Interview

西粟倉の村から、日本の約6割を占める「山の資産活用」に挑戦する ――株式会社百森 田畑直

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社百森,西粟倉村役場

岡山県西粟倉村。面積の95%が山林、人口1,400人。
兵庫、岡山、鳥取の県境にあり、地方移住を考える人々から大きな注目を浴びる西粟倉は「百年の森林構想」を掲げ、森林を守る事と産業創出を両輪で回す取り組みをしている。
その西粟倉村で山林経営を担うベンチャー企業株式会社百森の田畑さんに、未来の山の活用や林業の在り方についてお聞きしました。


■山は、いわば在庫管理されていない状態だった。


――まず百森と「百年の森林構想」がなぜ誕生したのかを教えてください。

起源は約20年前の「平成の大合併」です。
西粟倉村は住民投票で周囲の市町村と合併しない道を選びましたが、自分たちだけでやっていくなら、村の面積の95%を占める「山」をどうにかしていかなければ。となったことが百年の森林構想に繋がります。

山や林業のことを考え、「山のKPI」を回していくには長期的な取り組みが必要です。
当初は自治体が中心となり一定の成果も出ていますが、周期的な人事異動などで専門的人材が育ちにくい課題を抱えていました。

そこで民間に移行し、長期的な計画とそれに必要な人材育成、積極的な利益追求をしていこうとなって株式会社百森が始まりました。

――昔から続く林業のやり方だけで、西粟倉の地域経済を回すのは難しかった?

まず、林業を取り巻く環境が時代と共に変わっています。

歴史を辿ると、戦中・戦後直後は、薪や炭の燃料、住宅用建材のために日本中の山から木が伐採されていきました。その結果土砂災害が多発したこともあり、国が主導して木がたくさん植えられました。これが1960年代の拡大造林期です。

しかし植えた木は50年待たなければ出荷できません。その間に建材需要が大きく変化し、木材の価格が下落します。すると徐々に山を手放したり、山の手入れをやめる人が増えました。

2018年のいま、1960年代に植えた木はちょうど50歳程度で出荷できるタイミングに差し掛かってはいるのですが。

(画像引用:西粟倉村役場ウェブサイトより)

――50年前に比べて、燃料や建材のニーズが変わっていそうですが実際は?

実態としては「出荷するために木を伐採する」というよりも、山の手入れのために伐採して、とりあえず木材が出てくるので「さあどこか買ってくれるところはないか?」と探しているような状況です。山自体は結構肥えて、出荷を待つ木は増えているけど、その在庫を処理しないといけない。

そして、山にはそもそも「在庫管理」の概念が無いことが多いです。
切った後の木材を売った記録や、いつ間伐したかの記録は残っていても、「いま山にどんな径級の木が何本生えているのか」の記録やデータはほとんどありません。

――収穫するまで生産量がわからない野菜、みたいですね。

いま理想像として着手し始めたのは、「山にどういった木がどれだけ生えているのか」のデータを管理し、販売先の製材所さんなどの需要とマッチングさせて、需要を確認した時点で木を伐採しにいく、というものです。

これが出来れば価格交渉にも影響があると思います。
「切ったので誰か買ってくれませんか」ではなく、需要のある業者さんに「あの山にいまこれだけの在庫があります、切りましょうか?」と営業できる。流通構造がだいぶ変わると思います。

現在、百森では山の所有者へ木の提供を交渉し、関連業者とやりとりして実際に出荷するまでの実務フローを設計・運用している。

■最新テクノロジーで、山の資産価値を定義する。


――林業以外の山の資産活用ですとか、木材以外のマネタイズ、を考えたりしますか?

一応考えてはいます。
例えば、オーストリアでは「国民全員がいつどの山に入って遊んでもいい」というルールがあり、実際にレジャー・レクリエーションの場として活用されています。

西粟倉の山や、日本でも同じことが出来ると考えています。
山の中にある作業道をトレッキングコースにしたり、マウンテンバイクで走ったり、バギーに乗って遊ぶ施設をつくるなど、これらはかなり現実味がある活用手段だと思います。

――最近、ドローンで山林状況を監視するなど「最新テクノロジー」の話題でも山林の話題があるのですが、そういったもののを導入や活用はあり得ると思いますか?

はい、山の状態を明らかにして、評価する仕組みを作ったりできると思います。
日ごろから手入れされた山と、放置された状態での山で、例えば水をどれだけ蓄えているのか、土砂災害リスクに違いはあるのか?

「山の水源涵養機能」と呼ぶのですが、これが把握出来たら山の見方はガラッと変わる気がしています。

なんとなく、「山は豊富に水を蓄えていて、木が生い茂って、水が綺麗」と思われていますよね。
でも、具体的に水を綺麗にするための山の条件、水をふんだんに蓄えるための山の条件、は分からないのが実情です。

――たしかに、山イコール自然、水きれい、空気おいしい。のイメージです。

そう、なぜか「自然が好き、自然があると水が美味い!」で納得している。
山も、昔からの言い伝えなのか、「ここに木があると、土砂災害が起きない」とされていて、それをみんな信じている。でもどこの木がどれほど影響しているのか?の具体的な裏付けは誰もしていません。

それがデータで評価できれば、ただ原木の畑だと思われていた山が、実は水にもすごく影響しているとわかったりする。

そうなると、山の価値がかわる。
山を手入れすることが、原木の販売だけでない、水への「投資」とみなされるかもしれない。
こういう点は最新テクノロジーとの融合で期待するところです。

西粟倉に昔から住む人たちからも、「山の相談を百森にしてみよう」
「山のこと知りたがっているからちょっと呼んでみよう」と声がかかることが増えているとのこと

■日本の約6割は山。人口1,400人の西粟倉がいいテストケースになると思う。


――僕はあまり山に詳しくないので、山は自然に木が生い茂って森林を形成すると思っていました。

そういう人多いと思いますが、歴史の教科書を思い出してみて欲しいんです。江戸時代の浮世絵などで、山に木がちょんちょんと2本だけ書かれていたりしますよね。あれ、別にデフォルメじゃなくて。実際江戸時代ってほとんど「ハゲ山」ばっかりだったそうです。

先ほどの戦後の話と近いですが、大昔から「薪がいる!全部切れ!」そして土砂災害が多発して「まずい!木を植えなきゃ!」これをずっと繰り返しているのが日本の山の歴史です。

そして、いま初めて日本は「薪や燃料が必要ないから木が放置される」時代になりました。
50年くらい前に植えたいい年齢の木が大量にあって、逆に若い木はほとんどない。

――売る木材はあるよ!と。

実は売り先はあるんです。

中国や韓国からの需要が増えて、輸出するために山を全部切るような流れもあります。
問題はそのあと。実はシカ害などにより再植林にはコストがかかるので、切った後に再植林する人が少ない。地域によっては再植林率が50%を切ると聞いています。
また「ハゲ山」に向かってしまっている。

ただ逆に放置したとしても、スギやヒノキは上の方に葉っぱがたくさんつくので、「樹冠閉鎖」と呼ばれる現象で地面の方は太陽光が届かずスカスカです。生物多様性も失われて資源管理上も良くない状態になります。

遠くからみて緑の生い茂った山も、中に入ると樹冠閉鎖で光が届かず茶色の世界。
日本国内では、この状態になっている山が多いという。

――山の手入れのためにも、企業から収益を得たりする機会が重要そうですね

その辺りも色々と話を進めています。
日本全体でも国土の6割を山が占めるので、その資源を活用できたほうがいい。

まずは西粟倉のように、1,400人の村で森林3,000~5,000ヘクタールのサイズでテスト的に試してみる、というのはいい事例つくりになると思います。

実際、「林業と連携したい」と打診頂いた某メーカーさんとも検討を始めています。
先ほどの、山でどう資源量を把握するか?やレジャー・レクリエーションの産業です。

――田畑さん目線で「こういうビジネスの人と話したい」の要望がありますか?

冒頭でお話した「林業の流通構造を変える」など、サプライチェーンマネジメントに強い企業さんと一緒に開発していきたいなと考えています。

西粟倉は、350万本のスギ・ヒノキについて単木レベルで樹高・樹種の管理が出来ています。
こういう準備が整っている自治体は少ないと思います。

もう1つ、途中の話で出てきた「木の評価」。
水源涵養や、他の機能に関する評価モデルつくりや、基準作り。これが出来そうな会社さん、研究者さんと話したいです。

――そういう新しい試みがチャレンジできる場所だと。

はい、西粟倉はかなり前のめりで活気があると思います。
村って、「村八分」って言葉もあり、閉鎖的で新しいことを拒否する印象がありますけど、西粟倉は自治体も「どんどん新しいことやってこうぜ!」の機運をとても感じます。

西粟倉村は人口1,400人のうち、約1割程度がよそからの移住者。
林業のような第一次産業以外でも、Webデザイン企業やIT会社の社長が別荘を持っているケースもある。

■東京のITスタートアップで培い、人口1,400人の山村で活かせること


――最後に。田畑さん自身は以前東京でスタートアップ業界にいて、環境も業界も異なる西粟倉での百森事業に携わることにした理由を聞きたいのですが。

一番は、100年後の世界を考えて仕事をするという新鮮さです。
僕が以前いたスタートアップ企業はどちらかといえば「いま目の前にあるサービスを良くして、顧客に提供し、1年2年でいかに伸ばすか」の世界で、全く視座が異なります。

100年後のことを考えて今日仕事するのはとても面白い世界だし、率先してやる人もいないだろうと考えて移住しました。

――人口1,400人の村で山と関わるときにも、スタートアップのあの経験が活きてるな。と感じるものはありますか?

プロセスや方法論ですね。
スタートアップは短期間で成果を出すために、いかに0→1を起ち上げるか。日々の業務負担をいかに改善するか、この辺りの方法論が凄く発達していますよね。

山に関する仕事で、そこまで短期間で飛躍的に改善していく考え方は従来にはなかったので、その視点で取り組むと色々面白いなと思います。

――スタートアップ以外で「こういう人は西粟倉に移住しても経験を活かせるかも」と思うのはどんなタイプの人ですか?

100年先の理想像から逆算して仕事するのが好きな人ですかね。
正直、現状あるものをPDCAサイクル回して改善し続けた先に何かがある感じではないです。

でも、山が大きな資源であることは間違いない。

だからまずは「山が好きです!」から入るとか、100年後を見据えて仕事するのが好きな人。とか。

――じゃあ、そういう人に田畑さんから「西粟倉のここがいいよ!」を教えてください

個人的に好きな場所は「若杉天然林」という天然の森林浴スポットです。
すごく「山が持つパワーを感じる」というか、あやしいですが何か神的なものを感じます。

正直「樹齢1,000年の大木!」とか、ランドマークになるようなものは無いのですが、綺麗な山道が続いていて、純粋に「ああ、山っていいなあ」って思える場所です。

西粟倉村の端にある、「若杉天然林」岡山県でも指折りの森林浴スポットで、冬以外のシーズンであれば春の新緑、夏のせせらぎ、秋の紅葉と約5kmの山道を満喫できる

田畑直(たばたすなお) 株式会社百森 代表取締役 (共同代表)
東京大学中退後、ITベンチャーへ就職。新規事業の立ち上げ、KPIマネジメントなどを経験した後、2017年4月に岡山県西粟倉村へ地域おこし協力隊として移住。同10月に株式会社百森を設立、

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)