Interview

純肉(cleanmeat)が切り拓く、未来の細胞農業 ――shojinmeatプロジェクト 杉崎麻友

text by : 編集部
photo   : 編集部,shojinmeatproject,Fabcafe,山田しいたさん

牛の筋肉細胞から牛肉を作る、牧草地も飼料も不要。必要なのは「培養液」
世界中で研究が進む細胞農業(Cellular Agriculture)の分野において、2014年に有志団体として始まったshojinmeatプロジェクトは2016年に産業化を目指す「インテグリカルチャー社」をスピンオフしながらいまも市民科学(Citizen Science)主導での技術の普及と社会コミュニケーション活動を行っている。

コンサルティング会社でOLとして働きつつ、shojinmeatプロジェクトで細胞培養の研究に取り組む杉崎さんにお話を聞きました。


■純肉の商用化に欠かせない「コスト」を下げる努力


――まず杉崎さん自身のshojinmeatで行っている活動を教えてください。

自宅で鶏の赤ちゃんから採取した細胞の培養をしています。

最終的には、牛や鶏を殺さずに少量の細胞だけ採取してそこから純肉(clean meat)を作れる、という状態を目指しています。しかし、一般的に成体(大人の牛や鶏)の細胞は増えにくいので、 新しい培養方法の確立であれ、遺伝子導入であれ、何らかの方法でこの壁を越えることが純肉業界全体の課題の一つだと思っています。

ほかの課題として、「コストの高さ」が挙げられます。
2013年にロンドンで純肉の試食会がありましたが、その時点では「200グラムで数千万円」でした。

年々コストは下がっていますが、いまだ従来の食用肉ほどの価格にはなっていません。
そこで「細胞を増やすためのコストをどう下げるか?」が重要です。

――コストを下げるための取り組みを教えてください。

通常、細胞培養にはクリーンベンチや遠心機のような高価な機材が必要ですし、機器の維持費や細胞を育てるための培養液など様々なランニングコストが掛かります。
これを、shojinmeatプロジェクトのように「家で細胞培養出来る」ようにする。

大学の研究者時代のわたしもそうでしたが、多くの人は「細胞培養にはこの機材と環境が必要」という思い込みがあります。この前提条件を全て覆そうとしているのが、shojinmeatプロジェクトの特色です。

shojinmeatのウェブサイトでは研究だけでなく社会的な議論や海外の動向なども総合的に紹介している。

■自宅で実験、slackで共有&議論。世界的にも珍しいshojinmeatスタイル


――shojinmeatプロジェクトはどのように研究のやりとりをしているのでしょうか?

わたし含め、各自が自宅で細胞培養実験を進めていて、逐一その結果をslack等で共有しています。
チャットで「家でこういう実験したらこんな細胞観察できましたー」と画像をアップすると、みんなが「お!いいね!」「そこの条件どうなってるの?」とコメントが飛び交います。

この反応がすぐ返ってくるのがshojinmeatプロジェクトの楽しいところだと思います。
大学の研究室にいた頃は、こんなに1つ1つの実験に「これやったー」「これダメだったー」「何が違ったー?」というやり取りをスピーディに出来る感覚は無かったので。

――試行錯誤が進むスピードが速そうですね。

そうですね、1人の研究者が5年掛かる研究でも、こうして10人で取り組めば同じ期間で出来るトライアンドエラーの量も増えると思います。

あと、反応が返ってくると純粋に「次の実験も頑張ろう!」と思えます。
やりとりしているうちに次のアイデアも浮かびますし。慎重に研究を進めることも大事ですが「とりあえずやってみよう!」と思える人はshojinmeatに向いていると思います。

――自宅で実験してslackでやりとりする、ってかなり独特ですよね。

はい、Shojinmeatプロジェクト自体「純肉を身近にする」ための活動を重視しています。
研究者に限らず、例えば小学生の子がお家で細胞培養を体験したら、家族も交えてなんとなく「細胞培養ってこんな感じか」とわかりますし、実際に高校生のメンバーが細胞培養の体験記を書いたりもしています。

それを読んだ方が「私でも出来そうだな」って思ってくれたら、ぜひできる範囲で試してみてほしい。研究という側面では『誰がやっても再現できる』ことが重要ですからね。まだハードルが高い部分もありますが、それをどんどん下げていくことが我々の役目でもあると思っています。

ニコ動の動画にも多くのコメントがついていますし、ごく一部の研究者だけじゃなくて興味を持ってくれた多くの人にプロジェクトには参画してもらって、いろんな角度から研究を進めて純肉の実現に近づけたらいいな、と思います。

―ウェブサイトもかなり研究以外のジャンル、二次創作やアートなども含まれていますよね。

そうですね、コミックマーケットで純肉本を頒布したり、純肉を題材にした漫画を制作してもらったり、と「#文化/思想」の動きも活発ですね。

Shojinmeatプロジェクトは基本的に「その人なり」の関わり方が出来るならウェルカムだと思います。どうやって純肉を社会に受け入れてもらうか?の意見や情報発信をしたり。誰かが役割を決めるというより「私なら、これができます」で関わる感じです。

強いて共通点があるとしたら「これは世界に実現すべきものだよね」という想いです。その中身は「家畜を飼うことで起きる環境への影響を減らしたい」「火星移住に向けて効率的に肉を生産したい」とか色々だとは思うんですけど。

campfire上では月額500円からのクラウドファンディング支援も呼びかけている。


■「細胞、とってもかわいいんです。」


――「自宅で細胞培養」のイメージが湧かないのですが、杉崎さんの自宅に設備があるということですか?

住んでいるのは普通のお部屋ですけど、一応温度を一定にするためのインキュベーター装置があります。あと、基本作業はフローリングの上でやってますね。本来クリーンベンチ内でやる作業も含めて。

あとは、遠心機の代わりに扇風機を使ってみたりとか、身近なものを実験道具として使えないか色々試してみているところです。

実験結果はshojinmeatのslackに共有したり、観察用のブログにも詳細を載せています。

――ブログだと、かなり細胞そのものに愛着が湧いているなと思ったのですが。

そうですね、かわいいんですよ細胞。

――かわいい?

細胞を新しいシャーレに移してあげると、最初は培養液中でふわふわしてるだけなんですね。そこから、その環境で生きていける子たちは足を伸ばして張りつくようになるんですけど。

生体内なんかに比べたら圧倒的に居心地が悪いはずのシャーレの中でも、頑張って足を伸ばして生きようとしてる姿が健気でかわいいなぁ、って思います。

あと、分裂細胞って1日24時間のうち1時間くらいしか見られないのですが、偶然顕微鏡をのぞいたタイミングで分裂細胞がいると「あっ!分裂中だった?見ちゃった、ごめんね」って。

杉崎さんのブログでは自宅で創意工夫する実験の状況も紹介されている。
お菓子の空き箱を容器の固定に使ったり、扇風機を遠心のために使う様子が掲載されている。

――同居人の着替えをのぞいちゃった。みたいなノリですね。

結構ラッキーなことなんですよ。
観察時間とか本当は短い方がいいんですけど、いろんな形の細胞観るのが楽しくてつい眺めちゃうんですよね・・・ちょっと細胞に愛情注ぎ過ぎかもしれないです。(笑)初めて食べる時に泣くかもしれない。

わたしはまだ試食していないのですが、試食したメンバーは「うま味の塊、アミノ酸の塊って感じの味」と言っていました。

恐らく牧場で鳥や牛を飼う方、農家で作物を育てる方も愛着を持たれると思うのですが、その感情に近いのかもしれないです。

――shojinmeatプロジェクトは海外の会議にも参加しているなという印象を受けたのですが。

はい。ただ世界的にみてもshojinmeatのように「自宅でDIY的に細胞培養」というアプローチは珍しいようですね。言い出しっぺの羽生さんが国際学会で「僕らのプロジェクトでは高校生が自宅で細胞培養している」と話すと毎回驚かれるそうです。

連絡用のslackにも海外からの方が参加していますが、自宅での培養に関する質問は多いですし、ドキュメントを英語化してほしい!という声もよく頂きます。

杉崎さんは実験した結果や振り返りについてもブログで公開している。
詳細な内容と共に「抗生物質が多すぎた・・細胞たち、ゴメン(´;ω;`)ブワッ」など細胞培養が身近に感じれるような内容。

■動物の命を奪う現在の先にある、純肉当たり前の世界


――杉崎さんは農学部のご出身なので、食や畜産を通じて動植物の命を奪うことへのお考えがあるのかな、と思っていますが実際はどうですか?

たしかに一般の方よりそこへの想いは強いかもしれません。

以前、鳥インフルエンザが流行した時何千羽もの鶏が殺処分になったニュースを見て「人間が食べるために育てられて、ウイルスに感染したら殺すのか。人間にそんな権利はあるのかな」と疑問を抱いたことがあります。植物も同様ですよね、人間が好きなように切って植え変えて。

もちろん、その社会の上に私も生かされているのですが、何か考えてしまいます。

――もうちょっと別の形はないものかと。

はい、ですから純肉について初めて知った時にも興味を持ったんだと思います。

いま私たちの実験でも、有精卵から鳥の細胞を採取することがあります。
温め始めて10日過ぎの卵を開けると小さな雛の状態で、その時点では雛の心臓が動いている。

そして徐々に動きが遅くなるので「細胞を採るために、いまこの鳥が死ぬんだ」というのを感じます。同時に「これは普段私たちが食べている肉と何が違うのだろう」とも感じます。
スーパーに陳列されている鶏肉や卵も、どこかの瞬間で食べるために殺されているんだなと。


山田しいた(@yamada_theta)さんによる純肉をテーマにした漫画作品。(Pixivより引用)
上記は過去コミケ(c93)に出店した際の小冊子から。

――実験を通じて命が尽きることをリアルに感じている。

はい、多分shojinmeatの名前の由来にたどり着く話だと思います。

精進料理は基本的に殺生しません、しかし何らかの形で生き物を殺生した場合は「無駄なくありがたくいただく」ことが重視されます。

いまは実験段階でわたしたちもやむなく殺している命がありますが、可能な限り研究速度を加速して、細胞をたくさん集めて冷凍しそこから再利用するなど、純肉の技術向上で最終的に殺される命が少なくなるようにしていきたいなと思います。

――最後に、純肉を僕らが普通に食べるのがいつ頃になりそうか?を聞いてみたいのですが。

プロジェクト内では「10年以内には市場に出したい」という話がでてますね。
今小学生の子たちが社会に出るころには「今日お肉食べたいな。何にしようかな」という時の選択肢に普通に純肉があるような。

――牛にするか豚にするか、の感覚でひき肉か純肉かを選ぶような。

そういう感じです。
そのためには購買価格、コストがもっと下がる必要がありますが、その頃には普通のご家庭に純肉を作る器具があり、ガーデニングで野菜を育てる感覚でお肉を手軽に作れたらいいなと思います。

――自宅に純肉用の調理器具があるのが当たり前。

はい、もう普通の家庭ならあるような。
炊飯器、電子レンジ、冷蔵庫、食器洗い機、純肉用細胞培養機。という感じで。

そうなれば世の中のレシピサービスにも純肉のレシピが沢山掲載されているでしょうし、各家電メーカーから純肉培養器が発売されていて、自社製品のアピールのために「わが社の細胞培養機は、独自の製法で肉のうまみが違います」とアピールしたり。

そういう世界を実現するために活動していけたらいいですね。


杉崎麻友(すぎさきまゆ)shojinmeatプロジェクトメンバー 研究者
北海道大学農学部卒業後、東京大学新領域創成科学研究科修士課程修了。コンサルティング会社にアナリストとして勤務しつつ、2017年8月よりshojinmeatプロジェクトに参画。より安価で安定的な細胞培養方法の確立を目指し、自宅で実験・検証活動を行う。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)