2017.12.19 TUE 北海道十勝発、世界へ。牛用のウェアラブルデバイスで畜産の未来を変える -株式会社ファームノート 阿部剛大
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部,株式会社ファームノート |
後継者不足やTPPによる関税撤廃など、今後に向けた課題が多い日本の畜産業界。
酪農・畜産向けクラウドサービス開発に特化した株式会社ファームノートは、「牧場を、手のひらに。」をビジョンにクラウド型牛群管理システム「Farmnote」を展開、既に2,100件の農家が導入し20万頭の牛が管理されている。
このファームノート社で牛の首に取り付けるウェアラブルデバイス“Farmnote Color”の開発を担う阿部さんは、北海道十勝出身ながら、入社まで酪農・畜産の経験は全くなかった。最新技術を駆使して畜産業界を変える挑戦について阿部さんに伺いました。
■牛の活動状態を検知し、生産性向上に貢献するFarmnote Color
――Farmnote Colorは牛に取り付けるウェアラブルデバイスですが、主にどういった用途なのでしょうか?
人間の場合はきめ細かくデータを取得して体調を管理することが多いですが、
Farmnote Colorは牛の発情状態を検出し、通知します。
牧場経営にとって、発情データはとても重要です。
分娩しなければ牛乳も出ませんし、当然子牛も増えない。
そして発情状態を見逃せば経営的な損失も生じますし、体調悪化によって乳が出づらくなることや、廃用にせざるを得ないような疾病を見つけることも大事です。
現時点で販売しているデバイスではこの部分に特化し、加速度センサーを用いたシンプルな仕組みを採用しています。牛の排卵時行動を捉え、イベントとして通知する。
人間用のウェアラブルデバイスよりもシンプルなので、考え方としてはM2M(Machine to Machine)に近いかもしれません。
――装着対象が牛用と人間用で、大きな違いとして何が挙げられますか?
最も違うのは充電ができないことだと思います。
人間用のデバイスなら、充電が切れそうなら自分で判断して充電してくれますが、牛は自分で充電器に指しませんし、牧場の人が充電切れを見つけるとしても100頭、200頭飼育していたらいちいち充電・交換するだけで大変な労力です。
使用している間は電池の残量が気にならないことが前提となるので、ここは人間用のウェアラブルデバイスと違う点ではないでしょうか。
――加速度センサーだけで牛の発情状態は判別できるのでしょうか。
人も一緒ですけど、発情すると落ち着きが無くなります。
そして活動的に歩き回ったり、他の牛にちょっかいを出す。
この時、牛の卵巣から分泌されるホルモンに大きな変化があります。
まず、前回の排卵後にできた黄体が退行すると、黄体が分泌していたプロゲステロンの量が低下します。この時に、卵巣にある最も大きな卵胞は排卵の準備に入りエストラジオールを分泌します。
このエストラジオールの量が増加すると牛はソワソワと動き回り活動量が増加します。
この動きを捉えることで発情発見をするという仕組みです。
今後は体温や心拍数というアプローチもありえますが、酪農の現場でも牛を目視で確認し「あの牛、落ち着きないから発情期かもな」と判断していますので、この作業をデバイスで代替している形です。
■平均21日周期、1回で約8時間。発情を漏らさず検知できることが生産性向上に繋がる。
――牛の場合、自分で充電しないだけでなくデバイスが故障しても「あれ?壊れたかな?」と気づきませんよね。その点でもケアが必要なのかなと思ったのですが
たしかに、初期のデバイスでは壊れにくさを重視し現行のものより約2倍大きい筐体を使用していました。その後、内部基盤の設計に工夫を凝らすなど壊れにくさを重視しながら徐々に小型化していきました。
内部に搭載するセンサーの種類を増やすと、故障率も上がりますし原価も安くし難くなります。
そこでFarmnoteは「検出するデータの種類の多さ」よりも「壊れずに使え、牛の動きに関するデータを大量に収集し解析できる」点で価値を出していこうという考えが強いですね。
-牧場・畜産業界はIT化が決して進んでいるとは思えないのですが、牧場の方々はFarmnote導入について「意味がわからない」といった反応はないのでしょうか?
結局、導入したらどれだけ経営改善に繋がるか?だと思います。
「牧場主」のみなさんはあくまで「経営者」ですからFarmnoteの仕組みと言うより導入後、コスト改善に繋がるか?で判断されていますね。
牛の発情持続時間は約8時間、平均21日周期と言われています。
24時間ランダムで発生しますから、仮に見落とした場合およそ21日先まで待つことになる。
その間の餌代や管理に必要な経費、1頭約3万円が無駄なコストになるので、2万円台後半の導入費用であれば1回見逃すのを防止できた時点で利益が出るものだとご理解頂けます。
導入後の牧場からもセンサーによる検知に切り替えたことで生産性も上がり作業負担も軽くなったと言われます。また「21日周期で発情しない」の検知にも使えるので、「卵胞嚢腫」という子宮の調子が悪化し排卵サイクルが乱れる疾病疑いの牛を発見する部分にも貢献しているそうです。
IT化の遅れは確かにありますが、牛の発情発見装置自体は約10年前からあるので全く新しい仕組みとしての説明が必要なケースは少ないです。
■畜産でのデータ活用は、東南アジアなど低緯度地域の畜産を変える可能性がある
――現在ファームノートカラーの説明で、「発情状態の発見」だけでなく肥育成績向上や事故リスク低減なども含めていますが、今後も機能拡充する予定でしょうか?
はい、当初は発情発見機能が中心でしたが、様々な研究開発とデータの蓄積によって他の機能拡充を進められる状況になりました。今後は疾病検知や食欲状態など、発情以外に日々牧場の方が目を光らせている部分を検知できるよう、順次リリースしていく予定です。
――10月には福岡に西日本支社を開設しました、北海道の牧場とはまた違ったデータが取れるのか気になるのですが。
北海道と九州、確かに緯度も異なりますが、細かい飼育方法や餌を与える時間帯・回数などを除けば、あまり大きな違いはありません。
日本国内に限らず、世界的にも大きな違いは無いのですが今後各地の詳細なデータを収集し解析した結果何か違いが見えてくるかもしれません。いまはその手前段階だと思います。
――世界各地に畜産の市場があります、今後は海外展開も予定されているのでしょうか?
今年3月の資金調達時に発表した通り、色々と検討している段階です。
例えばこれはあくまで一例ですが、東南アジアは牛乳の価格が上昇し、物価が日本の3分の1の国でも牛乳だけが日本と同価格という状況もあるようです。
この国に日本で生産した生乳を輸出するのは難しい、でも技術そのものを輸出すればこの価格面の問題を解消できるかもしれない。
日本は北海道から九州まで緯度や気候のバリエーションが豊富で、個々に最適化された飼育ノウハウがあります。この技術を東南アジアなど低緯度地域に輸出できる可能性があるかもしれません。
■同郷の小林に「帯広から世界に行く事業をやろう」と誘われた。
――阿部さんがファームノート社に入った動機は?
代表の小林から「帯広で一番の事業をやろう」と誘われたことですね。
もともと僕は小林と同じ北海道・帯広の出身で知り合いでしたが創業期からいたわけではありません。それまではエンタメ系のウェブサービスでデータ分析をしていたのですが、「もう少し実業に近いことができないか」「地元でしかできない仕事は」という事を考えていました。
その頃、小林と食事をしていた時に「帯広で一番売上が高い会社知っているか?」と聞かれました。僕は知らなかったし、小林が教えてくれた正解がどの会社だったのかも思い出せないですが、その時に「この会社を越える事業をやろうよ」と言われたんです、それが「帯広から世界へ」という標語を掲げたファームノート社でした。
生まれ育った帯広から世界に向けて価値のある製品が出る、それが地元にとって重要な産業と繋がっている。このビジョンへの共感がかなりありました。
――最後に、阿部さんとしてファームノート社でこういう世界を実現したい、というイメージがあれば教えてください。
牧場の方たちが「もっと牛と向かい合いながら飼うことができる」ことに貢献したいです。
Farmnoteを導入すれば、発情しているかどうかという日々の監視業務は楽になります、それによって空いた時間で「牛と対話する時間」が増やせると思うんです。
牧場で「発情している牛はいるか」と注意を払っていると、どうしても健康的な牛に目が行きがちですがそこはFarmnoteで賄うので、もっと発情状態になりづらい体調の悪い牛たちをケアする時間を多く取る。その結果、健康的な牛が増えるのではと考えています。
インタビューの冒頭で「M2M(Machine to Machine)に近い」と表現したのは、生産性を重視するあまり「餌を与える、発情しているかチェックする」と、人と牛が無機質な関係に終始している部分がある。
ですが牧場で働いている方は、皆さんやはり牛に対する愛情があるんです。
その愛情を注げるよう、監視・計測のところはFarmnoteに任せてもらって、牧場の方は牛との対話を重視した飼育ができる。
そういう世界を作るために貢献する道具を作りたいな、と思っています。
阿部剛大 株式会社ファームノート デバイス開発マネージャー
北海道帯広市出身。2011年釧路工業高等専門学校専攻科修了、2013年筑波大学大学院システム情報工学研究科修了。2013年株式会社ドワンゴに新卒入社、データ分析基盤の開発に従事。2016年株式会社ファームノートに入社、世界一の農業データハブを目指して日々奮闘中。並列分散ミドルウェアが大好き。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)
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