2017.06.19 MON 『画像診断・解析技術、AIが導く未来の医療』近年話題の“ディープラーニング活用による医療画像解析”国内随一の注目ベンチャー、エルピクセル社CEO 島原佑基さんインタビュー
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部.エルピクセル株式会社 |
近年話題の人工知能、特に医療分野における活用は世界的に注目されている。IBMのWatsonはわずか10分で白血病の正確な病名を見抜き、グーグルの子会社「ディープマインド」は医療技術分野への進出を見据えイギリスのNHSと共同の取り組みを開始、画像処理半導体大手のエヌビディアもAIと画像処理の組み合わせで医療機器事業に乗り出す。この分野で注目を集める東大発ベンチャーLPixel(エルピクセル株式会社)CEOの島原さんに話を伺いました。
■創業からの数年でディープラーニングに対する世間の認識が激変した
―島原さんは、エルピクセル創業前に一度就職しているのですよね。
はい、新卒で某大手IT企業に入社しました。
その会社は「将来的に自分も起業するぞ」という人が多い会社で、僕も業務を通じて様々なビジネス経験を積めたのは良かったと思っています。
当時は海外でのビジネス経験を積みたいと考えていたので、海外展開が活発な会社を選びました。
コンサル企業から来た中途採用の先輩方もいたので、ビジネスのフレームワークやドキュメンテーション、ビジネスに必要なコミュニケーションを学べましたし、2社目の会社では海外事業部で事業開発も経験しました。
―どういう経緯でエルピクセル創業に至ったのですか?
実は2社目の会社に在籍していた時、副業の一環として会社を創ったのです。
そんなにすぐ会社が大きくなるとは思わなかったのですが、思いのほか事業が伸びてきまして、これは所属している会社を辞めて集中しなければと。
―エルピクセルの事業は、研究室で活用するいわば「専門家向けサービス」の印象があるのですが、最初から好調だったのですね。
技術ベンチャーでよくあるケースなのですが、実は最初受託業務から始めたんです。
RdaaS(R&D as a Service)という言い方をするのですが、僕らは研究室からスピンアウトしたメンバーなので、そのスキルを活かして研究費を頂いて、受託会社として動くということをしていました。
最初はアカデミア中心に実績を積んで、すると民間企業や大手企業からもお声が掛かるようになりまして、会社を辞めてエルピクセルに集中してからは平日も動けるようになったので、それで民間企業との取引がさらに増えていったという流れですね。
―思ったより事業が伸びた、ということは考えていたよりニーズがあったということですか?
そうですね、最初は生物の研究とかそういった領域からお声が掛かるかなと思っていたのですが、そのうち画像診断とか産業機器とか、そういった現場でも画像処理の人が足りないとのことで仕事の相談を頂きました。
当時は、事業内容を今よりも「医療分野」に集中させてなかったんです。というのも医療業界で本格的に機械学習とか人工知能の活用という話はもっと先だろうなと考えていました。
あれから3年経って、人工知能どころか深層学習(deep learning)なんて言葉をかなり多くの人が知っていて、メディアでも取り上げられていますが、その当時は3年後にここまで業界が盛り上がり、自分たちの会社がこんなに医療分野に集中しているとは思いませんでした。
■深刻な病気の原因を検知する「AIを使った医療用画像解析」
―国家プロジェクトにもかなり意欲的に参画していますが
会社の大きい方向性の一つとして、「研究室と企業」の中間というものを意識しています。
元々エルピクセルは研究室のスピンアウトで誕生していますが、それはどこかで「研究だけを続ける」ことへの限界を感じていたんです。シーズは作るけど、さらに進めてサービスや製品まで作る人がいない。
一方で、大企業には研究施設がありますが、あくまで企業の中の一部という存在なので企業の利益が最優先になります。そうではなく好きなテーマで地道に続けてきた研究成果をしっかり世の中に届ける、という「研究室と企業の中間」に居る存在がいない。利益も創出しつつ研究から出てきた将来ビジネスの可能性がある芽も大事にする。僕らはそこでありたいんです。
―エルピクセルの提供するサービスは、ライフサイエンス領域における画像解析システムがメインですが、特に医療診断の部分は人工知能、ディープラーニングが活躍できる分野だと思いますか?
そもそも、現状の「がん診断」の確定診断に病理画像を用いることが大半です。
その手前段階にあたるスクリーニング時点でもCTスキャンやMRI検査をする、これも画像診断です。
そのさらに手前になるとレントゲン、血液検査となりますが、最終診断が画像で行われるので現時点での医療において画像診断・ディープラーニングは重要な位置にいると思います。
ただ、うちは医療に限定しているわけではなく、今後も製薬や農業などライフサイエンス全般を見据えて多くのことをやっていきたいと考えています。
<エルピクセルが提供する医療用画像解析技術>
「脳動脈瘤」と呼ばれる、破裂するとクモ膜下出血の原因となる病を、ディープラーニングを用いて検知している。
上記画像1:MRIで撮影された脳のスライス画像
上記画像2:画像1のスライス画像群から動脈部分を抽出し、3次元画像として表示したもの。赤いコブの部分を脳動脈瘤と検知している。
従来は、この画像1を見て医師が「くも膜下出血の原因となる箇所」を特定している。
しかし、その判定には長年の経験や観察眼が必要とされ、見落としのリスクもある。
長年の経験や観察眼で行っていた診断を、膨大な画像データを元にしたディープラーニングによって行い、システム的な判断によって見落としというヒューマンエラーも防ぐ。
■海外IT企業の医療参入トレンド「救える命が増える。どんどん参入してきてほしい」
―数年前STAP細胞の騒動で、医学論文や画像不正が取り沙汰されましたが、あれはエルピクセルの事業に影響がありましたか?
なんでしょうね。以前からずっとああいった話はあったんです。いわば氷山の一角のようなもので。
騒動があることで、みんなが大きな問題と向き合うきっかけにはなったのだと思います。
僕らは解析・診断技術といういわば「システムでの検知」ですが、同時に教育も必要なんだと思います。倫理教育、フェアにやることが大事なのだという教育。
これは、僕たちが解決する課題だというイメージは大きくなりました。
―最近、ライフサイエンスの分野はIBMのWatsonをはじめ、グーグル、フェイスブックと世界中のIT企業が注目していると思いますが
競合として認識しないといけないのですが、正直ああいった動きは歓迎しているというのが本音です。
3つくらい理由があって、
まず、市場が無いんです。「医療における人工知能市場」こんな市場はいまほとんど存在しません。でも医用画像診断の市場とか、医療分野の市場はとても大きいので、世の中全体がその「無い市場を創る」動きになっていかないといけないと思います。
2つ目に、世の中のリテラシーが高まる。話題になればみんな詳しく調べたり学ばなきゃとなるので、僕らからすれば事業の可能性やサービスの詳細を理解してもらうための説明コストが下がるんです。
3つ目はプレイヤーの存在。医療は凄く時間が掛かるので、僕らに仕事の依頼があってもリソースの都合で請けられない、プレイヤーもいないから紹介先の企業もないという状況が起こり得ます。もし参入プレイヤーが増えれば僕らが受けられない仕事をその会社が引き受けて、救える命が増える。そういう流れは大歓迎です。
―さっき例に挙げたIT企業はすべて海外ですが、海外でエルピクセルのサービスを展開する計画などは
英語のウェブサイトを整備したのがここ数か月で、まともに発信も出来ていなかったですが、
ようやく今年からそういった海外についても対応できる体制になってきて、海外で認可を受けるためのノウハウや情報を現地の教授に聞いたりしています。
サービスに興味を持って頂く教授や研究者は多いですね、医療の現場の方とか。
ただ、海外展開の前にまずはしっかりサービスを磨くのが大事だと思っています。
―ライフサイエンスに限らず、AI、ディープラーニングは海外に後れを取っているというニュースもありますが
技術レベルと投資の規模で言えば、海外に水をあけられてるというのはあると思います。
2010年頃にバイオ系の技術コンペティションに参加するために海外に行ったのですが、
とにかく感じたのは「中国の勢い」、個々の研究者も優秀ですし、それを大学機関、国が全面的にバックアップして、投資面などでも後押ししているんだと痛感しました。
―国を挙げて支援していたと
そうですね、シンガポールに行っても中国の方は本当にいい意味で目立ちます。
最近イスラエルとかも話題になるのを見ますし、日本として各国の動向についてはアンテナを張るべきだと思います。
■研究室自体から根付く「1人1人が自立し、時には助け合う社内文化」
―エルピクセルの会社の中の話を聞かせてください。
社員が、いま非常勤含めて40人くらいですね、
年齢で言うと30前後と、40前後くらいのメンバーが多くて、中には60歳を超えているメンバーとか
―随分幅広いですね
年齢が上のメンバーは、ずっと医療業界で営業やエンジニアをしていてこの分野を切り開いてきた方とか、大企業にずっと居たけど実はベンチャーマインドを持っていたタイプとかが多いですね。
中には新卒から大手企業一筋で働いてきた人もいて、面接する時に「本当にうちでいいんですか?」って逆に聞いちゃったこともありました(笑)
―エルピクセルの社風にあっているタイプの人、ってどういう感じですかね
まずベンチャー企業ですから、総力戦で柔軟さが求められると思います、ですから「俺はこれだけやっていたい」というタイプは合わないと思います。新しい領域を切り拓いて行く覚悟と使命感をもって幅広くやりたいと思える人。
あと、尖っている面と謙虚さのバランス。技術者ってどこか尖っていると思いますが、新しいことをやる以上、お互い尊敬と畏敬の念を持ちながら協力し合わなくてはならないし、謙虚で学ぶ姿勢、コミュニケーションを取りながら仕事できる人が社内には多いと思います。
―島原さんはその社内で社長として気をつけている事とかありますか
元々、研究室自体が1人1人自立した自由闊達な雰囲気で研究成果を挙げるという文化があったので、それを継承していると思います。
僕がカリスマ経営者みたいに神のような一言をトップダウンで全てを動かすようなイメージは無いですし、採用の時点から元々自立した人に入社してもらおうと意識していたので、そういう点では研究室時代の雰囲気を残した独特な雰囲気の会社にできているかもしれません。
―深層学習の医療・ライフサイエンスでの活用って、新しい分野ですから採用も大変じゃないですか
専門で学んでいる人も少ないですし、そもそも受け皿となる機関が無いんですよね。
うちの社内ではコンピューターサイエンスの経験はあるけど、ライフサイエンスはまだ勉強中というメンバーも多いです。1人で両方とも強くなるというよりは、相互補完というか、社内外含めてチーム内で互いの強みを持ち寄ってカバーしている状況ですね
■21世紀はライフサイエンスの時代。その受け皿になれるようしっかり普及させたい
―受け皿の機関が無いって話ですが、社内で定期的にイベントやられていますよね
毎月ミートアップを開催しているんですが、100名以上の応募があるときもありますし、みんな関心はあるけど学ぶ場が無いって言いますね。
世界のライフサイエンス関連の論文のうち、約90%は画像が使われているんです。
なのに、画像の処理を大学で学んだことがある人は全体の約1%しかいないんですよ。
―ミートアップの開催も、そういう現状に対する使命感
個人的には、21世紀は「ライフサイエンスの世紀」だと思ってるんです。
生物ほど、多くの情報を持っているものは中々ない。
この手のひらを全て説明してください。って言われたら、膨大な情報になるんです。
そういう膨大な情報量使う分野には必ずITが必要で、計算機の進化がやっと追いついてきた。
ライフサイエンス×ITという組み合わせ。
新しい学問だから教えられる人がいない、ならば実際にやっている僕らが盛り上げなきゃいけない。と考えています。
―将来的に、エルピクセルを通じてライフサイエンスの世界をどう変えたいですか?
3年、5年先でいうと「医療の現場でAIのソフトウェアは使っていて当たり前」の文化を作りたいです
いまは、人工知能ってなんだ?と思われていて、期待感はあるけど実際使われてるかというと使われていない。
使われている現場もありますけど、一般の患者の方がそれを感じることは無いですよね。
CTスキャンとかMRIは一般の方でも知っていて診断を受けられるのと同様、AIも医療機器としてちゃんと保険適用されて拡がることが理想です。
いまは0→1の状況なので、ここをしっかりやることが重要だと思います。
2019年から、保険の点数をAIを活用したサービスにつけるという改正が動いてます。「せっかく制度を整備したのに適用するサービス無いじゃん」ってなったらダメです。
その、受け皿となるサービスをしっかり普及させる。
ここが僕らの頑張り方に掛かっていると思います。
島原 佑基 エルピクセル株式会社 創業者/代表取締役(CEO)
東京大学大学院修士(生命科学)。大学ではMITで行われる合成生物学の大会iGEMに出場(銅賞)。研究テーマは人工光合成、のちに細胞小器官の画像解析とシミュレーション。グリー株式会社に入社し、事業戦略本部、のちに人事戦略部門に従事。他IT企業では海外事業開発部にて欧米・アジアの各社との業務提携契約等を推進。2014年3月に研究室のメンバー3名でエルピクセル株式会社創業。現在、ライフサイエンス領域における画像解析システムの研究開発をはじめ、研究者教育にも力を入れている。”始動 Next Innovator 2015(経済産業省)”シリコンバレー派遣選抜。”Forbes 30 Under 30 Asia(2017)”Healthcare & Science部門のTopに選ばれる。
インタビュー:波多野 智也(アスタミューゼ株式会社)
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