に1年ほど住んでいました。中国の成長やビジネスのスピードも実感しているので、3年もすれば治療アプリ産業が日本より進んでいる可能性すら感じます。

 

―過去の登壇やインタビューを読むと、佐竹さんは海外進出にかなり意欲的だと感じます。海外でキュア・アップが勝負できるポイントはどこですか?

純粋に、製品の質や医学エビデンスの構築の度合いで勝負できると思っています。

先ほど話した通り、アメリカの事例は日本より数年早く進んでいます。
ただ調査してみると製品レベルやエビデンス状態は、弊社のアプリは現時点でもシリコンバレーなどの先進的企業と戦える水準にあると思います。むしろ弊社のほうが良い成績が出ているのでは?とすら思うこともあり、医薬品や医療機器の市場の様に欧米企業が覇権を握ってしまう前に、海外での競争に参入したいと思っています。

もう一つは、製品のラインナップです。
現在弊社のサービスは禁煙、NASH、加えて事業提携でメンタルヘルスの3つとなっています。来年には、4領域目のアプリをリリース予定です。
このように、1社で複数の疾患に対して展開する事例はアメリカでも聞きません。

理由は勿論あって、治療アプリは「治療」である以上、医薬品と同様、症状に応じて専用のものを使います。糖尿病には糖尿病アプリ、海外ではガンの合併症を減らすためのアプリ、となるわけです。しかし、1疾病でもしっかりとした品質のアプリを作るのは、それだけでも労力・期間・費用ともに相当難しいです。

それに加えて多領域にスピーディーに展開していく、勿論品質は落とさず・むしろ上げていく形で、となると、かなりの工夫が必要です。その方法論に答えが見えてきたのが弊社の大きな強みと言えます。結果として、弊社のように複数の疾患で製品開発し、エビデンス構築を進める企業は世界でも少なく、先進的なステージにいます。

 

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海外でも十分勝負できる、という言葉の通りイベントへの参加や登壇など、海外でも意欲的な事業展開を目指している。※画面中央が佐竹さん(画像提供:株式会社キュア・アップ)

 

 


■IoTデバイス、IPOによる資金調達、患者様に必要ならば展開していきます。


―海外展開以外に、今後予定している事業展開はありますか?

先ほどのニコチン依存症治療の「CureApp禁煙」については、アプリとBluetooth連動する呼気CO濃度測定測定デバイスを開発し、「治療アプリx測定デバイス一体型のIoTソリューション」として新たにリリースしました

現状、禁煙治療における客観的指標として呼気CO濃度測定の定期的な測定が定められているのですが、既存の機器では大きさや価格の問題から医療機関に通院しなければなりませんでした。1ヶ月に1回の測定では精度にも疑問が出ますし、患者様とすれば治療の進捗がもっと高い頻度で見えた方がモチベーションが上がるはずです。

弊社では、上記のIoTデバイスを携帯できるほど小型・軽量にし、且つ低価格にて開発・提供することで、CO濃度測定を自宅でも外出先でも常に可能にしました。患者様の禁煙に対するモチベーションはもちろんのこと、医学的なデータも毎日蓄積できるようになるため、より禁煙成功に貢献することができるのです。

あくまで弊社のコアは「治療するためのアプリ」ですが、目的は治療成績を上げること、それを通じて患者様のQOLの向上に貢献することなので、そのために必要ならばIoTやAIにも展開していきます。


―過去にメディアの取材に対して「2020年にIPOしたい」と明言されていました。

はい、覚えています。
IPOして資金調達することで、外部の投資家ではなく自分たちの判断で必要な資金を調達し、スピーディーに多くの領域に対してアプリの開発が進められるからです。

治療アプリは、現在まだ未開の新しい領域ですから、既存ビジネスの延長線では辿り着けない新しい取り組みです。その実現に向かうためには大きな資金や思い切った判断が必要になりますが、常に100%そうした意思決定をし続けるのであれば、それができる体制を維持しなければいけないと考えています。

例えば、買収の話があって多額の資金が得られるとしても、買収後「買収した企業側の目的や思惑を踏まえた判断」が入り込むと、治療効果とは関係ない、むしろ悪になるような機能追加や改変の要求が出てくることもあるでしょう。それを受け入れざるを得ない環境は、望ましくないということですね

私は会社で働いた経験がなく、起業そのものに強いこだわりもありませんでした。
アメリカに住んでいた時に治療アプリのビジネスに触れ、その実現ができる場所はないかと、いくつか会社訪問をしましたが、いずれも方向性が違うと感じました。結局、自分が理想とする道を進むのであれば自分で企業し、意思決定をして進んでいくのが一番の近道だと考え起業しました。

バイオメディカルソリューションズの正林さんや、Welbyの比木さん、JOMDD(日本医療機器開発機構)の内田先生など多くの先輩方にお世話になり今日に至っています。
起業当時から、「自分たちで意思決定ができる」という点に強いこだわりがあるのかもしれません。

 

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Cureapp禁煙アプリと連動するbluetoothデバイスを備えた「ポータブル呼気CO濃度測定器一体型治療アプリ」、自分のスマホだけでなく医師にもデータを転送し治療に役立てる事が出来る。(画像提供:株式会社キュア・アップ)

 

 


■医療とアプリサービスを融合させる「優秀で遠慮しない人材」


―「医療」と「アプリ開発」を融合する事業は、社内で異なる文化から入ってくる人たちが働く上でも工夫が必要そうだと感じました、実際どうですか。

確かにと「医療」と「許認可のプロセス」、「アプリ・ソフトウェアの開発プロセス」はそれぞれ文化が違い、多様なバックグラウンドのメンバーが融合し、ならではの力を発揮できるようにするための柔軟さが必要だと感じます。

その中で、活躍しているメンバーを見ると「遠慮しない人」がいいのかなと感じます。
わからないこと、腹落ちしないことは質問をためらわない。
採用時の面接段階から、遠慮なく発言し本質的なことを聞いてくる人。

先ほど「海外展開は思っていたより早く考える事業ステージになった」と話しましたが、これも社内に
優秀なメンバーが入ってきてくれた事と関係があると思います。
1人でもそういう人が入ると、一気に勢いがつきますので。

 

―佐竹さん自身が社長として気を付けていることは

月並みですけど、ビジョンへの共感です。
採用候補者と話す時も社内メンバーと話すときも、会社のビジョンに対してどう考えているのか、何を思っているか。これが全てだと思います。

ベンチャーは良い時期も悪い時期もどちらも訪れます。
例え悪い時期でも、自分たちの活動で病気に悩む患者様をソフトウェアで救う世界に繋げるぞという想いに立ち戻れるかどうか。
これは仕事の優秀さと必ずしもイコールではない、職務経歴などに表れない部分だと思います。

ですから、普段から社内の考えや活動をSNSなどで能動的に発信する点と、
私自身がなるべく多く社外のイベント、ベンチャーに限らず学会などに登壇し、会社の目指すことを発信するという点については、特に意識しています。

 

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インタビュー中も、医師の立場から丁寧且つ詳しい医学的な背景の説明をしつつ、ベンチャー企業のCEOとして明確な事業戦略を語る佐竹さん。

 

 


■医療業界におけるソフトウェアの可能性はまだまだある。


―日本には治療アプリのサービスが少ないので、企業や研究機関などから提携などの打診が多いのでは、と思います。

確かに、アカデミアと一緒に取り組む枠組みと実績は既に多いです。
ウェブサイト上でも明記していますが、ニコチン依存症については慶應義塾大学医学部呼吸器内科。
非アルコール性脂肪肝炎NASH治療については東京大学医学部附属病院との共同開発、
メンタルヘルスのアプリは、ニュージーランド・オークランド大学で開発されたものを取り入れています。

まだ対外的に出せませんが、他にも共同研究を進めています。
医療業界の先生方は、医療機器や薬の研究はしていてもソフトウェアを自力開発する環境がないので、そういった大学の先生や専門家の方から打診されることは多いです。

わたしも元々医師ですから、収益面だけではない部分でそうした活動は大切にしたいと考えています。
キュア・アップでは社長ですが、大学の先生方と話す時は同じ医師として、何が患者に必要なのか、役に立つのかという共通の目線で話せるというのは強みかもしれませんね。

 

―今後も外部との連携は意欲的に考えていますか

先ほどのIoTデバイス同様、「治療効果を持つソフトウェアサービス」という弊社の根幹部分に必要であれば、常に検討します。
この「ソフトウェアで治療」という共通の目線、目的の軸を持っているか?が大事です。

現在のキュア・アップは、治療アプリを毎日使ってもらいしっかり治療効果を出す事業ですが、
医療業界におけるソフトウェアの可能性はそんなものでは無いと思います。

今後、全自動で外科手術する機械が実現したり、人によって行われていたことだけど本来は機械化・自動化できるプロセスについては、ソフトウェアが代替していく分野も出てくると思います。その際に、人が使っていたハードウェアとの連携も多くなると思います。

その時こそハードを動かすソフトウェアの信頼性が問われますし、実現すれば大きなイノベーションとなります。こうした「さらに先の医療」を見据えて、ビジョンを同じくできるパートナーがいれば一緒に課題解決に取り組まさせて頂きたいと思います。

 


プロフィール
株式会社キュア・アップ
佐竹 晃太 最高経営責任者(CEO)兼 医師
慶應義塾大学医学部卒、日本赤十字社医療センターなどで臨床業務に従事し、呼吸器内科医として多くの患者様の診療に携わる。2012年より海外の大学院に留学し、中国・米国でのグローバル経験を積む、米国大学院では公衆衛生学を専攻する傍ら、医療インフォマティクスの研究に従事する。
帰国後、2014年に株式会社キュア・アップを創業。現在も週1回の診療を継続し、医療現場に立つ。
上海中欧国際工商学院(CEIBS)経営学修士号(MBA)修了、米国ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院公衆衛生学修士号(MPH)修了

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)