Interview

「ゲノム情報を医療に役立てるには、意思決定をサポートするインタフェースが大事なんです」株式会社テンクー 西村邦裕さん インタビュー

text by : 編集部
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2017年2月、東京大学が「がんのゲノム医療に関する研究を本格的に始動する」と発表した。
そこに知識データベース構築と解析に協力する企業として名を連ねたのが2011年創業のベンチャー、株式会社テンクー。ゲノム医療における情報解析ソフトウェアを高い技術力で構築した同社は「医療行為への貢献にデザインは重要」と言う。CEOの西村邦裕さんにお話を聞きました。


■「VRとゲノム」を通じて感じたデザインの重要性


―西村さんはVRや情報の可視化を専門的に研究した経歴があり、ゲノム医療の分野では珍しいなと感じました。

元々、大学時代はメディアアートやヒューマンインタフェースを研究してたんです。
卒論の時点ではVRの研究室にいたのですが、同じ建物内にゲノムサイエンスの研究室がありまして。
そこの教授から「VRとゲノムで何か出来るかな?」と聞かれたり、ちょうど2000年頃でヒトゲノムプロジェクトがそろそろ解析が終わりそうだという時期で、遺伝子はこれから面白そうだなーと思っていたんです。

 

それで、卒業論文、修士論文として「VRとゲノム」を本格的に考え始めました。
同じ頃、アウトリーチ活動も含めて、メディアアーティストの方々と「自分たちの研究をどう伝えるか?」に取り組んでまして、当時のVRは「空間の三次元解析」とかその場所に行かないと体験できないものも多かったので、「公共機関でVR技術を使ったパブリックアート」、デジタルパブリックアートを仕掛けたりしていました。

 

―ゲノムの分野に取り組んでからも、VRのプロジェクトを続けていたんですね。

両方続けていました。研究を進めると論文を書きますよね、論文は「実証が出来て結果が出ていればいい」のですが、「人に伝える」ためには、必要なものがさらにあるんです。
専門家の人にも一般の人にも、等しく面白いかどうか?2回目以降の体験でも面白いか?体験している人も周囲で見ている人も面白いか?そういう総合的な「デザイン」についてデジタルパブリックアートの研究を進めながらも、重要性を感じていました。

 

―「デザイン」と「ゲノム」は、テンクーで提供されているサービスに繋がっていますね。

先ほどの「公共機関でのVR技術を使ったパブリックアート」として羽田空港で展覧会を行いました。1日18万人が訪れる場所で、5%が体験したと仮定して9,000人、1か月計算で約30万人弱。これが大学にいながら出来ることのMAX値だと感じました。
それで、アカデミックで進めている事を社会実装して貢献させるには?と考えて創業に至ります。

 

―医療機関向けのゲノム情報サービスで、CDO(最高デザイン責任者)を置かれているのは珍しいですよね。

やはりデザインの重要性なんです。PCにソフトをインストールしただけ、では意味無いのと同じで、人は情報をインプットしたらそれを使いこなす必要があります。
使いこなす・使い始めるためのデザイン、ヒューマンインタフェースを創業段階から重視しました。

 

―創業メンバーの出会いは

CTOの青木は、同じ研究室で僕が博士論文を書いている時に彼は卒論を書いていて、僕が彼の論文を読んであげたりする関係でした。
会社を創る頃に話していたら、青木も起業を考えていたので、一緒にやろう!と。
それでデザインを出来る人を探そうとなり、青木がゲームソフト会社のインターンシップで偶然知り合った坂田がデザインに関する造詣や技術のバックボーンもあり、声を掛けました。

 

―創業が2011年で、Chrovis(クロビス)リリースが2014年、ちょっと間が空きますよね

創業時点で、ゲノムについてはバイオインフォマティクスやデータ解析について色々活用できそうな感覚はあったのですが、「医療」については世の中の情勢もあり、あまり見えてなかったんです。

 

創業当時はスカイツリーに設置されたカメラで360度リアルタイムに配信するとか、ゲノムでは無くVRや映像のプロジェクトに携わっていたのですが、各方面から「溜まった医療データをうまく活用したいけど整理できない」という話を聞くようになりました。

 

じゃあ研究の一つとして「医療向けのゲノム情報を可視化し、使いやすくする」という構想を練ってみようと、それがChrovisというプロジェクトに繋がります。

ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」

ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」 最先端のバイオインフォマティクスと膨大な文献情報をもとにした知識データベースとレポート作成が強み


■医療に貢献するためには協力体制の構築が不可欠


―Chrovisを実際に出した反応は

色々ありました。
これからはクラウド活用だ!とリリースしてみたら、医療機関の方から「クラウドにデータなんか預けられない」と言われたり。それで「クラウドにデータを預けられないから、ビューワだけ欲しい」と言われて納品したり。
その後使った方からのフィードバックで改善を繰り返し、やっと具体的に貢献できるような状態になってきました。

 

―Chrovisは医師向け、医療機関向けのサービスですが、市場性についてどう考えますか?

いま該当するのは【ゲノム医療・遺伝子治療】や【個別化医療・プレシジョンメディシン】で、【がん医療・オンコロジー】も近い領域だと思います。
あとは【予防医療】ですとか、少し飛躍しますけど【先進医療機器】はプログラムが医療機器の中に入る可能性があるので当てはまりそうですし、【バイオインフォマティクス】等も貢献しやすいと思います。

 

―今後の事業拡大については

Chrovisだけでなく、病院内でどうデータのやりとりをするか、データや検体の情報を受け取って解析し、それを医療現場にフィードバックする。
こういう「全部繋がった状態で医療行為に貢献」しなければ意味が無いので、ひたすらそれに取り組んでいます。

 

―海外にもこういった取り組みはあるんですか?

ありますね。
アメリカは、オバマ大統領時代に「プレシジョンメディシンイニシアティブ」というプロジェクトが立ち上がったので、そこに参加する企業は近いですし、イギリスには「ゲノミクスイングランド」という、10万人の調査をして疾患を調べようというプロジェクトがありまして、1年ごとに資金調達する会社を選抜し、最初30社弱から現在4社くらいまで絞っています。それらの企業も近いことに取り組んでいる印象です。

 

―そういう場所に展開することも考えているのでしょうか

したいとは考えています。
先ほどのアメリカやイギリスの市場に戦いにいく方法もありますが、東アジアは日本人とゲノム情報が近いので、そういう意味では日本でデータ解析の蓄積を進められれば、大学や政府機関、検査会社さんとかと共同で展開というのはあり得るかなと。

ただ、先ほどのとおりうち1社で「全部繋いで医療行為に貢献」はできませんから、検査会社や医師、そういった方々と協力体制を築くものだと思います。

2017年2月に発表された東京大学のゲノム医療研究プロジェクト。テンクーは「Chrovis」を用いたデータ収集・解析・自然言語処理・意味付け・判定などの人工知能技術、情報技術に協力。

2017年2月に発表された東京大学のゲノム医療研究プロジェクト。テンクーは「Chrovis」を用いたデータ収集・解析・自然言語処理・意味付け・判定などの人工知能技術、情報技術に協力。


■遺伝子情報の話題は「ヘルスケア」と「メディカル」に分かれる


―ちょうどChrovisをリリースした2014年前後は、一般の方向けの遺伝子解析サービスが著名な企業からも色々と発表され、身近な話題になった時期ですよね。

まず「ヘルスケア」と「メディカル」に分かれるんですよ。
ヘルスケアはDTC(Direct to consumer)と呼ばれる、アメリカの23andMeが代表的で日本だとYahoo!ヘルスケアさんやDeNAライフサイエンスさん、ジーンクエストさんとかが当てはまる。
僕たちの場合、医療行為の枠組みの中で役立てる、病院の中で提供する「メディカル」領域です。

 

数年前から色々話題が多いのは、前者のヘルスケア領域のものです。「ヘルスケア」と「メディカル」はちょっと違う。
僕たちは、医師の方とお話しする機会が多かったのもあり、医学的根拠に基づき医師の方が有効活用できるツールとして開発を進めているので、その盛り上がりは知りつつ、着実にやっていくのが大事だと考えています。

 

―一般のニュースで遺伝子治療の話題も増え、期待感も警戒感も両方あります。

これも、がんを例に挙げれば生殖細胞変異と体細胞変異の違いがあります。
体細胞変異は、がん細胞だけが変異をしており、遺伝するわけではない。体細胞変異に合った治療ができればがん細胞を小さくしたり進行を止められることができるかもしれない。
でも、生殖細胞変異は生まれつきの変異で、機能や意味・疾患との関連がわかっている部分もあるし、まだわからない領域も沢山ある、遺伝的な話も絡んできます。

 

だから遺伝子の話題で「神の領域」とかゲノム編集で病気が治ると言われても、後天的な面もたくさんありますし、ゲノム編集がどこまで貢献するかわからない段階です。
ですから期待も脅威も、現時点で騒ぎ過ぎるのはよくないと思います。

 

―新しいテクノロジーはどうしてもそういう話になりやすい。

未来が明るくなる方の選択があって、そこに向かって進んでいますし、一つの企業や一人の研究者でどうにかなるものじゃない。
世界の研究全体がどう進むか?の話で、倫理的・法的・社会的な議論は別途進めればいいと思います。

 

―サイト上のミッションにも「一過性のテクノロジーのブームや業界の流行に流されず、その本質を見極め、常に正しいソリューションをお客様のもとへ届けます。」と書いてあります。

そうですね、まず僕らの会社は当然技術が中心にあって、ものを作れるという事が大事です。
そして技術を持っていると、それを活用して儲かること重視のビジネスをやろうと思えばできるんです。

 

ただ、何か課題に挑むときに広い視野で「本当にこの技術で取り組むべきか?」を考えると、別の技術がいい場合もあります。
その際、自分の得意な技術に固執して問題解決に取り組むのは違う気がします。
Google社の「Don’t be evil」みたいな、本質的なことに取り組む事が大事だと思っています。別の技術で良ければ、別の技術を薦める。

 

―問いの設定と、解き方

はい、自社技術という前提条件を外す、解き方がちょっと見えていても、しっかり広く見ること。それを実践できているかどうか。
ソニーの盛田さんの本に感銘を受けたことがあるのですが、ソニーの設立趣意書にも近しいことが書いてあるなと感じます。

コーポレートサイト上の「ミッション」にはChrovisを通じたゲノム医療の推進と共に、テクノロジーの本質を正しいソリューションに活用する事を記載している。

コーポレートサイト上の「ミッション」にはChrovisを通じたゲノム医療の推進と共に、テクノロジーの本質を正しいソリューションに活用する事を記載している


■データをわかりやすく見せ、「アクションが出来る」仕組みが重要


―会社は本郷にありますが、やはり東大からの繋がりで働いてる方が多いですか?

そうですね、メンバー20名弱のうち約半分は研究室の後輩です。
あと、うちは開発言語がClojure(クロージャ―)というLISP系の言語で、比較的新しいからか日本で数百人くらいしか使っていません。その言語で事業展開する会社がほとんど無いので、開発者コミュニティから来てくれた方もいますね。

 

―一緒に働く人に求めるものは?

とにかく、やる気があるかどうか。
ゲノムという分野自体が日進月歩ですから、常に学習しチャレンジを続ける必要があります。
好奇心、チャレンジ精神、そして仕事を通じて技術的に周囲から学ぶ、そういう「欲求」が大事ですね。

 

―会社の未来を考えると、組織の話だけでなくゲノム分野自体の社会的・技術的な状況が変わると思います。

そうですね、いま創業して6年経ちました。人間で6歳だと小学校入学くらい、社会性を持ち始めた頃。
テンクーの事業が社会的にどう貢献するか?を考えると、いまの体制のまま日本全国カバーするのは難しいですし、先ほどの海外展開も、具体的にどう進めるか?一社で出来ないことをどう協力体制作るか?そういった具体性が求められるフェーズだと思っています。

 

―他の分野との連携、例えば、最初に出していただいた「VRとゲノム」のような異分野同士を連動させるイメ―ジを今もお持ちですか?

「ゲノム」という視点だと難しいですね。大きくみて、「人間」という視点でみれば、ウェアラブルとかIoT、スマートハウス、スマート〇〇と呼ばれる領域はあり得ると思います。
生体情報をセンシングし、住宅や都市と接続して生活を助けるとか、介護ロボットやカーナビのように自分の意思を反映できることが大事。

僕らがこだわっているのは、「データを処理してわかりやすく見せる、そして何かしらのアクションを出来るように助ける」です。
今は人体情報を医師に提供して医療行為を助ける形ですが、人と車の間でやりとりすれば、人の判断をサポートするという意味でまた可能性がある。
ロボットで言えば、鉄腕アトムかガンダムかでいうと、ガンダムです。

 

―ガンダム?

鉄腕アトムは、自分で考えて動きます。
ガンダムはパイロットが乗り込んで動かす、人間の手助け・人間の能力の拡張をする形ですよね。それに近いかなと。

要は判断のサポートです。「遺伝子がこういう状態なので、治療をこうします」では無くて、「遺伝子がこういう状態、こうしたほうがいいかも」その先で決断するのは主治医と患者さん自身。
あくまで決断をサポートする、人間が中心となって判断する仕組み。

 

―意思決定と決断を促すからこそ、インタフェースが大事なんですね。

そう、頭に情報が入るだけじゃなく、決断する・アクションを促すところまで支援するのが大事です。
そういう意味でも、ヒューマンインタフェースの研究をしていた経験を活かしていきたいですね。

 


プロフィール
西村邦裕 株式会社テンクー 代表取締役社長 CEO
2001年 東京大学工学部機械情報工学科 卒業。 2006年 東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻 博士課程修了。 同大学の研究員・助教を経て、2011年に株式会社テンクーを創業し、代表取締役社長に就任。 大学では、遺伝子発現やコピー数多型およびNGSのデータ解析などを行い、その成果はNatureなどの著名な論文誌に多数掲載された。 ビジネスの分野でも、Microsoft Innovation Awardなど受賞多数。 2010年にはIPA 未踏IT人材発掘・育成事業にプロジェクトが採択される。 専門は、情報の可視化、バイオインフォマティクス、ヒトゲノム解析、バーチャルリアリティ。 大学の研究を社会に還元したいという思いから起業を決意し、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」の開発を始めた。 博士(工学)。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)

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