2017.10.23 MON 人工心臓や心臓移植が不要な世界を創る。再生医療ベンチャー企業「メトセラ」の挑戦 ― 岩宮貴紘・野上健一
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部,株式会社メトセラ |
心不全の症状が悪化すると、最終的には心臓移植以外の方法がない。
しかしながら心臓移植はドナー不足で心臓移植を待つ待機患者は多く、手術自体も高額で、多くの患者が受けられる治療法とは言い難いのが現状だ。
2016年3月に創業した慶應義塾大学発の「メトセラ」はまさにこの心不全に挑戦する再生医療ベンチャー。人工心臓や心臓移植手術自体が不要となる世界をめざす、メトセラ流の再生医療について聞いた。
■心臓移植も開胸手術も不要! 新しい心疾患治療をめざす
―再生医療の分野はまだ臨床試験中、またはその手前の段階という認識を持っています。この段階で2016年にメトセラを創業した背景を教えていただけますか?
岩宮(写真左): メトセラのコア技術は線維芽細胞を用いた新しい再生医療です。これはもともと学生時代に発見したアプローチなのですが、小さい頃に祖母が心不全になったこともあり、いつかは一般医療化したいと考えていました。
研究が進むうちに臨床応用に向かえる手応えを感じましたが、同時にそのための研究費をどう調達するかが大きな課題となって…。そこで、起業して投資家から資金調達を行うことで、一気に製品開発まで進めるのではないかと考えました。
野上(写真右):2014年に岩宮とチームを組んでから、僕も岩宮も創業すること自体に迷いはなかったのですが、「いつやるか?」のタイミングを伺っていました。
2015年の秋、実験受託会社の協力もあって動物実験の実施に目処がたち、機が熟したと判断して2016年に起業しました。
「動物実験によって細胞の治療効果を明確に確認できる」
これは投資家に対して費用や効果、準備に必要な期間も含めた事業展開を説明しやすくなったということですから、このタイミングが起業へと繋がりました。
創業当初より、ベンチャーキャピタルからの投資や、NEDOからの助成金などで十分な金額の調達を実現でき、いまは充実した環境で製品開発に取り組む体制を整えることが出来ています。
―再生医療はiPS細胞が脚光を浴びてから世の中の関心も高い分野です。心疾患に特化してこの分野に取り組んでいる立場から、再生医療の現状やメトセラの現在について教えてください。
岩宮:世界で最も死者数の多い病気が心疾患ということもあり、再生医療の中でも心臓に関する研究は世界中でもっとも活発な分野のひとつです。米国では、数多くの会社が心疾患向けの再生医療等製品の臨床試験を実施していますし、国内でも、さまざまな細胞を用いて心疾患向けの製品の開発が試みられています。2016年5月には、心不全治療用の再生医療製品が、世界に先がけて日本で発売されています。
再生医療はこれまで、「幹細胞」という、体中の色々な細胞に変化することの出来る細胞に特に焦点を当てて開発が進められてきました。メトセラは、投与するのは本当に幹細胞である必要があるのか?という根本的なポイントからアプローチを考え直しました。
もちろん、iPSを初めとする幹細胞に関する研究は非常に将来性のある分野です。しかし、実用化に当たっては、低コストかつ品質の安定した大量培養や、発がん性リスクを排除する方法などの確立が必要となります。僕個人としては、実用化までにもう少し時間が必要になるだろうと考えています。
メトセラが用いている「線維芽細胞」は幹細胞ではなく、実は患者さんの体内にもともとある細胞です。遺伝子の組み換えなどは行っておらず、発がん性リスクもありません。メトセラが開発した手法を用いることで、短期間に、低コストで、大量に培養することも可能です。それでいて、極めて高い心不全の治療効果を持っているという点が、とてもユニークなところです。
このメトセラの細胞の特徴を活かして、1日でも早く、「心臓再生」という新しい治療のコンセプトを多くの患者さんにお届けしたいと考えています。
■「線維芽細胞は心不全患者にとって悪者」それは本当か?
―メトセラは「対象の患者がたくさんいるか」「金銭面の負担が重くないか」にかなりこだわっているように感じましたが。
岩宮:そうですね、いかに低コストで製品化し、一般医療として患者さんの元へ届けられるかはメトセラの製品開発における大きなテーマです。
心疾患の治療は、最初は投薬やカテーテルなど、患者さんへの負担の軽い治療法から始まりますが、症状が深刻化して、ペースメーカーや補助人工心臓の体内への埋め込みが必要になると、手術による患者さんの身体への負担は大きくなり、医療費が数千万円に達することもままあります。
こうした現状を目の当たりにして、僕らは人工心臓や心臓移植が必要となる患者さんの数をできるだけ減らしたいと考えるようになりました。
現在、心疾患向けの医薬品は心不全を根治させる治療法とはいえず、症状の進行を遅らせることに主眼が置かれています。薬が効きにくい患者さんが少なくなく、時間の経過とともに症状が悪化し、心臓移植手術が必要になってしまうこともあります。症状が重症化する前の選択肢としてメトセラの細胞を選んでいただけるように、カテーテルでの細胞の投与にも取り組み、患者さんの負担の軽減を図っています。
―線維芽細胞を活用しているのはメトセラの特色ですが、この方法にはどのようにたどりついたのですか?
岩宮:線維芽細胞はもともと、心臓研究者の間では悪者のように扱われていました。心不全が進行すると線維芽細胞が異常に増殖し、心臓のポンプとしての機能をなくす「線維症」という症状を引き起こすためです。
でも、心臓の約半分は線維芽細胞で出来ています。すべての線維芽細胞が悪者ではなく、「中には良い線維芽細胞もあるのでは? それを心筋細胞に混ぜれば面白い効果が得られるのでは?」と考えました。
―本来心不全の人に悪さをする細胞を逆に使おう、という柔軟な発想には何かきっかけがあったのでしょうか。
岩宮:柔軟な発想、というより僕の学生時代(東京女子医科大学 医学研究科 先端生命医科学系専攻 再生医工学分野)の研究者としての師匠(東京女子医科大学 先端生命医科学研究所・循環器内科 松浦勝久 准教授)の存在が大きかったと思います。
松浦先生は「物事を疑ってみる」という考えがとても強い方で、僕にも常々そういうアドバイスをしてくれました。その「癖」みたいなものを引き継いだのかもしれません。
何度も「本当にそうかな」と自問自答を繰り返していたら、たまたまある日「線維芽細胞って本当に悪者かな?」という問いにたどり着いたんです。
最近の人工心臓にも「拍動させずに血流を生み出して心臓として機能させる」という手法のものが出てきました。これも「心臓はドクドクと拍動しているもの」という先入観を捨てたものです。こうした既存の概念にとらわれない自由な観点は研究開発においてとても大事だと思います。
■「凄い技術だけど誰も使わない」と指摘された時に受けいれる、謙虚な心
―心臓に関する再生医療の研究がこれほど活発となると、世界的にも競合が多く生まれているのでしょうか?
野上:はい、既にアメリカには多くの競合企業がいます。
間葉系幹細胞という骨髄や脂肪由来の細胞を用いた治療法を中心に、臨床試験のフェイズ2や3といった、ヒトでの治療効果を確認するステージまで進んでいる企業もあります。基礎研究とヒトへの臨床応用には大きな壁があり、生産プロセスの開発などさまざまな問題をクリアしていかないと前へ進めないため、焦りを感じる部分ももちろんあります。
再生医療というと、どうしても価格がネックになり、重症度の高い患者に限定した治療法と考えられがちです。
僕らは、低コストでの製造を可能にするメトセラの「細胞培養技術」と、高い治療効果を武器に、このイメージを変えていきたいと考えています。
従来の投薬治療で効果が出にくい患者さんに対して、出来るだけ早期にメトセラの細胞を投与することで、症状を悪化させることなく完治へと導くという、新しい再生医療のありかたを実現できるのではないか、と。
―海外の競合企業の話がでましたが、再生医療分野における日本と海外との差を感じますか?
岩宮:いちばん端的に差を感じるのは、品質に対するこだわりです。日本人の「完璧」を追い求める姿勢は他の追随を許さない部分があり、たとえば再生医療関連の研究機器開発などについても、そのこだわりを強く感じます。
野上:それに比して、海外は割り切っている部分も多いような印象。たとえば細胞の培養装置にしても、品質はそこそこに「いかにコストを安く・早く作れるか」という生産性の観点に力点を置いた製品は、海外製品の方が多い印象を受けます。一方で、こうした装置は繊細で培養の難しい細胞には対応できないこともあり、品質と生産性の両立の難しさを感じます。
人体に投与する以上、細胞は高品質な方が望ましいが、生産性が低いとスピードも遅くなり、コストが上がる――このバランスを上手くとっていくことが、今後メトセラの強みにも繋がっていくように感じています。
―研究とビジネスの目線を両立させるというバランス感覚。
岩宮:僕も研究者ですから、研究者が科学的根拠を重視するのは大事な事だと思います。
でも、製品開発はそれだけではないので、ビジネスの観点から「こんなんじゃダメだよ」って指摘されることも多々あります。それをすんなりと受け入れるのってけっこう大変なことですよね。
野上:「すごい技術なのはわかるけどそれじゃ誰も使わない」って言われたら、技術者としてはその意見を認めたくないですよね。でもそこを乗り越えてこそ研究とビジネスが両立したものを創り出す文化が生まれるわけで、メトセラにはこの企業文化をきちんと根付かせていきたいと考えています。
岩宮は研究者として、そういった指摘にもきちんと耳を傾けるタイプです、正直、僕も岩宮以外の人間とは研究開発型ベンチャーを一緒にやれるイメージが湧かないですね。
■ 長い年月の掛かる再生医療は、本来若い人にこそ向いている
―「こういう人が再生医療のビジネスに向いているな」と思うタイプはありますか?
野上:僕は若い人こそ再生医療のような研究開発型のビジネスに取り組んだほうがいいのではないかと思います。
ITベンチャーなどと比べると研究開発型ベンチャーの立ち上げには長い時間が必要です。こういう分野こそ、若い方がリスクを取って、がむしゃらに夢を追うことで開ける道があるのでは、と考えています。
基礎研究が必要で、実験ひとつ実施するにしても結果が出るまで半年以上かかることもある。
成果がでるかどうかもわからない、その状況下でリスクが取れて「とりあえず勢いでやってみます!」と言える若者の方が絶対に向いていると思うんです。
文字通りゼロから始めて何かが生まれる、という経験はその後の人生の役にも立つでしょうし、そこから何かを達成できたとしたら、とても幸せなことだと思います。若いエネルギーを持て余している方がいれば、ぜひメトセラの事業の推進役として、入社していただきたいなと思います。
―メトセラ社内はやはり再生医療に取り組んでいた方々が多いのでしょうか。
野上:研究者が多いので、ITベンチャーなどとは雰囲気が違うかも知れません。
でも事業の進め方は、ITベンチャーにかなり似ているところもあると思います。たとえば、(細かく期間を区切って製品の開発を行う)「リーンスタートアップ」の考えを取り入れて、実験の途中段階でも経過に応じて試験計画をどんどん書き換えているのはいい例ですね。これは、あまり大手の製薬会社には見られない手法ではないでしょうか。
研究開発型ベンチャーにとって、調達金額の観点からみれば、実験にはかなりのコストが投じられており、その成果は企業価値に直結する大事なものです。
ですから、実験の成果を最大化するために、事前の仮説に対して「違う」と判断できたタイミングで実験を中止したり、試験計画を変更したりするということを日常的に行っています。
プロジェクトの進行も、IT系のスタートアップによく似ていると思います。
週次で研究開発のミーティングを実施して、Trelloで各プロジェクトの進行状況をレビュー、開発のスプリントを回していく、というのが今のスタイルですね。
―扱う分野が再生医療であるだけで、非常にITベンチャー的ですね。
野上:はい、いまメンバーが10名前後いますが、ゲーム会社にいたメンバーもいたり、過去の経歴も種々様々です。私自身、3年前はEコマースのスタートアップにいまして、エンジニアと開発のスプリントを相談したりしていました。
メトセラは、できるだけ色々なバックグラウンドを持った方がいる会社にしていきたいと考えています。
細胞しか知らない人が集まったら細胞の会社になってしまうわけで、研究領域に幅を持たせて、それぞれの専門性をもとにコミュニケーションもしっかりとる、そういう会社にしていきたいと思います。
プロフィール
株式会社メトセラ
岩宮貴紘 代表取締役 Co-founder, Co-CEO
慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任助教
2014年3月 東京女子医科大学医学研究科博士課程修了(医学博士)。2010年より東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(TWIns)にて心臓再生医療に関する研究を開始し、2012年以降は心臓線維芽細胞の研究に注力。2014年4月より慶應義塾大学先端生命科学研究所・再生医療チームのチームリーダーとして、線維芽細胞による臓器再生の研究に携わる一方、2014年よりメトセラの事業化をプロジェクト化。メトセラでは共同代表として、基礎開発から臨床応用を含む研究開発計画の立案・遂行を統括。1984年生まれ。
野上健一 代表取締役 Co-founder, Co-CEO
2008年3月 筑波大学第三学群国際総合学類卒業。2015年8月 UCLA Anderson School of Management (MBA) 入学(2017年6月中退)。2008年より三井住友銀行の投資銀行本部、2010年よりモルガンスタンレー証券の投資銀行本部にて、6年半に渡って企業買収や企業の資金調達などに従事。2014年よりザ・リアルリアル(株)の経営企画室長に就任しベンチャー企業の経営全般に携わる一方、2014年1月よりメトセラの事業化に参画。メトセラでは共同代表として、開発戦略の立案、ビジネスモデルの構築、ファイナンスなど、研究開発を除く領域の事業遂行を統括。1985年生まれ。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)
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